Forager

チーコさん

最寄り駅
世田谷代田

小田急線の世田谷代田駅の高台から坂を下り切った住宅街に、小さなお花屋さん「Forager(フォレジャー)」がオープンしたのは2年前のこと。開店日は月に10日程度と限られ、駅からも少し離れているにもかかわらず、「Forager」のお花を求めて人々が足を運ぶ理由はどこにあるのだろう? それが知りたくて、店主のチーコさんにお話しをうかがった。

文章:内海織加 写真:中垣美沙 構成:加藤将太

ささやかなお花を集めた念願の「脇役劇場」

人通りも決して多いとは言えない住宅地に、小さなお花屋さん「Forager」はひっそりと存在している。そのひっそり具合というのは、一見、お店とは気づかないほど。外観も「店舗」というより「小屋」と言った方がしっくりきてしまう。そして、その小屋の扉を開けてみると、街中の華やかな花屋さんとはどこか様子が違う。何が違うのだろうと店内を見渡すと、あることに気がついた。いわゆる、主役的なお花がどこにも見当たらない。並んでいるお花というと、大きな花屋さんに行けば脇役的に置いてあるものばかり。そっとそこにある。そんな言葉が似合うようなささやかなお花が、窓際の棚にやさしく並んでいる。


「昔から脇役のお花に心惹かれるんですよね。このお店は、いわば“脇役劇場”なんです。昔は、大きな花屋さんに勤めていた時代もあるんですけど、その頃もバラやカラーとか存在感のある主役的なものよりも、ちょこっとサブっぽくいるお花に惹かれていて。ささやかなものほど表情が日々変わっていくから、見つめがいもありますしね。自分が家で飾るならこういう脇役のお花がよかったので、きっと、同じ気持ちの人はいるかなって思っていたんです。それで、いつか脇役ばっかりのお店ができたらおもしろいなぁ、って。そこからイメージが膨らんで、森や草原にあるようなもの、枝ものだったりハーブだったり、草花と呼べるような植物を置いている感じですね。きれいにおめかししたお花というよりは、野性的な生命力を感じられるお花というか。それが、店名からも伝わったらいいなと思って、『Forager』と名付けました」



たしかに、ここは、“お花”屋さんではあるもの、お花が咲いていない葉っぱだけの植物や、枝ものなども多く並んでいる。チーコさんの、ときにふんわりと花と向き合い、ときにおしゃべりをしながらケタケタと笑う、その少女のような雰囲気も手伝ってか、その小屋にいると都会にいることをすっかり忘れてしまう。

思いがけないご縁が導いてくれた都会の“森”

「Forager」があるのは、世田谷代田駅と下北沢駅のちょうど間にある住宅地。四方を坂に囲まれて、ちょうど下り切った窪地という変わった地形のところにある。なぜこの場所だったのかを尋ねると、予想外の答えが返ってきた。

「不思議なご縁でお隣のカレー屋『YOUNG』のオーナー夫妻と知り合って、お店ができたらいいなぁっていう話しをしていたら、彼らがこの場所を探してきてくれたんです。それで、外に小屋があるから「チーコさん、お花売ったらいいんじゃないか」って声かけてくれて。正直なところ、駅から少し離れているし、ちょっと悩んだんです。でもよく考えたら、商店街だと家賃は跳ね上がるし、きっとそういう場所では自分のやりたいような花屋さんはできないかもしれないと思って。それで、思い切ってここに決めたんです。2年前の5月に『YOUNG』の二人と出会って、8月にお店の場所を見に来て、11月にはお店をオープンしたんですから、今思えば、タイミングだったんでしょうね。だから、この場所は、探し求めていたというより、ご縁です。私、そういうのばっかりで(笑)」



図らずも、導かれた場所は、まさに都会の“森”のような不思議な場所。近所には他のお店もそう多くはないから、「Forager」に行こう、と目的意識を持って訪れる人がほとんどだ。それでも、開店日にはチーコさんが束ねるブーケやセレクトするお花を求めて、都内のあちこちから、さまざまなお客様が訪れるのは、どこの花屋さんにもない、「Forager」でしか出会えないお花があり、チーコさんの手の中でしか生まれない花の佇まいがあるからだろう。花を一輪買いたいだけなら近所のお花屋さんでもいいところを、わざわざここまで足を運ぶ理由は、買いにくる人たちの中には、きっと、ちゃんとあるのだ。

自然体の花の美しさを見つめ、景色として宿す

「Forager」にある花たちは、みんな、いい意味で力が入っていない。前からそこにいたような、そんな自然な素振りで迎えてくれている気がするから不思議だ。そのなんとも言えない心地よさは、一体どうして生まれるのだろう。明確に違いを説明できないけれど、でも確実に他のお花屋さんとは何かが違う気がして、チーコさんがお花と向き合う上で大切にしていることを聞いてみたくなった。

「私の息子が小さいときは育児休暇で勤めていた会社を休んでいたんですけど、保育園の送り迎えで毎日同じ道を通るんです。緑道なんですけど、同じ道なのに、季節によって光の感じも違っていて、その時々の光に合ったお花がちゃんと咲いているんです。例えば、紫陽花は梅雨の微力な光の中、水辺にあるから本当に美しくて、それ以上強い光の中だとちょっと鬱陶しく感じてしまう。もともと、紫陽花はかんかん照りでは育たないお花ですから、それは紫陽花にとって不自然なことなんですよね。逆に、サルスベリは太陽に負けないような鮮やかな色で咲いていると安心する。負けないねー! 元気だねー! って。それで自分も元気になる。その時に育つ植物と色と光って、とっても密接なんだなぁって、この時に感じたんです。それを自分の目で見て体験しているからこそ、お花を生けるときには、その景色がお花に宿るんですよね」



お花の色や形だけでなく、育った環境や物語も含めて生け込む。そうか、だから、あんなにも花たちは自然体で、気持ちよさそうにしているのかと、お話しを聞いて合点がいった。そして、チーコさんはこう続ける。

「季節を感じる時間って、飛び級できないんです。“そのとき”に私が感じる季節の感じ方って、“そのとき”しかできない。30代後半の私が、60代の感覚で季節を感じることはできないんです。だから、日々、そのときそのときの季節を感じて、感覚を貯めていくんです。その都度、発見があって、自然に気づかせてもらうことがあります。そういう経験があって、今、わたしはこういうお花が提案できているんだと思うんです」

大切なことは、ゆっくり待つことで見えてくる

チーコさんの今のようなスタイルは、すっかり馴染みすぎていて、最初からきっとそうだったんだろう、と思ってしまうのだが、実はそうではないらしい。時間をかけ、寄り道をたくさんして、やっとのことで辿り着いたスタイルであり、やっとできた「Forager」という場所なのだ。

「大学を卒業してから8年くらいは大きなお花屋さんに勤めていたんですけど、当時はとにかくスピードを求められる世界で疲れ切ってしまって。後半は、純粋な気持ちでお花と向き合えなくなっていたんです。でも、出産を機に仕事を休んだタイミングで、自分が気持ち悪いと思うことは道理に合っていないんだろうな、って気づいた瞬間があって。水は上から流したら下に行くしかない。そういうことをもっと意識しようって、はじめて思ったんです。そこから、再び自分が純粋な気持ちでお花と向き合えるようになるまで2年近く待って、ようやくまた気持ちが戻ってきたときに、独立してお店を持たないお花屋さんを細々とはじめたんです。賢い人は、ひとりの師匠について、効率よく学んで独立するのかもしれないですけど、私はここまで寄り道ばっかり。効率悪く実体験で学んできたタイプで。会社員時代も、いろいろな技術や知恵を教わったけど、不真面目だからメモも取ってなくて。でも、そこで引っかかることは心に残っていて、ふと思い出す瞬間があるんです。頭じゃなくて、肌感で理解できたときに、『そうか! ポンっ!(手を打つ)』みたいな感じで。随分時間が経ってから腑に落ちることも多くて。土が培養されてきたって感じなのかもしれませんね」



水が上から下へ流れるように、チーコさんの中には、日々の気づきが自然な形で染み込んでいく。そして、それが栄養素となって、またチーコさんの感性を輝かせるのかもしれない。

「今は飲食店やセレクトショップでの生け込みも多くなってしまって開店日が限られていますけど、外に出ることで土が耕されるからそういう機会も大切なんです。でも、この小屋に来たらおもしろそうな子がいる感じにはしておきたいって常に思っています。扉を開けた瞬間に、あーこの季節なんだなぁ、って思えたりして。そういうのってちょっと楽しくないですか? 前の季節を経験しているからこその喜びですよね」

気づけば、チーコさんも、そして訪れる人たちも、お花のことを「あの子」や「この子」と呼んでいる。育ち方や佇まいも含めて、一輪の花を人のように思えてしまうのは、「Forager」という“森”の魔法だろうか。ぜひ、何のお花を買おうかなんて考えずに、まずはノープランで訪れてみてほしい。きっと、縁のある“子”と目が合うはずだから。

Forager
住所:東京都世田谷区代田5-1-16
電話番号:080-3425-9184
Instagram:@forager_tokyo/

 
(2017/03/28)

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