Merci BAKE

田代翔太さん

最寄り駅
松陰神社前

1985年生まれ、栃木県出身。フランスにて修行を積み、参宮橋のレストラン『LIFE SON』でのパティシエ勤務を経て、2014年7月、松陰神社商店街にケーキショップ『MERCI BAKE』をオープンさせた田代翔太さん。心を動かされたこの街への出店、小さなお店とケーキに込められた想いについて語ってもらった。 編集:加藤将太 文章:軽部三重子 写真:阿部高之

言葉より、直観でわかるおいしさを。

世田谷線は松陰神社前の駅を降りて、商店街沿いに南へ50mほどの所にあるケーキショップ『MERCI BAKE』。2014年7月にオープンした、この街では新参者のお店。雑誌などに積極的に掲載してこなかったにもかかわらず、口コミで噂が広まり、あっという間に街の外からも多くの人を集めるようになった。

白を基調とした内装に、無垢材のカウンター。そのナチュラルな店内に並ぶのは、十種類弱のケーキや焼き菓子。決して品数は多くないが、見た目や包装にも一つひとつ工夫が添えられている。

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この店のオーナーであり、パティシエを務めるのは田代翔太さん(29)。彼のケーキは、一口目のインパクトが大きい。口に入れた瞬間に、ハッとして脳に刻まれる感覚を覚える。

「それは、すごく意識しています。わかりやすくて記憶するような、そして明日にはまた食べたくなるような味。僕が今までに出会った本当に美味しいものは、食べた瞬間からまた食べたくなるから。ケーキって、誕生日とかクリスマスとか、何かお祝いごとの時にしか食べない人もいるかもしれないですけど、もっとコンビニでお菓子を買う感覚で食べてもらえるケーキを作りたいんですよね」

素材についても、青果ミコト屋のオーガニックの果物を使ったり、砂糖にもこだわったりしているのだが、そこはあまり前面には出さない。

「あまり語らずに、ひとまず食べて欲しいな、という気持ちがあって。ただ、お子さんがいる方から質問もされた時に、ちゃんと説明をして、安心して買ってくれたらいいな、と。直観的に美味しいと思ってもらえるものを作って、その中で、できるだけいいものを自分で選んで使いたいですね」

流行りものには、なりたくない。

「目指しているのは、ナイフとフォークで食べるようなケーキではなくて、映画を観ながらとか自転車に乗りながらでも、ラフに手で食べられるような感じのケーキ。でもアメリカンスイーツというジャンルで括られちゃうのは違って。あくまでフランス菓子なんだけど、あまり緊張しないで食べられるものにしたいんです」

店名の『MERCI BAKE』というネーミングにも、身近で親しみやすいものを、というスタンスが垣間見える。

「フランス菓子屋だからって、難しいフランス語を付けるのは嫌だったんですよね。英語にしようかとも思ったんですけど、英語がわからないから結局響きのいい単語ばかり出てきて、全然しっくりこない。お店のスタイルと、フランス菓子を作りたいって想いが伝わる名前を1年以上考えて、たどり着いたのが『Merci BAKE』。響きもあったんですけど、覚えやすいかなと思って」

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そして店がオープンすると、たちまち人気を集めた。今でも夕方近くに完売することは珍しくない。そんな中で彼が感じているのは、喜びというよりも、とまどいだった。

「流行りものにならないように意識しているんですけど、思っていたよりそうなっているのは自分でも感じていて。予想以上にお客さんが来ているというのはありますかね」

来てほしい気持ちの一方で、長く続けるためには、ということが彼の頭にある。

「来てくれるから作れるだけ作ろうとすると、作り置きが必要だったり、前の日に焼かなきゃいけなかったり、何か妥協しなくてはいけなくて。それでお客さんが増えるとは、僕は思わないんですよね」

特別なことはしていないと語る、作り手としての彼のこだわりがここにある。

「めちゃくちゃいい材料を使ってるというより、鮮度がいいとかさっき焼いたものを今売ってるっていう状態を保てているからこそ、みんな来てくれているんだと思う。他のお店が効率とかを気にして後回しにした部分、そこが一番大切なんじゃないかと思っていて、そこを突き詰めていきたいですね。自分たちのペースを崩さず、クオリティを落とさずに。みんなも舌が肥えているし、違いはわかってくれると思うんです」

商店街のケーキ屋さん、という在り方。

彼が以前、働いていたお店は参宮橋のレストラン『LIFE SON』。この街には特にゆかりがあった訳でもないという。独立するにあたって、この場所を選んだいきさつを伺った。

「人が住み着いている感じと、街のペースが心地いいなと思って。あとは、周りのお店のスタンスというか、個人店が集まって元気にやっている空気感、ですかね。店の名前と内装と作りたいケーキはある程度決まっていたので、それに合う箱を探していたらここがあった、という感じです」

『MERCI BAKE』のある場所は、元和菓子屋さんで、彼が物件を探していたのは、この商店街から和菓子屋さんも洋菓子屋さんもなくなってしまうタイミングだった。

「物件を紹介してくれた人から、ケーキ屋がないならケーキ屋が必要だし,花屋がないなら花屋が必要なんだって話を聞いて。ゆかりのある土地ではないですけど、これも何かの縁なのかなと思って。変な商売っ気は全くなかったんですよね」

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彼にとっての独立の意味は、自分の名前でとか、稼ぎとかじゃないところにあるんだろうと思う。自分の思うケーキを作って、その手ごたえをお客さんから感じとれて。それをずっと何十年もつづけていくこと。それが、彼が選んだ「独立」の道。

「ここで長くやっているお店を見ながら、お客さんと長く付き合っていく時間の中で、話し方ひとつだったりおまけだったり、そのちょっとしたことの積み重ねが大切なんだなぁ、と気づかされます。ここで長くやるっていうのはいいんだろうな、と。あと、周りのお店との関係も同じで、お客さんから『向いのお店は何屋さんですか?』とか聞かれることもあるので答えますし、お客さんにおすすめのお店を聞かれて、おがわ屋さんや肉の染谷さんを紹介することもあります。思惑だとかは何もなく、素直に紹介できるのはこの立地ならではかな」

彼は、この商店街に店を出すと決めた時から、店で必要な物もまかないも、極力商店街を活用しているという。日用品は清水商店。まかないの買い出しにおがわ屋のおでん種や肉の染谷でメンチカツを買うことも少なくない。

「自分がこの街でやる以上は、そういう付き合いをしたい。清水商店のおばちゃんも来てくれるようになりましたし、おがわ屋さんもおやつを買いに来てくれますし、商店街の中でお金が回ってる感じがすごくいいですよね。それに僕がそうすることは、お客さんにもいいことじゃないかと思って。聞かれた時にすすめられますしね。教えたいなと思うし、商店街を歩いて欲しいなと思うので」

有機的につながって、循環していく商店街。彼もその環に組み込まれているのだと実感する。

描く、地味でまっすぐな未来。

2015年6月現在、そろそろオープン1周年を迎える『MERCI BAKE』。今後どんなお店になっていきたいか聞くと、「もっと普通に、地味になっていきたい」と答える。

「なんてことないお店を目指したいんですよね。この半年の間にも、まだケーキを食べられなかった子が、だんだん食べられるようになっていくのを見ていて。子供たちの思い出になったらうれしい。いつか何かの形で聞かせてくれたり、写真に残ったり、味を記憶していたり。子どもたちがお小遣いで買ってくれるようなお店になっていきたいなと思っています」

取材を通して終始感じるのは、彼の軸足が「人々の日常の暮らし」にあるのだということ。なんでもない日常を彩りたい。そんな想いが伝わってくる。商店街に対する想いも、それに通じるものが。

「うちの店がきっかけでもいいので、街に人が来てくれるのはいいことだと思っています。ただ、店をやってみて、今街にいる人たちにいかに親しんでもらえるかっていうことの方が大切なんだろうと感じていて。これからお店を開く人にも、今人気があるからここで始めるとかではなく、一生やるつもりで来る人が増えればいいな、と。僕自身は、どうなったとしてもずっとここでやっていきたいな、と思っています」

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店の外から、働く彼の姿を大きな窓の向こうに眺めて、想像する- 自分のケーキをおやつに食べていた子が大きくなって、大きくなっても買いに来てくれる。そうやって月日を重ねて、彼は相変わらずケーキをつくっていて。気づけば50、60と歳を重ねている。未来のことはわからないから、絶対大丈夫だよとは言えないけれども、少なくとも一つ確かなのは、すぐにまた彼のケーキが食べたくなって、『MERCI BAKE』に足を運ぶだろう、ということ。

Merci BAKE
住所:東京都世田谷区若林3-17-10
営業時間:11:00~17:00 
定休日:水曜、木曜
Instagram:@mercibake

 
(2015/06/01)

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