整體院 快・薬膳カフェ 日月

小澤明子さん

最寄り駅
世田谷

「いろいろなことが整ってきた今、とても充実しています」—— 梅雨明けの夏空に負けないほどの屈託ない笑顔がその言葉を裏付ける。「整體院 快」の整体師にしてオーナーの小澤明子さんは併設した薬膳カフェ「日月」とともに、訪れる人の不調に寄り添い、体の外と内側からのアプローチで改善に導く。世田谷はもとより遠方から車で訪れるお客さんもいるなど高い支持を集めるのは、15年以上磨き抜いてきた手技と彼女がまとう誠実な空気感に惹かれるからかもしれない。目の前の人によくなってほしい思いでやっているだけと本人が語る、唯一無二の手仕事を近くで見てみたい。

文章・構成:粟田佳織 写真:田辺エリ

カフェを併設した人と犬の整体院

世田谷駅から駒沢に向かって数分、住宅が連なる一画に「整體院 快」はある。サーモンピンクの壁がやさしい印象を放つ一軒家は1階が薬膳カフェ「日月」、2階が整体のスペース。人だけではなく犬の施術も行なっており、そちらの人気も上々だ。

「もともとは人間だけだったんです。たまたま遊びにいったドッグカフェで、落下事故にあってうまく歩けないワンちゃんがいたので体をいろいろ触ってみたところちゃんと歩けるようになり、飼い主さんがすごく喜んでくださったんです。周囲の方たちも『うちの子(犬)もやって!』と集まって来られて。そのときにワンちゃんの整体もありかなと思ったのが始まりです。人も犬も、生き物の体の原理は基本的にはみんな同じなんですよね」

ワンちゃん専用の施術コーナーを配置し、看板にも記したところ思った以上のニーズがあった。
「犬が苦手な方がいらっしゃるかなと心配していたのですが、みなさん快く受け入れてくださって、そもそも犬好きの方が多いんです。さすが世田谷ですよね」

もちろんメインは人間の施術。痛みや不調はそれが出ている部位とは別のところに原因があることが多く、明子さんはそれを見つけるのが得意なのだという。

そもそも、なぜ整体師の道を選んだのか。「重い話なんですけど」という前置きのあとに語られた話は、たしかに安易な感情移入は憚られる内容だった。

「29歳のときに離婚して、青森から横浜の実家に戻ってきました。3歳と1歳の娘がいたのですが、どうしても先方に置いて来なければならなかったんです。苦しくてどうしようもない日々が続きました。そのうち手が痺れてものを持てなくなってしまって。見兼ねた友人が連れていってくれたのが整体院でした」

高齢の整体師は手ではなく首を何度か触った後、ひとこと「大変だったね」と声をかけてくれた。その瞬間、こわばっていた気持ちがほぐれていくのを感じた。1年半ほど通って手の調子が改善するのに伴い、心も立ち直っていった。

「その頃に『こういう仕事、いいな』と思ったのがきっかけです。学校に通い、資格を取得して3年近くの修業期間を経て独立し、まずは横浜の自宅で開業しました。学校では落ちこぼれだったんですけれど、現場では力を発揮できたんです。マニュアルで覚えるより、実践の場で経験しながら感覚的に覚えていくほうが性に合っていたみたいです」

学生時代を過ごした世田谷で再出発

ひとりふたりとお客さんが増えていくなか、あるご夫婦が世田谷の駒留の場所を提供してくれることになり、横浜と駒留、半々くらいのペースで営業という日々が3年ほど続いた。横浜で生まれ育った明子さんだが大学が駒澤大学だったこともあり、世田谷は慣れ親しんだ懐かしい場所だ。

「でもまさか自分が世田谷で整体院を開業するなんてあの頃は考えてもいませんでしたから、すごく不思議。世田谷のお客さんにとてもよくしていただいて、ますますやりがいを感じるようになりました」

世田谷での仕事に手応えを感じ、本格的に開業しようと物件探しから始め、今の場所を見つけた。元々オーストラリア人が経営する建築事務所だったこともあり、センスがよくほとんど内装に手を入れる必要がなかった。

「こんなに広いところ、大丈夫かなという思いもありました。でも、私は失うものがないので、ダメならやめればいいんだと。そうなんですよね、どんなに仕事が順調に進んでも子どもを置いてきたという傷は決して小さくならないまま胸に残っているんです。だから自分に期待したり自信をもったりできなくて……それでも今できることをするしかないと、目の前だけを見て進んできました」

そうやって培ってきた手技は確実に人々の体を癒し、口コミや紹介でお客さんが少しずつ増えていった。訪れるのは老若男女問わず高齢の方もいれば学生や子どもと幅広い。施術も基本的なものから子どもの整体、マタニティ・産後のケア、美容目的、さらにワンちゃん整体と豊富なメニューが揃う。

「学生の頃から通い続けてくれた方が、今はママになって産後の骨盤ケアで来てくれるなど、ライフステージが変わっても通ってくださる方が大勢いらっしゃいます。あと、おじいちゃんおばあちゃんからお子さん、ワンちゃんというように、一家で通って来られる方も。嬉しいですよね」

信頼できる仲間も加わり、開業から1年経つ頃には軌道にのっていた。

新たな可能性を感じた花茶との出合い

開業して数年経った頃、明子さんに新たな出合いがあった。

「40歳を過ぎた頃から倦怠感やめまいなど体の不調を覚えて脳神経外科に行ったんです。そこで院長の奥様が『プレ更年期では?』と、渋谷の漢方医を紹介してくれまして。その薬がピタッとはまってすっかりよくなったんですよね。それで漢方に可能性を感じたんですが……」

漢方薬を扱うには薬剤師の資格が必要。大学で6年間、高い費用をかけて取得しなければならないが、その余裕はない。試行錯誤するなか韓国で出合ったのが、体質改善に導くといわれる「花茶」だ。

「漢方薬で使用するのはほとんど根の部分で、輸入しようとすると薬機法で厳しく制限されるのですが、花や葉の部分は該当しないんです。また、材料や配合が厳密に決められている漢方薬とちがい、お茶は自由にブレンドできます。薬用ではないけれどその植物の効能に近いブレンドティーなら私でも扱えることに気づいたんです」

その後の行動は早かった。韓国に渡り農園に直接交渉を試みるも、品質のよい安全なものとなると簡単に見つからないうえに、何の伝手もない日本人などなかなか相手にしてもらえない。韓国と往復の日々を続けるなかでやっと出会ったのが現在の取引先。

「電話は英語、メールのやり取りは韓国語、というのが先方の条件でした。ハングルはまったくできませんでしたが『なんとかなるだろう』という、ダメならそのとき考えるといういつもの精神で契約しました。おかげでいま大変です(笑)」

その後、厚生労働省での面倒な手続きなどを経て、やっと花茶の輸入を叶えた。2015年、それまで待合室として使っていた1階のスペースを改装し、花茶を中心とした薬膳メニューを提供するカフェ「日月」をオープン。

「オリジナルブレンドの花茶を展開し、体の内側から、頭痛やめまい、冷えやのぼせ、血圧などの問題を抱える人の体質改善にアプローチします。日月にはほかにも二十四節気ごとに旬の野菜や季節に合ったタンパク源を使ったスープ、カレー、スイーツなどのメニューも。ほとんどが手作りで、ワンちゃんの無添加おやつなども考案しています」

安心して訪れてもらえる変わらない場所をめざして

ダメならやめればいい……そんな思いで始めた「快」もこの秋10周年を迎える。整体師の資格をとってからここまでの歩みは決して順風満帆ではなく、人間関係や金銭的なトラブルといった試練もあった。その都度、悩んだり葛藤したりしながらも決して逃げることなく向き合い、乗り越えてきたという。

「やはり失うものはないというのが大きいですね。自分に自信がないから辛いことがあっても、仕方がない、自分がいけないんだ。だからやるしかないと」

心から消えることのない負い目は、いつの間にか明子さんを支えるパワーになっていたのかもしれない。本人が語るネガティブな姿と、目の前で華やかに笑う姿はまったく異なる印象を放つ。

「それは人が与えてくれた力かもしれません。訪れるお客様に少しでも元気になって欲しくて施術をしたり、薬膳メニューを考えたりしていますが、それが伝わると逆に『ありがとう』という言葉をいただくんです。価値などないと思っていた自分に感謝してくださる方がいる。『人のお役に立っている』ことを実感することで、私は人生を取り戻せたのだと思っています」

昨年、新しい家族が加わった。イタリアングレーハウンドのウィルちゃん(♀)だ。今や「快」「日月」の看板犬として訪れる人に笑顔と温もりをもたらしている。明子さん自身の生活もウィルちゃん中心に一変した。

「なんでしょうね、この愛しさは(笑)。ウィルが来てから心がどんどん豊かになっていくのを感じています。私が命を預かっていいものか……すごく迷っていたんですけれど、迎えてよかった。心からそう思っています」

ウィルちゃんが生まれたのは2020年の3月31日、コロナ禍のまっただ中だ。先の見えない状況に世の中が打ちひしがれるなか、せめて明るい未来を信じたいとの思いで命名したという。

「緊急事態宣言の際は悩みましたが、定期的に通い続けてくださっている地元の方限定というように、いくつか条件をつけて開けていました。というのもご近所にはひとり暮らしだったり、ご家族と接点をもてなかったりする高齢者のお客様たちが多くいらっしゃるので安否確認をしたいと思ったんです。私もひとりなのでお互いに安全を確認し合えますから。結果的に開けてよかったと思っています」

「快」と「日月」は、明子さんが代表を務める会社「紫宮」が運営している。社名は中国語で「北極星」を表す。

「北極星は定点を意味します。みなさんが困ったり、必要としていたりするときにいつでも帰れる場所でありたいという思いで名づけました。そのためにも今はこの場所を守っていこうと思っています」

幼いときに別れたふたりのお嬢さんはすでに成人し、それぞれの道を歩んでいると聞いた。心に抱く傷は消えることはないだろうが、明子さんには失くしたものだけでなく得たものだってあるはずだ。ずっと通ってくれるお客様や信頼できる仲間、ウィルちゃん。そして何よりこれまでコツコツと育んできた技術と知識を生かし、自身の手で人の体と心を癒してきた揺るぎない実績。

いろいろなことが整ってきた——冒頭の言葉が表すように、20年近く前、真っ暗な闇の中で見つけた微かな光は、今、まばゆく成長し明子さんを輝かせている。今後は周囲の人たちの安心できる拠り所として光り続けていくのだろう。変わらず在り続ける北極星のように。

整體院 快・薬膳カフェ 日月
住所:東京都世田谷区弦巻1-20-6
営業時間:11:00〜21:00(快)/ 11:00〜17:00(日月)、月曜、火曜10:00〜14:00
定休日:木曜日
ウェブサイト:https://kai-iak.sakura.ne.jp/(整體院 快)/ https://higetsu.com/(薬膳カフェ 日月)
Instagram:@seitaiinkai_higetsu@suhana.yakuzentea

 

(2021/07/27)

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