まだん陶房

岩田康則さん

最寄り駅
経堂

ろくろ上の土と挌闘する女性、成形を終えた作品の色選びに余念がないご夫婦。道具を駆使し、土に模様を施す親子。奥では慣れたようすの人たちが土を練ったり削ったりとそれぞれ自分の作品のブラッシュアップに勤しむ。陶芸スペース「まだん陶房」のいつもと変わらぬ光景。その空間に溶け込むように新参・古参隔てなく声をかけ、軽やかに寄り添うおじいさんの姿がある。陶芸家、岩田康則さん。「まだん陶房」の主宰者だ。「陶芸というのはとてつもなく深淵ある世界なのです」と岩田さん。少年のような光を宿した瞳に彼が知る深淵をのぞいてみたい、そんな思いで話を訊いてみた。

文章・構成:粟田佳織 写真:中村治

経堂で25年続く陶芸の工房

「まだん陶房」は経堂駅から数分、駅前の喧騒が落ち着きをみせた住宅地に佇む。挑戦したい習い事、手につけたい趣味としてつねに上位にある「陶芸」ができる場として、土練りや焼成を行う設備が整い、初心者から上級者までが集う。1997年開業というから今年で25周年だ。

多くの人が最初に選ぶ体験コースでは、ろくろを回して湯呑みや小鉢などシンプルなものづくりに挑戦する。泥んこ遊びから遠ざかった大人としては、もったりとした土の感触はどこか懐かしさを伴い、ほんのり冷たいのに温かみを感じる。ただ土を触っているだけで心が鎮まっていく気がするのはなぜだろう。

土のかたまりはベテランスタッフの指導のもと2時間ほどでそれっぽい形となる。好みでスタンプやかきべらなどで模様を施し、その日は釉薬の色を決めるまでを行う。その後、素焼きや削り、本焼きといった工程を経て完成するのだがそこはスタッフが代行し、1か月ほど待って焼きあがった作品と対面するという流れだ。

「焼きあがった品を見たときのみなさんの顔が大好きなんです。とても喜ばれて嬉しそうな顔をなさる。陶芸の醍醐味のひとつですよね。土のかたまりが形になり、立派な陶器として焼きあがる。この感動はどんなに経験を積んでも変わらないものですから、初めての方の喜びはどれほど大きいことか。みなさんのその顔を見るのが私の楽しみのひとつです」

スタッフのサポートがあるとはいえ、最初からイメージ通り、思った通りにできることなど少ない。ただその人にとってはそれもこれもすべて愛しい唯一無二の作品であり、二度と作れない思い出として胸に残るものだと岩田さんは言う。

「私が初めて作ったぐい呑みなどは下手で拙いものですが、今、同じものを作ろうとしてもできません。あのときに向き合っていた純粋な気持ち、子どものような無垢さはもう出せません。正解も間違いもない、そのときの自分にしか作れないものがあります。不格好なところがあったとしても胸を張ってほしいですね」

訪れている人との距離のとりかたは絶妙だ。自分の世界に没頭している人には踏み込まないし、必要とされているサインには敏感。
成形を終え、模様入れの工程で悩んでいるようすの男の子の隣にさりげなく座り、「自由に描いていいなんていわれても困るよねえ」「好きなものは?」「じゃあ、ここはどうしようか」「ああ、かっこいいねえ!」と寄り添う。決して圧をかけず、その子の好奇心や好みを尊重する姿はどこまでも温かい。その後、少年はのびのびと思いのままに模様を描き出した。

「まだん陶房を始めるときに思い描いたのは『楽しく作陶してもらえる場』でした。陶芸というのは奥の深い技術でどんなに鍛錬を重ねても極めることは難しい。私もまだまだです。土練り、成形、削り、すべての工程ひとつひとつに完成があり、たとえ技術を習得したとしても、そこから先がまた長い、大変な道です。やればやるほどそれを感じる。それでも私が続けられるのは、根底に楽しいという気持ちがあるから。それから好きという思いです。ここに来る人たちも趣味の一環だったりプロを目指したりと目的はさまざまですが、いずれも楽しい・好きという気持ちがないと続けるのは難しいし、いいモノも作れないと思うのです」

そうした思いからか陶房の運営も独特。体験コースはだれでも申し込みができ、空いていればいつでも入れる。技術を学ぶ「基礎」「ろくろ」は回数が決まった受講コースを用意。基礎を覚えたら自由会員になれば営業時間内は予約なしでいつでも出入り自由、曜日や回数、時間制限なしで作陶できる。営業時間は設定されているものの、会員さんがノッているようならきりのいいところまで待つという大らかなスタンス。実際、土日はもとより平日も多くの人が自由に出入りし、勝手知ったようすで自分の作業に集中する。数時間いる人、30分ほどで引き上げる人とさまざまだ。

売る人から創る人へ

岩田さんが陶芸を始めたのは40代の初めと意外にも遅い。当時、道玄坂で料理店を営み、経営は順調だった。そんなときたまたま隣のビルの一室に空きがあったことから工芸画廊の経営を始めることになった。料理店で大勢の才能ある工芸作家さんたちと知り合い、交流を重ねるなかで彼らに作品を発表する場を提供したいと思ったのがきっかけだそう。絵画のギャラリーは数多くあるのに、当時工芸品のギャラリーはとても少なかった時代だ。

「よし、じゃあ自分がそれを作ってあげようと、今思うととても思い上がった気持ちですね。もともと子どもの頃から絵が好きで工芸の高校に進みたいと思っていたのですが、父の反対にあい断念したのです。普通高校に進み大学も経済学部。しばらくは絵や芸術とは無縁の生活をしていました。でも彼らと出会い、封印していた思いがむくむくと沸きあがってきて……。応援することで自分の夢を叶えられる気がしたのかもしれません」

工芸画廊「玄武」をオープン。陶器のほか漆器や竹細工などを取り扱い、多くの工芸作家の作品を世に紹介。この店を足がかりに大きく羽ばたいた作家も多くいるという。一方で経営という部分では苦しく、順調な料理店経営の売り上げでなんとか賄っていた。好きなもの、素晴らしいものを集めるだけでなく「売る」ことも考えなくてはならない。

「畑違いのことですからね。お客様にきちんと説明し、作家さんたちと深い話をするためにもまずは自分でもプロセスくらいは経験しておこうと思い至りまして、近くの陶芸教室に通い始めたんです。ところが……」

営業用の知識を習得しようと通い始めた教室で、初めて土に触れた岩田さんは、すっかり夢中になってしまった。

「じつに奥深い世界だと痛感。表面だけさらって陶芸家の方と話そうだなんてなんと浅はかだったのかと恥ずかしくなりました。何をえらそうにわかったようなことを言っていたのか。極めることなどは遠いことだとすぐに感じました。でもね、その一方で、楽しさも強く感じていたのです。もっともっとやりたいと、とりこになってしまったんですね」

工芸画廊で大勢の作家さんたちと渡り合い、素晴らしい作品を扱い紹介してきた。でも売るよりも作るほうがずっと楽しいと知ってしまった。商売となると心にもないことを言わなければならないことも多々あったが、作ることはただ自分の思うままに楽しめばいい。うまくなりたいという気持ちが膨れ上がっていったという。

自宅のガレージを工房に改装して鍛錬を重ねる日々。やればやるほど難しさを知るが、それさえも楽しかった。何もないところから形ができてくる。土くれが形になりモノとなる。自分の手の中でいかようにも変化していくおもしろさ。なんといっても土を触っているときの「無」の感覚は、何にも代え難い感覚だ。
そんななか、岩田さんの作品が美術雑誌に掲載される機会を得た。

「まだまだ満足にはほど遠かったのですが、ひとつの結果としてやはり嬉しかったですね。なによりそれまでは呆れてみていた妻が、雑誌に掲載された作品を見て褒めてくれたんです。『いい壺ね。梅干しを漬けてもいい?』って(笑)」

みんなで陶芸を楽しむ場づくり

その後も料理店と工芸画廊を経営しつつ、空いた時間は自宅ガレージでの鍛錬に費やす日々を続けた。そのうちコンテストでの入賞、優秀賞などの受賞が続き、錚々たる顔ぶれとの交流が始まる。テレビや雑誌などメディアにも登場するなど、岩田さんは、焼き物を売る人から、焼き物を創る人になった。業界での認知度や地位も上がっていた。
まだん陶房を立ち上げたのはそんな頃だ。

「みんなで楽しく陶芸ができる場を作りたいという思いはずっとありました。陶芸に興味はあるけれどやったことがない、一歩が踏み出せないという人はいっぱいいると思います。難しく考えずにまずは体験してもらい、土に触れてほしい、それができる場づくりです。私が始めたときに感じたワクワクする気持ち。そして土と向き合い、無になる体験。忙しい現代社会にあってそれはとても貴重なことだと思うのです。そして続けてみたいと思ったらいつでも好きなときに来て土と語り合えばいい。そんな場所にしたいと思ったのです」
岩田さんの思いは形になり、信頼できるスタッフも加わって大勢の人が集うようになった。

陶芸というのは不思議な世界だ。同じ焼き物でも日用品から美術品まで大きな幅があり、量販店で数百円程度で購入できるものから、名品ともなれば家一軒よりも高価なものがざらにある。土を練って焼くというプロセスに変わりはなくとも、価値には大きな差がつく。そのちがいは何なのか。おそらく両方を知っている岩田さんに訊いてみた。

「ちがいは見る人、手に取る人の価値観だけです。鑑定士が出す価値は基準に則ったもの。でも心が動くとか、美しいと思う気持ちは人それぞれの基準があります。値がつけられないような美術品は確かに素晴らしい。でも、素人の方の作品にも素晴らしいもの、価値のあるものがたくさんあります。両者の素晴らしさにちがいはありません」

そう語る岩田さんには、輝かしい功績や肩書きが放つ物々しさはない。初心者だろうが子どもだろうがただ温かく寄り添う。おそらく著名な作家さんと対峙するときも変わらないのだろう。少年のような光を携えた瞳で、まっすぐに向き合う姿が想像ついた。

まだん陶房では定期的に会員さんたちの作品展を開催している。現在は新型コロナの関係で休止しているが、幼稚園や老人ホームなどを訪れての陶芸体験や、小・中学生を対象に自分の焼いたお皿で食事をする世田谷区の「子ども文化食堂」など、地域や施設と提携し、陶芸を身近に感じられるイベントや働きかけなども行なっている。

陶芸目的でなくても、童心にもどった土いじりや土と向き合って無になる感覚を味わいに訪れてみてはどうだろう。いつどんなときもきっと岩田さんは受け入れてくれるだろう。

御歳78歳。数か月前に大腿骨骨折で2カ月半の入院をしたものの、リハビリを経て復活。陶房のなかを自在に動き回る姿はまだまだ現役感いっぱい。これからの展望を問うてみた。

「私が培ってきた諸々をいい形で継承していきたいと思う。そしてここがみんなにとって心地よい場所であり続けられるよう心がけたいね。いずれ隠居したら、天気がいい日にぶらりと来て『ちょっと作らせてね』と土で遊ばせてもらえるといいな」

きっと大歓迎だと思いますよ。岩田さん、あなたがそんな風に作った場所なのだから。

まだん陶房

住所:東京都世田谷区宮坂3-6-2
電話番号:03-3428-8044
営業時間:13:00~18:00(水曜、木曜) 、10:00~18:00(金〜日曜、祝)
定休日:月曜、火曜
https://www.madantobo.com/

(2021/02/01)

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