ガーデンデザイナー

正木覚さん

最寄り駅
松陰神社前

松陰神社前駅にほど近く、世田谷区役所からも徒步3分という立地にある「欅(けやき)ハウス」。ここは、正木覚さんがガーデンデザインを手がけた場所であり、また正木さんの住居兼、仕事場でもある建物だ。今回は、正木さんにガーデンデザイナーという視点から、またこの地に居を構える住人という立場から、ここでの暮らしや、街のことについてお話いただいた。

文章・構成:小谷実知世 写真:阿部高之

コーポラティブで環境共生型の住まい「欅ハウス」とは?

通りから見上げる「欅ハウス」は、緑と建物の調和が美しく、行き交う人の目をひく。どんな人が住んでいるんだろう、中はどんな風になっているのだろうと、つい想いをめぐらせたくなるような魅力的な雰囲気をたたえた場所だ。まずは正木さんに「欅ハウス」とはどういう建物なのか聞いてみた。

「欅ハウスは、今から13年前、コーポラティブ方式で参加者を募り、環境共生型の集合住宅として建設されました。きっかけは、江戸時代から代々この土地を受け継いできた地主さんの想いからでした。地主さんは、相続税を支払うために土地を減らし続け、ついに生まれ育った家の庭の大部分を切り売りしなくてはならなくなったのですが、樹齢200年を超えるけやきや、桜、松などの木々を残したい。この環境を壊したくないということからコーポラティブ方式、環境共生型をキーワードにした集合住宅を建てることになったのです」

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こうした場合、通常はデベロッパー(分譲会社が)が、経済的負担が少ないという観点から、無味乾燥な建物を提案することが多いという。しかしそうなれば、樹木の伐採を回避することは難しくなる。その点、コーポラティブ方式は、住む人が組合を組織し、共同して事業計画を定め、土地の取得、建物の設計などの業務を行って、建設工事を発注する。つまり、建物はどのようにするのか、庭にはどんな植物を植えるのか、コンセプトはどうするのかなど、すべて住民が決めることができるのがコーポラティブ方式だ。

また、環境共生型であるというのも欅ハウスの大きな特徴だ。「環境共生型というのは、環境に大きな負荷をかけず、自然の力で暑さ寒さを和らげ、室内を快適にするというもの。例えば、大きなけやきの木の存在も、そうした施策のひとつです」と、さらに正木さんは続ける。

「私は、木を植えるのには3つの意味があると思っています。1つは景観的な意味。庭の木は四季折々に美しく、住人の目を楽しませてくれます。2つ目は、微気候をつくりだすということ。つまり木によってわずかな気候の変化をつくるということです。たとえばこの建物では、北に大きなけやきを植え、池を掘って自然のクーリングタワー(冷却塔)のように冷気を生成しています。そしてこの冷気を建物の中に引きこむことができるよう、庭と建物が一体となるようデザインしています。3つ目はコミュニティのデザインです。木によって自然の循環を学ぶことができ、また木の手入れなどを通じて住人同士が繋がり合うことできます」

欅ハウスのけやきの木もまた、住民の快適な環境をつくり、暮らしを豊かにする存在として愛され、この住宅のシンボルとなっている。

主体的で協同的な関係を築く

欅ハウスは、入居後もコーポラティブハウスとして、全15戸の住人同士が共同でさまざまな事柄を決めながら運営してきた。

「コーポラティブハウスの場合、大家と住人とか、サービスする側とされる側のような関係はありません。住人は皆、共同出資をしている仲間であるという関係の中で、どうしたら互いのメリットになるかを主体的に考える必要があります。そうした関係を続けるうちに、いつの間にか自分にとっては不利益なことでも、全体にとってはどういう利益があるのかを考えて議論する癖がつきました。自分にとって100%満足ではないが70%くらいは納得でき、そしてそれが全体になりたつように、という考え方で運営していくことの大切さに気づいたのです」

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こう話す正木さんは、最初からできたわけではないし、今でも大変なことも多いですよと言いながら、どこか愉快そうな表情だ。

「人は、根本的には他者と協力し合おうという気持ちを備えています。嫌われたくはないわけです。でも損もしたくない。ですから、落としどころを考えながら、お互いがプラスになる方向を探れば、わりと答えは見つかるんです。でも現代の消費者とメーカーの対立概念に代表されるような、『こちらはお金を払っているんだ、どうにかしろ』とか、『誰か責任者が解決してくれ』というような心持ちでは、皆が敵であるかのような、不信感のある関係が生まれてしまいます。現代はさまざまなところでそうした関係がつくられつつあるように感じますが、欅ハウスでの経験から、本来、人はそうではなかったのではないかという気がしています」

こうした考え方は、街づくりや、商店街などのコミュニティの運営にも大きく役立つと正木さん。

「国や大きな街全体のメリット、なんて大上段に構えるとうまくいきません。自分とご近所の関係の中で、皆が主体性をもち、全体のメリットを考えながら動いていく。そのやり方がよいと思えば、それはきっと隣のグループにも派生していくでしょう。ごくごく身近な人達と協力しあう関係づくりが大切なのではないでしょうか」

みんなのものであり、自分のものでもある

欅ハウスを案内してもらうと、緑豊かな中庭をはじめ、緑化された屋上や広々としたエントランスなど、共有スペースも魅力的だ。素敵ですねと伝えると、こんなこたえが返ってきた。

「集合住宅には、こうした共有スペースが存在しますが、多くの場合、住民がその場所を“使い切る”ことができてはいないのではないでしょうか。管理会社の管理しているみんなの場所ではあるけれど、自分のものではない、というような。でも私は、欅ハウスの共有地を “みんなのものであり、自分のものでもある”と感じることができます。敷地内を友人に案内する際には、あぁ良い庭だなぁ、うれしいなぁと喜びがふつふつと湧き上がってくるんですよ」

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そうした感覚は街にも必要ではないかと、正木さんは考えているという。まちの共有空間は自分のものでもあるはず。でもそうした感覚を持つことができている人は少ないだろう。街の共有空間に対して、“みんなのものであり、自分のものでもある”という感覚を得ることができ、“使い切る”ことができたら、住人の街に対する思いや愛着は少し違ってくるかもしれない。では、そのように感じるためにはどうしたらいいのだろう?

「たとえば、欅ハウスでは共有地についてみんなで話し合う機会が少なからずあります。また、屋上に友だちを連れてきた際には、まわりの人にも紹介するなど、心遣いをするようにしています。共有地についての明確なルールがあるわけではないため、私たちも今でも手探りなのですが、一つひとつ、言葉と態度で示しながら、場と、人との関係性を築いているのです。まちにもそんな関係があれば、愛着もわいてくるし、まちを使い切って自慢もしたくなるのではないでしょうか。」

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樹齢200年のけやきの木につぎ木されて

松陰神社前のこの地に暮らすようになって13年。正木さんにとってこの街はどのように映っているのだろうか。

「欅ハウスに住むようになり、私は樹齢200年のけやきの木につぎ木をされたような気持ちになりました。根っこがつながったという感じがしたんです。大学時代に東京に出てきて、さまざまな場所で暮らしました。浮草のような状態だったと言えます。でもこの地に縁があり、何年も、何年もこの地を見続けてきたけやきの木とともに暮らすことで、根を張り、愛着を持つことができたと感じています」

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長く受け継がれてきたものを、形を変えてなお、受け継いでいくことで、人はアイデンティティを手にすることができると正木さん。

「私たちの若いころは、スクラップ・アンド・ビルドの時代。新しい物をつくっては壊してきました。でも、今の若い人たちのなかには、古き良きものを大切にしようという考えがあって、それを受け継ぐことでアイデンティティを感じようとしているのかもしれません。松陰神社前のこの土地には、ただ新しい物を取り入れるのではなく、これまでの文化のなかからいいものを取捨選択していこうという流れを感じます。そうした場所で人が育つのは重要なことですね。でも、今はまだまだ表面的なところで留まっていることも多いので、ここでさらに次の世代、またその次の世代が育っていくとうれしいですね」

そのためには、私たちが街を育て、人を育てなくてはいけないと正木さんは語ります。

「人が土地に根を張り、アイデンティティを持ち続けるためには、人と人が日常的に交流しなくてはなりません。そして、自分のことをきちんと認めてくれる人が身近にいると認識し、安心することがもっとも大切なことです」

ではまずは、この地域に住む人同士の交流をもっと進めなくてはいけませんね、とお話すると、「新しく松陰神社前にできたビールとパンのお店、お酒は飲めないけれど、私も行ってもいいですかねぇ」と笑顔の正木さん。「もちろんです」と頷きあう皆の姿から、この出会いがまた新たな人や文化の交流につながっていくのではないかと、予感させた。

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