KYODO HOUSE

近藤ヒデノリさん

最寄り駅
経堂

広告会社のクリエイティブディレクターとして、さまざまな企業や商品の広告制作に携わってきた近藤ヒデノリさんが地元である経堂に自宅を建てたのがおよそ2年前。都会の持続可能で楽しい暮らし方、アーバンパーマカルチャーを実践し広める活動も行う近藤さんの自宅は、ただでは済まなかった。「地域共生の家」として開放し、住まいの一部を友人に貸し出し、イベントも行うコミュニティスペースと化しているのだ。まったく新しい住まいのあり方が「KYODO HOUSE」にはある。

文章:大隅祐輔 写真:今津聡子 構成:加藤将太

ローカルの住宅地に突如現れるアートと環境の家

日常でもよく使われる“対価”という言葉がある。おそらく一般的には、ある金額に対する価値と認識されているが、この“金額”の考え方が少しずつ変わりつつある。

お金を渡し何かを買うことは、極端に言えば、見返りを求めること。つまり、その金額から想像される品質や抱いていた満足度に達していなければ、渡した本人は不満を覚えるかもしれない。一方で“ファスト”とつく飲食店や洋品店が根づいた事実もある。忙しなく活動する日本人が求めてしまうのは、やっぱり速くて、安くて、ある程度美味い、あるいは良い、なのだ。恩恵は受けている。でも、なんだか寂しくない? と心のなかにあるシコリの痛みを我慢している人は少なくないはず。近藤ヒデノリさんの話を聞いていると少しだけ、その痛みは解消されていく。

向かった場所は経堂。小田急小田原線だったら経堂駅、東急世田谷線だったら宮の坂駅からそれぞれ徒歩で10分強。駅から離れるほど人気はなくなり、ずいぶん昔に建てられたと思われるレンガ造りのコンパクトなアパートや洋風、和風両方の住宅が立ち並ぶエリアに入る。コンビニも自動販売機も周辺にはあまりないローカルの住宅地感満載の一角に、近藤さんの自宅兼シェアスペースの「KYODO HOUSE」は突如現れる。


「ここは祖母の家があった場所で、しばらく駐車場になっていた土地の半分に自宅を建てられることになったんです。元々は、彫刻家だった曾祖父の自宅兼アトリエとして、いろんな人が出入りしていた場所だし、せっかくなら、ただ自分が住むだけではなく、例えばいろいろな人がアートに触れたり、語り合ったりできるサロンのような開かれた家になればいいなと、無理して余分な地下空間も作りました。予算には限りがあったし、当初は諦めかけたんですが、外壁に使われなくなった古い木材を使ったり、内装の仕上げを仲間とみんなでDIYすることで補ったりして、何とか実現させることができました」

コミュニティーに開かれた家

彫刻家の名和晃平さんが主宰するSANDWICHとローエナジーハウス・プロジェクト(山田英幸+二瓶渉)の恊働によるその建物の外観は、圧巻としか言いようがない。はじめて面と向かうと「ほえ~」と3秒くらいは口が開く(と思う)。名和さんの絵画作品『Direction』を基に、さまざまな種類・幅の木材が傾斜して組み合わされた力強い外壁。子どもが無造作に積み上げたブロックのような構造。その佇まいは住居よりもパビリオンと言った方が正しいように思えるが、まさに近藤さんは誰もが来ることができる家として、「KYODO HOUSE」をさまざまな用途で開放しているのだ。玄関を開け廊下を渡ると、外観の複雑さとは裏腹に心地良い陽が差し込む大きな窓がレイアウトされた、奥行きのあるリビングルームが現れる。



「『KYODO HOUSE』には“エアコンのいらない家”という、もうひとつのコンセプトがあります。1階は太陽の南中に向かって斜めに配置されているので、冬は太陽光で温められた暖気が全体に行き渡り、夏は昔ながらの庇と簾で太陽光をシャットアウト。各所に風の抜ける窓や穴、地下から冷たい空気を吸い上げる循環パイプで、エアコンなしでも涼しく過ごせるんです」

ただ奇抜なのではなく、自然の理にかなった構造を考えた末の結果なのだ。家は垂直で三角屋根がベストじゃない。それを聞いて、ますます「ほえ~」と口が開いてしまう。

廊下とリビングに挟まれた階段を下っていくと、先の地下空間になる。このギャラリーのような白壁の空間では“アートに触れられる”以外に、味噌作りのワークショップをしたり、映画の上映をしたり、陶芸家と畜産家を交えた食事会をしたり、地方や海外からの友人の宿泊スペースにもなるという。何という多機能っぷりなのだろうか。外国人に向けたAirbnbとしても貸し出しており、これまで30組ほどが利用しているという。

広告とアートの世界をゆったりと行き来する

近藤さんと奥様が集めた書籍や雑誌で埋め尽くされた、書店レベルの高さがある書棚に沿って組まれた階段を登り、2階へと上がる。

「2階は基本的にプライベートな場所になっていて、上ったすぐ先が僕ら家族の寝室。右手に行くと2部屋あって、それぞれを他の人に貸しています。ひとつはキュレーターアシスタントの日本人男性。もうひとつは今はイギリス人のカップルで、彼氏の方が彫金の作家なんです。彼は日本に伝統工芸を学ぶのと同時に、自分が持っているスキルを教えにも来ています。どちらかの部屋は将来、娘が大きくなったら子ども部屋にしようと思っているのですが、それまでは誰かに貸しておいた方が、子どもがいろんな大人に触れる機会になるし、ローンやセキュリティ面でも助かるし」




貸している部屋の反対側を行きベランダに出ると、小さな小屋が建っており、そこが近藤さんのワークスペースになっている。4,5畳ほどの広さだろうか。中に入るとPCと書棚くらいしかない、クリエイターにとっては理想的な居所だ。勤めている会社がフレックス制の勤務形態のため、企画や資料づくりなど集中したいときはこの場所で作業しつつ、打ち合わせやプレゼンに合わせて出勤するという。ハシゴを登った上には瞑想のための畳敷きスペースも。ワークスペースの壁には大判の額に収められた、同じようにたばこをくわえる近藤さんとラクダのポートレートが飾られており、「別に自分好きというわけじゃないですよ(笑)」と照れながら説明してくれた。

「僕はたばこを吸うんですが、受動喫煙防止条例が東京でも始まった頃、全体主義的というか、寛容性がなくなっていく社会の空気に息苦しさを感じていて。当時吸っていたCAMELのらくだが自由(FREE)を求めて逃げ出した、という設定で、路上喫煙の禁止された千代田区のアートギャラリーに本物のラクダを連れてきて、たばこを無料(FREE)配布する『FREE CAMEL』というエキシビションを自前でやったんです。これはその時の記録写真で、らくだに似いてるってよく言われる、旅好きな自分のポートレート。」




近藤さんの経歴を順々に追っていくのは非常に難しい。が、断片的には、冒頭で記した通り現在の主な肩書は、カゴメやヤフオク、いろはすなどの広告を制作するクリエイティブディレクターだが、1998年に一度休職をしている。その間はニューヨークに留学して大学院で写真と現代美術を学び、滞在中には日本の仲間と『A』という季刊誌を創刊。帰国して復職後は「東京発、未来を面白くする100人」を掲げたウェブマガジン『TOKYO SOURCE』を始めて出版したり、博報堂が発行する雑誌『広告』の編集委員や、編集ディレクターとして書籍『都会からはじまる新しい生き方のデザインーURBAN PERMACULTURE GUIDE』を出版するなど、編集者としての面も持つ。と、ツラツラ書いてしまうとシリアスでストイックな印象を受けてしまうが、決してそんな感じではない。広告とアートの世界をゆったりと(近藤さんご本人の振る舞いもまさにその感じ)行き来しながら、それぞれを上手に融合している。実際に、先のたばこのエキシビションはJTの広告の仕事に繋がっているそうだ。

Give & Takeではなく、Give & Give

欠片に過ぎないが、ここまでだけでも近藤さんの中で一貫するものがあることがわかってくる。それは自身が持っている物や知識、抱いている価値観を開けっ広げなまでに誰かと共有し、そこから新しい何かを生み出している点。

話を最初に戻そう。人は誰かに自分の何かを渡すとき、おそらく躊躇する。要するにGive & Takeを求める。近藤さんの考え方はそうではなくGive & Give。これは近年注目を集めているギフトエコノミー(贈与経済)という思想に基づいている。見返りではなく贈りもの。そう多くの人が考えられるようになれば、渡す人と受け取る人、互いの幸福の水準が変わってくる可能性があるのではないだろうか。

「アートをやっていた時も同じことを思っていましたが、誰にも頼まれてなくても、まずは自分からやってみること。暮らしって、一番ベースにあるものじゃないですか。これまでは何かメディアを通して発信することが多かったのですが、ガンジーの”Be the change, you wish to see in the world”という言葉に出会ってから、見たい世界をまずは自分の生活で実験・実践してみようと思っているのが、今です。『KYODO HOUSE』には長く住むことになると思うんですよ。世田谷は子どもを育てるのにも良い、穏やかな環境だし、同世代の面白い人たちも近所にたくさん住んでいる。だからこそ、これから先に繋げることをして街にも貢献していきたい」

「『KYODO HOUSE』でもクリエイターインレジデンスのような機能を持たせて、クリエイターに地域に還元できる何かを作ってもらったり、興味深いドキュメンタリー映画の上映会をやって人の意識を変えたり、子どもや老人も、いろいろな世代が集えて、自分たちの街を自分たちで良くしていけないかな、とモヤモヤ考えています(笑)。そんな妄想が、家から徐々に街へ滲みだして、昨年の参院選では仲間と経堂界隈で投票意識を上げるパレード「5VOTE!」をしたり、世田谷区の地域共生の家や空き家活用にも関わったり、年末からは区長の政策フォーラムに参加して、そこで出会った仲間と『参加と恊働による民主主義のバージョンアップ』をテーマに動き始めています」

“KYODO”は“経堂”であり“協働”でもある。家はローカルのコミュニティスペースに変えることができるのだ。近藤さんの考えに賛同する人が増えることを願うばかり。

KYODO HOUSE 過去イベントの様子

  • interview_25_img_1
  • interview_25_img_1
  • interview_25_img_1
  • interview_25_img_1

KYODO HOUSE
自宅兼シェアスペースのため、住所は非公開とさせていただきます。
ご興味のある方は下記のメールアドレスまでご連絡ください。
MAIL:hidekon@gmail.com

     
    ウェブサイト:https://hidekon.hatenablog.com/
     
    (2017/02/28)

トップへもどる
Fudousan Plugin Ver.1.6.3