FOL SHOP

須藤蓮さん

最寄り駅
松陰神社前

松陰神社前駅からすぐ、歩いて30秒とかからない商店街の入口に、今までなかったアクリルの看板を見かけるようになったのが、今年の4月。昔からあった古い建物の細い階段を注意深く登れば、そこには想像よりも広く気持ちのいい空間が広がる。ここが、「FOL SHOP」という新たな“場”。一見おしゃれな古着をセレクトしたお店だが、実はそれだけではないらしい。今回は、この場所を企画した俳優の須藤蓮さんに、この空間のはじまりについて、そしてここから生まれるであろうカルチャーや展望について、お話をうかがった。

文章:内海織加  写真:阿部高之  構成:鈴石真紀子

古着やイベントを媒介に、人が集い混じり合う場所

明るく日が差し込む店内に入ると、整然と並ぶ服と蛍光オレンジのスチームアイロンが目に飛び込んでくる。そして、それと同じくらいに眩しい赤色の髪の毛にスラっとした長身の男性がひとり。この「FOL SHOP」という場所を企画した須藤蓮さんだ。

店内には、セレクトされた古着のほか、希少なコンバースのアイテムが置かれていたり、個性的なオブジェやインテリア雑貨も置かれていたり。興味深いセレクトは、「僕が監督をした映画『逆光』や『ABYSS アビス』でも衣装を担当してもらっている高橋達之真が全商品を買い付けているんです」と須藤さんが話してくれた。

店をオープンしたのは、2023年の4月のこと。俳優としても活躍し、映画監督という道も歩み始めた須藤さんが、店をはじめたのはなぜだろう。

「もともとFOL(エフ・オー・エル)というのは、店の名前ではなくて、“文化の熱で人と世界を輝かせる”をテーマに僕が行っている活動の総称。プロジェクトごとに他のメンバーは変わるので、固定のチームがあるわけではないのですが。映画制作もこの活動の一環です。活動拠点があったほうがいい! とアイデアをくれたのが、ここのディレクターでもある達之真だったんです。汎用性の高いギャラリーにしようという話もあったのですが、彼のファッションセンスが好きでしたし、僕自身も古着屋で働いていた時期があったので、まずはノウハウのある古着屋を軸にしようということでスタートしました。解体から内装まで、できることはなるべく自分たちでやって。この什器も手作りなんです」

棚には80年代の書籍が並んでいたり、空間の一角にはインディペンデントな雑誌のポップアップが行われていたり。あちらこちらにちょっとクセのあるカルチャーの匂いが漂い、偶然知らないものに出会えそうなわくわくとした気持ちが膨らむ。ここには、コーヒーやクラフトビールも販売していて、飲みながらゆっくり過ごすことができ、週に1回だけ真夜中の3時までショッピングや交流を楽しむこともできる。「お店をやりたかったというよりは、人が関わり続けられる場所を持ちたかったんです」という須藤さんの言葉に、それらの要素にもちゃんと意味があるのだなと、ストンと腹落ちした。

このFOL SHOPを会場に、「FOL STUDY」というトークイベントを月に1回のペースで開催している。これは、映画やその他のカルチャーをベースに、さまざまな視点を持ったゲストを迎え、彼らの経験や考えを聞くことで学びを得ようというもの。須藤さんのファンに限らず、若者から経験豊富な大人まで幅広い層の人たちがこの場所に集い、一緒に笑ったり話に聞き入ったりしながら、楽しいひとときを過ごしている。これも、人が出会い、刺激を受け、関わりが広がっていく機会だ。これだけ人のジャンルが混ざり合う場は、あるようでない。

「僕がFOLとしてやっている活動って、どれも実験みたいな感じですし、言葉にして伝えるのが難しいことが多いんです。だから、こういう場でイベントをやったり、人が交流できる機会をつくったりすることで、その活動のことが伝わったらいいなと思って。フィジカルな場があるかどうかで、伝わり方は変わりますから。この場所は、なにかやりたいね、っていう気が漂っている場にしたくて。いろいろな人が集まってきて、そこで人と人が繋がって、そこから才能が溢れ出る感じって夢があると思うんです。夢を語る若者と経験豊富な大人がここで混じり合って、世代関係なく“熱”が生まれる場を楽しむというか」

ひとつの出会いをきっかけに、映画制作の道が拓けた

FOL SHOPは、ドラマ「エルピス―希望、あるいは災い―」(22年/カンテレ)など、数々のヒット作品を手がけている脚本家、渡辺あやさんが資金的なバックアップをしているそう。ふたりの出会いは、渡辺あやさん脚本の京都初地域ドラマ「ワンダーウォール」(18年/NHK)。この出会いは、須藤さんにとって、人生が大きく変わるほどの強烈なものだった。

「もともとは、こういう業界に入るつもりはなくて、大学で司法関係の勉強をしていたんです。大学2年の頃、なにか他のこともやってみたいなと思いはじめて、興味を持ったのがモデルや俳優という職業でした。当時の感覚としては、想定する道をそのまま行くのとはちがう、先がわからない人生を生きたくて、この世界に飛び込んだという感じですかね」

学生時代から映画が好きだったのかと思い、質問をなげかけると「ぜんぜんそんなことないんです。高校時代に見たことがあったのは『TED』と『ハリーポッター』くらい!」と須藤さんは無邪気に笑う。

「思い返してみれば、学生時代からパワーを発散する先を探していた気はするんですけど、絵も描けないし写真も撮れないし、アウトプットの方法がわからなかったんです。だから、学生時代はその矛先が勉強でしたし、20歳くらいからは演じることに向いていきました。そして、あやさんと出会ったことで、思う存分にパワーを注げるものが映画作りになったんです。人との出会いによって、やれることが爆発的に広がることってあると思います。僕にとっては、この出会いがまさにそう。物語をつくるという道がぶわーっと開けた感覚がありました」

当初ドラマとして作られた「ワンダーウォール」が劇場版となり、宣伝活動を通じて渡辺あやさんをはじめ、映画の作り手と濃厚な時間を過ごしたことで、より一層、映画制作の世界にどんどん引き込まれていった。

「公開後、約2年に渡ってこの作品の宣伝活動に自主的に参加していたんです。この頃は、映画作りには興味はあったものの、作り手がどんなプロセスで考えて、どうやって最終的な形にしているのか、まったくわかっていなかったので、あやさんやこの作品の音楽を担当された岩崎太整さんと一緒にプロモーション活動に参加することで、彼らの想いや意図に触れることができました。この作品の重要なシーンのひとつに、ナレーションもなく字幕のみで表現されるものがあるのですが、最初はその意図がまったく理解できなくて、なんで? どうして? って、面倒くさい子どもみたいに聞きまくっていて。その他にも、僕のなんでどうして攻撃はしょっちゅうで、軽くあしらわれてムキになったこともありました(笑)」

躊躇せずに制作人の中にも飛び込んでいく度胸みたいなものも彼の魅力のように思える。ベテランの作り手の中に入っていくのは、緊張感を伴うと想像するのだが、「いや、全然。ものづくりをしてる人とか、本物の手触りみたいなものがある人って、安心感があるんです」と彼は言う。きっとその感覚は、同じ熱量を持っていること、そして同じ種の生き物であることが互いにわかるから生まれるのだろう。

やりたいと思ったら、勢いに乗って軽やかに走り出す

映画の作り手と濃厚な時間を過ごし、栄養みたいなものをたっぷりと吸収した須藤さんは、すぐに映画作りへの一歩を踏み出した。そして、コロナ禍で初の監督作品『逆光』(2021年)を完成させ、この作品をつくる前から構想し、長い時間をかけて完成した最新作『ABYSS アビス』(2023年)がまもなく公開となる。渡辺あやさんとの出会いから、わずか5年。コロナ禍を含むこの期間で、どのようにして映画を作りはじめたのだろう。

「映画作りのはじまりは、『ワンダーウォール』の宣伝活動に参加していた頃。あやさんに、役者として参加した自主制作映画を見てもらったり、映画の企画会議っぽいことに付き合っていただいたりしていたんです。考えたストーリーをお話しすると、そこにアドバイスや新しいアイデアをくださって。あやさんと話した構想を元に自分で脚本を書いて見てもらうと、手が加わったものがあやさんから返ってきて、それが何度も繰り返し行われるという、まるで往復書簡のようなやりとりで初めて作った脚本が『ABYSS アビス』です。4、5年前から取り組んでいて、本格的に制作に入ってからは約2年。撮影に使う海や渋谷の喫煙所も、1箇所ずつ自分の足を使って探しまわって決めたり、水中のワンシーンは後から自腹で撮り直したり。編集もなるべく手先ではなく心で編集するように心がけて、ひとつ残らずこだわり抜いています。時間をかけて丹念に研ぎ続けた作品ですから、その滑らかさと没入感を堪能していただけたら嬉しいですね!」

わずか5年で2作品というスピード感には驚かされる。でも、それは単純に仕事が早いというのではなく、動き出しにポイントがあった。

「これ僕の持論で、全人類に伝えたいんですけど、準備してから出発したらダメ! 出発してから準備する方が確実に前に進みます。お金集めてからとか、あれこれ段取り整ってからとか、大人になろうとしていろいろ準備してから進めようと思っていた時期もありましたけど、そういうやり方では全然動かなくて。やりたいっていう勢いにはもれなく乗るっていうのが、創作には大切な気がします。強烈にやりたいと、どうにかなるんですよ(笑)。コロナ禍でやりたいことができなくなったり、先々のことがわからなくなったりしたことで、やれることをすぐにやろう! と思うようになったのもありますね」

用意周到じゃなくても、まずやってみる、今動いてみる、という軽やかさは、コロナ禍という大変な時期が教えてくれたギフトかもしれない。彼は、こうも話す。

「今って、重くすればするほどうまくいかない感覚があります。所属とか固定とかもそう。映画業界自体も全体的に重さを感じる部分がありますが、僕はもっと楽しく素敵なことがしたいだけなんです」

映画のことを熱く話す目の奥には、子どものような無邪気さの中に野生動物のような鋭さがちらりと覗く。彼のまっすぐすぎるほどの純粋さと熱量に、周りの人たちも物事も、動かされてしまうのだろう。

物件に導かれたこの街で、新たな夢が膨らんでゆく

ふと、なぜFOL SHOPという拠点を松陰神社前に設けたのか気になって、質問をなげかけた。すると、「この物件と出会ったからです」と須藤さん。

「場を持ちたいと思ってから、ネットに上がっている世田谷・渋谷近辺の物件情報を見まくっていたんです。探し始めて半年後くらいにこの物件が出て、内見するためにはじめて松陰神社前駅に降り立ちました。僕もあまのじゃくというか(笑)、誰も見つけていない場所を見つけるぞ!みたいな気持ちもあり、完成しきっていない街がいいなと思っていたので、実はこの辺りはおすすめされても逆に避けていたんです。松陰神社前って完成しているイメージでしたから」

しかし、その気持ちを変えたのがこの物件。2つの空間として別々に出ていたものが、壁を壊し広いひとつの空間として出たのを、須藤さんは見逃さなかった。

「1階の道沿いで探していたんですけど、ここを内見したらすごく良くて。2階も案外いいじゃん、て。物件を見た後に歩いて松陰神社におじゃましたら、そこもすっかり気に入ってしまいました。ここなら、新鮮さがありながら心温まる場所が作れるんじゃないかって直感的に思ったんです」

松陰神社前エリアに縁ができたことで、先日のトークイベントのゲストだったカクバリズムの角張渉さんと出会うなど、近所のネットワークも広がってきた。毎年行われるイベントやお祭りの盛り上がりを伝えると、「いいですね! 焼きそば、作りたい!」とすっかり出店側になる気満々。やはり、祭りは遊びに行くよりも、断然作りたいタイプなのだろう。

「この商店街にスクリーンを立てて映画祭とかどうですかね? ありえないところで何かするの、好きなんですよ(笑)。ぜひ、街と一緒になにか楽しいことができたらいいなと思います。この街も、いろいろな人が集まっていますから、カルチャーロードみたいな感じで一層盛り上がるといいですよね! 喫茶店とかサロンみたいな溜まれる場所、作りたいなぁ!」

そう話す様子は、もうおもしろいことを思いついちゃったという感じ。ブォンとエンジンのかかる音が聞こえた気がした。

須藤さんの中には、常にやりたいことが溢れ、それが種火のように絶えず燃えている。そして、その熱い火をいろいろな形で分けてもらえるような場所が、FOL SHOPなのかもしれない。ふと、彼の情熱的で真っ直ぐなところに、松陰神社に祀られた吉田松陰という人物と共通するものを感じた。そして様々な才能とエネルギーが混じり合うFOL SHOPから、これから多くの個性を輩出されるのだろうと期待せずにいられない。須藤さんがこの地を選んだのは、偶然のようで必然なのだ。

ここ数年で、親しまれていた老舗や共悦マーケットがなくなり、街の中にほんのりと喪失感が漂っていた松陰神社通り商店街だが、今ここに鋭さを秘めた熱く若い存在がやってきたことは、この地域にとってもよい刺激になるはずだ。まさにFOL=Fruits of Lifeと呼ばれる神聖幾何学模様の呼び名のように、ここに見たことがない花が咲き数々の実をつけることを想像したら、わくわくと心に火が灯った。

FOL SHOP
住所:東京都世田谷区若林 3-17-11 石田ビル2F
営業時間:13:00〜20:00、金曜のみ3:00まで
定休日:なし
ウェブサイト:https://folshop.official.ec/
Instagram:
@fol_shop_2023
@fol_making
@rensudo__7
 
映画『ABYSS アビス』
9月15日(金)より渋谷シネクイントほか、全国順次ロードショー。
公開初日9月15日には、渋谷PARCOにてイベントを開催予定。
https://abyss-movie.jp/
 

(2023/09/05)
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