conte

杉山ひこひこさん

最寄り駅
経堂

小田急線「経堂」駅前からまっすぐ南へ通る「ハートフル農大通り」を、さらに南にまっすぐ。横断歩道を渡ると広がる住宅街の坂を登って、駅前の喧騒を離れ東京農大方面へテクテク歩くと見えてくる、青いテントが目印の古道具店「コント」。店主である杉山ひこひこさんの飄々としてチャーミングな人柄と、古道具や隣人への愛と哲学に溢れたまっすぐな言葉は、お店に並んでいる古道具と同じぐらいちょっと独特でのびのびしていて、そしてたまらなく魅力的だ。

文章・構成:立石郁 写真:伊達直人 構成:鈴石真紀子

箱に入っていると、大事にされすぎてしまう

十字路の角にあって入り口にドアがなく、ビニールの扉(?)のみというユニークなお店は、インテリアや照明などの古道具が所狭しと並ぶ姿、それに店主の杉山ひこひこさんが家具のあちこちをリペアしている様子が伺える。「ここは何の店なんだろう?」とついしげしげと眺めてしまう、そんなお店だ。

店内の棚には素敵なデザインの食器や花瓶、なにに使うのかわからないシュールなモチーフやインテリアが、雑多なようでなにか一つのセンスを通して置かれていることがわかる不思議なラインナップだ。

俳優業と兼ねて、代々木上原のアンティークを扱う名店「グラフィオ・ビューロスタイル」で働いていた杉山ひこひこさんがここに「コント」をオープンさせたのは、2017年のこと。

「元々、母が古道具やアンティークが好きだったのもあり、僕も古いものが好きになりましたね。この椅子は近所のおばあちゃんが持ってきてくれたんだけど、戦前から使ってるんだって。でもこうして手入れをしてあげると、しっかりしたいい雰囲気の椅子だなって改めて気付かされるんですよ」と、古道具をリペアしながら楽しそうに話してくれた。

お店に並ぶのは、北欧インテリアから日本の家具ブランドのもののほか、有名ブランドでなくても著名なプロダクトデザイナーが関わった「知る人ぞ知る」プロダクトなど。少し力の抜けたような、しかし愛情のこもった独特のセレクトで並べている。

「古いお宅に買い取りに行くことも多いんですけど、そういうお宅って、昔買った食器なんかを丁寧にかわいい箱に入れてしまいこんで使わなかったりしていて。でもその箱から出してあげると、とてもいいプロダクトだなって気付くんです。箱に入っていると、大事にされすぎてしまうから。僕の役目は『そこから出してあげる』ことかな」

モノに価値を見出すということ

オープン当初は有名メーカーやブランドのものがいいのかと思っていたが、そうではないとすぐに感じるようになり、独自のセンスで古道具を仕入れるように。

「お店に来る近所のおじさんに、ある時『お前のところはゴミを売ってるのか』と言われてたんですが、そのおじさんに別のおじさんが『違うよ。こいつはゴミみたいなものに価値をつけて売ってるんだ』って言ってくれて。そしたら『そうか、お前は価値を売ってるのか!』って…。」

「でも、そういうことですよね。僕もブランドものには興味はなくて、モノの魅力は『有名じゃない。でも、いいモノじゃない?』っていうところに価値をつけてあげたい。気に入って使ってあげたら、それこそさっきの椅子のように、100年保つわけですから」

始めは、近所の和光小学校に子どもの送り迎えで来るママたちが立ち寄って、「面白い店ができた」と口コミで広がっていったのも大きかったという。

自主映画や即興演劇の舞台などにも立つ、ひこひこさんの大らかでユーモアたっぷりの人柄は、「うちはデッドストックの子ども用の靴なんかも置いたりしているんです。最近は子どもを乗せた自転車ママがうちの前に乗り付けてきて、『◯◯cmの靴ありますかー?』って店先で聞いてくるんだけど、子どももママも自転車から降りないんで、僕が靴履かせてあげて、その場で会計したりね。ドライブスルーですね。でも、2足も買ってくれたんですよ!」というシュールなエピソードからも窺い知れる。

ひこひこさんが俳優業を始めたのは、18歳の時。「小学生の時に舞台を見て、『この人達、大人なのに仕事してないな。俺もこれがいいな』と思って…。はじめは自主映画で演技をしていたので、お金をもらったのは自主映画を撮っていた監督が商業映画デビューした30歳の頃からですね。それから40歳になった今、頑張りすぎる30代を過ぎて一段落して、お店を始めたという感じですね」

インテリアや古道具の薫陶を受けた「グラフィオ・ビューロスタイル」で思い出に残るのは、「いいものと悪いものを全部見ておけ」と言われたこと。「全然知らないメーカーのものでも、リペアのためにバラしてみると丁寧な造りのものだったり、有名メーカーでも雑な造りだったり。その経験が今のお店でも活きてるなと思いますね。だから、グラフィオで働けたことにすごく感謝しています」

「僕は、役者業でもモノマネを否定しないんですよね。最初はモノマネでいいんじゃないかと思います。結局やっていくうちにオリジナルになっちゃうんだから。お店づくりもそうで、僕はグラフィオの経験と、自分の個性で自分なりに解釈してお店をやっていると思っています。だから仕入れが自然と似てくるかもしれないけれど、どこかから先はオリジナルなのかなぁと」

ご近所さんの暮らしにみる、理想のライフスタイル

「僕自身、自分の趣味では買わないような古道具に発見があることが多くて。『あ、こういうのもアリかも』と、自分の感覚が広がるような所が嬉しいです。だから、お客さんの欲しいもののリクエストを聞いたりして、駄菓子屋感覚でお店をやっているというか。
夕方は近所の子どもが『ただいま!』って言って家に帰っていったり、店先で近所の方に『髪、切りました?』って世間話をしたりね。そういうのが嬉しいですよね」

そんな風にお店を続けて1年。最近では近所の顔なじみも増え、買ったものを届けに行って、そのままご飯を御馳走になったり、ホームパーティーに呼ばれるようにもなったという。

「近所で、僕がすごくいいなぁ~と思っているのが、『経堂の杜』というところです。ここのお客さんも買い物に来てくれるんですよ」とひこひこさん。『経堂の杜』は、元々の土地にあった樹齢150年以上の5本のケヤキの木と共生するように建っているコーポラティブハウスだ。「ちょっと行ってみましょう」と、『経堂の杜』の知り合いの方が住むお宅へ。

「この『経堂の杜』は、屋上で養蜂をやっているんです。それで、定期的に採蜜をして、協力しあって養蜂をしているので、住民の皆さんが集まる機会が多いみたいです。本当にいいコミュニティができているんです」

建造物の中や屋上は集合住宅内部のため、もちろん勝手には入れない場所。今回は知り合いの住民の方の許可を得て、屋上を拝見した。

世田谷のマンションの屋上とは思えないほどさまざまな草木が生い茂り、開けた景色が広がる。他にも家庭菜園や晴れた日には東に新宿副都心からスカイツリー、六本木ヒルズなどが、西には富士山が見渡せるそうだ。

屋上の一角には、確かに養蜂箱が。「去年の夏、巣分かれしたミツバチの一団が屋上の茂みにやってきたのがきっかけで、知り合いの養蜂に詳しい方の指導を受けて蜂を飼うことになったそうなんです。有志で出資して、みんなで育てているそうです」

お話を伺った住民のいまむら直子さんは、ジャズミュージシャン。扉を閉めると完全防音になるという『経堂の杜』の一室で音楽スタジオ「オフィス・ミストーン」を営んでいる。そんなお宅にも招いてくださり、お話を伺った。

『経堂の杜』のコンセプトやステートメントの書かれた冊子を見せながら、この場所の歴史を教えてくれた。「ここのコミュニティが素敵なのは、大人の人達でやっていて立派なんだけど閉塞感がない所。みんなが思い思いに生活していて、理想的なんですよね」とひこひこさん。

古道具も暮らしも、誰かの気配があるからいい

いまむらさんも、このエリアを気に入ってご近所から引っ越してきたという。「やっぱり、世田谷はどこかゆったりとしていてオープンな所がありますね」と離れられない理由を教えてくれた。

コントには、オープンして1年は買い取りでの仕入れがほぼなかったが、徐々に近所の方を中心に声をかけられるようになったという。「『お前の店に好きそうなものがウチにあるから、見に来い』って言われますね。信頼してくれるようになったのかなって嬉しいですね」。近所の方との交流から生まれるご縁が、確かにあるようだ。

「この辺に住む人が言うのは、どんなに大事にしてきたものでも、リサイクルショップは初めから“ゴミ”として古い物を持っていく。それはちょっと嫌だと。自分が大切に持っていたものに、誰かが価値を見出してくれるのは嬉しいと言ってくれるんですよね」

土地柄、裕福な方や豪邸も多い経堂の住宅街。しかし、中古のものや古道具にこだわって探している人も多いという。

「『誰かが使った気配があるから、いい』ということですね。高い新品はお金を出して買えても、古道具は一期一会。お店から無くなったら、いくらお金を出しても買えない、と。僕も、本当に気に入ってくれた人に家具が渡るのはいいことだなと思いますね」
そのために、コントでは椅子や照明の購入に迷っている人がいたら、1週間から10日程度、貸出をしているのだそう。

「本当に欲しいと思ったら買ってくださいね、ということで貸しています。1つの椅子も、暮らしのランドスケープの一部になりますから。お店で見るのと家に置いた時のなじみ方が違って、『買ったけど要らない』と思われたくないですからね」そのまま返却されたことは数える程度。「皆さん結構、気に入って買ってくれますね」という。
 
 
「自分でもよくわからないけど仕入れているものもありますね。お客さんからも『これはなんですか?』って聞かれるけど、『それは自由です』って伝えてます。『使いみちは自分たちで考えていいんだと思いますよ』って。いろいろ仕入れているけど、実用的なものを売りたいとは思っています。この店にふさわしいものを紹介したいですね」

飄々と、でも大切なことを話してくれるひこひこさん。それがある意味こともなげに、さりげないことのように聞こえるのは、このエリアで人と関わりあいながら働くことがとても豊かで、楽しいことの一番の証拠のように思えた。

conte
住所:東京都世田谷区桜丘1-15-13
営業日:木曜、金曜、土曜
営業時間:15:00~20:00、日曜のみ13:00~18:00
定休日:月曜~水曜

ウェブサイト:https://peraichi.com/landing_pages/view/conte-hiko
Instagram:@contekyodo

 

※建物の取り壊しにあたり、経堂での営業は2018年に終了。

(2018/10/30)

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