PÂTISSERIE NAOKI

長谷部直生さん

最寄り駅
駒沢大学

ケーキのある景色は、やっぱり少し特別だ。おめでとうの瞬間や、疲れた自分をちょっと慰めたくなるとき、食べさせたい誰かのことを思い出したとき、ケーキを買おうって思う。季節のフルーツや、濃厚そうなガナッシュはどれもきらきらしていて、箱を受け取った瞬間にしあわせな気持ちがこみ上げてくる。深沢にある「PÂTISSERIE NAOKI」でショーケースを覗く人たちも、みんな嬉しそうだ。長谷部直生さんが家業だった「ハセベ洋菓子店」を「NAOKI」として新たにオープンさせてから、今年で30年。この街を癒してきたスイーツの軌跡を取材した。

文章:吉川愛歩 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

「ケーキより野球」だった少年

駒沢大学駅を降りると、246沿いにPÂTISSERIE NAOKIの駒沢店が見えてくる。オープンキッチンのある深沢店と比べるとコンパクトだが、NAOKIの前身であるハセベ洋菓子店は、この駒沢店からはじまった。長谷部さんの父親がここでお店をはじめたのは1964年のこと。東京オリンピックの第二会場に駒沢オリンピック公園が選ばれてこの街が賑わい、246には玉電と呼ばれる路面電車が走っていたころの話だ。

「駒沢店でケーキを作っていた記憶は、僕にもないんです。物心ついたときには深沢店があって、製造はこちらで行っていました。みなさんこちらを本店とおっしゃるんですが、実は駒沢の方が先なんですよ」

おうちがケーキ屋さんなんて羨ましい。そう言うと、長谷部さんは生まれたときから当たり前にある洋菓子に、実はそこまで関心を持っていなかったと言う。

「いつも近くにあったから、改めてその存在について考えたことがなかったんですよね。子どものころは、野球ばっかりしてました。でも、『直生くんはケーキ屋さんになるんでしょ』って友だちに言われたりはしていましたね。それでいざ進路を決めるとなったときに、継いでみようかなって。なんとなく楽しそうだなっていう、はじめはそんな気軽な気持ちだったんです」

その時点ではお菓子を作った経験もなく、バターが牛乳からできているという基本的なことすら知らなかった。父親が尊敬する老舗フランス菓子店「池ノ上ピエール」で修行をスタートさせた長谷部さんにとって、毎日が新しい発見の連続だった。

「とにかくあまりにも知識がなかったので、はじめは雑用ばかりしていてなんの役にも立ちませんでしたよ。ただ一方で、見るものすべてがはじめて知ることばかりで、日々おもしろかったです。ケーキってこんなふうにできているんだ! というのはもちろん、材料を混ぜるとこんな形になるんだ、こんな味になるんだって、子どもみたいにワクワクして過ごしていた時期でした。小麦粉とバターと牛乳とたまごっていう、シンプルな材料だけでも幾通りものお菓子が作れるし、組み合わせや配合を変えるだけで味や形が変わる。その、ものづくりの感じが好きでしたね。ケーキ作りに入らせてもらえるようになってからは、だんだんとお菓子作りが楽しくなっていって、この仕事を一生していきたいなって思うようになりました」

フランスが教えてくれたこと

そのころ長谷部さんがお菓子に感じた魅力は、児童文学作家の中川季枝子さんが「おかし」という絵本にまとめている。お菓子が大好きな少年が、バナナ一本からいろんなお菓子のアイデアを生み出したり、おやつに気持ちを癒されたりする、かわいいお話だ。

「僕がむかし通っていた駒沢のコドモの園幼稚園に、よく中川さんが講演にいらっしゃるんです。そのときに園の方がうちのケーキを出してくださって、『卒園生がケーキ屋さんになったんですよ』とご紹介いただいたんですね。それがご縁でお店にもよく来ていただき、絵本にしてくださったんですが、ものすごく嬉しかったです」

物語の内容は中川さんの創作だが、読むたび長谷部さんが楽しそうにお菓子作りに向かう姿と重なって見え、NAOKIのお菓子の味が口の中に蘇ってくる。お菓子は人をしあわせな気持ちにさせることができる、そのことが長谷部さんの喜びにもつながった。

そうしてお菓子作りで生きていくと決めた長谷部さんは、「池ノ上ピエール」で修行を終えたのち、フランスへと向かった。

「やっぱり本場のお菓子に触れてみたかったし、その味を駒沢の人たちに食べさせたい!というちょっと生意気な気持ちもありました。まあ、フランスかぶれしていたんですよ。おしゃれだし、素敵ですからね。もちろんすごく勉強になった一年でした。フランスの方々は生まれてからずっと芸術的なものに囲まれているからか、尖った感性が育ちやすく、デザイン性に富んでいて、レシピひとつとっても日本にはないおもしろさがありました。どこを切り取っても絵になるような場所で生きてきた人たちには叶わないなあ、と思ったこともあります」

フランスと日本では、パティシエになる道のりも大きく違う。長谷部さんのように店で修行をしてパティシエを目指すルートはフランスでは例がなく、まずは製菓学校を卒業する必要があるのだそうだ。

「フランスでは、パティシエは国家資格なんです。資格がないと、パティシエとして働くことができないんですね。そのため、全員が同じ基礎を学んだうえでパティシエになる、というのが日本と大きく違うところです。何か作るときにいろんな店のいろんな作り方があるのではなく、基本の作り方というものがかなりしっかりあって、その伝統を大切にしています。また、これは場所や地域、お店によっても違いはあるでしょうが、仕事の仕方がおおらかで気持ちに余裕がありましたね。日本の技術は繊細だとよく言われますが、一方で細かくて小さいことを気にしすぎたり、笑顔が少なかったりする部分もありますよね。そういうお店の雰囲気作りについては、経営していくときにもすごく勉強になりました」

ここでしか買えないもの

フランスでは、お菓子作りに使う素材にもたくさん出会った。

「あるお店で飾りに使っていたスターフルーツを初めて見たときは、衝撃を受けました。切ったら切り口が星の形をしている果物なんですけど、なんてかわいいんだろうって。あとはピスタチオのアイスクリームがおいしかったなあ。お菓子作りに使うピスタチオって、よくおつまみで売っているのとは違うんです。製菓で使うのはグリーンピスタチオという、ローストしていないものなんですよ」

たくさんの思いと学びを抱えて帰国した長谷部さんは、いよいよハセベ洋菓子店を継ぎ、お店に自分の名である「NAOKI」とつけた。その思いを伺うと、「いやあ、自己主張したかったですよね」と笑いながらも、「この店を自分でやっていくっていう、責任を感じたかったのかもしれません」と言った。

その名前の響きに、どういうわけかすごく親しみを感じる。「ナオキのお菓子」と言うと、まるでなかよしの友だちが作ったようにも聞こえて、自分だけの特別な何かに思えてならないのだ。

それはもしかすると、ここでしか買えない、ということも関係しているのかもしれない。今の世の中、どこに住んでいてもいろんな地方のものが簡単に手に入り、その店に行かなくても都心のデパートで揃ったりする。その便利さに救われるときもあるけれど、この唯一無二なところが地元にいる者としては嬉しいし、おみやげにはまずNAOKIのお菓子を、と思う。

初めてお店にきたらこれは食べてほしいというものはありますかと尋ねると、「全然ないです」と長谷部さんは言う。

「もう、好きなものを食べていただきたいです。その日のインスピレーションでぜひ。季節のものはだいたい年に8回ほど衣替えをしていて、15種類ほど出しています。それに常時ラインナップしているものを15種類合わせて、だいたい1日に30種類くらいは作っています。むかしはそれこそ欠品しないようにしていたり、もっとたくさんの種類を並べたりしていたんですが、無理せず、やっぱり人間らしい生活もしながら楽しくお菓子を作る、というところも大切に考えるようになりました」

たしかに、取材に伺った17時ごろにはもうショーケースはがらがらだった。でも、それは消費者にとっても嬉しい光景だと思う。

「ちゃんと作って、ちゃんとその日に食べてもらえて、ちゃんと売り切れるように作る。それを真面目にコツコツやることが、長く続けていけるコツなのかなって思います」

クリスマスケーキは通知表

そんなPÂTISSERIE NAOKIのショーケースの中を紹介したい。なんといってもおすすめしたいのは、定番の「苺のショートケーキ」だ。作っているところを見せていただくと、思ったよりも苺とクリームがたっぷり挟んである。それでも甘すぎず重すぎず、毎日食べられるケーキ、というコピーをつけたくなるバランスのよさだ。

それから、長谷部さんが20年ほど前に息子さんのために作ったというプリン「ゆうたんのおやつ」。クリーミーなプリンにほろ苦い大人味のカラメルソースが潜んでいて、甘くない生クリームがのっている。この、プリンとカラメルソースとクリームを別々に口に入れたり合わせたりしていると、いくつものお菓子を食べた満足感が味わえる。しかも「ゆうたんのおやつ」には、当たりくじつきのプリンが存在するのだ。

「むかしは駄菓子屋で、くじつきのお菓子を買っていましたよね。ああいうちょっとドキドキする楽しみがあったらいいなって思って、くじつきにしたんです」

続いては、失敗から生まれたという、硬めのプリンがのった「クレームキャラメル」。これはスタッフが卵液を湯煎の中にこぼしてしまって商品にならなくなったとき、「しょうがないからそのまま大きい型に入れてプリンにしてみんなで食べよう」と作ったのがはじまりだそうだ。

「飯倉にあるイタリアンレストランの『キャンティ』では、大きな器で焼いたプリンが出てきたのを思い出したんです。大きさがあると、ゆっくりじっくり火が入っていって、小さい型で焼いたのとはまた違ったおいしさがあるんですよね」

ホールサイズのクレームキャラメルは、大きなプリンを丸ごと食べられる贅沢感があって、子どもにも喜ばれそうだ。

ほかにもフルーツのタルトやガトーショコラ、紙筒で焼くシフォンケーキなどが定番のラインナップだ。旬のものには、和栗のパンナコッタやモンブラン、カスタードクリームと生クリームがたっぷり入ったマリトッツォが並んでいた。今年初めて開発した「アズキスキ」は、つぶあん入りのあずきクリームに、塩味のバターが入っている。あんバターのパンを食べたときにおいしくて、作ってみたという。

「新しいものを考えるときはデッサンしています。昔はいろんなところに食べ歩きに行ったり、インスピレーションを得るためにあれこれしていましたが、今は毎日のささやかなところからアイデア出ししています。子どもももう大きくなったので、妻と散歩したり、おいしいものを食べたり、ですね」

12月には、ケーキ屋さんが一年でもっとも忙しいクリスマスがやってくる。長谷部さんにとってのクリスマスは、「通知表みたいなもの」なのだそうだ。

「まだ僕が全然クリスマスのことを考えていなくても、『今年のクリスマスはどんなケーキですか?』なんて聞かれると、嬉しくなります。待っていてくださっているんだなあって思うとがんばれるし、やっぱりその大切な日に選ばれるケーキでありたいです」

一年でいちばん多くの人がケーキを食べるその日、NAOKIにも自慢のケーキが並ぶ。今年は、ブッシュドノエルやショートケーキのほかに、ドゥーブルフロマージュというチーズケーキなど5種類を作るそうだ。変わらない味も新しい味も、クリスマスの景色とともに記憶していきたい。

PÂTISSERIE NAOKI

深沢店
住所:東京都世田谷区深沢4-35-7
電話番号:03-3703-5522

駒沢店
住所:東京都世田谷区駒沢1-4-12
電話番号:03-3422-3167

定休日:ともに月曜日

※2022年より火曜日も休業予定。各店舗へご確認ください。
営業時間:10:00~20:00(駒沢店 10:30~21:00)
ウェブサイト

(2021/12/21)

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