TEA & TREATS
奥田香里さん
世田谷線の松原駅を降り、線路を挟んでスーパーマーケットのオオゼキとは反対側に歩いて30秒。小さなお店がいくつか軒を連ねる先に、自社で輸入するアイルランドの紅茶とイギリスの個性的なジャムを中心に、食卓やお菓子にまつわるアイテムを扱うお店「TEA & TREATS(ティーアンドトリーツ)」はある。自然光が入る気持ちのいい店内には、壁一面の棚にずらりと並ぶジャムの瓶。クッキー型やお菓子づくりの道具、紅茶やポットの間に、作家もののかわいらしいオーナメント。店主の好きなものが詰まっているのは一目瞭然だが、アイテムとの出会いも向き合い方も、そして街の中での在り方も、単なるセレクトショップとはひと味ちがいそうだ。魅力的なアイテムとの出会いや、輸入だけでなくお店を営む理由が知りたくて、店主の奥田香里さんにお話をうかがった。
文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子
紅茶缶との出会いから、人生の新たな章がはじまった
ガラス越しに出迎えてくれるのは、山吹色の大きな缶。これこそ、TEA & TREATSが、アイルランドから自社で輸入している看板商品のひとつ、「キャンベル・パーフェクト・ティー」(以下、キャンベルズティー)。缶のクラシックなデザインも素敵で欲しくなってしまうのだが、その中身の茶葉の量に少しだけ怯んでしまう。「最初はみなさん、大きすぎるっておっしゃるんですけど、一度このおいしさを体験してくださると、どうせ飲むから!って、躊躇せず買っていかれるんです」と店主の奥田さん。聞けば、この紅茶は戦前にアイルランドで生まれたもので、老舗の食料品店のオリジナルアイテムだったそう。その食料品店自体はもうなくなってしまっているのだが、地元で愛されていたためメーカーに引き継がれ、今でも生産が続いている。「イメージとしては、成城石井や紀ノ国屋のオリジナル紅茶、みたいな感じかな」という説明で急に親近感が増す。
おいしい飲み方をお聞きすると、「夏はアイスミルクティーがおすすめ!」とのこと。
「ティーポットに通常の2倍くらいの茶葉を入れて熱湯を注ぎ、20分蒸らします。それを白濁するまで冷蔵庫で冷やして原液をつくり、たっぷりの牛乳で割ると濃厚なアイスミルクティに。濃くおいしく出てくれるので、1:1くらいの割合でもしっかり紅茶の風味を感じていただけます。この紅茶は、CTC製法というコロコロに丸める加工がしてあるので、渋みが出る前にしっかりと味が出てくれます。アイルランドは中軟水なので、この紅茶は日本の水とも相性がいいんですよ」
一口いただけば、なるほど納得。チャイのような濃厚さで、ミルクティーでも紅茶の香りがしっかり。ズボラさんでもできそうな簡単プロセスに、豊かなティータイムへの夢が膨らんでしまう。ところで、彼女がキャンベルズティーを輸入するようになったのは、どんなきっかけがあったのだろう。
「20代30代は、女性誌で食やライフスタイルのページのライターをしていました。おいしいものを探しに海外取材に行くことが度々あって、そういう時には現地のスーパーマーケットなどでおいしくてかわいいお土産を探すのが恒例。この紅茶も、ロンドンを訪れた時にグローサリーショップで見つけたんです。当時はコーヒー派だったから中身の紅茶が目的ではなく、クッキーを入れる缶が欲しくて自分用に買ったんですけど、飲んでみたらおいしくて。雑貨屋さんを営む友人に勧めたら気に入って、仕入れてくれたらお店で売りたい! とリクエストをもらったのをきっかけに、輸入に向けて動き出しました。英語も得意ではなかったので現地の知人に助けてもらいながら問い合わせをしたら、アイルランドのメーカから『喜んで!』と嬉しいお返事。手探りではあったのですが無事に正規な形で通関できて、そこからはしばらく自宅の一角が紅茶置き場になりました(笑)」
最初は、缶が凹んで届くこともしばしば。売り物にできないものを無駄にはしたくなくて、下北沢のfog linen workの2階でレッスンやティールームのイベントをはじめたそう。そんなトラブルや初期の大変さも、奥田さんはにこにこと楽しそうに話す。そんな様子を見て、大変だった日々も彼女の冒険物語のワンシーンのように思えた。
言葉で理解するより、まずは感覚的に味わってほしくて
もう一つの看板アイテムであるジャムブランド、「London Borough of Jam」(以下、LBJ)との縁ができたのは、ちょうどキャンベルズティーの輸入を始めて2、3年続経った頃。おいしいものをたくさんご存知の奥田さんから取り扱いのオファーをしたのかと思いきや、連絡はロンドンの名店「セント・ジョン」の元ペストリーシェフで、LBJのオーナーのリリー・オブライエンさんからだったという。
「ある日、リリーから『ティーと一緒に私のジャムはどう?』みたいなメールが届いたんです。というのも、彼女は日本が大好き。自分のジャムを日本で売ってくれる人を求めていろいろな人に話をしている中で、黄色い缶のティーを女の人が一人で仕入れて売っていて、それが人気みたいだよ!なんて私のことを聞いたようで。LBJのジャムは、イギリスに行くたびに購入しておいしいなと思っていたので、リリーとはメールのやり取りですぐに打ち解けて、じゃあやるか! と輸入手続きをはじめたんです」
「ぜひ味見してみて!」と次々に手渡してくれる試食のひと匙をそっと口に含めば、舌の上で果実の風味が広がり、香りが鼻を抜け、最後にスパイスやハーブが追いかけてくる。異なる風味がわずかな時差でひらいていく感覚は、今までジャムで味わったことがない。素材をわかっていても、それぞれに新鮮な驚きがある。
「ひとつの果実にひとつのスパイスなど、素材が1:1で構成されているのが、LBJのこだわり。パンやヨーグルトだけでなく、お肉料理やチーズに合わせたり、チャツネの感覚でお料理に添えたりするのもおすすめ。複雑な味わいは言葉だけでは伝わりにくいものも多いので、ポップアップでも試食をしてもらって、感覚的にこのおいしさを理解していただけたら、と思っていました。少しだけ時間はかかりましたけど、ファンになってくださった方も多くて、どれもおいしいとわかっているから、最終的にはラベルの色で選ぶなんていうお客さまも少なくないんです」
ちなみに、LBJ で一番好きなフレーバーは? とお聞きすると、「ルバーブ&カルダモンかな」と迷いなく即答。「最初に誕生したこのフレーバーは今でも代表作。音楽で言うところのファーストアルバムみたいなものだと思うんです」と彼女は続ける。創設者に寄り添いながらブランドの今を見つめているからこそ、シグニチャー的なこのフレーバーは、いつまでも彼女の中で特別なのだ。
雰囲気ごと味わったスコーンのおいしさを紅茶と共に
店内で焼かれたスコーンやブリティッシュパンケーキなど、イギリスらしい手作りお菓子とキャンベルズティーのセットをイートインで楽しめるのも嬉しい。それらは、奥田さんご自身がイギリス滞在中にいくつかのティールームレッスンに参加して、現地のご婦人方に混じって習ってきたものがベースだそう。素朴でやさしい甘さのスコーンに添えてあるのは、日本では珍しいクロテッドクリームとLBJのジャム。生クリームではなく、イギリスの伝統的なクロテッドクリームを使っているところにも、おいしいものを伝えたいという彼女のまっすぐさが現れている気がする。
「イギリスやアイルランドの田舎に行くと、“Cream Tea”って書いてある看板をよく見かけます。これはスコーンと紅茶のセットっていう意味。日本で言うところの、団子とお茶みたいなものですね。スコーンはフレッシュなクロテッドクリームとおいしいジャムを食べるためのお皿、なんて表現されているだけあって、THE粉の塊という感じのシンプルなものが多いんです。実際に田舎のカフェで出てくるものは、高さがあってオオカミの口と呼ばれる割れ目があるような理想的な形ではなくて、ややぼてっとしてヒキガエルみたいな見た目(笑)。それがとってもおいしくて、立ち上がりとおいしさって別なんだなぁ、なんて知ったりして。店内には、制服のままスコーンを食べている町のお巡りさんがいたりして、そういう光景や雰囲気もまた、おいしい記憶の一部なんです」
メニューの中に見つけた夏の限定メニュー、「エルダーフラワークリームソーダ」も気になってオーダーすると、運ばれてきたのはシャンパン色のソーダにバニラアイスクリームとアメリカンチェリー。大人っぽい色合わせなのに、ちゃんと懐かしいクリームソーダな感じもあって、思わずきゅんとしてしまった。ストローでソーダーをいただくと、爽やかでやさしい甘み。脳内にふわり、草原の香りと心地よい風が吹き抜けた。
「キャンベルズティーのメーカーを訪れたときに、このコーディアルとたまたま出会ったんです。もともとエルダーフラワーは好きだったんですけど、この商品の香りの良さに驚いて。生産者は年配のご夫婦で、アイルランド中部でエルダーフラワーのみのファームを営んでいます。開花がピークを迎える6月に手摘みでていねいに収穫して、そのタイミングで年に1回だけコーディアルを仕込むので、生産数も制限されるとのことだったのですが、幸運にもわりとすぐに輸入させていただけることになりました」
商品との出会いにはいつも絶妙な導きがあり、その感動をそれだけで終わらせない彼女の行動力がある。軸にあるのはおそらく、売れるかどうかというビジネスマン的な発想というより、惚れ込んだおいしいものを友人に共有したいという気持ち。だからこそ、そのおいしさは丁寧に伝えたいし、そのためにもお店という場所は必要だったのだ。
まっさらな状態で、はじめて出会う幸せを大切にしたい
ポップアップとオンライン販売を中心にスタートした「TEA & TREATS」だが、扱っている紅茶とジャムのおいしさを知ってもらう場所としてお店を持ったのは2年半ほど前。長いこと物件の相談をしていた不動産屋さんのお向かいに空き物件が出たことで、店舗オープンがぐっと動き出した。
「ここは、自宅からも事務所からも歩いて10分くらいの場所。住んでいても全然飽きないし、いろいろな世代がミックスしている感じもいいんです。食べ物を扱っているので、お店を持つならこういう生活に根ざした街がいいなと思って。人の場所を借りてポップアップをやるのも楽しかったんですけど、どうしても1回限りになってしまいます。毎日焼き立てのスコーンを並べられて、今日も明日も明後日も来ていただけるっていうのは、お店がある良さだなと思っています」
キャンベルズティーやLBJを知って足を運ぶ方ももちろんいるが、ご近所の常連さんも増えてきたという。
「オオゼキでお買い物をした帰りに、パンはパン屋さん、コーヒーはコーヒー屋さん、ジャムはここで買いたいの、なんて言って寄ってくれるご近所のおばあちゃんもいらっしゃいます。商品を知って買いにきてくださるお客様ももちろんありがたいのですが、予備知識なく何も知らない近所の方に来ていただくのもうれしくて。説明する中でわかりにくいところを知ることができたり、新鮮な反応を目の当たりにすることができたり。メディアを通した情報ではなく、ちゃんと良さが伝わるってとっても嬉しいんですよ。私もライターをしていた頃は特に、情報が先に入ってくることが多かったのですが、それでわかった気になっちゃうところって残念ながらあるんですよね。知った気になってしまったら、もう新鮮な気持ちで向き合うことは難しいじゃないですか。なんの知識もないピュアな状態でおいしさを体験できたり、何これ!と好奇心で買ってお気に入りに出会ったり。そちら側に行きたいと思ったのが、ライターの仕事をやめた理由のひとつです」
紅茶やジャムのおいしさを語る奥田さんは、伝えたい想いが溢れてしまうからか、ほんのちょっとだけ早口になる。メディアから少し離れても、彼女の生業はきっと、一貫して〝伝える〟ということのような気がする。だとしたら、お客様自身がアイテムに出会って、感覚的に良さを理解することができるお店は、体感型のメディアということだろう。
人も物も、イギリスの“さりげなさ”に心惹かれて
そういえば、なぜ奥田さんはそこまでイギリスに心惹かれるのだろう、と気になった。
「学生時代は、ヨーロッパの中でもフランスに興味があったんですけど、30代の頃に友人に誘われてロンドンに行ってみたら、派手さはないけど洒落ている感じが自分の好みに合っていたんです。イギリスの食べ物って、お菓子なのにブレッドとか、お料理なのにフィッシュケーキとか、言葉のシニカルさやバックグラウンドのストーリーがあって、そこも好きだなぁと思って。振り返れば、子ども頃からイギリスの児童文学が大好きで、当時読んでいた物語にはおいしいものが登場していました。だから、大人になって本の中での出会いとイギリスで出会ったものが記憶の中で結びついた、ということでもあるのかも。イギリスの〝人〟も好きなんですよ。ちょっとだけ控えめで、でもやさしくて、ぐいぐいは来ないけど、困っている時にさっと手を差し伸べてくれる感じ。人も物もさりげなくて、好きなんです」
そんな話をしていた矢先、お買い物をして一度お店をでた常連さんが、少ししてお店に戻ってきた。すると、サッと素早く駆け寄って、「あら、忘れ物?」と声をかける奥田さん。その雰囲気は、小さな町の商店。おしゃれなアイテムが並ぶお店だが、不思議な居心地の良さと安心感がある理由がわかった気がした。
TEA & TREATSにあるのは、暮らしの主役にはならない、けれど常備しておくとちょっとうれしくて、地味だけど日常に彩りを添えてくれるアイテムたち。そして、店内に散りばめられるのは、奥田さんがイギリスを訪れた日々の記憶の断片だ。「来年こそは、エルダーフラワーの収穫時期にアイルランドを訪れたいと思っているんです」と彼女は言う。来年の今頃、数年ぶりの旅先で出会ったおいしい記憶が店内にプラスされると思うと、ちょっぴり気は早いけれど、今から楽しみで仕方がない。
TEA & TREATS
住所:東京都世田谷区赤堤3-3-11
営業時間:11:00~19:00
定休日 : 火曜、水曜
ウェブサイト:https://www.tea-treats.com/
インスタグラム:@tea_and_treats_