シシュウブギウギ

河瀬努さん、直枝さん

最寄り駅
梅ヶ丘

梅ヶ丘駅から歩いてほんの数分、梅丘商店街のなかに、刺繍をテーマにしたなんともユニークな店がある。店の名は、『シシュウブギウギ』。緑と白のストライプのサンシェードに、ブラウンのタイル、マホガニー色のドア……。看板はさりげないけれど、あちこちにセンスを感じる店で出迎えてくれたのは、河瀬努さん、直枝さん、そして“社長”ことボストンテリアのダイフクくん。刺繍という一風めずらしい商品を扱うこの店について、お話をうかがった。

文章:宮尾仁美 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

刺繍の表現と可能性に魅せられたのが、すべてのきっかけだった

色鮮やかな糸が幾重にも交差し、ひとつの図柄を描きだしていく刺繍。ぷっくりとした手触りや繊細な表現、立体感があるからこそ生まれるなんともいえない存在感が魅力だ。

『シシュウブギウギ』が刺繍で表現するのは、ポップでひとクセ感じるキャラクターや、味のあるフォントを使ったメッセージ。アイテムも幅広く、Tシャツやスウェット、ジャケットなどのアパレルから、キャップや靴下、トートバッグなどの小物、ぬいぐるみも展開する。それ以外に、刺繍のフルカスタムオーダーも請け負っていて、図柄のデザインや刺繍の原型づくりを努さんが、専用のミシンを使った加工を直枝さんが担当する二人三脚スタイルで営業している。

ふたりが『シシュウブギウギ』をスタートするきっかけにもなった刺繍との出合いは、偶然のような、必然のようなものだった。長くアメカジブランドを扱うアパレルの輸入商社に勤めていた努さん。もともと仕事が休みのときにイラストを描いたり、グラフィックデザインをしたりしていたのだという。

「最初は趣味の延長程度だったんですが、次第に知り合いのDJのCDジャケットやポスターのデザインを頼まれるようになったりして、もっと自分がデザインしたものを作りたい、売ってみたいという熱が高まっていきました。その頃、妻がアルバイトをしていたのが、主に制服や企業の名入れを手がける刺繍メーカー。そこの社長にお願いして、試しに僕のブランドの図柄を刺繍してもらったんです」(努さん)

何の気なしにやってみた刺繍が、ふたりにとって大きな転機に。細い糸が重なることで生まれる立体感、色のグラデーションや刺繍する布地を変えるだけでまったく異なる表情になる表現力の豊かさ、ミシンによる作業で簡単そうに思えるけれどイメージどおりに仕上げるためには一筋縄ではいかないところ…。そんな刺繍の奥深さとおもしろさに一気に魅き込まれたのだという。

「僕の得意分野であるデザインの部分と、妻の刺繍のスキルを合わせたらおもしろいことができるんじゃないか。そう思って一念発起、刺繍用ミシンを購入したのが4年前。そこからは試行錯誤の連続でした。刺繍って、糸の色やベースの布地だけでなく、ステッチする方向や厚みを工夫することで表情がぐっと豊かになるんです。描きたい図柄によって、どんな糸の運び方をすればリアルな表現になるのか、そのためにはどんな配色にすればいいのか…。最初の頃は、1個の図柄のために20〜30回試作を繰り返すこともしょっちゅうでした」(努さん)

店舗探しで譲れなかった条件は、商店街にあること

立ち上げ当初は実店舗を持たず、プログラム用のパソコンと刺繍用ミシンを自宅に置いて制作。オンラインショップでの販売に軸足を置きながら、ポップアップやイベントに出店するスタイルで営業を続けていた。

「ポップアップやイベントに出るのは楽しかったんですが、やっぱり100%自分達がやりたいようにやるのは難しいという悩みもあって。来てくれたお客さんからも『お店はないんですか?』と聞かれることが増えてきて、自分たちだけの居場所を探し始めました」(直枝さん)

ふたりが店舗探しの第一条件に挙げたのは、商店街のなかにあること。さらに言うなら小田急線の沿線で、こぢんまりしていて、各駅停車の駅で…。そんな理想の地を求めて、自分たちの足で探したり、近隣でお店をやっている知人たちに情報を求めたり、不動産屋を訪ねる日々が2〜3年続いたという。

「いい物件があったと思っても広すぎたり、逆に手狭だったり、なかなか思うようにはいきませんでした。そんなときにたまたま出てきたのが、今の物件。このあたりは時間の流れがゆったりしていて、落ち着いた雰囲気で、まさにイメージどおりだったんです。梅丘商店街は個人経営の店が多く、みんなそれぞれに個性的。昔ながらの商店と、僕たちのような新しい世代の店がほどよいバランスで混在しているところも気に入っています。商店街組合理事長とコーヒーを飲みながら世間話をしたりして、世代を超えた交流ができる距離感も心地いいですね」(努さん)

店の外装デザインも、努さんが担当した。イメージしたラフスケッチをもとに、インテリア業を営む友人が形にしてくれ、晴れて『シシュウブギウギ』が4周年を迎えたのとほぼ同じタイミングで、実店舗のオープンにこぎつけた。個性豊かな刺繍を施した商品に紛れて、努さんが好きだというアニメのフィギュアやレコード、カセットデッキなどがディスプレイされた店内は、なにやら楽しげな雰囲気が漂う。そしてカウンターの奥にはミシンやデスクがあり、工房としての機能も兼ね備えている。

「刺繍メーカーって、みんな独自のノウハウを持っていて、それが企業秘密のようになっている業界でもあるんです。だからこそあえて手の内を見せて、オープンにするのがおもしろいかなと思って、このスタイルに落ち着きました。フルカスタムオーダーも受け付けているので、注文してくれたお客さんに、実際にサンプルをチェックしてもらったり、作業しているところを見てもらえるという意味でも便利ですね」(努さん)

「アルバイトをしていた刺繍メーカーは、作業場のような感じで、お客さんと接する機会はありませんでした。店があると、お客さんの反応を目の前で見ることができるので全然違います。完成したものを見て感動してくれる姿を目の当たりにすると、こっちもやっていてよかったなとうれしくなります」(直枝さん)

自分たちが楽しそうだと感じることを、みんなで作り上げたい

ふたりが商店街での出店にこだわったのには、理由がある。それは、商店街が醸し出す独特のコミュニティー感が好きだということ。

「まだ『シシュウブギウギ』を立ち上げて間もないころ、『下北沢reload』のイベントスペースで、マーケットイベントを開催したことがありました。自分たちだけでポップアップをやってもよかったんですが、それだと広がりがなくて味気ない。あの空間を商店街のようにしたらおもしろいんじゃないかと思って、クラフトビールを作っている友だちや、花屋さん、お菓子屋さんなど、いろいろなジャンルの知り合いのお店やDJに声をかけました」(努さん)

結果、イベントは大成功に終わった。こうやって仲間を巻き込んで、みんなでわちゃわちゃしながら場を作り上げていくのが楽しかったのも、店をオープンした理由のひとつなのだという。

昨年11月には、友人がやっている犬の服ブランド『bonjour dog』と一緒に、飼い主とペットでお揃いの刺繍を入れることができるイベント「Lucky You !」を開催。

「たくさんの飼い主さんとわんちゃんが来てくれて、みんながそれぞれに楽しんでくれている様子が伝わってきてうれしかったです。京都や奈良からわざわざ足を運んでくれたお客さんがいたり、それまでオンラインで購入してくれていたお客さんが来てくれたり、場があることのありがたさを実感しました」(努さん)

「梅丘商店街に店を構える『BAKE STORE』『Quintet』『Bingo』にも協力してもらって、仲間を巻き込んで実施できたのもよかったです」(直枝さん)

そして今年3月には、「梅楽宴 -UMERAKUEN-」という梅ヶ丘に根ざしたマーケットイベントを開催した。

「近隣の『Quintet』『サンレオ』『Bingo』『十月十日』『Saus』と共催で、いろんなお店を回遊できるようなイベントです。それぞれジャンルを絞ったフリーマーケットを開催して、ビールを販売して買い物しながら飲めるようにして、あとはDJイベントなど独自の取り組みも。当日はあいにくの雨だったにもかかわらず、たくさんのお客さんが足を運んでくれて盛り上がりました」(努さん)

梅ヶ丘に店を構えてもうすぐ2年。少しずつ街に馴染み、コミュニティーもできて、自分たちらしさが出せている実感があるのだそう。

世田谷文学館のミュージアムショップが販売する、イラストレーター安西水丸の刺繍トートバッグを手がけるなど、そのネットワークは梅ヶ丘を飛び出し、少しずつ輪を広げている。

「今年の秋は、京都の老舗和菓子店『梅園』のギャラリースペースでのポップアップを予定しています。初の東京以外でのイベントになるので、今から楽しみですね」(直枝さん)

「最近は、店に海外からのお客さんが来てくれることも増えたので、いつか海外でも『シシュウブギウギ』をお披露目する機会を作れたらいいなという野望も抱くようになりました」(努さん)

糸と糸を紡いで刺繍が完成するように、さまざまな人やコミュニティーと関係を紡いで『シシュウブギウギ』を広めつつあるふたり。独自の世界観で人の心をつかむ彼らの作品がどう完成していくのか、これからが楽しみだ。

シシュウブギウギ
住所:東京都世田谷区梅ヶ丘1-24-2
営業時間: 木〜土曜 13:00〜18:00 / 日曜 13:00〜17:00
定休日:月曜、火曜、水曜
ウェブサイト:https://www.s-boogiewoogie.com/
インスタグラム:@shishuuboogiewoogie

トップへもどる
Fudousan Plugin Ver.1.6.3