まほろ堂蒼月

山岸史門さん

最寄り駅
宮の坂

宮の坂・豪徳寺エリアにオープンして2年目を迎える「まほろ堂蒼月」。テイクアウトだけでなく、モダンな空間の中で抹茶やコーヒーとともに和菓子を愉しめる。和菓子に馴染み深い年配だけでなく、その奥深い世界を知る入口としてお店を訪ねる若者の姿も後を絶たない。店主の山岸史門さんに、この街を選んだ理由とお店に込めた想いを訊く。

文章・構成:加藤将太 写真:山川哲矢

まさかこの場所で商売をやるとは

境内に相撲の土俵がある世田谷八幡宮と、招き猫で有名な豪徳寺。この世田谷ミッドタウンの代表的な2つの寺社がある街に、小さな和菓子屋「まほろ堂蒼月」が2015年5月にオープンした。神社がある街の和菓子屋なんてこれ以上にない組み合わせに思えるが、店主の山岸史門さんは、当初は宮の坂・豪徳寺エリアでの出店を考えていなかった。

「最初は三宿や池尻方面で物件を探していたんです。でも家賃は高いし、空き物件もなくて。世田谷区内に範囲を広げて探していく流れで、今の場所を内見したんです。空間の風の通りがいいことと、世田谷線沿いの風景が気に入って、ここにオープンしようと決めました。僕は世田谷出身で、この辺りは高校の通学路だったので多少の土地勘はあったんですが、まさかこの場所で商売をやるとは思いもしませんでした」




繊細な和菓子は暑さや湿気に影響されやすい。それ故に、日光の加減と風の通りを重視した。「まほろ堂蒼月」の物件は東向きのため、日が入り込んでくるのは朝の仕込みの時間。奥の厨房を含めた縦長の空間は風が抜けやすく、山岸さんの条件を満たしていた。しかしながら、このテナントは隣のおでん屋「せたがや」を除いて、何回もお店の入れ替わりを繰り返してきた場所。山岸さんは「正直、不安はあった」と振り返る。

「店の前の道はとても狭いのに一方通行ではなく、車の抜け道にもなっていて、豪徳寺の商店街から外れていますからね。でも、実際はある程度の人通りがあって、世田谷八幡宮と豪徳寺があるおかげで、年末年始は参拝がてら立ち寄ってくださるお客さんが多いです。世田谷八幡宮のお祭りのときはお神輿が店の前を通るので、そこでウチのことを知っていただける。あと、電車から店が見えるので、窓ガラスにお品書きを貼るようにしたんです。世田谷線の乗客に無料の広告を出しているようなもので(笑)、これに気づいて電車を降りて、お店に来てくださる方もいます」

店名の由来と内装イメージの自然な変化

「まほろ堂蒼月」という名前には、どこか日本特有の奥ゆかしいイメージがある。しかし、文字を並べてみるだけでは、何のお店なのかわかりにくい。実際に、お客さんから名前の由来について聞かれることも多いという。

「昔、広尾に『蒼庵』という和カフェのパイオニア的な緑茶カフェがあったんです。『蒼庵』という響きが好きで、いつか自分の店の名前の参考にしたいと思っていたんですね。僕は月を見るのが好きで、月を名前に入れようと考えたなかで『蒼月』が浮かんできて。日本の暦には月が関わっていて、1ヶ月に2度、満月になる月があって、2回目の満月のことを『ブルームーン』と言うんですね。見ると幸せになるという言い伝えがあって、それを『蒼月』とかけています。でも、もうすこし柔らかく、敷居の低いニュアンスにしたくて、心地いい場所を意味する大和ことばの『まほろば』に注目しました。それをもじるうちに『まほろ堂』が出てきて、語呂のよさから『まほろ堂蒼月』としたんです」



「まほろ堂蒼月」は和菓子屋であるものの、お店の内装は和のテイストには収まらない。白にグレーを混ぜ合わせた壁、そこに古材のショーケースと寄木のカウンター、鉄がアクセントのイートインスペースのテーブル&チェアが取り入れられ、木と鉄のほどよいバランスからモダンな空間に仕上がっている。

「この古材のショーケースは焼き菓子屋をやっている友人から教えてもらった栃木県の仁平古家具店で買ったもので、これを中心に店を作っていったんですね。本当は店構えを和の感じにしたくて、内装デザイナーさんにこの寄木のカウンターを提案されたけど、最初は断ったんですよ。けれども、ショーケースを置いてみたら「思惑の古民家とは違うけど、いいなぁ」って気持ちが変わってきました。ちなみに、テーブルは仁平さんのオーダーメイドで、椅子は仁平さんのリメイクのプロダクトなんです」

イートインスペースは、山岸さんが20代半ばの頃から「将来はお店を持ちたい!」と描き続けていた頃からあった構想だという。店内で飲食できることにした背景には、亡くなったお母さんの想いも関わっているという。

「亡くなった母は清水の出身で、僕が店を持ちたいという話を漠然としていた頃から、母は僕のお店の店番をしてお茶を出したいと話していたんです。母の妄想では、1階が僕のお店、2階には僕の弟の小料理店があって、3階に自宅があるという(笑)。それで、母の死をきっかけに、お茶もちゃんと勉強しようと思うようになりました。それが20代半ばに、かき氷で有名な目白の甘味処、「志むら」で働いていたときのことですね」

独立する前に味わえた宝のような経験

「まほろ堂蒼月」以前、山岸さんは自由が丘の和菓子屋「蜂の家」に約9年も在籍し、最終的には製造責任者を務めていた。取材当日、近くの薬局の薬剤師さんがふらっと立ち寄って、山岸さんと気さくに話し込む。接客もこなしてきた人当たりのいい山岸さんから、「接客が大の苦手だった」という一言が出てきたのはあまりにも意外だった。

「『志むら』を辞めてからは、タリーズが展開していた『KOOTS GREEN TEA』の1号店だった神谷町のお店で働いていました。それまで僕は和菓子職人としてお店の裏側に居ましたが、表に出て接客をするようになって。レジさえも上手く打てないし、とにかく仕事ができなかったんですね。それでも負けず嫌いなので、コンチクショーと思って続けていたら、店長のアドバイスがきっかけで接客のコツを覚えたんです。カフェに行くと、ミルクを豆乳に替える、とか勧められますよね。まさにあの接客で、豆乳の美味しさを伝えるということをやってみたら、お客さんが買ってくれるようになって。そこで吹っ切れて、トントン拍子に仕事ができるようになりました。当時の経験は宝ですね」

「まほろ堂蒼月」では、ソフトなポップスやアコースティックの耳ざわりのいい音楽が店内BGMとして流れている。選曲はヒットチャートとは関係ない山岸さんが大好きな音楽ばかり。モダンな空間にぴったりだ。ジャンルを問わずにさまざまな音楽を聴くようになったことも、山岸さんが仕事を続けていく上で大きな影響となっている。

「最初に勤めた和菓子屋の同僚が音楽好きで、いろいろと音楽を教わったなかで、ベル・アンド・セバスチャンのファンになりました。2004年に、ベルセバがフジロックで来日することを知って、「これを逃したら、俺は一生この人たちを見ることはない」と心に決めて、はじめてフジロックに行ったんです。こんなに楽しい世界があったのかと感動して、それから毎年苗場に通っています。音楽でいうと、お店の1周年記念にCARAVANのインストアライブをやりました。什器と家具を全部よけて、友人のキャンドルアーティストに装飾をお願いして。あれは忘れられない1日です」

自分だからできる街への貢献

「まほろ堂蒼月」がオープンした1ヶ月前、隣には「バレアリック飲食店」がオープンした。音楽に関係する「バレアリック」を冠したお店ができたことは山岸さんも嬉しく、オーナーの國本快さんとは年齢が近かったため、すぐに“おとなりさん”の仲になった。

「バレアリックとウチが立て続けにオープンして、隣のおでん屋さんはすごく喜んでくれました。入れ替えが多かったり、しばらくお店が入らなかったりしたところに、若い僕らがお店をはじめたことで、人の流れが変わるかもしれないと期待もしてくださっていて。おでん屋さんには、オープン前からいろいろとアドバイスをいただいています」


実際に人の流れは変わりつつある。「まほろ堂蒼月」の利用客は地域の若い主婦層と50代前後の女性が多いが、学生や20代は、豪徳寺のベーカリー「uneclef」や松陰神社前のケーキショップ「MERCI BAKE」などとあわせて立ち寄るのだとか。たしかに、宮の坂駅から松陰神社前駅までは世田谷線で約5分。さほど遠くないため散歩のように街歩きできるし、Instagramなどで話題のお店をチェックしては、ハシゴしたくなるのがSNS世代。そんな若者にとって、「まほろ堂蒼月」は和菓子の入口になっている。

「僕は、オーソドックスだけどオリジナル感がある和菓子をつくりたくて。狙っていなかったけど、商品や店構えの写真をSNSにアップしてくれると、またお客さんが来てくれますね。和菓子って食べていても、コンビニのレジ前にあるものとか、保存料が入っているものがほとんどだと思うんです。なので、純然とした和菓子の美味しさは伝えていきたい。その意味でも、かしこまっていない店構えが合っていると思います」




せっかくお店を構えたのだから、やっぱり街に新しい人が来るきっかけとなりたい。そうやって街に貢献できると、お店を出した意味が深くなる。

「街が賑わってほしいという気持ちが、ここにお店を構えたからこそ出てきましたね。近い将来、団子をメニューに加えたいんです。というのも、豪徳寺にあった和菓子屋の「伊勢屋さん」が閉店して、地域に団子を食べられるところがなくなってしまって。この辺りはご年配の団体がよく散歩しているんですよ。梅雨には線路脇に紫陽花が咲くので、人気のカメラスポットにもなっていて。そういったことに気づけるようになったのは、つい最近のことですね。1年目はとにかく必死だったけど、2年目になって、少しずつ周りの景色が見えてきました。自分だからできる街への貢献を考えていけたらなと」

いつかは地域の人たちに団子を。若い人たちには、大福やどら焼きといった定番だけでなく、通好みの練り切りも食べてもらえるように。和菓子がきっかけで、街が賑わいはじめている。今日もいい風が「まほろ堂蒼月」に吹いている。

まほろ堂蒼月
住所:東京都世田谷区宮坂1-38-19
営業時間:10:00 ~ 18:00(喫茶17:30 LO)
定休日:月曜(祝日の場合は翌火曜)、不定休あり
ウェブサイト:http://www.mahorodou-sougetsu.com/

 
(2017/03/28)

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