OYATSUYA SUN

梅澤秀一郎さん

最寄り駅
桜新町

田園都市線「桜新町」駅を出て、大通りを用賀方面へ歩いて4分ほど。冬にもかかわらず緑が生い茂る、かわいらしい小さなお店が現れる。梅澤秀一郎さんと、妻のちあきさんが切り盛りする焼き菓子とコーヒーのお店、「OYATSUYA SUN」だ。OYATSUYA SUNと言えば、ネットショップ「北欧、暮らしの道具店」でも人気だったお店。そのお店がコロナ渦の最中、2020年9月に桜新町へと移転してきた。しかも移転は2回目? これまでの歩みやおやつに込めた想いについてうかがった。

文章・構成:小松﨑裕夏 写真:松村隆史

“あったら人生が楽しくなるもの”がコンセプト

とある平日の11時45分頃。お店に併設する工房で作られたパウンドケーキやスコーン、グラノーラなどのおやつが8〜10種類ほど、ショーケースに並べられた。12時直前。今朝焼き上げた期間限定の「いちごとクリームチーズのマフィン」と「チョコバナナマフィン」が並んだら、いよいよ開店だ。お店の前には、このマフィンやスコーンを求めて数人の行列ができている。開店30分で売り切れてしまう日もあるくらい人気の商品だ。そのほかのおやつも、15時頃にはほとんどなくなってしまうこともあるのだとか。

それにしても、やっぱり気になるのはお店の名前。焼き菓子屋さんでも、ケーキ屋さんでも、洋菓子屋さんでもなく、どうしてOYATSUYA SUN?

「妻がたまたま作ってくれたフォンダショコラに感激して、そのおいしさを多くの人に届けたくてお店を始めたんです。焼き菓子とコーヒーのバックボーンがないまま、勢いで始めました。なので、焼き菓子屋さんなどと専門店を軸にするよりも、おやつという幅広いくくりにしたほうが自分達ができることが増えると思い、この名前にしました」

「縄文クッキーって知っていますか? 僕は日本史が好きだから覚えているのですが、縄文時代の遺跡から発見された、どんぐりやくるみで作ったクッキー状の炭化物のことです。そんなに昔から人はおやつが好きなんだから、この先もずっと好きだろう。流行り廃りがあっても、おやつなら流されないだろう、という思いもありました。何より、おやつという響きになじみがありますしね」

お店のコンセプトは、”なくても困らないけれど、あったら人生が楽しくなるもの”。
「必需品ではなく、なくても困らないもの。でも、それがあったら嬉しいよね、というものが人生を豊かにしてくれると思うんです。それがないと寂しいし、あることで僕自身救われてきました。自分たちが作るおやつが、そんな存在になったら嬉しいです」

コンセプトに込められた思いは、店内のあちこちに息づいている。お客さんが外でおやつを食べられるようにと設けた、縁側みたいなベンチ。大きくて気持ちのよい窓の一角に描かれた、猫とおじさんのかわいいイラスト。どれもなくてもお店として成り立つけれど、見ていると余計な力が抜けて、ちょっと元気が湧いてくる。

思いつきでおやつ屋さんをスタート

梅澤さんたちのお店は、いくつかの偶然が重なって始まった。2011年。社会人5年目の梅澤さんは、大学で経営学を学んでいたこともあり、いつか自分で仕事を作りたいと内に秘めながら働いていた。ちょうどそのころ、奥沢に3.5坪ほどの店舗物件を持つ知人から、「何かやってみない?」と、冗談めかしく声をかけられた。その年のバレンタインデー。ちあきさんが作ってくれたフォンダショコラのあまりのおいしさに衝撃を受け、これを売ってみようとちあきさんに相談。ちあきさんはちあきさんで、ちょうど転職を考えていたタイミングだったため、話しはスムーズに進み、翌年の3月にはふたりとも会社を退職。5月には奥沢にお店をオープンさせた。

その軽やかなスタンスに驚く。よほどちあきさんはおやつ作りが好きで、腕に自信があったのだろうと思いきや、「そんなことなくて。趣味ですらなかったですよ」と、きっぱり。

「妻は食べることのほうが好き。しかも、甘いものよりお酒のほうが好きなんです。僕に言われて、渋々始めたという感じです。今思うと無謀で不安しかないけど、当時は楽しんでいましたね」

カウンターとテラス席があり、ちあきさんが焼き菓子を作って、梅澤さんがコーヒーを煎れる。今とほとんど変わらないスタイルだ。お客さんは少しずつ増えていったが、売れ行きがいい日もあれば悪い日もあり、一喜一憂する日々。

「どうにかしたくて積極的にイベントに出店しました。待っているだけでは難しいのなら、自分から動いて働きかけて、手を打ったほうがいいと考えたんです」

潮目が変わったのは、国立にある友人のイベントに出店したとき。有名なネットショップ「北欧、暮らしの道具店」の社長さんが、たまたまお客さんとして来てくれたのだ。以来、取材を受けたり、コラムを執筆したり、一緒にケーキを作るうちに意気投合。グループ会社となり、通信販売メインの業務体系にシフトし、おやつは「北欧、暮らしの道具店」で売ることに。奥沢の店は閉め、「北欧、暮らしの道具店」がある国立へ工房を移した。

「わりとすんなり決断しました。僕たちはおいしくていいものを作っている。あとは、それを欲しいと思う人たちのところに届けるだけ。『北欧、暮らしの道具店』さんとだったら、今よりもっといい展開になると思いました。移転に関しては身軽というか、あまり土地に思い入れがないタイプで。自分ができることをやれる場所があるなら、行けるときに行きたいなと」

売れ行きよりも大切なこと

2015年の春、「北欧、暮らしの道具店」でオンライン販売をスタート。パウンドケーキやクッキーはあっという間に知れ渡り、インスタグラムのフォロワー数もどんどん増えていった。売上げは好調だ。しかし、5年目に再び移転を決意する。

「実感が持てなかったんです。通販は出荷したモノが売れる流れ。お客さんの反応が見えないので、作り手としての手応えのなさを感じていました。賞味期限の問題もあり、いくらおいしくても日持ちがしないものは出せない。自分達の力を発揮しきれないのが残念でした。つねに、本当にこれでいのか? もっといろいろと出来るんじゃないかと考えていました。最終的に、お客さんとコミュニケーションを取りながらおやつを提供したいと、再び店を構えることにしました」

お客さんもついていたので国立で物件を探すも、1年半経っても見つからない。そこで、長年ポップアップ出店を続けていた桜新町のお花屋さんに相談すると、ちょうど閉店のタイミングだったため、その物件を引き継ぐ形で移転することにした。

「広さは8坪と小さいけれど、それ以外は理想的。立地がいいし、植物があふれている外観もかわいい。それに桜新町は僕の地元だからよく知っている。物件を管理してくれる不動産屋さんは、話してみたら小中学校の先輩で縁を感じました。何より、妻が街の雰囲気をとても気に入っていたので、迷いはありませんでした」

内装工事は、地元の幼なじみである「DAY'S」に依頼。店内が少しでも広く見えるよう、角をつくらず曲線で仕上げているのが特徴だ。太い板を曲げて加工したカウンターは、梅澤さんのお気に入りでもある。

生産者が報われるおやつとコーヒーを

OYATSUYA SUNの商品は、「定番」と「季節もの」の2つがある。定番のフォンダショコラは小麦粉などの粉類を使わず、チョコレートとココア、卵、バター、砂糖のみで作られているため、味わいは濃厚。旬の食材をたっぷり使った季節ものは、春の新玉ねぎのホットビスケット(スコーン)など、毎年作るものもあれば、期間限定で作るものもある。期間限定商品には攻めたものが多いそう。取材中、焼き上がったのは「白味噌とゆずのパウンドケーキ」。なるほど、名前のインパクトがすこぶる強い。

「何を作るかは妻に任せています。妻はどこかで修行をしていないぶん、自由な発想で考えてくれるから、新作はいつも楽しみです。ビストロで食べたものから発想を得ることもあるようです」

材料は吟味して、そのまま食べてもおいしいものを選んできた。大事にしているのは、素材のよさを生かせる使いどころを考えること。たとえばりんごの場合、チーズと合わせても味負けしない紅玉はマフィンに使ったり、蜜が多いフジは甘く煮てケーキに入れたり。品種によって異なる特徴を上手に使い分けている。

コーヒーは、「NOZY COFFEE」が焙煎するシングルオリジンのみ提供するのもこだわりだ。シングルオリジンとは、一つの農園で、他品種とブレンドされることなく作られたコーヒーのこと。どの農園でどういう人が、どういうふうに作っているのかが明確で、おいしさに応じた価格が生産者に支払われる仕組みとなっている。

「コーヒーでも農作物でも、いいものを作った人が報われて欲しいという思いが常にあるので、仕組み自体に共感しています。また、NOZY COFFEEさんは農園まで行って豆を買い付け、そこで得たオーナーさんの情報を詳しく教えてくれるんです。農園の名前は子どもたちの名前に由来するとか、奥さんの農園のほうが先に有名になったんだよとか(笑)。そういう情報って、知ると何だか嬉しいじゃないですか。だから僕もお客さんに伝えるようにしています」

桜新町にお店を構えて1年ちょっと。想像の3倍以上のお客さんが来てくれて、慌ただしい日々が続いた。地元のお客さんが多く、客層は高校生から90代のおばあちゃん、おじさんまでと幅広い。

「みなさん素直で、おいしかったとか感想をいろいろと教えてくれる。とてもありがたいです。その意見をフィードバッグして、みなさんに喜ばれるものをたくさん作っていきたいと思います」

2年目に入り、コロナの影響で客足が落ち着いてきた今。コロナの収束後を見据え、自分達が本当にやっていきたいことを話し合っているところだ。

「窓際のスタンドを活用したいですね。イタリアのバールみたいに、昼はコーヒーとおやつ、夜はワインと軽食を楽しむスタイルに憧れます。ほかに、おやつとコーヒーのペアリングのワークショップもやりたいし、焼き立てのおやつをどんどん出したりもしたいですね」

そう話す梅澤さんの表情はとても明るく、希望に満ちて生き生きとしている。無くても困らないけれど、あると人生が楽しくなる数々のプラン。実現する日がとても待ち遠しい。

OYATSUYA SUN

住所:東京都世田谷区桜新町2-26-1
定休日:月曜〜水曜
ウェブサイト
Instagram:@oyatsuya_sun
Twitter:@oyatsuyasun
Facebook:@OYATSUYASUN

 

(2022/02/24)

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