Hi Monsieur
大石護さん
バス通りから一本入った住宅街。信号もない小さな交差点の角にひょっこりと現れるアイスクリームの手描き看板が「Hi Monsieur」の目印だ。外側から見ると、雑貨屋さんほど物が並んでいるわけではなく、カフェのようにテーブルが並んでいるわけでもなく、奥には丸メガネの男性が一人。ここは一体何屋さんだろう。そう思いながらやや緊張気味で扉を開け一歩踏み入れてみると、そこにはひと癖もふた癖もある、たまらない世界が広がっていた。
文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子
無駄だけど好き。そんな豊かなものだけを集めて
正直なところ、このお店はほんの少しだけ入りづらいのかもしれない。でも、えいっ! と一歩入ってしまえば、明るく風通しのいい空間は心地よく、壁にぴったりと設置された棚に並べられた置物や雑貨に、思わず視線を奪われてしまう。実は緊張しながら思い切って扉を開けたことを告げると、「やっぱり入りづらいですよね~(笑)」と店主の大石さん。その笑顔と和やかな雰囲気に心が緩み、さっきまでの緊張は口に含んだ綿菓子のようにスーっと跡形もなく溶けていった。
店内のあちらこちらを見回せば、棚の他にも天井や床、窓際や換気扇の上にまでユニークな物たちがずらり。壁には様々なタッチの絵画も飾られ、たくさんの本が積まれた上にもオブジェがちょこん。年代物の人形の数々に博物館に来ているような気分にもなるのだが、よくみると小さな値札が付いているので、「そうだ、お店だったんだ」と思い出す。
「ここにあるのは、暮らしに必要なものというより無駄なもの。無駄だけど好きなものです。削ぎ落とした心地よさもあるけど、好きなものに囲まれていると豊かでいられるじゃないですか」
象の置物が大きいものから順に並べられていたり、棚の隙間に高さがぴったりの人形が気持ちよく収まっていたり。よくみたら、電気のスイッチや扉の隙間にも、小さな小さなミニチュアの人形が物語の一場面を一時停止したかのように置かれている。
「あえて言わないんですけど、驚かせたいっていうか、クスってなってくれたらいいな、っていうのはありますね。ミニチュアも気づいてもらえると、実はちょっとだけ嬉しくて、こっそりニヤリとしてしまいます(笑)。物の配置も、こっちの方がいいかな、入れ替えようかな、ってちょこちょこ変化させたりして。それは、毎日来てくださっている常連さんでも気づかないくらいの些細な変化なんですけどね」
国も時代も異なるアイテムが、区別されることなく並べられている。海外らしい置物と福島の赤べこが隣り合っていても、さほど違和感を感じることなく馴染んでいるのもおもしろい。
「ここにあるものって、恐らく、引っかかる人には引っかかるけど、引っかからない人にはまったく引っかからないものだと思います。全て、私の“好き”のフィルターは通っているので、不揃いなようで統一感はあるのかな。だから、一見バラバラなようでも、喧嘩せずに収まっているのかもしれませんね」
縁で繋がったさまざまな作家が彩る雑貨とフード
店内には、ヴィンテージのアイテムと一緒に、国内外の作家による1点ものも並ぶ。そのアイテムもまた、なかなか癖が強めだ。
「コロナ禍で海外への買い付けに行けなくなってしまったので、様々な作家さんにお願いしてアイテムを作ってもらっています。たまたまここを訪れた方や友達の紹介で知り合った方、SNSで見つけてコンタクトを取った海外の方もいます。今お願いしている方はみなさん個性的で、例えば『うちっぽいマグカップ』ってオーダーすると、こちらの想像を飛び越えたとんでもないものが上がってくるんですよ。こうきたかー! っていう(笑)。あまりにも気に入って、自分用にしたものもあります。作家が作品にこっそり忍ばせるちっちゃいこだわりが好きですね。作品について説明してもらうと、納得すると同時に小賢しいなぁ! って(笑)」
その口ぶりは、まるで誇らしい友達を自慢するかのよう。ほんのちょっと意地悪な表現にも、大石さんが抱く作家への愛情と尊敬が溢れる。
ここで楽しめる飲み物や食べ物メニューも、大石さんが引き寄せた縁によるもの。そう、ここはカフェでもあるのだ。季節の果実を使った組み合わせが絶妙な手作りアイスクリームに、不定期に入荷する「やまねフランス」の焼き菓子や「my picnic」のドーナツも、常連たちの楽しみになっている。
「アイスクリームは友人の紹介で知り合った方に作ってもらっています。ドーナツはこの近所に住む友人がお裾分けしてくれたのをきっかけに仕入れるようになって。やまねフランスさんも、実はお店を始める前からのご縁。どれもフードを置こうとして見つけたのではなく出会いの方が先で、自分が美味しいと思ったから置かせてもらっているという感じです。ちなみに、レモネードとカフェニコは、かつて奥渋谷の路地裏にあり今は京都に移転したカフェ『ME ME ME』から引き継いだレシピ。これは、私自身が大好きで通っていて、よく注文していたお気に入りのドリンクです」
このお店には、アイテムのみならずフードメニューまで、抜かりなく大石さんの“好き”がお店に詰め込めこまれている。
「お客様とお話することもありますけど、あえて一生懸命コミュニケーションを取ろうとは思っていないんです」と大石さん。あえて程よい距離感で放置してくれるのは、むしろ心地よく感じる。
「大したサービスはしませんけど、ここで自由に楽しんでいただけたらいいなぁ、っていう気持ちです。自分の好きな空間によかったらどうぞ! っていう気持ちで作った場所なので。店名も、『よぉ!』って感じでお気軽に立ち寄っていただけたらなぁ、と思ってハイムッシュにしました」
ここは何屋さんだろう。その答えがなかなか見つけられないのは、ここが雑貨屋さんでもあり、コーヒー屋さんでもあり、アイスクリーム屋さんでもあり、さらには、さまざまな作家の作品に出会えるギャラリーでもあり、遠い国からやってきた古いものに出会える博物館のようでもあるから。この場所が何屋さんかは、訪れる人によって変化する。
オープンな事務所でもあるから住宅街でひっそりと
このお店では店主として切り盛りしている大石さんだが、実は、広告や映像作品など、幅広いジャンルで活躍するインテリアスタイリストというもう一つの顔を持つ。表向きにはお店だが、実は彼の世界観が存分に表現された事務所でもあるのだ。
「インテリアのリースや撮影大道具の制作をしていた前職の会社から独立した時に、事務所を持つことは決めていたんです。でも、いつか自分の店を持ちたいと夢見ていたので、いっそ誰でも立ち寄ることができるオープンな店にしてしまおうと、こんな形になりました。お店に憧れがあったのは、インテリアに興味を持ち始めた20代に空間づくりを見たくてカフェを巡る中、コーヒーも好きになったから。実は、前職はインテリア系の仕事内容だったにも関わらず、コーヒー担当という謎の名目で採用になって、マーケットイベントを開催してそこでコーヒーを淹れたりもしていたんです」
大石さんの中では、もともとインテリアとコーヒー、そして、その空間で過ごす時間というものが密接に繋がっていたのだろう。
クライアントのニーズに合わせた世界観をスタイリングによって作り出し、相手の要望を叶えていく。そんな仕事もしているからこそ、自分の好きなものだけに囲まれるこの空間が必要だったと大石さんは話す。
「仕事でのスタイリングはクライアントの要望がありますから、好きなもので世界観を作るのとは少し異なります。スタイリングにも、こっそり自分の足跡みたいなものを忍ばせてみるのですが、感度のいい方に気づかれてほんの少し残念に思いながら外すこともしばしば(笑)。だから、ここは唯一、100%自分の表現ができる場所なんです」
ところで、なぜ駅から少しだけ距離のあるこの場所に、お店を構えることにしたのだろう。
「一人暮らしをしていた頃に、代沢の外れにある淡島と呼ばれるエリアに住んでいたことがありました。ここから歩いてすぐのエリアです。駅近ではないですが、静かでとても心地よい場所だったので、事務所を構えるならこのあたりがいいなぁ、と漠然と思っていたんです。そして、物件を探す中で偶然出会ったのがこの場所。3、4年空いていた元床屋さんだった物件でした。大家さんにも好きなように使っていいよ、と言っていただいて。私にとっては好条件。シャッターだけだった入り口に壁を作ってもらい、ドアや窓枠も自分で見つけた古いものを取り付けてもらいました」
入り口の扉の取手が靴の木型だったり、扉の穴でミニチュアの世界が繰り広げられていたり、細かいところにも大石さんのこだわりが見える。よくみると、前の物件の名残で古い窓が残っているが、大石さんの世界観にすっかり馴染んでいる様子だ。
「近所のお店の方には、この辺りでの商売はやめておけなんて言われましたけどね(笑)」と大石さん。確かに、住宅地の中。通りすがりの方が入ってくるのは期待できないような場所だ。
「事務所でもあるので、賑やかな通りで次々にお客様が来てくださるよりも、このくらいのんびりしていた方が自分には合ってます。商品のセレクトも、渋谷のお店に並んでいるようなものを並べてもしょうがない気がしているので、自分の好きなものを集めています。このあたりには、気の合う店主がやってるお店が何軒かありますが、店主はみんな我が強いというか(笑)。個性的でおもしろい方ばかりです。この辺りをあえて選んでいるくらいですからね!」
海外はもちろん国内も。“好き”に出会う旅はまだまだ続く
コロナ禍の前は、年に1、2回は家族旅行を兼ね、お店をお休みしてサンフランシスコやポートランド、ヨーロッパの様々な国に買い付けの旅に出ていたという。旅をしながら出会ったものを買い付けていると聞いて、だからどこか旅のお土産のようなあたたかい雰囲気があるのかと納得した。ひとつ一つが、ひょいとは行けない遠い国でその時その瞬間に偶然出会ったものだと思うと、目の前にあることの縁を感じずにはいられない。
そこで、素朴な疑問が湧いた。旅先で惚れ込んでしまったお気に入りアイテムなら、売りたくなくなってしまうのでは、と。率直に疑問を投げかけてみると、「実は、非売品も結構あるんです」と大石さん。
「買い付けてすぐは手放したくないなぁと思って、最初は非売品にしているんですけど、そのうち買い付けを重ねて新しいアイテムが入ってくると、そろそろいいかなって売り物にしたりして。自慢したくて店に並べているものもありますから、3割くらいは非売品かなぁ。お客様に聞かれたら、『非売品です』って、嫌な店ですよね(笑)」
この事態が落ち着いたら真っ先にやりたいことというと、やっぱり海外への買い付けだろうか。
「もちろん海外への買い付けは行きたいですね。コーヒーを買って公園で休憩したり、街中をぶらぶら歩いたり。そういうのんびりした旅が好きです。今は、国内外に関わらず、やりとりさせていただいている作家さんにも会いにいきたいですね。日本にも知らないところがまだまだあって、それぞれに良さがあるなぁと最近思います。だから、今は日本の様々な場所もゆっくり巡ってみたいです」
大石さんの”好き”を巡る旅は、舞台を国内外に広げて、まだまだこれからも続いていきそうだ。そして、新たな“好き”コレクションは、どんどん濃く進化していくのだろう。Hi Monsieurは、変わらないようでいつもどこかが変化し、店主の感性を垣間見ることができる、言わば大石さんの“部屋”。趣味の合う友人の部屋のように、またすぐに遊びに行きたくなる。
Hi Monsieur
東京都世田谷区代田1-30-12
開店時間:12:00〜17:00頃
定休日:土曜・日曜 ※臨時休業日あり
ウェブサイト:https://www.himonsieur.com/
Instagram:@hi_monsieur
(2021/08/25)