iro...Confiserie_et Dessert

高橋宏征さん

最寄り駅
宮の坂

世田谷線・宮の坂駅を降り、緑道沿いを歩くと趣のあるアパートの1階にガラス張りの小さなお店がみえてくる。ほのかに漂う焼菓子の甘い香りに誘われ扉を開くと、目に飛び込むのはショーケースに鎮座する繊細で麗しいケーキやタルト。フランスで修行し、国内のレストランやコンフィズリーなどを経て2018年11月に「iro...Confiserie_et Dessert(イロ コンフィズリー エ デセール)」をオープンさせたオーナーの高橋宏征さんは、なぜこの地を選んだのか。世田谷という場所・人への思い、フランスでの経験、菓子や素材への真摯な思いについて話を聞いた。

文章:高山かおり 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

フランスでの記憶の痕跡を散りばめた店内

壁面に飾られるクグロフ型やカウンターに置かれる額装された地図、雑貨。店内をぐるりと見渡すと、フランスで修行をしたという高橋さんの記憶の痕跡が端々に散りばめられている。客席に近い窓際にある、動物のような形を模した不思議な陶器も目を引く。

「これはアニョー・パスカルというアルザス地方で復活祭の時期に食べられるお菓子の型です。生地を流して焼くと、羊の形になるんですよ。日本では限られた店でしか販売されていないと思います。フランスから陶器を送ると割れるといわれていますが、僕が行った村はドイツとの境目に近いところで、ドイツ経由だったら割れないから送るよ、と売ってくれた方が声をかけてくれて。たまたまいい人だったんですよね。他のお店で買ったものも渡して送ってもらいました。見たことがないくらいの大きなダンボールに入っていたのですが(笑)すごくきれいに梱包されていて、全く割れずに届きました」

どのような経緯で製菓の道を歩むことになったのだろうか。きっかけを尋ねると意外な答えが返ってきた。

「生まれは大阪で育ちは福岡なのですが、高校卒業までサッカーにしか興味がなかったんです。当時は坊主頭で、高校もサッカーの強豪校を選んで進学しました。ただ、大学に進学してまでも続けようとは思っていませんでした。父が仕事で東京にいたこともあって上京することは決めていたので大学を受験したのですが、落ちてしまって。すべりどめも受けていなかったので進路をどうしようかと悩んだんです」

家具職人の祖父と大工の曽祖父を持つ、ものづくりの家系だったこともあり“何かをつくること”に昔から興味があったという。

「手に職をつけたいと思いながら探してたどり着いたのがお菓子でした。料理は家ですることはあっても、お菓子づくりはなかなかないなと。自分がやらなさそうなものを選びたかったんですよね。サッカーバカだったし、周りから驚かれましたね」

世田谷という場と人との出会い

都内の製菓専門学校に進学し、全く知らなかった世界の面白さに引き込まれていった。
「時代的にもいい流れがあったんです。ピエール・エルメが日本に出店した数年後でマカロンブームがあって、フランスから日本人のパティシエの方が帰国してお店をオープンした時期とも重なっていました」
世田谷や自由が丘にそのようなお店が多かったという当時、世田谷というエリアには憧れがあった。

「いつか東京で勝負するなら、世田谷か山の手の左側でと思っていました」

専門学校を卒業後、都内や関西のパティスリーで基礎をつけフランスに渡った。様々な地方へ足を運びながら土地に根付く文化や食習慣を見て回り、2013年に帰国。

「帰国したときにすぐに独立したかったのですがお金が全くなかったので、最低でも5年後に独立開業したいと考えていました。フランスで感じた素材との向き合い方をもっと勉強したく、都内のレストランやコンフィズリーで働きながら資金を貯めました」

縁あって、2017年に世田谷・上町にあったグラノーラ専門店「GANORI」(2019年12月を以って閉店)で働き始める。住んだこともなかった世田谷の地だが、訪れるお客さんの人の良さや、世田谷線沿線でお店を営む店主たちとも親交を深め、世田谷でお店を持つことへの意志を固めていく。

「最近のコーヒーは本当に飲みやすくて、香りが良く美味しいですよね。飲む方も多いし、お菓子と違って食べ疲れしないから、はしごする人も多いと思うんです。そういう意味でもコーヒースタンドがたくさんあるところに出店したいと考えていました。競合するのではなく、共存するという考え方ですね」

様々なお店の店主たちと親しくなるにつれ、お店の場所が近く年齢も同じという共通点を持つ方の多さにも気づき、相談しやすくお互い助け合える関係性になっていったという。

「良き相談相手となってくださる先輩方にも恵まれました。今もそんなみなさんの近くでお店をさせてもらえていることは、自分にとって大きな財産ですし、何気なく助けてくださることに日々感謝の気持ちを忘れずこれからも大切にしていきたいと思っています」

なぜ宮の坂を出店場所にしたのか

宮の坂は、世田谷線沿線の中でも松陰神社前や世田谷などと違い個人店が少ない住宅地エリアだ。あえてこの地を選んだのはどうしてだろうか。

「3年前初めて物件を探し始めたときの1軒目が、偶然宮の坂だったんです。内見の帰り道に、世田谷八幡宮と豪徳寺に寄り、静かで澄んでいる独特の空気感に惹かれて。それから自転車で宮の坂の物件を一軒一軒見て回っていました」

そんな矢先、三軒茶屋で条件に合う物件が見つかり、非常に悩んだこともあったと明かす。

「三茶は土地の知名度もあるし、遠くから来るお客さんのアクセスはいいですよね。でもそこに決めてしまうと世田谷線からは離れてしまう。せっかく知り合えた尊敬できる方たちのことが頭に浮かんで。やっぱり三茶は違うなと思いました」

その後、今の物件に空きが出たことを教えてくれた方がいた。
「内見に行くと、外観は蔦だらけで異様な雰囲気でした。元々スナックが何軒か入れ替わりしていた物件だったようです。中に入ると、レトロな臙脂色の回転椅子と小さなカウンター、カラオケ用のステージがありました。天井も防音で、緑道側の窓は木で塞がれていたんですよ」

明るい陽の光が差し込む今のお店とは全然違う景色が広がっていたようだ。

“わざわざ来る”場所に店を構える覚悟は、フランスで体験したことと繋がっている。

「フランスの地方を回っていると、有名なレストランやパティスリーがびっくりするくらい辺鄙な場所にあって。山を登ってとか、バスが1日1本出ているか出ていないかくらいの村の中にあったり。でもそれに価値があると思うんです。“それを味わうために遠出する価値があるお店”って本当にあると思います。ロケーションを含めてわざわざ来た甲斐があると感じられる場所。そう考えたときに、この場所はわざわざ来てくれた方がお寺に寄ったり、散歩をして帰るのにちょうどいいんじゃないかと。何もないけれど、天気がいい日はすごくのどかで空気がいい。ここで勝負して、人を呼べたら大丈夫だって自信になるなと思ったんです。今考えるとなかなか尖った発想なんですけどね」

わざわざ来てもらえる場所、来て良かったと思える場所にしたいという強い思い。開業当初も1年が過ぎた今も、遠方から来てくれるお客さんも多いという。窓際の席には、飲み物を片手にお菓子を楽しむお客さんたちの笑顔でいつも溢れている。

「世田谷線沿線には良いお店がたくさんあります。そんなお店から歩けるという近い距離感なので、出店場所としてはベストだったのだと思います」

旬の果物を使って、味と香りを大事にしたフランス菓子を

ショーケースに収まる果実を使ったタルトやグラスに入ったスイーツは、ガラス越しにその色艶に見惚れてしまうほどだ。ケースの上には、甘い香りを漂わせているマドレーヌ、フィナンシェ、カヌレなどの焼菓子が並ぶ。その奥に佇むのは、果物のみずみずしさを閉じ込めたようなコンフィチュールの小さな瓶。ひとつひとつの商品のこだわりも、聞くと話が止まらないくらい熱く語ってくれる。

「大事にしているのは、味と香りです。デセールやお菓子で香りを出すのは難しいんですよ。僕はその中でも特に、修行したフランスやレストランで学んだ季節や旬を果物や色で表現することにこだわっています」

店名の「iro」の由来は、1つ目に「色で表現する」ことからだが、他にもこんな意味が込められている。

「子供でも呼べて覚えやすい三文字くらいの名前にしようと決めていました。2つ目の由来として、iroの後ろに『. . .』とつけているのは、etc(エトセトラ)を表していて、“いろいろな旬の食材で様々なお菓子を表現していく”という意味があって。3つ目に、僕の名前が“ひろゆき”なんですけど、フランスの職場のロッカーについていたネームは“Hiro”だったんです。フランス語でアッシュは読まないから、僕のニックネームはずっと“イロ”だったんですよ。なので“自分の投影”という意味も込めました」

限定商品、例えばクリスマスケーキには、「黒色」「橙色」のように色の名前をつけているという。

素材があってこそのデセールやコンフィチュール。高橋さんは生産者である農家さんを訪ね、自分の眼で確かめながら向き合う。定番のコンフィチュールは、無農薬のものしか使用しない。

「昔の日本では生食用の果物を美味しくするために良い意味で品種改良をたくさんしていたと思いますが、海外の農家さんはそういうことをしないんですよね。当たり前にビオがその辺で売っていて、それが普通なんです。だからフランスから帰ってきたときに違和感をすごく感じました。うちもなるべく農薬を使っている農家さんではなくて、無農薬の人たちが増えるようになるべく無農薬のものを使います。その人たちが潤わない限り、無農薬が当たり前になる日常は広がっていかないんですよね」

素材と真剣に対峙する姿勢は、近年話題にのぼることが増えたフードロス問題にも。

「ポリシーとして、捨てないということを観点においてやっています。これだけ料理人がフードロスに対して向き合っていて、海外の料理人がこれからの食について問題視する中で、お菓子の業界はだいぶ遅れているように感じて。向き合っていないというか、逃げているというか。僕の選択としては、最小限に抑えることを意識しています」

未だに形にできていない構想はたくさんあると話す、高橋さん。
「オープンから1年経ちましたが、やりたいことの半分もできていません。お客様が求めているものを考えながら、自分のやりたいことをそこに少しずつ当てはめていきたいと思っています。これからは、贈り物に困ったときにiroに行けば何かあるかな、というちょっとしたギフトを買えるようなお店にしたくて。イートインデザートを気軽に食べられるお店としてももっと認知してもらいたいとも思っています」

この地が生んだ、人や場所との繋がり。取材中、お店の扉の奥におじいさんが顔を出し、高橋さんが扉を開けた。お店があるアパートに住む方だという。「この店をよろしくね」と私たちに笑顔で言うおじいさんに、私たちの顔もほころんだ。高橋さんが人に、場所に、素材に真摯に向き合い信頼関係を築いてきた証がいたるところに感じられた。高橋さんはお店をこれからどんな色で表現していくのだろう。その進化を楽しみに、見守っていきたい。

iro…Confiserie_et Dessert
 
住所:東京都世田谷区宮坂1-2-20
電話番号:03-6884-2311
営業時間:9:30~17:30
定休日:火曜、水曜
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