Hand&Design

古川哲也さん

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経堂

城山通りの、青いタイルが印象的な建物。ふらりと通りかかってもひときわ目をひくのは、重厚感のある扉のせいだろう。2018年、50年ぶりに空いた1階に、古川哲也さんは設計事務所兼スタジオをつくった。デザインした家具をインドで一から製作したり、ときには自ら手作業で床や壁の施工をしたり。一つひとつの物件に愛着を持ち、情熱をかけた設計を現実のものにする古川さんのデザインは、すべてここで生まれている。昨年末、駒沢につくったばかりのカフェ「awhile chai&soda」で話を聞いた。

文章:吉川愛歩 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

インドで受け継がれている職人技

城山通りと農大通りの交差点近くにある、古川さんの事務所「Hand&Design」。直訳すれば、手とデザイン。頭で思い描くだけでなく手を動かしながら考え、さまざまな作り手へバトンを繋ぐようにものづくりしたい。そんな古川さんの思いが込められた屋号だ。

以前は設計事務所に所属して、オフィスや店舗のデザインをしていた。しかし、内装のレイアウトがメインだったことや、使える建材や家具に限りがあることなどが年々気持ちのなかで大きくなり、少しずつ仕事について考えることが増えていったそうだ。デパートの店舗デザインは楽しかったが、どんなに長くても3年で新しいインテリアに変わってしまうことも、静かに溜まっていった。

「もっと空間をゆっくり楽しんでもらえるようなものづくりをしたい、長く愛されるものを作りたい、と思っていました。カフェやレストラン、家など、滞在時間が長い場所のデザインをしていきたいな、と。そんなことを考えていたとき、妻の紹介でRungtaの波賀さん夫妻と出会ったんです」

Rungtaは古川さんの事務所の隣にある、世界じゅうの手仕事ものを集めたお店だ。国内をはじめ、インドやアフリカ、ラトビア、ルーマニアなど、波賀さんたちが直接足を運んで買いつけてきた逸品を求めて、ファンが全国から訪れている。

はじめは副業という形で、Rungtaの顧客のお店作りや家具デザインを手伝うようになった。フリーになることを考えはじめたとき、Rungtaの隣が空き、波賀さんに背中を押されるように独立した。そこから5年、手がけた物件はすでに10を超えた。

「はじめは何もかもが手探りの状態でした。ただ、こんなふうに作りたい、この素材を使いたいというイメージは僕たちのなかにあったので、いったいそれをどうやったら形にできるのか、試行錯誤してきましたね。どの物件も、床や壁に使う材料もできる限りインドで調達し、家具は僕が設計したものを、インドの職人たちにお願いして作ってもらっています。インドでは職人の技術が代々しっかり受け継がれていて、細かな要求にも応えてくれるんです。今の日本で対応してもらえる職人さんは僅かですし、できてもとてもリクエストできるような価格ではありません」

インドには、石彫や木彫りなどのほか、伝統的な刺繍やブロックプリントなど、さまざまな技術が昔から脈々と受け継がれている。また、アンティークの家具や木材も現地に残っているので、修理したり別のものにリメイクしたりして、日本に運んだ。その唯一無二の内装デザインが象徴的なモチーフとなり、一緒に作り上げた空間は建築雑誌にも取り上げられるようになった。

作りたいものを形にしていく

インドのものを使ってはじめて手掛けたのは、西小山にある「仏焼菓子 キュイソン ルカ」。内装にあまりお金をかけられないという条件ながらも、どんなインテリアにしたら長く愛されるお店になるか、古川さんは波賀さんとじっくり考えていくことになった。

どの店舗でも同じだが、限りある予算をどこに投資するか、構想したものをいかに形にしていくかが焦点になる。ルカでは、店の中心に置くお菓子を並べる大きなアンティークテーブルとカウンターに予算をしっかり使い、代わりに壁や床を張るのは、休日を利用してみんなでDIYした。手弁当ともいえる作業だったが、妥協をしないで製作したこの店舗が評判になり、ここからRungtaと協働する仕事は広がっていったという。

古川さんの事務所の内装をはじめたのもこの頃。こちらも手作業で壁を塗り、天井にはインドで仕入れたマンゴーの木を張った。打ち合わせとして使っているほか、展示会やワークショップなど、Rungtaのイベントスペース「studio Rungta」としても利用している。

「毎年1軒か2軒という割合で、新しい物件を手掛けています。今年は、友人の建築家の力も借りて、初めて新築で一から家を作る仕事に着手しているんですよ。時間はかかっていますが、やっと形が見えてきたところです。自分の手を動かしてものづくりをするという工程が楽しいし、やりがいを感じています」

最新の製作は、妻である古川友香子さんのカフェ「awhile chai&soda」。インテリアデザインを学び、雑貨販売の仕事をしたのち飲食店で経験を積んだ友香子さんの、チャイ専門店だ。駒澤大学の向かいにあり、店の大きな窓からは街の様子がうかがえる。

お店をひらこう。そう思ったときふたりの頭のなかに浮かんだのは、一緒に行ったブルックリンのカフェだったそうだ。古い薬局を改装した店で、レトロな内装とお客さんの雰囲気のよさが気に入ったという。

「地元の人たちが気軽に来てソーダを飲んでいて、カウンターでは、小さな子どもがお母さんと一緒に座っておやつを食べていました。地元に根づいていて、誰でも入ってゆっくりできるその光景がしあわせだなって思ったんですよね」(友香子さん)

たとえば近所の子どもが鍵を忘れたときに、ここで待っていられるようなお店にしたい。友香子さんのお店には、そんな温かい願いが込められている。

慣れ親しんだこの界隈でずっと物件を探していたのも、そのためだ。

「上の子がまだ小学生なので、学校や習いごとに行っても、ここに帰ってこられるのが安心で」と友香子さん。閉店時間が17時までというのも、子育てと両立するためだ。

「子どもを育てはじめてから、ますますこの土地が自分たちの居場所になっていったんです。だったらこの街にお店をつくりたいなと思ったし、子どもができて、暮らし方や時間の使い方もすごく考えるようになりました。自分の暮らしも大切にしながら、ここに来てくれる人たちにも安らげる時間を作れたらいいなと思っています」(友香子さん)

人の温度を感じられる空間に

カフェの階段を上がっていくと、2階には隣り合わせに美容室が入っていた。実はもともとワンフロアだった「駒沢美粧」が余剰スペースを活用したいと聞き、2階をセパレートして、半分をカフェとして借りることになった。

「駒沢美粧さんは以前からわたしが通っていた美容室なんです。いいご縁をいただいて、やっと形にすることができました」

美容室とカフェの間は、まるで昔からあるようにガラス窓で仕切られている。もちろんこれも、古川さんの仕事だ。床にはインドから持ってきた材木を張り、壁は友だち数人に手伝ってもらって、西洋漆喰を塗った。漆喰はチャイをイメージして、鉱物の顔料を混ぜて色作りをしたそうだ。

「カウンターに使ったのは150〜200年前のチークです。インドでは、家を解体したときに出る古材をきちんと残しているんですよね。天然のチークって今は伐採できないので、木材そのものにとても希少な価値があります。丈夫なので時間が経っても古びることがないし、使い込むとさらによい風合いが出てくるのもチークの特徴です」

床に使ったのはさまざまな種類の木の古材。これもDIYで張っていったという。

「完璧に揃えて製材している木材じゃないので、ほら、列ごとに木の幅が違うでしょう? こういうのって、日本では張る手間がかかりすぎて、商売として通用しないことが多いんです。でも、これが人の手で作られた温もりを感じられる部分かなと思って……。あえて不揃いなところも、メーカー品を使うのとは違うよさだと考えています」

窓辺に並べられたチェアや砂岩のテーブルは、古川さんのデザインによるもの。図面を元に、インドの職人さんと現地で微調整を繰り返しながら作った。

「インドって、石にもとても恵まれた土地なんです。大理石を手作業で切り出せる職人も多く、透かし彫りなどができる人もたくさんいます。壁に張った石は堆積岩です。流れている水や風などが影響しながら堆積して固まっているので、それぞれに模様が違うんですよ。こちらも砂っぽい、茶色いチャイのような色合いの石にしたいなと思って選びました。模様をひとつひとつ確かめて、どこの模様がどう出たらきれいかな……って考えながら張っているんですよ」

実はこの堆積岩は、一枚一枚がとても重たい。砂岩のテーブルも簡単には持ち上げられないほどの重さで、2階まで運んでくるのは大変だったそうだ。

「でも、質量のあるものは蓄熱もでき、冬でもとても温かく過ごせるメリットもあるんです」と、古川さんはにこにこと紹介してくれた。

もうひとつ書いておきたいのが、入口を入ってすぐに目に止まる棚だ。カフェで使っている陶器のカップや茶葉を並べたこの棚は、もとはドアだったらしい。

「ゾロアスター教のマークが入っているんですが、1920年ごろのアールデコデザインのものです。個性あるデザインなので、お店のアクセントになると思い、棚に作り替えることにしました」

ここからはじまる一日

そうしてお店のなかをじっくり見渡してみると、椅子に使われている古材はパーツごとに色が違うことや、漆喰は塗っている人によって模様の出方が違うこと、カウンター下の腰壁に張られた、見たことのない大理石のモチーフなどにふと気づく。その細やかなあしらいに人の温度を感じて、ホッとする空間ができあがっているのだろう。

「カウンター下の大理石は、こんなふうにできたら素敵だなと構想して、一本一本削ってもらい、自分たちで張り合わせました。カウンターの上は、いつかアートの展示会なんかもできたらいいなと思って、まっさらではなく木枠をつけています」

インテリアに取り合わせて友香子さんが選んだ調理器具やグラス、カップなども、カフェのなかを彩る要素のひとつだ。

「内装に使った植物はRungtaのものです。調理器具は、丸見えになるのでなるべくインテリアの邪魔にならず、シンプルで使い勝手のいいものを選んでいます。チャイに使っているカップはオリジナルで、陶芸をしている大学時代の友人にオーダーしました。グラフィックは友人のMOTOMOTOさんに。なんだかんだ、いろんな人に手伝ってもらっています」

もともと美大で出会ったふたりの周りには、さまざまな技術を持った友だちが集まっている。店に飾られた植物のリースも、大学時代の友人がつくったものだ。

このお店を出す前は、ポップアップイベントとしてRungtaでチャイを出していた友香子さん。そのときにチャイのことを学び、お店では国産の紅茶葉も積極的に取り入れている。

「お茶どころで有名な静岡出身なので、日本のお茶を使っていきたいなと思って、和紅茶を揃えています。チャイは、スパイスとお砂糖がガツンと感じられる味ではなく、香料を使わなくても茶葉の香りを感じられるよう、ホッとできるバランスを意識して淹れています」(友香子さん)

ストレートの和紅茶も出すほか、コーヒーやチャイシロップのソーダ割り、自家製レモネードなどに添えて、オープンサンドやお手製の焼き菓子なども並ぶ。オープンサンドに使っている食パンは、千葉の君津でパン屋さんを営む友人が焼いてくれている。

朝、古川さんは子どもたちを送った後、いったんここでチャイやコーヒーを飲んでゆっくりしてから、事務所に自転車で出かけていくことが多い。カフェの居心地のよさを日々体感することで、また新たな物件に活かすこともありそうだ。

「作った物件をずっと見続けていくのは初めての体験なので、これから先どんなふうに変化していくのかを見られるのが楽しみです」

暖かな湯気の向こうには、堆積岩の波打つ模様が見えた。この石を選んできたというインドのラジャスタンにある石切場の写真を見せてもらうと、そこにまた新たな物語が浮かび上がってくる。壁には壁の、床には床の、刻み込まれた歴史を感じながらチャイをすすり、古川さんはまた新しいものづくりに頭を働かせる。次は、海のそばに建つ、誰かの新しいおうちのことを。

Hand&Design
住所:東京都世田谷区経堂5-31-6 三和ビル102
ウェブサイト:https://www.hand-design.jp/
インスタグラム:@furukawa_handd

 

awhile chai&soda
住所:東京都世田谷区駒沢4-16-16 横山ビル2F
営業時間:10:00〜17:00
定休日:日曜
インスタグラム:@awhile_chaiandsoda

 

※ 出典:商店建築 2014年11月号、2017年2月号
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