fridge setagaya

熊坂卓さん

最寄り駅
世田谷

世田谷通り沿いの2つのセレクトショップ『fridge setagaya central』と『fridge setagaya sakura』を経営する熊坂卓さん。大手の安定から飛び出し、独立後は未知の世界を切り開く、忙しくチャレンジングな日々の繰り返し。ユーモアと厳しさを併せ持つ名物オーナーが語る独自の世田谷観とは?
文章・構成:加藤 将太 写真:永峰 拓也

『せたがやンソン』にコンセプトをパクられました

世田谷通りを西に進んでいくと、東急世田谷線上町駅の入り口手前で叉路に差し掛かる。その叉路を横断する形で架かっている歩道橋に目を凝らすと、ユニークな文字情報が書かれていることに気が付く。

「そこの歩道橋の側面に『世田谷1丁目、2丁目、3丁目』って書かれているんですよ。歩道橋を起点に3つも町が分かれているなんて聞いたことないでしょう? その分岐している感じがかっこよくて、10年くらい前から好きなんです」

自身の好きな世田谷の風景を話すのは熊坂卓さん。立派に蓄えられた髭と大きな体格は一度会ったら忘れないオーラを放つ。熊坂さんはこの3つの町が書かれた歩道橋のある世田谷通り沿いに、セレクトショップ『fridge setagaya central』と『fridge setagaya sakura』を経営している。1号店がオープンしたのは2014年11月のこと。上町駅から徒歩1,2分圏内の『fridge setagaya central』が1号店だと思われがちだけど、実は先にオープンしたのは上町から徒歩10分ほど西に歩いたビル2Fの『fridge setagaya sakura』。2015年3月に『fridge setagaya central』が完成した。

  • interview_fridge_img_1
  • interview_fridge_img_2
  • interview_fridge_img_3
  • interview_fridge_img_4
  • interview_fridge_img_5

国内大手セレクトショップのBEAMSで渋谷店の店次長を任されたり、全国の販売員の中で頂点に立ち表彰されたり、『FUJIROCK FESTIVAL』などの協賛関係の責任者も務めていた熊坂さん。BEAMSからアウトドアファッション誌『GO OUT』の編集プロダクションを経て、BEAMS時代から親交の深い桜新町に事務所を持つアパレルブランド、Phatee WEARからセールスレップ(営業代行)のオファーをもらったことが、『fridge setagaya』の運営母体である株式会社ドナを立ち上げるきっかけとなった。それにしても、一度手にした安定に甘えることなく、なぜ独立という選択肢を選んだのだろうか。

「震災前に定年前の父親が僕に感動的な一言をかけてくれて。『会社にぶらさがりながらお前を育てたことを恥ずかしいと思わないんだよ』みたいなことを言ったんですよ。僕は『会社にぶらさがってるのかな、俺は』って考えてみたんです。そしたら、なんとなく自発性が湧いてきて、“会社から給料をもらう”じゃなくて“自分で稼ぎたい”というマインドになってしまった。独立後は無我夢中でやってきて、去年に株式会社ドナという法人を設立しました。今はやっと軌道に乗ってきた実感がありますね。僕は洋服もカルチャーも大好きだけど、15年、20年やってきた延長線上に新しいビジネスモデルを作ってみたくて」

株式会社ドナは2つのショップを経営しているのと同時に、営業代行として約40ブランドを扱っている。それを踏まえた上で、当初は自社が扱っているブランドだけを並べるショールーム兼ショップを作ろうと計画していた。ところが、そのつもりでやってみたら、面白いブランドをつい買い付けてしまう。BEAMS時代にバイヤーとしても活躍していた性には逆らえなかった。バイヤーであり営業マンでもある立場を最大限に楽しみ、自分を起点にお金が流れている今までに無かった状況に心が昂った。そんなことから「fridge」(英語で冷蔵庫の意味)という家庭での定番食材を雑多に取り扱うようなショップをオープンさせた。

「もともと世田谷通りが好きで、この辺りに店を探していたんですよ。Phatee WEARの事務所でSUUMOを見ていてヒットしたのが、現在のsakuraにあたる物件だったんです。世田谷通り沿いでお店をやっていると世田谷で商売している実感がある。僕は世田谷って、環七(環状七号線)と環八(環状八号線)の間、小田急線と田園都市線の内側に囲まれたエリアなんじゃないかと思っていて。『せたがやンソン』のコンセプト自体もそうですよね。僕が元々言っていたのにパクられました(笑)」

商店はいつも開いていて入りづらいのが丁度いい

『fridge setagaya』は年末年始以外、年中無休の営業スタイルを貫いている。ほとんどの商店が定休日を設けているのに、なぜ休むことなく店を開け続けているのか。その理由を尋ねてみた。

「ウチの店は全然売れないですけど、いつでも開いている商店で在りたい。それが商売の基本だと思っていますから。ウチの軒先にデカい灰皿があるじゃないですか。今はタバコがセンシティブな世の中だけど、お店の目の前に大きな灰皿を置いたのは堂々とタバコを吸ってほしいからなんですよ。お店は毎日やっているし、ウチの喫煙所が溜まり場になってほしい。入りづらい空気があった方が丁度いいと思っていますから」

  • interview_fridge_img_6
  • interview_fridge_img_7
  • interview_fridge_img_8
  • interview_fridge_img_9
  • interview_fridge_img_10

『fridge setagaya』のラインナップは現行のブランドから古着、アクセサリー、雑貨、食品までと幅広く、『fridge setagaya』を「雑多屋」と呼ぶ由縁はここにある。ファッションに造詣の深い人からは、「どうしてこのブランドがここに?」と聞きたくなるほど、個性あふれる売り場に仕上がっている。

「隙間を狙うゲリラ戦が好きだから、そういう形をとっていますね。僕自身が考えるファッションは特にないんですよ。僕は体がデカくて、アウトドアも元々好きじゃない。着られるサイズの洋服がなかったから、海外のデザイナーズブランドと古着に辿り着いたっていう。自分のファッション観みたいなものがあるとすれば、単純にそこから構成しているだけ。どうしてもこれをやりたいというものがないから、営業に来られると弱いんですよ。「じゃあ、やろうか」という気になってしまいやすい(笑)」

冗談めいて話す一方で、自分の考えをはっきりと伝える。先日40歳の節目を迎えて、さらにそう在りたいと思うようになった。

「人生の半分を過ぎたから、もう新しい友達はいらないやって思っちゃったんです。僕は派閥に属するのが苦手で、すぐに先輩に噛み付く。でも、信念を持って言いたいことを言い続けていると、不思議なもので味方が増えてくれて。揉め事だけじゃなくてピンチにもワクワクするタイプなんです。例えば、“黒字倒産”なんて言葉が出ても、『絶対大丈夫っしょ』ってポジティブになる。誰かが絶望していても、『とりあえずお茶でも飲んで落ち着こう』って声を掛けるし。多分、暇だと死んでしまうタイプなんですよ。この前なんて、久々の休日に何をしようか考えても結局、20時間も寝ちゃいましたから」

飲食店ではなく物販のお店が増えてほしい

休日の話が出てきたところで、熊坂さんのプライベートに触れてみたい。現在は松陰神社前エリアに引っ越してきたばかりの熊坂さんは、なんと人生で約20回も引っ越しを経験してきたという。

「かなり無駄遣いですよね、飽きやすいんです。実は世田谷って最初の頃は嫌いだったんですよ。道が狭くて分かりづらいから、車を持って住むには不便なイメージがあって。でも、一度住んでしまったら、引っ越してもこのエリアから出られなくなってしまった。上町にあるベトナム料理屋の『サイゴン』は10年以上通っているし、洋食屋の『バーボン』、焼肉屋の『コソット』もあるでしょう。豪徳寺は中華料理の『代一元』近くのマンションに住んでいました。美味い飯屋に毎日行けるとなると、テンションが上がるんです」

  • interview_fridge_img_11
  • interview_fridge_img_12
  • interview_fridge_img_13
  • interview_fridge_img_14
  • interview_fridge_img_15

今のお気に入りは松陰神社商店街の入り口にある『美の輪寿司』。鯖寿司を中心とした持ち帰りの大阪寿司専門店。鯖を贅沢に使った鯖棒は仕事をやりきった自分へのご褒美なのだとか。食が住まい探しのモチベーションに繋がる熊坂さんにとって、気の利いた飲食店の存在は欠かせないが、『fridge setagaya』も含まれる世田谷ミッドタウンに思うことがあるという。

「ここは飲食店がある程度充実しているエリアじゃないですか。地域にお店が増えるのは喜ばしいことだけど、出来るならば、物販のお店が増えてほしい。飲食店の存在を引き立てると思うし、もっと面白い地域になるはずだから」

この街の人間になりたい

新しいお店が軒並み話題になって街が賑わう。その一方で、古くから地域に根ざし、街を築いてきたお店の存在も忘れてはいけない。そんな新旧商店の個性が調和したユニークな街の様相に注目して、近年多くの人々が世田谷ミッドタウンに足を運び、あるいは新たな住まいの場所として選んできた。そんな街が注目を浴びている今だからこそ、熊坂さんには知ってほしい世田谷の姿があるのだとか。

「是非、昼間の世田谷信用金庫に行ってもらいたいですね。高級車で乗り付けてセカンドバッグを抱えているおじいさんは、おそらく世田谷が地元の人で、中にはこの辺りの地主さんもいると思う。その年配の富裕層の雰囲気にすごくリアルで本質的なものを感じていて」

さらに、話題を呼んでいるエリアだからこそ、物申したいことがあるという。

「バイヤー兼営業マンとして全国に行っている僕からすれば、例えば、今盛り上がっている松陰神社前みたいな街は日本全国に山ほどあるから驚くことじゃない。僕は自分のことを“端っこハンター”と呼んでいて、下田とか知多半島とかがなぜか大好きで。世田谷も東京の西の先端とか上手いように言えないかなと思っていて。ウチも店名に世田谷を謳っているから、どうやってここから情報発信をしていこうかと考えているけど、もう40歳の僕がモノを言うのはおこがましいというか。今は誰でも情報を発信できる一億総発信時代じゃないですか。だから僕は理不尽なことにだけ抗って、あとはウチの若いスタッフたちに任せます。ウチのスタッフたちにお客さんたちが付いてきてほしいし、僕は『世田谷ボロ市』に対抗して『世田谷ニュー市』、いや、『世田谷Polo市』でも企画してみようかな(笑)」

  • interview_fridge_img_16
  • interview_fridge_img_17
  • interview_fridge_img_18
  • interview_fridge_img_19
  • interview_fridge_img_20

『fridge setagaya sakura』をオープンしてから半年は、「熊ちゃん、いる?」と熊坂さんを訪ねてくる友人・知人が多かった。独立してからも足を運んでくれるのは有り難いけれども、経営者となった今は以前のように売り場に立つことも、お客さんの人生相談を聞くための時間はないに等しい。雇用に守られた会社員ではないのであって、自分の手足で利益を作らなければならないからだ。

「僕が売り場に立っていては仕事を増やせない。今は新しいことを始めたいと考えていて、その力を蓄えているところです。この世田谷の街で、もっと大きなことをやりたい。だから屋号を『fridge setagaya』にしたんですよね。僕は他所から入ってきた人間だけど、この街の人間になりたいから、拠点をここから変えるつもりはないです。出来ればここのビルを一棟買いしたい(笑)」

店頭のラインナップでいうと、『装苑』のようなハイファッション・モード系の雑誌に載っているブランドの取り扱いを始めるそう。一見すると『fridge setagaya』のラインナップに合わなさそうなブランドを、どうやって販売していくのだろうか。さらに、別の事業もスタートする予定だという。

「古物商の免許を取ったんです。どういう形になるのか分からないけど、ウチにしか出来ないやり方で洋服の買い取りをやってみたいなと考えています。他にも色々と控えているけど忙しいとは思わないです。とにかく時間が足りない。僕にはやりたいという気持ちを優先することが大切なんですよ。理由は後付けでなんとかなるから。人生のさしたる大きな失敗は離婚ぐらいかな。冷静に考えると、デカすぎる失敗ですけどね(笑)」

言いたいことを言ってしまうが故に、敵も作りやすい人だ。それでも強い信念を貫くためには、相当な覚悟が必要であることを分かっている人だと思う。以前に、会いたいと思われる人はどんな人だとか、どーんとアピールされた自己啓発本の中吊り広告を見かけたことがある。その本を読んだことはないけれども、この記事で描かれている、成功も失敗も世間話も面白く話す熊坂さんに、会ってみたいと思った人はきっと少なくないはずだ。

fridge setagaya central
住所:東京都世田谷区世田谷1-22-5 1F
TEL:03-5799-4786

fridge setagaya sakura
住所:東京都世田谷区桜3-2-18 2F
TEL:03-5799-7506

 

営業時間:12:00~21:00
定休日:年末年始
fridge setagaya ウェブサイト

http://www.fridgesetagaya.com/
fridge setagaya Facebookページ

https://www.facebook.com/fridge.sakura/

トップへもどる
Fudousan Plugin Ver.1.6.3