世田谷百貨店

田村慶さん

最寄り駅
上町

「“百貨店”というと衣食住にかかわるさまざまなモノに出会える場、レストランやイベントスペースなど人が集まる場でもあります。それは僕たちが掲げたコンセプトそのままなので、ちょっとおこがましいかなと思いつつも店名に使いました」──と田村慶さん。上町駅前から世田谷通りに抜ける小路に佇む「世田谷百貨店」のオーナーであり、IT会社の経営者という顔ももつ。長年胸にあった「人と人が出会う場所、何かのきっかけを創る場所」を実現するツールとして、カフェとショップを融合した同店を2018年9月にオープン。IT業界一筋だった田村さんにとって飲食はもとより店舗経営もすべてが初めてで、何のノウハウも持ち合わせていない状態からのスタートだったが、善き理解者、信頼できる仲間たちとともに試行錯誤しながら今年、2度めの夏を迎えた。

文章・構成:粟田佳織 写真:松永光希

地域の人が集うコミュニティスペースを作りたい

白い壁に掲げられた「世田谷百貨店」の漢字6文字が目を引く。おっしゃる通りなかなか大それたネーミングだ。間口数メートルの外観からはいまひとつ何のお店か見えてこないが、ドアの横にある「COFFEE」の看板とガラス越しに見える服や雑貨が、最近増えてきている「買い物ができるカフェ」なのだとやんわり伝えてくる。

足を踏み入れてまず目に入るのがショップスペース。Tシャツやスウェットなどの服類、雑貨、トートバッグやブランケット、道具類、さらにジャムやドライフルーツ、焼き菓子と、まるで節操のないラインナップが並ぶ。節操はないけれど、どれも心地よさそうな、日常をいまより少し豊かにしてくれる選び抜かれたアイテムであることが肌感覚でわかる。


その先、ラ・マルゾッコ社のエスプレッソマシンが存在感を放つオープンキッチンからは、コーヒーの香ばしい香りが漂う。コの字型の店舗の中央の空間には5〜6人は座れそうな大きいテーブルが陣取り、もう1辺に位置するカフェスペースにはパソコンを広げて仕事なのか勉強なのか勤しむ人の姿も。寛いだ様子はきっと常連さんなのだろう。スタイリッシュなイラストが描かれた壁には多彩なイベントのリポートやインフォメーションが見える。

「簡単な食事ができるカフェ、自分たちで一つひとつ選んだモノやオリジナルアイテムの物販に加え、コミュニティづくりの一環として講師やクリエイターを招いてのワークショップや展示会、地元の商店とコラボしたポップアップ企画などさまざまなイベントを展開しています」

北海道で育った田村さんは大学卒業後、札幌市内でウェブ制作会社を立ち上げ、技術者兼経営者として事業を拡大していく。2006年に東京に進出後は紆余曲折はありながらも、持ち前の冷静さと行動力で波を乗り越えてきた。

「ずっとIT業界にいて不満はなかったのですが、40歳を前に好きなことをやりたいという気持ちが生まれてきたんです。じゃあ、好きなことって何だろうとなったときに頭に浮かんだのが、コミュニティづくりでした。札幌にいる頃、2年ほどコワーキングスペースを運営していたこともあったんですが、もっと本格的にやってみたいと」

取引先のひとつにIT企業でありつつコミュニティを構築しているアメリカの会社があり、そこに属している人が楽しんだり成長したりするのを目の当たりにしたときに実現の可能性を感じたという。

「『こういうのを自分にもできないかな』と思ったんですね。ただ、その方法というのはまだ具体的ではなく、漠然とIT関連のコンテンツとして展開するんだろうと思っていました」

2018年の春、当時社長として雇用されていた会社を退職し、念願である「コミュニティづくり」のために新たな一歩を踏み出そうと模索していた。今につながる大きなヒントをくれたのは奥さんだった。

「ある日、妻がポツンと『お店をやってみたい』って言ったんです。彼女は整理収納アドバイザーをやっていることもあり、雑貨やインテリア、食などに関心があるので、それらを展開できるお店をやりたいと言うんですね。店というのはそれまでまったく頭になかったんですけれど、たとえば地域の人が集うコミュニティツールという視点で店舗経営を考えたらおもしろいかもと。それが始まりです」

IT経営者なりの歩み方で進んだオープンまでの道

カフェに限らず店舗経営をスタートする際の一般的なフローというのはあるのだろうが、門外漢の田村さんは飲食業界にネットワークもない。だから自分なりの、IT企業の経営者としてこれまでに培った方法で進めるしかなかった。スタートにあたりもっとも大切にしたのはコンセプトづくりだ。

「人が集まる場というからには、集まる理由がないとダメなわけで、新しい発見なり有益な出会いなり、そういうものを発信できるしくみはないかなと考えたんです。まずはカフェですね。僕自身コーヒーが好きで毎日カフェに行くという生活をしていたので、それが地元にあればいいなと。で、それ以外の部分の要素をひとつずつ詰めていきました」

この頃、田村さんと思いを共有し、ともにコンセプトづくりに注力したのが現在も右腕として活躍する遠藤祐太朗さんだ。前職のIT企業で知り合った遠藤さんは田村さんを強くリスペクト。田村さんも多くの時間を共にするなかで彼の仕事ぶりや能力に深い信頼を寄せていた。新たに起業するにあたり、同時期に退職していた遠藤さんに声をかけたのは必然だったという。

「あの頃は、毎晩2時3時まで、田村さんの家でコンセプトを詰めていました。最初はおにぎりカフェとかいろいろなアイデアが飛び交っていたんですが、ある日、田村さんからお店の名前を”世田谷百貨店”にすると言われたときに明確なイメージができたんですよね。つまり飲食、物販、イベント、コミュニティをワンパッケージとして、ローカルに展開していこうと」(遠藤さん)

場所については最初から田村さん自身が住んでいる「世田谷」が頭にあったので、結果”世田谷百貨店”に思い至ったのだという。

「世田谷は感度の高い方が多くそれでいて変に気取りがない、古さと新しさが融合した楽しい街ですよね。若い人もご老人も、ファミリーもいろいろな人が豊かに暮らすこの地域から発信していきたいと強く思いました。何かをメインにというのではなく、カフェもショップもイベントなども均等にいろいろやって相乗効果で店舗運営も成り立つしくみを考えられればいいなと思い至ったんです」

とはいえ、先述したように店舗経営については素人だ。コンセプトが決まった後はメニューやラインナップを決めていかなければならない。
当時は、田村さんご夫婦、遠藤さんとアパレル業界出身のアドバイザーの4人で進めていた。

「そもそもコーヒー1杯をいくらで売ればいいのかすら見当がつかないんです(笑)。とりあえず、マーケティングと称していろいろな街のカフェ巡りを始めました」

足で探すという一転してアナログなリサーチだが、現在もお付き合いが続く代官山のカフェ・ファソンをはじめ、よい出会いや発見をもたらした。以後、自分たちが実際に試していいと思ったらお店に直談判という方法は定着。使い勝手のいい道具類、上質な手触りのファブリック、健康志向のドライフルーツやジャム、キャンプの朝ごはんで食べるホットサンド……など、メンバーそれぞれが気に入り、自信をもって紹介したいもの、作り手のこだわりがみえるものを揃えていったところ、基本のラインナップが定まった。

ほかにも人から人の紹介で知り合った多彩なクリエイターやスペシャリストたちの協力を得て、2018年9月、オープンの日を迎えた。初日は100人以上の人がかけつけ、田村さん自身も慣れない接客を行ったという。世田谷発「人と人が出会う場所、きっかけを作る場所」の誕生だ。

信頼できるスタッフとつねに楽しいことを追求し、発信したい

オープンして2年が経とうとしている現在、店長として切り盛りしているのは宮川真維さん。オープンした年の11月、客としてたまたま訪れた際に、店の雰囲気やコンセプトを知り、強く惹かれたという。

「当時は神戸に住んでいて、長く勤めていた会社を退職したばかりでした。職探しを兼ねて東京に遊びに来ていたときにこのお店に出会って、自分がやりたいと思っていたことがここなら実現できると思ったんです」(宮川さん)

ちょうどオープンして3か月ほど経ち、田村さんのなかに新たな課題が生じていた頃だった。

「当初思い描いていた方向性からズレ始めたところがあって……おもに人の問題なんですが。思い入れの強さやポジションの違いがオペレーションに支障をきたすようになりました。僕はほとんど凹まない性分なのですが(笑)、当時一緒にやってくれていた妻は悩んでしまって」


長く会社経営に携わるなかで、田村さんは一緒に働いてくれる人たちに完璧を求めないことを心情としてきたという。

「僕も含めて人間はミスをします。だからミスが生じてもその人のせいではなく、ミスをしないしくみを作っていなかったことが問題だし、どうカバーするかが重要だと考えるのが習慣になっています。そんなこともあり、人事も含めて運営方法を見直す必要を感じ始めていたときに彼女が面接にきたんです」

それまでウェディングプランナーとして、人の人生に携わる仕事をしていた宮川さんには細やかさと冷静さがバランスよく備わっていた。「これからも人に寄り添う仕事をしていきたい」という思いに可能性を感じた田村さんは店長候補として採用を決めた。

新体制でスタートした世田谷百貨店は、以後多彩なイベントやワークショップなどを次々と企画、開催し認知度を高めていった。宮川さんを中心にお店の運営も安定し、着実に地域の人たちに浸透している。

「オオゼキ(スーパー)帰りの人がひと息つきに寄ったり、おじいちゃんおばあちゃんが午後のお茶の時間として過ごしたり、働く人がコワーキングスペースとして利用したりと、あらゆる世代の人たちが利用してくれるようになりました。スタッフが子ども好きばかりなので安心してゆったり過ごせるというママたちの声も多く聞こえます。イベントに参加してくれる人も増えてきて、手応えを感じています」

「田村さんのことを”まるで感情のない人”という印象をもつ人がいるようですが、長く一緒にやってきた自分はそうでないことを知っています」と遠藤さんが語るように、田村さんのつねに冷静で論理的に物事を進める姿に近寄りがたさを感じる人もいるかもしれない。だが自らの足を使い理想のコーヒーを探し歩いたり、大好物のホットサンドに執心したりと、こだわる部分にはとことんこだわり、手を抜かない愚直さはとても人間くさい温かみを放つ。そもそも感情のない人が「人と人が出会う場」を作ろうなどと考えるはずもない。ただ、合理性とこだわりといった2つの側面が絶妙なバランスで店舗運営にうまく反映されているのは確かなように感じる。

4月から6月にかけ、新型コロナによる営業自粛・縮小に瀕した際も、店と社員を守る最善の方法を考え、大きなマイナスを作らず乗り切った。スタッフのひとりが作ったお店のフリーペーパー「THE SETAGAYA TIMES」が大好評を博すなど、スタッフも主体的にアクションを起こす。田村さんの強いリーダーシップとスタッフへの信頼感は、働く側に安心とパワーを与えているに違いない。

小さな波はあるものの、すべてが順調に進んでいるように見えるが、本人はどう感じているのだろう。

「まだ、試行錯誤は続いています。今後もスタッフやお客さんの意見を聞いたり、社会状況を見たりしながら、つねに新しい仕掛けを考えていきたいですね。しばらくイベントの実行は難しいかもしれませんが、本来得意としているオンラインを使ったコンテンツなども考えています。規成概念を取り払って発想していけば、きっと楽しいことができると思っているし、ずっと追求し続けたいですね」

世田谷百貨店
住所:東京都世田谷区世田谷2-2-8
電話番号:050-1745-7700
営業時間:9:00~19:00
定休日:不定期
ウェブサイト
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