WOHOS MART

織田博貴さん

最寄り駅
豪徳寺

山下駅と豪徳寺駅からそれぞれ50歩程度という超駅近、昔ながらの店が軒を連ねる細い通りの一角にカレー屋「WOHOS MART(オホズマート)」はある。お店の常連のアーティストによる店のキャラクター、オホズコングが描かれたポップな看板が目印だが、ガラスのショーケースにレトロなタイル、2階の手すりに施された雷紋の装飾など、この場所で長く愛されていた町中華の名店「満来」の名残があちらこちらに。外観からして昭和と令和が時代を超えてクロスするこのお店におじゃますると、カレーもメニューもカルチャーも、異なるものが混じりあっているのに、なんともいえない心地よさ。まさにカレーのようなその調和は、どんなふうに生まれているのだろう。

文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

食べはじめるともっと食べたくなるカレー

レトロなガラスが印象的な扉をスライドして入ると、白い壁に白いタイルのこじんまりした空間。扉のすぐ近くに唐突に蛇口が出ていたり、1脚1脚デザインが異なる椅子がテーブルにセットされていたりして、アジア圏の旅先にいるような気分になる。店内に流れる心地よい音楽と、厨房で調理する音とリズム、テーブルを囲む人たちのおしゃべりがブレンドされて、なんとも心地よい。壁に目をやると、店主の織田さんと周波数という名義でコーヒーの焙煎をしている小原瑠偉さんが一緒に作ったという店内BGMのプレイリスト(なんと、約9時間分という大作!)を入手することができるQRコードが貼ってあって、単なるカレー屋さんではなさそうなよい予感にわくわくとした。

黒板に書かれたメニューと厨房から漂ってくるスパイシーな香りにすっかり食欲が掻き立てられ、思わずお腹がグーと鳴る。カレーは基本的にレギュラーメニューだそうだが、どれもおいしそうで迷ってしまう。どれか一つを選ばなくてはならないのは心なしか試されているような気持ちになるが、そんな潔いメニュー構成もこの店のやり方。

「今時珍しいかもしれませんが、1種類を堪能してもらう方がシンプルでかっこいい気がして(笑)。自分が他のお店でカレーを食べる時は、2種盛りを選んじゃうこともありますけどね。神保町のボンディが好きで、ここも1種盛りスタイル。味はもちろんですが、そういうところも好きですね」と織田さんは言う。

迷いに迷って牡蠣山椒カレーを注文し、しばらくするとルーが入った器とごはんが盛られた皿が運ばれてきた。ごはんの上には色鮮やかな副菜が盛られ、気分も上がる。ルーをひとくちいただけば、食材の旨味がやわらかに広がり、後からピリッとスパイスが刺激する。ふっくらとした牡蠣からは磯の香りが一気に溢れる。それぞれの食材のおいしさが調和して、体の隅々にまで染み渡るよう。食べ進めるうちに胃が元気になってくるのか食欲が増して、ごはんを大盛りにしなかったことを少しだけ悔やんだ。

「そう言ってくださる方、けっこういらっしゃるんですよ。体調を崩しそうな時や病み上がりにも食べたくなるとか。油もそんなに使っていないので、サラッとして食べやすいのかな。年配のお客さまもたくさんいらっしゃいますけど、大盛りでタンドリーチキントッピングとか、みなさんもりもり食べてくださって、元気でいいなーって(笑)」

おいしいものへの道は概念に囚われず自由な発想で

老若男女問わず、幅広い層に親しまれているオホズマートのカレーは、どのように生まれたのだろう。織田さんにお聞きしてみると、「カレー屋さんで働いたり修行したりしたことはないんです」と意外な返答が返ってきた。

「作り方は独学で勉強してはいますが、めちゃめちゃ自己流な作り方をしているので、カレーを真剣に作っている方には怒られちゃうかもしれません(笑)。カレーに限ったことではないのですが、料理って概念みたいなものに囚われているところがある気がします。別にその作り方じゃなくてもよくない?って。カレーだと玉ねぎはよく炒めるのが通例だと思いますが、そこまで炒めなくてもいいと思っています。だから、うちのは軽く火を通す程度でほとんど炒めていません。量はたくさん入っていますけどね」

カレーというと欧風や南インドなどジャンルを区分したくなってしまうが、オホズマートのカレーは織田さんのセンスと感性と探究心で生まれたオリジナル。何カレーと括る方が野暮というもの。

「よかったら、これもかけてみてくださいね!」と織田さんが勧めてくれたのは、オリジナルスパイスミックス、キッチンキングマサラ。パラパラと少し振っていただいてみると、これが驚きの味変。もともとスパイシーなカレーだが、このパウダーがさらに華やかさをプラスしてくれる。この癖になりそうなおいしさは、ビールにも合うにちがいない。実際、カレーはもちろん、アチャール(インドの漬物)や一品料理をつまみながらお酒を飲む人も多いそう。そして、このキッチンキングマサラは、自宅で簡単にタンドリーチキンを作るためのタレができたり、炒め物につかったり卵かけごはんに振りかけたりと万能で、店頭でお土産に買うことができる。

このお土産シリーズは、チャイキットやアーユルヴェーダに基づいたハーブティブレンドなど数種類。パッケージもかわいらしくて、つい帰り際に手に取ってしまう。

「カレーを作っていると、健康というものに興味が湧いてきます。食養という意味でよりお客さまに喜んでいただきたいという気持ちもありますし、シンプルに好奇心が湧いてアーユルヴェーダや薬膳のことを勉強しているのですが、心の健康というところで言うと、ここでカレーを食べていただくだけじゃなくて、家で自分でも作ってみようとすることも大事なことだと思うんです。その一歩としてこういうキットがあったら楽しいかな、っていう単純な発想で作っています。とにかく簡単につくれるように心がけているので気軽に試していただけたら嬉しいです」

家で味わったり友人にシェアしたり、このお手軽キットはお店でのおいしい体験を「点」でなく「線」にしてくれる。何気ない日常にプラスされる新しい体験や習慣は、暮らしの中のスパイスとなる。

バイト経験が料理の楽しさと食文化の魅力を教えてくれた

織田さんと料理の出会いをお聞きすると、地元青森の八戸で過ごした高校時代に遡る。ハンバーグ屋さんや焼鳥屋さんなど、さまざまな飲食店でアルバイトを経験し、家でも頻繁に料理していたそう。そんな姿を側で見ていたからだろう、「料理をやってみたら?好きじゃない?」と勧めたのは織田さんのお母さんだった。

「母に言われて、確かに料理好きかも、と思って専門学校に進学したんです。専門学校では和洋中の全てを勉強しましたが、在学中に学んだことよりも、卒業後に和食、フレンチ、エスニック、創作料理、シンガポール料理などいろいろな飲食店で経験させてもらったことの方が今に生きている気がします。シンガポール料理なんて、中華料理がベースですが、いろいろな文化が入ってきているので、そのごちゃごちゃした感じがおもしろいんですよ!」

ジャンルをひとつに絞らずいろいろな飲食店で経験を詰んだ中で、ある職場のオーナーに声をかけられキッチンカーでのフード販売に挑戦することとなる。通常の飲食店での料理提供とは異なる現場を経験して数年、織田さんは独立して自分のキッチンカーでフードの販売をはじめた。

「独立したのは27歳くらいの頃。キッチンカーで販売をする中で同業の仲間ができて、フェスの出店など大きな仕事をやるときにはチームで動いていたんです。WOHOS MART(オホズマート)は、この時のチーム名。途中からはケータリングの仕事もしていたのでキッチンが必要になって、チーム名で場を持ちました。そのまま店としても営業することにしたので、店名の由来を聞かれると困っちゃうんですよ。意味はないんです(笑)」

縁あって導かれたのは町中華の老舗があった物件

最初のお店の場所は、今のお店のすぐ近く。カウンターのみの小さな空間だった。

「将来お店にすることも見据えてケータリングのアトリエとしても使える場所を探していた時に、前のお店の場所に出会いました。特に、豪徳寺エリアで探していたわけではなく、たまたまバインミー屋さんをやっていた方と知り合って、店を閉めるタイミングで声をかけてもらったんです。カウンターで4、5席くらいしかないので、サッと食べることができるものがいいだろうと思って、カレー屋さんにしました」

豪徳寺というエリアにも、カレー屋さんという方向性にも、織田さんの意思とは別のなにかに導かれたかのように辿り着いているのがおもしろい。

前の場所で2年ほど営業した頃、織田さんは今のお店の場所で「満来」という町中華のお店を営んでいた方のお孫さんとたまたま知り合った。「満来」は、1948年創業の老舗。店主は90代までお店を開け、長年愛されていた名店だった。惜しまれながら店を閉めた後も、ご家族の想いがあってかしばらく店はそのまま。誰かに貸すことはなかったが、お孫さんを通じて織田さんに声がかかった。

「最初に中を見せていただいた時に、この入口のガラスに陽がさして、それがとってもきれいで素敵だなと思ったのをよく覚えています。入口のショーケースもいいなと思って、活かせるところはそのまま活かしたいと話をしました。壁は塗り替え、インテリアも入れ替えましたが、表のショーケースやえんじ色のタイル、中のレイアウトはそのまま。2階の物置には当時のメニューや看板も残していて、満来の店名が入ったお皿は麻婆豆腐や水餃子を出す時に使わせてもらっています」

一皿にほんのり宿る町中華と家庭料理のおいしい記憶

「季節のメニューで麻婆豆腐を出しているのですが、もともと町中華の店だったという繋がりもおもしろいかなとはじめました。中華もスパイスを使うので、カレーとの相性がいいんですよ。僕もお客さんも飽きないように、時には少しずつ変化させながらやっています。楽しい方がいいんじゃないかと思って。ひらめいたら一気にやっちゃうタイプなので、急に新しいメニューやトッピングを追加することもありますよ。先の予定を組むのはどうも苦手なので、その時その時でやっている感じで(笑)」

カレーがメインにありつつも、麻婆豆腐が登場したり、インディアンラムオーバーライスやトッピングには薬膳キムチがあったり。スパイスをひとつの軸に、メニューのラインナップやスタンスは自由で軽やかだ。

ふとカウンターの横に目をやると、ころんと愛らしいフォルムの土偶と目があった。「この土偶、母が作ったんです」。そう聞いて、お母さんにも俄然興味が湧いてしまった。

「母も料理が好きで、学校給食を作る仕事をしていました。毎日いろいろな料理を作ってくれて、たくさんの品数が食卓に並ぶ家でした。はじめて見るような珍しい料理も、母なりに調べて作っていたようで、けっこう攻めていたイメージがあります。どんな料理も上手でおいしかったんですよ。なにかをきっかけに縄文土器に興味をもったみたいで、今では八戸の是川縄文館でボランティアをしたり土偶を作るワークショップをしたりしているようです」

好奇心旺盛でおもしろいと感じたものを楽しむお母さんの姿は、織田さんにも共通している気がする。そして、織田さんの料理のベースにお母さんの攻めの家庭料理が生きていると思ったら、カレーの作り方やラインナップのオリジナリティも、さらには昔ながらの定食屋や町中華店にも通じる居心地の良さも、なんだかストンと腑に落ちた。オホズマートは間違いなくカレー屋さんだが、いわゆるカレー屋さんとは一味も二味もちがう、町中華ならぬ町カレーの店なのかもしれない。

最後にこれからの展望をお聞きすると、「前の店を改装して、ギャラリースペースにするんです」と織田さん。オホズマート移転後もカフェバーとして営業していた空間は、ポップアップやアートギャラリーなど、新たな形で人が集うスペースに生まれ変わるそう。ちょっと個性的なカルチャーを感じるオホズマートの姉妹店となれば、新店の企画もきっとスパイシーなものになるはず。ピリッと刺激的な2店をハシゴする日が楽しみだ。

WOHOS MART

住所:東京都世田谷区豪徳寺1-45-1
営業時間:11:00〜23:00、日曜のみ11:00〜15:00
定休日: 水曜
インスタグラム:@wohos_mart_gotokuji

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