特集

あの人のせたがやンソン 土岐麻子さん

世田谷ミッドタウンエリアに縁のある人物と、その街を歩く『あの人のせたがやンソン』。第1回目に登場した作家・しまおまほさんに続くのは、シンガー・土岐麻子さんです。土岐さんと巡るエリアは中学時代から大学時代まで過ごした千歳船橋~経堂エリア。懐かしのアルバイト先と母校を訪れて、自身の原点にふれました。

文章・構成:加藤 将太 写真:永峰 拓也 ヘア&メイク:井手 真紗子

世田谷は人が暮らすための街

最初に訪れたのは、2015年7月にリリースされた土岐麻子さんの最新アルバム『Bittersweet』と関連する場所へ。アルバムの2曲目に『BOYフロム世田谷』というキャッチーな曲がある。その中で描かれているのは、ひとりの女性の成長物語。世の男性が本音や問題から逃げようとすることへの様を、一方通行地獄で知られる世田谷の路地にたとえた歌詞がウイットに富んでいる。そんな一方通行をヒントに歌詞を綴った土岐さんは、世田谷のイメージをこう話してくれた。

「世田谷は住宅街ですね。人が住むために古くから発展してきた街というイメージがあります。都心に近い方の世田谷、三宿にも住宅地が必ずあるじゃないですか。たとえば三軒茶屋から世田谷線に乗って、少し西に離れてみるだけでも、人が暮らすための街というイメージが明確になってくるというか」

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BOYフロム世田谷

ちなみに「BOYフロム世田谷」のミュージックビデオには、東急世田谷線沿線を舞台に撮影されたシーンも登場(2:18, 2:28あたり)。土岐麻子といえば、“あなたって不思議だわ あなたっていくつなの?”のフレーズが印象的な「Gift ~あなたはマドンナ~」を連想する人が多いかもしれないけれども、彼女の表現の懐の深さや現在進行形の土岐さんを知るための手がかりになればと思う。

活字にふれた、かつてのアルバイト先

次は、大学生時代にお世話になった、とあるお店へ。小田急線千歳船橋駅の高架下にある『千歳書店』は、なんと土岐さんのかつてのアルバイト先なのだとか。正確には今は閉店してしまった環八(環状八号線)方面にあった2号店に2年ほど勤務。ここ本店も当時は千歳船橋駅前に店舗を構えていたけれども、千歳船橋駅の高架化工事に伴って現在の場所に移転したという。

「私がバイトしていた『千歳書店』は当時の自宅から3分くらいの距離にあって、大学時代に2年くらい働かせてもらったんです。今や千歳船橋は駅の開発があっていろいろなお店がありますけど、当時は小さいお店が多かったんですね。その中で『千歳書店』は千歳船橋の顔というか、当時から結構店舗が大きくて、本も充実していたし、商店街のドンみたいなイメージがありました(笑)」

『千歳書店』は上地さんご家族が経営してきた地元のお店。土岐さんを知る上地専務は「当時と比べると、本が少なくなってしまってね」と少し寂しそうな表情を浮かべるが、それでも戦前より地域とともに歩んできたお店というのだから、千歳船橋の顔にふさわしい。

「私がバイトしていたお店は専務の弟さんが店長だったんですけど、上地さんご家族は声に特徴があるんです(笑)。立ち読みしていると、店員さんの声で癒されるというか。ご本人たちは気付いていないかもしれないけど、お客さんの間では有名だったみたいですよ。あと、2号店にはおもちゃも売ってましたね。店長が相当なコレクターだったらしく、本と本の間に置いてあるおもちゃがマニアの間では有名で、非売品を売ってほしいとわざわざお店に来る人もいました。『ここは何屋なんだろう?』って不思議なお店でしたね」

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高校卒業後に土岐さんが進学したのは早稲田大学第一文学部。今はまったく読まなくなったそうだが、「文学部の学生だったから本にふれたくて、一番本を読んでいた時期かもしれない」とアルバイト時代を振り返る。

「当時はいろいろな雑誌があって、『BURST』という過激な雑誌が創刊された頃で、一応知っておかなきゃと思って創刊号を読んだら、その内容にショックを受けたのをよく憶えていますね(笑)。インターネットがまったく発達していなかったから、タイムリーな文化が集まるのは雑誌だったんです。雑誌をきっかけに、興味のないジャンルの文化の知識を得ていたというか。どんなものをどんな人が求めているのか。それが『千歳書店』のレジに立っているとはっきりわかったから、すごく勉強になりました」

土岐さんは2015年12月に自身初となるエッセイ集『愛のでたらめ』(二見書房)を発売したばかり。当時、本屋でバイトしていた文学部の女の子は、まさか自分の本を出版することになるなんて、夢にも思わなかっただろう。ちなみに千歳書店でも『愛のでたらめ』をお店の手書きコメント付きで取り扱い中。購入者には土岐さん直筆サイン入りのオリジナルカードがプレゼントされるので、土岐さんの思い出の地で是非手にとってみては。

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友達との大切な話はこの場所で

「友達に話があるときは緑道沿いのベンチに座りながら話し込んでいました。当時はこの城山通り沿いに、農大通りを左折して母校に向かう途中に、一軒だけファミリーマートがあったんですよ。高校1年のときに、そこの店員さんに恋をした友達がいて、その店員さんに手紙を渡す作戦会議とかをここでやってましたね(笑)。私にとってファミリーマートは都会の象徴で、お昼休みに学校を抜け出してパンを買いに行こうとしたら、見事に先生に見つかって怒られたことがあって。それほどファミリーマートは都会の入口だったんです(笑)」

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土岐さんは中学1年の途中に渋谷区から千歳船橋に引っ越して、大学卒業後にかつて活動していたバンドCymbalsがデビューするまでの間、暮らしていた。学校への通学手段は自転車。毎日、車道側から並木を眺めながら自転車を前に進めていたというが、通学時にこだわりのルーティンがあったのだという。

「中高一貫教育だったんですけど、毎日自宅から学校まで自転車でかかるタイムを5年間くらい計っていたんですよ。通学時間の新記録を出すことで通学のモチベーションを高めていて、途中で友達に会っても一目散でした(笑)。あと、今はマンションになってしまったみたいだけど、この緑道沿いには当時ヴェルディ川崎の選手寮があって、カズとかラモスが普通に歩いてましたね」

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