よしふみさん・ももこさん
京王井の頭線新代田駅あたりに広がる「羽根木」という住宅街。そのなかでも特に木々が繁り、都心に近い地域とは思えないほど穏やかな地域の一角で暮らすよしふみさんとももこさん一家。購入住宅としてはまだまだめずらしいコーポラティブハウスと呼ばれるタイプの集合住宅で、理想の住まいと暮らしのかたちに出会った。
文章・構成:伊藤佐和子 写真:平沼久奈(”hymy” family photo)
購入前夜
年齢を重ねたり、家族ができたりするなかで、人は住まいの「購入」を検討しはじめる。購入するのであればなおさら、自分たちが求める暮らしを叶えたい。家族の住まいを決めるために、よしふみさんとももこさんは何を重視したのだろうか。ふたりが結婚してまず住んだのは、購入を視野に入れていたこともあって、職場への距離と家賃などの兼ね合いで選んだ駒沢のアパートだった。
「当時住んでいたのは古いモルタル造りのアパートで、床や水回りが新しくなっていたけど、水が止まったり詰まったりすることもあって、実家を出てからいくつか移り住んだなかでも随一の古さでしたね(笑)。ちょうど仕事仲間や友人たちなど、周囲でも家族が増えたり子供が大きくなるにつれて先のことを考えだす時期が重なっていて、僕らも娘が生まれる前後から本格的に住まいを探し始めました」(よしふみさん)
そして、よしふみさんは当時通勤していた汐留で2011年の東日本大震災を経験し、購入する住まいに希望する立地や構造などの条件がより明確になってきたそう。
「ちょうどその時期に何度も内見に行って、悩んでいた中古マンションがありました。建物自体は古かったけど、リノベーションを考えていて。でも、このまま東京に住み続けることも迷う事態だったし、その話は一旦白紙になりました。高層マンションから低層マンションに人気が移るなど、世間的にも“家”に対して求めることがガラリと変わったと思います」(よしふみさん)
コーポラティブハウスという選択
そしてよしふみさんとももこさんはコーポラティブハウスでの購入を決めた。まだまだ珍しいタイプの集合住宅である「コーポラティブハウス」とは複数の世帯が住宅を共同で建設する仕組みのこと。東京で家を買うと決めたなかで、あらゆる条件を並べた結果の最良の選択だった。
「普通のマンションはいわゆる業者による建売だけど、コーポラティブの場合は住人が建設費用を出す。持ち家を買おうとするときに、みんなでお金を出し合ってマンションにするイメージです。また、各世帯が独立するのではなく、建てる前から理事会として住人が集まり、小さなルールや、共用部につかう資材を決めていきました。これからも何かあればみんなで決めていくことになります。こういったやり方で長期間運営されている例はまだあまりなく、懸念されることもありますが、分譲マンションとは違って、家づくりに対する住む人の自由度は高くなります」(ももこさん)
マンションは戸建よりも1フロアあたりの面積が広い。また、ファミリータイプの分譲マンションだと部屋数を多くとるために間取りを細かく区切られてしまうけれど、コーポラティブハウスなら住む人が自由に間取りを決められる。よしふみさんとももこさんの家の一番の特徴は30畳ほどある大きなLDKで、思い切ったこの空間の使い方こそが、家づくりのなかで何よりも実現したかったポイントだった。
「自分の希望通りの家を建てたければ、最終的に一軒家を選ぶことが多いと思うけど、都会だとどうしても1フロアあたりの面積が狭い縦長の建物になりがちですよね。僕らは広いリビングスペースに大きいソファを置くとか、空間をゆったりと使いたいと思っていたので、戸建は選択肢にはなかったんです。中古マンションを買ってリフォームすることも考えたけど、この先長く住むとなるとできれば建築技術も資材の質も、法的な基準も向上している新築の方がいい。そんな要望を並べたとき、コーポラティブハウスは両方を兼ね備えた選択肢でした」(よしふみさん)
自然に恵まれた羽根木の住まいとの出会い
そんなときに当時の同僚から羽根木で計画されていたコーポラティブハウスの情報を得た。現在お住まいの区画の条件や環境を見て、「この部屋じゃなければ住まない!」とまで思うほど、周囲の環境や窓の外に広がる木々の揺れまで気に入ってしまった。
「ここの地主の方は、このあたりに生えている木を切らずに守るという考えで、昔からずっと新しい建物を建てるときも極力木を切らずに守ってきたので、樹齢100年を超える木も残っています。新しい建物を建てるときも木に合わせて設計したり、景観を損なわないようにきちんと管理するために賃貸物件が多いのですが、唯一ここだけが分譲を許されたみたいです」(ももこさん)
休日は一年を通して車で遠出したりキャンプをしたり、すこし長めに休みがとれればゆっくりと北海道を巡ってみたりと、羽根木以外の場所で過ごすことが多い。だからこそよしふみさんとももこさんは町や地域性などよりも、家を取り巻くごく身近な環境を重視したかった。
「極端な話、自分たちが住んでいる100m圏内の環境や窓から見える景色がすべてだと思っています。羽根木は他に何もないけど、東京じゃないみたいに静かで、窓からは木しか見えないし、とにかく気持ちがいい。子どもを育てるにもとてもいい環境だと思いますよ」
生活と仕事の密接な関係
ライフスタイルにおけるプライオリティも、人生を経ていくなかで変化してくる。よしふみさんは羽根木での暮らしを始めてから、仕事への向き合い方にも変化が生まれてきた。今では、ももこさんとともに上馬にある制作会社に勤務していて、娘を保育園に預けてから天気がよければ自転車や歩きで職場に向かう日々だ。
「子育てや家族との時間を大切にするために、自然と仕事環境を変えることを選びました。デザインやモノを作りだす仕事はその人自身が反映されるから、本気でそれを楽しめていないといい仕事はできない。自分にとっては、家族との時間を増やせたことで、いい影響が生まれましたね。所属する会社においても、スタッフそれぞれのライフスタイルに合った働き方が実現できるよう、働き方を模索していきたいと思っています」(よしふみさん)
暮らしも仕事も、毎日生きていくなかで決して切り離せるものではない。双方がよい流れであることが理想だけれど、なかなか実現できないと悩む人も多いだろう。よしふみさんとももこさんは一般的な価値基準にとらわれず、その時どきにおいて自分たちにとって最適な暮らしをデザインし続けている。ふたりが生活をしながらごく自然に選択してきたかたちが、生きてゆくなかで大切にしたいことを再認識するきっかけを与えてくれた。