ルレ・サクラ

今成貴志さん

最寄り駅
桜新町駅

交通量の激しい国道246線沿いに街で暮らす人々から親しまれているフレンチの飲食店がある。ひとえにフレンチと聞くと、格式高い雰囲気の空間と料理を連想してしまいがちだけど、オーナーの今成貴志さんによると、この場所はレストランでもビストロでもなく“休憩所”なのだという。豊富な飲食店のキャリアから辿り着いた休憩所というコンセプト。そこを舞台に繰り広げられる毎日とは?

文章・構成:加藤 将太 写真:鳥居 洋介

フランス語で“休憩所という”意味の場所

首都高と並走して伸びる246の相性で知られる国道246号線。毎日のように激しい交通量を記録するこの道路沿いに、世田谷ミッドタウンの憩いの場として親しまれている一軒の飲食店がある。その場所はいわゆるフレンチに分類されるけれども、お店としてはレストランともビストロとも打ち出していない。その捉え方は訪れる利用客次第。『ルレ・サクラ』という店名に込められた意味について、オーナーの今成貴志さんはこう明かしてくれた。

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「僕の友人にじゃんぽ〜る西という漫画家がいまして。彼は長くパリで過ごしてきて、フランスを題材にした作品を描いているんです。『モンプチ 嫁はフランス人』という作品が表しているように、彼の奥さんはフランス人なんですね。なかなか店名が決まらず夫婦に相談したところ、フランス語で“休憩所”や“中継地点”を意味する“Relais”(ルレ)という単語があることを教えてくれて」

念願の自分のお店を出すまでに今成さんが通ってきた道は飲食業界ひと筋。大学を卒業してから3年、5年周期で様々な飲食店に勤務してきた。そのほとんどがフレンチで、他にはイタリアンと無国籍料理のお店が一箇所ずつだというが、基本的には高価格帯で上品な雰囲気のレストランが多かった。

「テーブルクロスがピシッと敷いてあって、きれいなカトラリーが並んでいるレストランも好きですけど、私が独立するにあたって思い描いていたのは、気軽に利用できるお店なんです。ビストロでもカフェでもなく、レストランでもブラッスリーでもない。極論を言ってしまえば、料理を食べなくてもお酒を飲まなくてもいいし、トイレを借りるくらいの気持ちで入れるようなお店。そのイメージに当てはまる言葉を探している中で、友人夫婦が提案してくれた“Relais”がぴったりでした。“サクラ”は緑道の桜並木とお店の最寄り駅の桜新町駅に合わせて、“桜休憩所”という意味合いですね」

休憩所らしいスタンスを

「ルレ・サクラ」がオープンしたのは2011年11月11日。日付は覚えやすい1並びのものを選んだ。出店エリアを桜新町に決めたのは、今成さんが駒澤大学に通い桜新町で暮らしていたことが大きかった。自身としては周辺の情報に明るい、慣れ親しんだ街。ところが246沿いへの出店に対して、周囲は思わぬ反応を示したという。

「飲食店の先輩や仲間内に相談したところ、『この場所は難しいんじゃないの?』という意見がほとんどでした。でも、ゆっくり時間をかけてレストランと呼ばれるお店に育てていきたいと思っていたので、私は『だったら逆にやってみたいな』という気持ちにさせられましたね。この場所はその昔はコンビニで、直近は歌って踊れるカラオケ屋さんだったんです。カラオケとレストランは業態がまったく違いますけど、空間で気晴らしをするという意味では同じなのかなと。そういうお店は地域に必要じゃないですか」

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「ルレ・サクラ」から南東方面には河川(呑川)が流れ、両脇の緑道には桜並木が等間隔に続いている。東京都内の桜は今年も3月末に開花し、現在はちょうど満開の時期を迎えたあたり。それにあわせて、毎年この時期は「ルレ・サクラ」の店内には呑川の緑道散歩を兼ねて訪れる利用客があふれ、一年で一番の賑わいを見せる。「商売は難しい」と反対された今成さんにとって嬉しいトピックだが、店名の“休憩所”らしさを損なわないスタンスを心がけている。

「桜の時期は桜にちなんだデザートやドリンクをご提供しています。たしかに呑川は桜の名所ですけど、目黒川みたいに誰もがこぞって行くような場所ではないんです。ここでお店をやってきた中で気付いたのは、地域の人たちの日常と隣り合わせにあるというか。ご近所の方たちが散歩をしながら『今年も桜が咲いてよかったわね』なんて何気ない会話をするような場所なんです。だから、ウチは軒先でテイクアウトなどはやりませんし、お店の前に「ご自由にトイレをお使いください」と書いて利用してもらうくらいがウチらしいかもしれませんね」

世田谷ミッドタウンで独立して気付かされたこと

都心のレストランに勤務していたこともある今成さんは、「ルレ・サクラ」のオープン当初はサラリーマンの利用客も視野に入れて腹持ちのいいワンプレートランチを用意していた。ところが、この予想は大外れ。近隣のサラリーマンにとって、1000円を超えるフレンチのランチメニューは昼食の選択肢として蚊帳の外だった。それでもメニュー内容と価格帯を割り切るきっかけになったという。

「ウチのお客様の傾向は、やはり近隣で暮らす方たちがほとんどですね。客層としては、主婦のグループ利用、ご家族、ご年配の方たちといった感じでしょうか。皆さん、お食事とともにお話をゆっくり楽しんで帰られますね。この場所でお店を始めて衝撃的だったのは、近隣にいわゆるフレンチレストランを嗜んでいるお客様が多かったことです」

呑川の緑道が主に位置するのは世田谷区深沢と呼ばれる地域。いわゆる高級住宅街に分類され、この周辺には“いいもの”を知っている人々が多い。「ルレ・サクラ」のオープン直前は高津・溝の口方面のレストランに勤務していた今成さん。その頃と変わらぬ接客サービスで、よかれと思う気持ちからドリンクを「一杯どうぞ」とサービスしようとしたところ、断られることもあったという。食材について細やかなリクエストをもらうことも含めて、これまで培ってきたキャリアにないリアクションだった。

「オープン当初、たとえば肉料理はシンプルにして、敢えてきれいにカットせずに塊で出すなど、今とは異なるスタイルを試行錯誤したんです。料理の味付け、盛り付け、食材の選び方、お客様のサービス、あらゆることをきっちりやってきたつもりだったんですが、フランス料理を食べ慣れているお客様からは「もっと上品に盛り付けたほうがいい」とか「価格が高くなってもいいから、いい食材を使ってよ」といった有り難い言葉をいただきましたね(苦笑)」

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厳しさは期待の裏返しなのか、幸いなことに繰り返し来店してくれるお客さんがほとんど。それを踏まえた上で、舌の肥えたお客さんが飽きないように何かしらの面白さを加えて、お店を更新していこうという気持ちが芽生えた。

「たとえば、野菜は全国の最も近い産地から世田谷や川崎の農家さんを直接伺って仕入れるなど、これまでとは違った視点で選び抜くようになりました。接客を含めて、お客様その人に合った気持ちよさを考えるきっかけにもなりましたね。それから“常連”の考え方が変わったのも大きいです。独立以前のレストラン勤務では、月一度来られるお客様が常連さんでしたけど、生活と隣り合わせのこの場所では、毎日に近い頻度で来られるくらいのお客様が常連さんというか。それほど地域の方々は、本当によく来てくださりますね」

続けること以外に道はない

今年の11月11日にオープン5周年を迎える「ルレ・サクラ」だが、節目は特に意識せず、当面の目標は今成さんが語ってくれたように「ゆっくり時間をかけてレストランと呼ばれるお店に成長すること」だ。さらに、その先に叶えたいビジョンとして、あとふたつの想いがあるという。

「一緒にお店をやっているメンバーたちとは付き合いが長いんです。シェフの土田とは上野毛のレストランで出会って15年来の付き合いになりますし、ホールスタッフの玉村とは青山のレストランで一緒に働いて10年が経ちます。キッチンの海野はまだ19歳ですけど、実は彼のお父さんは私がマネージャーをしていた青山のレストランのシェフだったんですよ。高校を卒業して料理人になりたいということで、ウチに迎え入れました。ずっと同じファミリーで動いてきた感じなので、ゆくゆくは皆が力をつけて新しい仲間を迎えながら、お店を増やしていきたいですね」

それを叶えるためには「続けていくこと以外に道はない」と今成さんは続ける。

「私たちのような地域の個人店は、男女カップルのお客様がいつの間にか結婚して、いつの間にか子どもができた、そう思ったらもう幼稚園に入園していた、というように、お客様に家族ができても通ってくださる場所になり得るんです。もしも「ルレ・サクラ」が誰かにとってそうなのであれば、その方たちのためにも絶対に続けていきたいなと思います」

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今年も桜の見頃も間もなく終わりに。桜の季節が過ぎてしまっても、「ルレ・サクラ」は枯れることはない。世田谷ミッドタウンの休憩所には、いつでも笑みと賑やかな声があふれている。

ルレ・サクラ
住所:東京都世田谷区新町1-36-9
営業時間:11:30~13:30 LO(土日祝 ~14:00 LO)、17:30~22:00 LO
定休日:月曜
ウェブサイト:https://relais-sakura.com/index.html

 
(2016/04/06)

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