山荘 飯島
田窪朗さん
経堂駅から商店街をぐんぐん進んだ奥の奥、歩いて12分ほどの場所に1年半前にオープンしたのは、登山用品店「山荘 飯島」。山荘という古風なネーミングも手伝って、昔ながらのガッツリ登山用品専門店かと思いきや、ガラス越しに見えるスタイリッシュな店内に店の前に停まっているクラシックなビアンキの自転車に……あれ、登山ぽくない……? というのが正直な第一印象。しかしながら、店主の田窪さんにアイテムのことやお店のことをお聞きすれば、しっかり“東京の”登山用品店だった。ここは、山への入口、というよりも、山と街がボーダレスに繋がる交差点かもしれない。
文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子
あえて混ぜこぜな陳列で見つける楽しさを思い出す
お店を訪れると、店主の田窪さんが元気に迎えてくれた。「田窪です」と自己紹介をいただいて、お名前が「飯島」じゃないことに驚いた。
「飯島っていうのは、栃木に住む母方の苗字です。自分は田窪ですけど、店名として名前を残せたらなぁと思って。店のイメージとしては、老舗登山用品店の3代目が店をめちゃくちゃにした、みたいなでイメージです(笑)。別に、祖父母は登山用品店ではないんですけどね」
外からだと白い壁やシルバーの什器などシンプルでスタイリッシュな印象があるが、実はところどころにカラフルなアイテムが置かれていたり、絶妙なサビが入ったトタンや原色のアクリル板などが壁に貼り付けてあったり。試着室の柄物のファブリックも色鮮やかで、それが不思議と馴染んでいる。一歩店内に足を踏み入れると、店内の印象がぐっと変わるのは、このお店のマジックだ。
思いがけず視線を上にやれば、一面にタイベック®️の文字。これは一体?
「天井のタイベック®️は、もともとは家の断熱材なのですが、登山用のバッグやシートなどにも起用されていて、5年ほど前からはファッションアイテムにも使われています。こういう登山用として注目されたものが数年後にファッションで流行るっていう流れにおもしろさを感じていて、それがこのお店をはじめた理由のひとつでもあるんです」
外観から感じたクールさをよそに、店内はいろんなところに気になるポイントが散りばめられて、どんどん癖の強いものが目に飛び込んでくる。それは、山に入って目が慣れると、次第に植物や生き物が見えてくる感じを彷彿とさせる。
「よかったら2階もどうぞ」という田窪さんの案内で階段を上がると、コンパクトな空間に登山用の雑貨とアパレルが並んでいた。本格的なバッグや雑貨に並んで、人気ドラマ「ロングバケーション」のVHSビデオパッケージに焚き火台を入れたものが並んでいたりして、そんな個性的なアイデアやセレクトにも興味が湧く。ラックにかかっているアパレルアイテムは、グラデーションで並んでいて、白から青、青と赤のチェックのアイテムを挟んで赤、茶、黄、黄緑、カーキ、グレーから黒、紺へ。絶妙な色の並びに、つい見惚れてしまう。よく見ればアウターもトップスもボトムも全部同列。そこにも、田窪さんの狙いがあった。
「ここでは、いわゆるアウトドア店に置いてある定番のラインナップではなく、登山をしている経験から厳選したアイテムを置いています。老舗のアウトドアメーカーのものもあれば、ファッションブランドだけど登山で使えるアイテムもあって、それを一緒に並べています。アウトドアブランドだけを集めて陳列すると、登山好きの方はそこしか見ないので、あえてジャンルもアイテムも、メンズかレディースかもごちゃ混ぜにして、探しづらくしちゃおうと思って。このブランドは知っているけど隣のブランドは知らないな、なんだろう、みたいになった方が楽しいじゃないですか」
登山着の知識を街にも生かしてファッションを楽しむ
確かにアウトドアブランドはもちろん、カジュアルブランドやスケーターブランド、トラッドなアイテムも一緒に並んでいて、その幅こそ田窪さんらしさだ。
「前職が、アイビーファッションを浸透させたヴァンジャケット出身の方が作ったアパレルメーカーだったので、そういうトラディショナルなアメリカンファッションは好きですし馴染みがあります。その一方で、山登りも並行して好きで、アイテムを集めたりスタイリングを楽しんだりもしていたので、自分の中にはその二つの柱があるんだと思います。それに、ファッションに興味を持った頃は、裏原、カリスマ美容師、古着みたいなめちゃくちゃなトレンドの中で生きてきました。だから、この店にもそういうカオス感みたいなものがあるのかもしれません」
ごちゃ混ぜ感がありながらも、それが見事にまとまって見えるのは、田窪さんのバランス感覚の良さ。
「山に登る時の服装は、人と被りたくはない、でも奇を衒ったものにもしたくはなくて。だから、定番のアウトドアメーカーのものと、登山にも対応できる素材のファッションアイテムを組み合わせることが多いですね」
そう話す田窪さん流のおすすめスタイリングを組んでいただいた。
金ボタンのダブルジャケットできちんとしている感じもありながら、センタープレスのラフなパンツにスニーカー。ジャケットとネクタイを外せば、シューズも含めて山に登れるアイテムばかりだと言うから、そのバランス感覚はお見事。そして、アウターをアウトドア用のものに替えるだけで、印象もトラッドからスポーティに早変わり。「本当はジャケットスタイルで山に登るようなスタイリングにも挑戦してみたいんですけど、実際はちょっと難しくて」と悔しそうながら、楽しそうに服の話しをする姿に、これは数年後にジャケット登山スタイルを作ってしまうのでは、と期待が膨らむ。
今回のスタイリングのポイントにもなっているシャツは、ここでオーダーすることができるアイテム。ナイロン、ポリエステルなどの化繊100%かウール100%の「山で着られるシャツ」とコットンやリネン素材の「山で着られないシャツ」があり、サイズや丈を一人ひとりに合わせて選んでいくことで、自分だけの一着が仕上がる。化繊素材のシャツはウィンドシェル代わりにもできて、フリースなどの保温性のある素材の上に重ねるといいそう。コットンやリネン素材のものは登山には不向きだが、キャンプで焚き火をする時には向いている。どんな使い方をしたいかで素材を選び、あとはシルエットや襟の形でファッションを楽しめる。
「型も襟もクラシックなものからパターンを起こしているので、ごくごくスタンダードなもの。ボタンダウンの襟の大きさを少しショートにするなど、ちょっとしたアレンジはしていますが、極力いじりすぎないようにしています。今、私が着ているものは、オーバーサイズで着るイメージで大きなサイズを選んでいますが、着丈と袖丈、首周りは自分のサイズに合わせています。ポイントのサイズをきちんと合わせることで、品よく着ることができます。着た時の品の良さは、ひとつこだわっているところかもしれません」
首から下げたメジャーで採寸する姿は、まさにテーラー。やけにその姿が馴染んでいるなと思ったら、「前職のアパレルメーカーで、シャツのオーダーもやっていたんです」とのこと。そして、アパレルメーカーの前に勤めていたのは卸の生地屋さんだというから、生地について知識が豊富なことにも、海外のデッドストックの生地が置いてあることにも合点がいった。
このシャツの一番のポイントは、レイヤードのしやすさや自分のサイズに合わせて着ることができるところかなと思っていたのだが、「一番の良さは、下山してからそのまま飲みに行けるところですね!」と田窪さん。彼の中では、ファッションと山と街がいつも繋がっている。
日帰り登山にもちょうどいい、経堂という場所
ところで、田窪さんが山登りをはじめたきっかけはなんだったのだろう。
「新卒で働いたのが、電子部品メーカー。3年働いたんですけど、やっぱり好きなのはファッションで。それで、後先考えずに辞めて1ヶ月くらい時間ができた時に、地元(栃木)の友人とキャンプをしていたんです。そういう野遊びの延長で山に登りはじめました。最初は、近場の山に登っていたんですけど、ある時にテントを担いでいったアルプスの北穂高岳に広がる夜空が、あまりにきれいで。天の川がはっきりと見えましたし、流れ星もたくさん流れていて、シンプルに感動してしまって。それが、山登りにハマるきっかけになりました。昔は、山の上で料理しようとかこだわっていましたけど、今はカップ麺と水筒で十分。本を持って行ってゆっくり過ごすのが好きですね。最近は、鎌倉の山に登って観光して帰ってくるとか、京都の気になっていたお店の訪問ついでに山も登るとか、別の目的とセットにすることも多いです」
どんどんいい意味で力が抜けて、今では気が乗らない時や天候がイマイチだったら登らない、登りたい時にだけ登るスタンス。特に最近の登山スタイルは、「できるだけ楽に、日帰りでサクッと!」だそう。
「朝早起きして、電車で目的地まで行って登り始めれば、午後早めの時間には下山して15時くらいには都内に戻ってくることができるんです。帰りに銭湯で汗を流して、早い時間から小一時間軽く呑んだりして。18時くらいに家に着けたら、なかなか有意義じゃないですか」
そして、お店の場所を経堂エリアにしたのにも、そんな彼の登山スタイルに理由がある。
「定期的に行くのは塔ノ岳。小田急線の渋沢駅で降りて、登り口まではバスで向かいます。登って降りて5、6時間なのでちょうどいいんですよ。丹沢のあたりも好きなので、お店の場所は山へのアクセスもよくて馴染みのある小田急線沿線で、と思っていました。世田谷区はおしゃれで感度の高い方が多く住んでいるイメージがあったので、東北沢から成城学園前くらいまでの間で物件を探していて、たまたま見つかったのがこの場所。せっかく自分の店を持つなら、ビルの中でひっそりというより、路面店ではじめたくて。予定では気さくなお店にしたかったんです、今は看板もないんですけど(笑)」
看板はないものの、今では外壁にある小さな三角形が看板代わりの目印。ちょっとした“謎感”も相まってお店にぴったりだ。
今まで積み重ねてきた経験や好きを見事に繋げて
店周りにロゴがドンと掲げられてはいないが、お店のロゴは、オリジナルアイテムのワンポイントとしてワッペンという形で縫い付けられ、店内で目を引くアイキャッチとなっている。
「ロゴは、紹介していただいたデザイナーさんに作っていただきました。店名の由来となった祖父母は大正生まれなので、その時代の大正タイポグラフィをベースにしていますが、私も祖母も寅年なので虎柄っぽさも出していただいて、とても気に入っています。それをワッペンにしたくて、世田谷にある刺繍屋さんを探して、直接電話で交渉しました。前職の経験もあって、工場に電話してお願いするのは得意なんです」
人気のオリジナルのエプロンにも、黄色いワッペンが光っていた。
「昔からキャンプに行くとエプロンをつけるのが好きで。このエプロンは、その時に愛用していたものの形を参考にしています。ワッペンも世田谷で作っていますが、できるだけ近くで作りたいと思って、ご近所のエルクさんというお直し屋さんに縫製をお願いしました。確かな経験と技術で細かいところの縫い方を提案してくださってありがたいです。また、何かご一緒できたらいいなって思っています」
田窪さんがつくるものは、店であれアイテムであれ、全てに経験が紐づいている。前職での知識や技術が図ったかのように見事にここで融合しているし、セレクトしているアイテムも、流行りには左右されず、自らの好奇心と感度で見つけ、知識と経験とバランス感覚で厳選しているから説得力が増す。
「昔はお客様に語ってしまうことが多かったんですけど、最近は極力話さないように気をつけているんです」と田窪さん。お話しを聞きたい方も多いのではないかと思ってしまうが、それは自分自身がアイテムを見つけることを心から楽しんでいるからこそ、お客様が自ら見つける楽しさを奪いたくないということなのかもしれない。
最後に、今やってみたい山あそびってどんな感じですか? とお聞きすると、軽やかに階段を駆け上がり、一冊の山の紹介本を持って降りてきた。
「この本、店をはじめてから友人にもらったものなんですけど、アクセスも飲み屋も載っていて優秀で。10年前にここに掲載されているような日帰りで行ける山はひと通り登ったのですが、今この本に素直に従って、もう一度登り直しているところです。来週は、奥多摩にある日の出山に行きます。最近は、山に気張っていくこともなくなって、ジムで運動をする感覚に近いですね」
山荘 飯島に置かれているほとんどのアイテムが、登山用も街着も区別なく着ることができるように、田窪さんのお話をお聞きすると、物理的にも感覚的にも、山と街がシームレスに繋がっている感じがする。そして、山がとても近くに感じられるから不思議だ。早起きした休日に、気になっていたコーヒーショップに行くような気持ちでひょいと山に行けそうな気が、まんまとしてきた。
山荘 飯島
住所:東京都世田谷区船橋5-20-14 パル千歳1C
定休日:不定休
営業時間:12:00〜19:00
ウェブサイト:https://sanso-iijima.com/
Instagram:@sanso_iijima
※営業日は、ウェブサイトやSNSでご確認ください。
(2023/01/26)