good morning pho

小林由美さん

最寄り駅
松陰神社前

いつも夕方から開店していたパンとビールの専門店「good sleep baker」が、今年に入ってから朝型になった。お店の名前は「good morning pho」。朝8時からフォーやバインミー、チェーなどのアジア料理が食べられる。お休みの人がクラフトビールを飲みながら本を読んでいたり、出勤前の朝ごはんを頼んでいる人がいたり……、時間が変わるとお店で巻き起こる物語もまた新しくなる。平日は午前中しか開いていないので、タイミングを合わせて行けた日は嬉しくなりそうだ。

文章:吉川愛歩 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

ある日、朝型になったお店

世田谷線の線路沿い、松陰神社前駅のすぐそばにある「good morning pho」。去年まで夕方から夜にかけてオープンしていた「good sleep baker」が、朝型にリニューアルした。

もともとは朝から活動するタイプ、と話すのはオーナーの小林由美さん。2年前に黒い豆柴の力丸を飼いはじめ、お散歩のこともあって特に早起きになった。

「ビアパブという特性上、これまでは夕方からお店を開けてきたのですが、コロナ禍になってお酒が出せなくなったとき、フォーのお店として営業してみたんです。そこでいろいろ考えて。夜のお店も順調で楽しかったけど、少し自分の暮らしのことも振り返りながら、ひとりでできる範囲でお店作りをしたいなと思いました」

平日のオープンは、朝8時。朝の光が差し込む店内で働きはじめてまだ3ヶ月だが、その明るさがなかなかいいなと感じているという。

小林さんが前身の「good sleep baker」を開店させたのは、今から8年前のこと。そのころは谷中に住んでいて、アルバイトをしていたビアパブも千駄木だったので、独立するならそのあたりでと物件探しをはじめていた。それが、松崎煎餅の社長・松﨑宗平さんとの出会いで一変する。

「宗平さんは、千駄木界隈の友人だったんです。物件をあれこれ見ていたのですが、なかなかいい場所がなくて。そんなとき宗平さんに、松陰神社前にいいテナントがあるから見てみない? と誘われたことがはじまりでした。当時、松崎煎餅さんは松陰神社前の商店街にお店を出すことが決まったばかりだったんです」

世田谷になんのゆかりもなく、世田谷線にも乗ったことがない。でも、せっかく紹介してもらったので見るだけ見に行こう、と降りたった。

宗平さんは、ていねいに商店街の隅々まで案内してくれた。駅から伸びる道には、今はなきおでん種屋さんがあり、昔ながらの店構えの八百屋や魚屋が連なっていた。そこに挟まれるように点々と新しいカフェやスイーツのお店があるその雰囲気は、どこか谷中に似ていたという。

「この街ならいいかもしれない、と思いました。オープンしてみたら思ったよりもファミリー層が多くて、子どもが隣の公園で遊んでいるのを眺めながら、テラス席でビールを飲んでいたり、ご家族で食べにきてくださったり……。それがまた谷中にいたときとは違った風景で楽しくて。下北にも三茶にもふらっと行ける距離で、住みやすいのも好きです」

そうして松陰神社駅のすぐそばに、クラフトビールとパンのお店をオープンさせた。

人を変えるのではなく、自分が変わる

小林さんがベトナム料理に目覚めたのは、高校生のとき。地元である松戸にできた無国籍料理を出すカフェに感動したのがはじまりだった。

「当時、東京はカフェブームで、わたしもカフェに行くのが大好きだったんです。そんなある日、地元におしゃれなカフェができてびっくりして……。今でこそいろいろなところで食べられますが、見たこともなかったアジア料理がたくさんあって感激して、どうしてもここでバイトしたい! と無理言ってアルバイトさせてもらいました」

そのうち本場を見てみたくなってベトナムにも行き、将来は料理やお店づくりに関わりたいと、製菓製パンが学べる専門学校に進学した。アジアンカフェでのアルバイトは専門学校に行ってからも続け、今も地元に帰るとときおり訪れるそうだ。

「パティシエになりたいと思って入った学校でしたが、2年生のとき専攻を決めるにあたって、製パンのほうに進みました。でも、なぜかパン屋さんに就職するという道はピンとこなくて……、卒業後はうろうろしていましたね。フリーターの期間がすごく長いんです。居酒屋でアルバイトしたりバンド活動したり。音楽は、メンバーのライフスタイルの変化に合わせてゆっくりになったりしつつも、今もずっと続けています」

そんなときご縁があったのは、障害者の自立支援施設での仕事だった。施設内で販売用のパン製造するための技術指導、という支援員の役割だ。

「そこで、障害がある方々にパンの作り方を教える仕事を4年ほどしました。購入した冷凍生地を成形したりフィリングを包んだり、包装したり。シールを貼る仕事や検品の仕事など、その人その人の特性に合わせて仕事の内容を決めていきました。それを土日にマルシェで売ったりして、すごく大変な仕事でしたが、気づきや学びがいっぱいありました」

人にパン作りを教えるのは初めてで、ましてやさまざまな困難を抱えている人たちとのやりとりには、戸惑ったこともあったという。でも小林さんはその都度、どういう伝え方をしたらよいのか考え、図解したり手順に番号を振って覚えてもらったりしながら、プログラムを考えていった。

「そのときの施設長に言われた言葉を、今でもとてもよく覚えているんです。『その子の失敗は、自分の支援の仕方の失敗だと思って』と。自分ではちゃんと教えているつもりでも、その子がわからないなら、こちらのせい。手法を変えたりしないと伝わらないんだよ、って言われて、すごく腑に落ちました。そうか、自分がやり方を変えればいいんだって受け入れられるようになってからは、生きるのもすごく楽になりました」

それはどんな人と向き合うときにも当てはまる。共通言語が違う人もいれば、文化の違いもある。どんなふうに伝えるか、伝え手が考えなくては伝わらない。それが今も小林さんの、すべての考え方のベースになっている。

常識を捨てて考えたお店づくり

その仕事をしながら、一方で小林さんがハマっていったのはクラフトビールだった。

「専門学校時代の先生に、ビールが好きならビアソムリエの資格を受けてみたら? と言われていろいろ調べてみたんです。そうしたら自分の知らないビアスタイルや風味のものがいっぱいあって。クラフトビールのお店を友だちに教えてもらって、いろいろなお店に飲み歩きに行きました。そのときに出会ったのが、アルバイトすることになった千駄木のお店なんです」

ビールのことだけでなく、飲食店の経営にまつわることの多くもそのお店で学んだ、と小林さんは教えてくれた。

「どの業界でも同じだと思いますが、飲食業界の常識みたいなものがありますよね。でもここのビアパブはそういう常識にとらわれず、独自のしっかりした方針がありました。驚くことも多かったのですが、理由を聞いていつも納得することばかりで。自分のお店だから、自分で決めていいんですよって言われて、ハッとしました。ちょっと変わってるようなことや前例があまりないことでも、自分で納得のいく考えで決めてやっていけば、自分のお店ではそれが常識になるんですよね」

だから、お店の営業時間を変えることにも躊躇いはなかったという。

「お客さんが来にくくなってしまうかな……とはもちろん考えましたが、7年も同じようにやってきたんだから、これからは自分ができる範囲のことを自由にしてみよう、って。結局は、自分にもお客さんにも正直にやっていくだけなんですけど」

そのまっすぐさが伝わったのか、リニューアル後もお客さんは時間を調整してやって来てくれているという。日本ではまだあまり馴染みがないが、「good morning pho」を軸にして、朝ごはんを家族で食べに行くというライフスタイルがこれから流行するかもしれない。実際、土日は朝から家族連れでフォーを食べにくる人たちもいるという。豆柴の力丸のおかげで、お散歩仲間との縁もできた。

「外の席はペット可なので、お散歩途中の方が寄ってくれることもあります。力丸を飼って2年になりますが、はじめからお店に連れてこようというふうには思っていませんでした。そういうのが大丈夫な子だったら連れていこうかな、くらいで。見ておわかりのとおり、付かず離れずで人懐っこすぎずそっけなさすぎずの子なので、きっとお店にいるのが合っているんだと思います」

誰でも入れる自由なお店

リニューアルしてからはスタッフを入れずにひとりでやるようになり、お客さんとコミュニケーションをとることも増えた。それも小林さんが楽しみにしていることのひとつだ。

「これまではスタッフを雇っていたこともあって、キッチンから出ることがほとんどなかったんです。ただただわたしは料理を作って出してもらって、という忙しい時間の繰り返しだったんですが、今はフードを運んだり、お店の外に出ていくことも多い。いろんな人と話して、外の空気を吸ったりする時間がある。それもちょっといいなと思っています」

午前中の明るいお店でビールを飲む人がいて、家族で朝ごはんを食べる人がいて、犬と一緒にテラス席でお茶を飲む人がいる。どんな人にも入りやすいこのバリアフリーな雰囲気は、もしかしたら小林さんだからこそできる店づくりなのかもしれない。

変わらないのは、店の看板メニューのひとつであるクラフトビール。お店で出すクラフトビールは、アルバイトしていた千駄木のお店で扱っていたものや、その後好きになったブルワリーのものを取り寄せている。

ベトナムコーヒーやマンゴージュースなどのメニューもあるが、天気のいい休みの日に早起きしたらビールを飲みに行く、という選択肢だってあっていい。特にこれから暑くなっていくと、そういう一日のはじまりが楽しみにもなる。

「基本的には、自分がおいしいと思ったものを出している感じです。ビールばっかり何杯も飲みたいタイプなので、少し軽めでたくさん飲めるものが好きですね。常時2種類出していて、アルコール度数に差が出るように仕入れることもあります。今はW-IPAという、ホップの苦味をしっかり感じられるタイプのものを出しています。パクチーや揚げ物にも合うんですよ」

気ままに寝たり起きたりしている力丸と、新しいお店づくりに勤しむ小林さん。ふたりが醸すのんびりした自由な空気は、訪れた人の凝り固まった気持ちもほぐしてくれる。そうだ、明日は朝から熱々の揚げ春巻きを食べながらビールを飲み、それから何をするか決めよう。

good morning pho

住所:東京都世田谷区世田谷4-13-20
営業時間: 8:00〜12:00 / 土日は10:00〜12:00 、14:00〜18:00
定休日:月曜 、火曜
インスタグラム:@good_morning_pho

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