kokiliko

米田牧子さん

最寄り駅
松陰神社前

松陰神社前駅から歩いて8分ほど、車も多く通る世田谷通り沿いに新たなお店がオープンした。昼間はテイクアウト専門のお惣菜屋さん、夜はナチュールワインを楽しめるバーになる「kokiliko(コキリコ)」だ。12時にお店のシャッターが開くと、ショーケースに並べられた色鮮やかなおかずに、道ゆく人が思わず視線を止め、老若男女が食卓を彩る一品を買って帰っていく。今年の9月にオープンしたばかりだが、もうすっかり街にも馴染んでいる様子。しかし、どうして駅から近いわけでもなく、一見アクセスがいいとは思えないこの場所に店を構えることにしたのだろう。店主の米田さんにお話をうかがった。

文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

野菜の顔を見て料理の発想を広げていく

朝10時、まだシャッターの閉まったオープン前のお店におじゃますると、カウンターの上にはまんまるのお弁当箱がずらりと並んでいた。店主の米田さんとスタッフが、そこにふっくらと炊かれたごはんと事前に仕込んでいたというさまざまなおかずを手際よく詰めていく。せかせかするような緊張感はまったくなく、ゆったりと穏やかな空気の中、二人のリズムでお弁当がどんどん色鮮やかに美しく完成していく様子が気持ちよくて、うっかり見入ってしまう。

このお弁当は、店頭で販売するものではなく、事前に注文を受けて撮影現場に届けられるものだという。というのも、もともと「kokiliko」は、撮影現場やパーティーなどイベントのケータリングをメインとしたフードブランド。野菜中心のメニューで食べ応えもあり、目にも嬉しいおかずの数々は、さまざまなシチュエーションで食べる人を元気にしたり笑顔にしたりしている。この日も、仕上がったお弁当は丁寧に箱詰めされ、都内の目的地へ。バイク便の配達員が無事に店の前を出発するのを見届けると、米田さんもホッとしたような安堵の表情を浮かべた。そして、今度は店頭で販売する惣菜の準備と料理の仕込み作業に入っていく。

「おはようございまーす!」大きな段ボールを抱えた男性が訪ねてきた。箱の中身は、八ヶ岳で育てられたという大根やキャベツなどの野菜たち。惣菜もケータリングの料理も、野菜をふんだんに使ったメニューが多いだけに、その仕入れにもこだわりがある。

「野菜は八ヶ岳と蓼科の農家さんが作ったものを仕入れています。たまにこちらから欲しい品種をリクエストすることもありますけど、ほとんどお任せでセレクトして送ってもらっていて、いつも箱を開けて野菜を見てからメニューを考えています。それが、自然なやり方かなと思って。寒い季節はどうしても野菜が少なくなってしまうので、バリエーションを出すのが大変。一緒に働いてもらっている数名のスタッフにもアイデアを出してもらって、同じ野菜でもちがうメニューでお出しできるようにしています」

大皿の上に美しく盛り付けられた惣菜をショーケースに並べると、いよいよ表のシャッターを上げる。豚肉の甘辛煮、むかご切り干し大根煮、柿の白和え、赤大根とささみの発酵塩レモン、トマトと卵の酒粕マーラー炒め、茄子とささみのクミン炒め……。ガラス越しに見える料理が食欲を刺激して、思わずお腹がぐーと鳴った。

頭で考えて選ぶよりも幸せに感じる方を大事にしたい

おかずはどれも、斬新というよりは親しみを持ちやすいもの。味を想像することができるものや馴染み深い家庭料理の定番メニューだが、スパイスや調味料、食材の組み合わせに、ちょっとした新鮮さがある。

「自炊しない一人暮らしの男性なんかは、おばあちゃんが作ってくれた、みたいなものも食べたくなるじゃないですか。だから、いつもラインナップの中にお馴染みの一品みたいなものは入れるようにしています。でも、どんな料理にもちょっとした“ときめき”みたいなものをプラスしたくて」

米田さんの作る料理は、野菜が主役というものが多い。しかし、ベジタリアンやビーガンといったストイックなものではなく、肉も魚も食べるけれど、おいしい野菜をたっぷり使うというスタンス。それは、なんとなくそうしているというよりも、かつて米田さんご自身がマクロビオティックをはじめとしたさまざまなタイプの食を学び体験した上で、今の彼女が能動的に選んでいるスタイルだ。

「20代ではじめた飲食店では、ベジタリアンメニューを用意していて、当時は私自身もベジタリアンの食事を取り入れていました。人体実験的にどう変わるかを試してみたかったというのもありますね。お肉や添加物を摂らなくなって、アレルギーも治りましたし、体調はとてもよくなったんです。でも、友達と食事にいく時に、どうしても気を使わせてしまうのが嫌で。自分自身何を選ぶのが幸せなのかな、とあらためて考えた時に、楽しく食べて悔いなく死んだ方がいいかなって」
彼女はそう言って、チャーミングに笑った。

食材への制限は緩めても、食材や調味料選びにはとことんこだわり、安心して食べることができるものを厳選している。そして、コロナ禍で少し時間ができたタイミングでは、オリジナル調味料『無限オイルシリーズ +Oil(たすオイル)』を開発し、瀬戸内レモンサルサ、エビパクチー、酒粕マーラーなど、現在4種類の味を展開している。料理に使うもよし、ちょいかけするもよし、味変に使うもよしな嬉しいアイテムだが、材料選びにはさりげなく熱い想いがある。

「+Oilに使っているのは、販売期限で店頭に並ばず、破棄されてしまう食材ばかりです。ずっと料理を作っていますし、食べるもの好きなので、フードロスの問題にはなにかできたら、というのが頭にあって。仕入れルートを頑張って探しました。その時々で材料がどのくらい入ってくるかわからないので、全種類がいつも揃っているわけではないんですけどね。ケータリングの料理を作った後に残ったネギの頭なんかも無駄にせず、このオイルに使っています。塩焼きそばにエビパクチーをちょっとかけるとおいしいんですよ!」

社会問題をすくい上げ、食事を楽しくするアイテムに変換する軽やかさに、彼女らしさを見た気がした。

物件探しのきっかけは、音楽で繋がった古くからの友人

昼間はテイクアウト専門の惣菜屋だが、夜になると一変、立ち飲みスタイルのカジュアルなバーになる。店内にも気持ちいのいい音楽がかかり、いつまでも遊び心を秘めているような大人たちがふらり訪れる。

「バータイムのお客さんは、音楽やファッション、編集者や写真家も多いですね。若い時に音楽のある場所で知り合った友人が多いんですけど」と米田さん。

実は一軒家タイプのこの物件も、昔から親交があったという音楽レーベル「カクバリズム」とシェアしていて、2023年には2階に同レーベルが営むレコードと本の店「Test and Tiny」がオープンする。異ジャンルなだけに単なるスペースのシェアかと思えば、夜には2階の一部に設けられたスタジオで音楽制作をしているシェアメンバーがバーに立つこともあるそうで、それぞれの空間はありつつも、たまにはリビングに集って楽しい時間を一緒に過ごすような、大人のルームシェア感がおもしろい。

「この店は、音楽で繋がった仲間たちの存在が大きいかも」と米田さん。

「2つの飲食店を経験した後、もうしばらく飲食店はいいかなと思って、ケータリングに絞ってお仕事をさせていただいていました。近年は、松陰神社前の商店街にある飲食店を昼間に間借りさせていただいていたんですけど、アトリエがあったらなぁ、店先で惣菜を売れたらなぁと思いはじめて。そんな時に、付き合いも長いDJのK404とカクバリズムの角張氏が、『場所を探してるんだったらシェアしようよ。一緒におもしろいことやろう!』って言ってくれて。今まで一人でやってきたので、誰かと一緒にやれば一人で悩まなくてもいいかもしれないって、ポジティブに思えたんです。いい物件があったらいいね、2階建てとかいいね、なんて言ってたら、たまたま理想的な物件が見つかって」

しかしながら、ここは松陰神社前駅からも近いとは言えない場所。ましてや、2階が音楽系のお店となれば、他にも候補があったのではと思ってしまう。

「過去にやっていた飲食店は、渋谷青山エリアだったんですけど、どうしても人の移り変わりや流行り廃りのスピードが速いんですよね。今回のお店は、長く続けたかったので、世田谷区がいいなというのがありました。特に、世田谷線沿線は落ち着く感じがあるのでいいなぁと。この物件は、世田谷通り沿いだし環七も近いし、ケータリングをやるにはもってこいの場所。でも、カクバリズムはここでいいのかなってちょっと心配しましたけど、今は彼らもこの場所が気に入っているみたいです。不動産屋さんの担当者さんが音楽好きだったので、やりとりも気持ちよくスムーズでした(笑)」

物件も担当者も、縁とタイミング。そういう意味では、米田さんは強運の持ち主。夜な夜なこの場所に人が集うのは、この場所が心地よいパワースポットだからかもしれない。

軽やかさを纏って、次への構想も膨らんでいく

ふと、扉にプリントされたロゴに目が止まった。お箸を持つ手が描かれた素敵なロゴや、ケータリングのお弁当で使われるプリントペーパーやバータイムのコースターに描かれている調理器具のイラストは、全てイラストレーターのオガワナホさんによるもの。

「数年前にせたがやンソンのカレーマップを見て素敵だなぁって思って。ケータリングでkokilikoというブランドをはじめる時に、ぜひお願いしたいと思って突然ご連絡してみたんです。初めて打ち合わせでお会いした場所は、MERCI BAKEでした。初期のサザエさんみたいなイメージでお願いします、ってオーダーして、こんなに素敵に仕上げていただきました。もともと日本の古き良き、みたいなものが好きで、料理にもそういうものを残して行きたいなぁって思っていて。だから、ケータリングのブランド名を付ける時に、何か古くから伝わるものから名前を付けたいなと思って、富山のこきりこ節からいただきました。富山に縁があるわけではないのですが、“こきりこ”という響きが気に入って」

kokilikoという名前の由来や大切にしたいものをお聞きして、あらためて米田さんのお料理をいただくと、どこかホッとする理由がわかった気がした。

長年営んでいた飲食店を一旦閉めて、ケータリングという形態で料理を提供しはじめ、今回、惣菜屋&バーという新しいお店の形をスタートした米田さん。変わらずに料理を主軸にしながらも、形を変えて進化する姿は興味深い。どうしてまたお店としてスタートしたのかを聞いてみたくなった。すると、「もうお店はやらないって決めてたんですけどね、でもまたはじめちゃった」とぽろり溢れた。

「今までちょっと頑張りすぎちゃうところがあったと思います。お店を閉めちゃいけない、みたいなプレッシャーもありましたし、1店舗目はやめたいなと思いながらも続けていて、店を閉めるのにもかなり勇気がいりましたしね。だから、もう店はやらないって決めてたんです。でも、人と会うことも、人と人が繋がっていく場所も好きだから、夜は店を開けることにしちゃったんです。気負わずにみんなでお酒飲んでわいわいしてっていう場にしたかったから、夜は食事メニューを用意していなくて、お惣菜が残っていればそれを皿に盛り付けてお出ししています。カウンターの目の前がキッチンだから、ここで料理するのも気恥ずかしくて。普段はへらへらしてるのに(笑)」

照れ隠しでそんなふうに笑いながら、「でも、もう1店舗やりたいかも(笑)」と付け加える。

「テイクアウトでお店をはじめてみて、やっぱり座ってご飯を食べてもらえる場所を作りたいな、っていう気持ちになってきたんです。精進料理みたいな清められるようなお料理をきれいに提供するお店もいいなぁと思うし、おでん屋さんもいつかやりたいと長年思っていました。おでんは、味の染み具合とかお出しするタイミングとか、実は繊細なところがあって簡単ではないんですけど、バータイムにイレギュラーにお出ししています。今後、新たなお店をはじめるとしても自分一人でお店に立って、っていうのはあまり考えていなくて。そういうことをやりたい人と一緒にできたらと思っています。そういう人たちが楽しく働けて、お客さんも喜んでくれてっていう場所が持てたらいいなぁって」

ケータリングという形で料理と向き合った時期は、もしかしたら内に力を溜め込むような期間だったのではないだろうか。そして、おいしいものを食べたり友達と過ごしたりする時間、心地よい音楽が米田さんの栄養となって、今あらためて、やりたいことがむくむくと湧き上がり発芽してきたということなのかもしれない。

米田さんの新たな季節が再び巡りはじめたようにも見えるが、毎年訪れる春が全く同じではないように、彼女のお店もまた、今までとは一味ちがう形で育まれるのだろうと想像が膨らんでわくわくとしてくる。

「この場所にはもう慣れましたか?」取材の終わりにそんなことをお聞きすると、「まだ慣れてないかも。でも、ここからの眺めが好きなんです。ぼーっと眺めちゃう」と米田さんは窓の外に視線を移した。店内にはやわらかな光が差し込み、程よく力の抜けた軽やかさが心地よく空間を満たしていた。

kokiliko
住所:東京都世田谷区上馬5-38-10
定休日:日曜、月曜
営業時間:テイクアウト12:00〜22:00/バータイム[火曜〜金曜]19:00〜22:00[土曜]16:00〜23:00
ウェブサイト
Instagram:@koki__liko
※営業時間はSNSでご確認ください。

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