YOUR DAILY COFFEE

中村謙太さん

最寄り駅
上町

上町駅から世田谷通りをしばらく歩くと、不思議な三角地帯がある。そこに、2017年1月、新たにコーヒーショップがオープンした。「YOUR DAILY COFFEE」という店名そのままに、朝昼夜と時間を問わず、コーヒーを飲みに毎日人が訪れている。若き店主、中村謙太さんが思い描いていたとおり、「人の日常に寄り添う」このお店の存在が、上町に暮らす人たちの日常にとけ込み、町の風景のひとつになりつつある。

文章:薮下佳代 写真:永峰拓也 構成:加藤将太

コーヒーショップがない街に開店

東急世田谷線上町駅は、世田谷ミッドタウンの“へそ”ともいうべき場所に位置している。このエリアは住民も多く、駅前にあるスーパー「オオゼキ」は、子ども連れの若いお母さんや、昔から住んでいる高齢者たちでいつも大賑わい。そんな住みやすい上町だが、ずっとなかったものがある。それは、気軽に立ち寄れるコーヒーショップだった。

「この物件を見に、上町で初めて降りたんですが、こういうスタイルのコーヒー屋さんが上町に一軒もないことに気がついて。ドトールやスターバックスなどのチェーン店も見かけないし、上町の人はコーヒーを飲むとき、一体どこに行っているんだろうって」

2017年1月27日に「YOUR DAILY COFFEE」をオープンさせたオーナーの中村謙太さんはこの物件を気に入り、上町でお店をやってみようと考えてから、世田谷エリアで店を出している人たちのことを調べ始めた。そんなとき、「せたがやンソン」の記事にたどりつき、上町には小さな個性あふれる商店が点在し、感度の高い住民が多いことを知った。個人店が愛されるこの上町ならば、やっていけるかもしれない。そう思うようになった。


「個人商店が生きている街なんだなと思いました。店主たちのコミュニティもあって、新参者の僕でも温かく迎えてくれた。それがとてもありがたくて。都会なのに、人の温かさがこんなにも感じられるとは予想していませんでしたね。実はお店を出す前日に、この場所も、今までに何度もお店が変わっているし、相当難しいと思うよと近隣の方から聞かされたんです。その日の夜、どうしたものかと考え込んでしまって。でも、今の時代はSNSを見て、わざわざ遠くから来てくれる人もいるし、いい店をつくれば場所は関係ないはずだと結論を出しました。たとえ、お店がうまくいかないという最悪の状況になったとしても、僕は今年30歳なので2年間必死でアルバイトすれば、借りたお金を返せるということも腹を括って。だったらリスクを取らない意味はないなと。一生かけて返さないといけないものじゃない。そう思ったら、怖くなくなったんです」

大きく取られた入口の窓からは、店内がよく見える。コーヒーを飲む人、スイーツを食べる人、おしゃべりを楽しむ人、思い思いの時間を過ごす様子が見てとれる。

「ご近所に朝9時から開いているお店がないらしく、ウチが混みやすい時間帯は朝なんです。近隣の若いお母さんたちが保育所の送り迎えの合間に寄ってくれたり、ご近所に住んでいる人が犬の散歩の帰りに寄ってくれたり。みなさん『コーヒー屋さんがなかったからできてうれしい』と言ってくださるんです。普通にお店をやっているだけで感謝されることって、なかなかないじゃないですか。“ない場所”に出したからこその恩恵というか、『お店ができてよかった』と言われるたびに、悩みながらもここに出してよかったなと、つくづく思いますね」

20歳の頃から変わらない「お店を出す」という夢

学生時代に、これから何をやろうか、自分は何ができるのか、あれこれ悩んだ経験は誰しもあるだろう。「これがやりたい」という希望はあっても、遠くの未来を見据えて、今を選択することのできる人は少ないのではないか。高校生の頃から大学生にかけて、コーヒーショップで働いていたという中村さんは、20歳の頃、いつか自分のお店を出そうと決めてからは、ただまっすぐにその未来を見つめてきた。

「コーヒーショップで働いているうちに、カフェとは違う、コーヒーショップの良さがわかってきたんです。コーヒーは日常の一部。だから、毎朝、同じ時間に買いに来たり、仕事の合間にふらりと寄ったり、接客しながらちょっとした会話もあったり。それってカフェだとあまりない光景で。そういうコーヒーショップならではの空気感が好きだったんです。コーヒーがあることで、1日を気持ち良く始めることができる。そういう場所をつくりたいなって」



中村さんの理想は、「1日のなかで、どんな時間でも使えるお店」だった。朝ごはんには、ドーナツやマフィンとコーヒー、ランチにはサンドイッチ、おやつや夜食には焼き菓子やケーキが食べられるように。そんなふうにコーヒーのある風景には必ずスイーツが思い浮かんだ。さらに、著名なバリスタは、過去にパティシエや和菓子職人などの経歴を持っていることを知った中村さんは、お菓子づくりや料理をまずは学ぼうと、大学卒業後、カフェで3年ほど働くことを決める。

やっぱり、コーヒーショップがやりたい

夢を追い続け、がむしゃらに料理の道を突き進んだ3年間。夜から朝まで働き、飲食業の大変さを、身を以て体験した。勤めていたカフェを退職後は何もする気が起きず、抜け殻のような日々。毎日のように、飲み歩いたり、スロットに行っては、貯めていたお金もほとんど使ってしまうほど自暴自棄になっていた。中村さんが初めて体験する“挫折”だった。

けれど、タイミング良く、「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」の新店立ち上げスタッフの求人を見つけた中村さんは、ずっと持ち続けていた「コーヒーショップがやりたい」という夢に向かって動き出す。

「料理だけをやっていたときは、キッチンで誰ともしゃべらないし、接客もしませんでした。そんな日々のなかで、ずっとコーヒー屋がやりたいという思いだけを持ち続けていたんです。だから、たまたま求人を見たとき、すぐさま千駄ケ谷にある『BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK』に行きました。いい空気が流れていて、お客さんとスタッフの距離感も心地よくて。当時はまだ、サードウェーブコーヒーがブームになる前のこと。コーヒースタンドというお店の業態も新しくてかっこいいなと思いました。すぐに履歴書を書いて速達で送ったんです」




「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」といえば、中原慎一郎さん率いるランドスケープ・プロダクツが手がけるコーヒースタンドで、オープン当初から話題のショップだった。スカイツリー店のオープンスタッフとして採用された中村さんは、バリスタの梶原正裕さんのもとで、スペシャリティコーヒーとはどういうものなのか、淹れ方だけではなく接客など、イチから教わった。スカイツリー店で2年働いた後、梶原さんが六本木店へ異動になるタイミングで、なんと中村さんは本店である千駄ケ谷店の店長に抜擢される。

「千駄ケ谷のお店は常連さんがほとんどで、毎日通ってくれるお客さんも大勢いました。お客様との距離も近くて、コーヒーを買いに来るだけじゃなく、ちょっと話をしに来るようなお店で。実際、毎日顔を合わせているとだんだんと友だちに近い感覚になってきて。店長になりたての頃はお客さんの顔もわからず大変でしたね」

初めは、お客さんと何を話したらいいかわからなくなることも多かった。どうやったら会話のキャッチボールが続くのか、本を読んだりもした。お客さんにとって、いつもと変わらない居心地のいいお店であり続けるためにどうすればいいのかを考え続けた。千駄ケ谷の本店で3年間、店長として働いた経験を通して、独立への確かな手応えを感じていた。

「千駄ケ谷で1年やってみて、近いうちにやっぱり自分のお店をやろうと思って。社長の中原さんにも来年には辞めるので、そのための環境を整えていきたいと伝えました。独立宣言ですね。予め伝えようと思ったのは、前職であんまりいい辞め方をしていなかったから。お世話になった人にちゃんと恩返しして、辞めた後もいい関係が続いていくような辞め方をしたかったんです」

ランドスケープ・プロダクツの一員として、中原さんのもとで学んだこと。それは、仕事の仕方、そのものだった。国内外問わず、仲間が多い中原さんが何かを始めるとなれば、いろんな人がすぐさま集まってくる。そのコミュニティのつながりで仕事をしたり、アイデアが生まれたりする様子を目の当たりにして、「仕事とはこういうものなのか」と驚いたという中村さん。人のつながりの大切さを実感する日々のなかで、独立した後も、ここで培った関係性はきっと生きてくる。その思いを胸に、中村さんは独立の道へと歩んでいった。

コーヒーとケーキがある風景

やっとの想いからオープンできた「YOUR DAILY COFFEE」。内装は、ランドスケープ・プロダクツ時代の同期で、今は独立しているnub creative worksに依頼した。レジの上にある青いシェードは、「Play Mountain」で一目惚れして買ったもの。マグカップはランドスケープ・プロダクツに頼み、ドアを開けると足元で出迎えてくれるカリグラフィは、週末だけ「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」でバイトしていたオーストラリア人の友人が手がけた。

「ランドスケープ時代のつながりを大切にしながら、お店を始めることができました。このお店で出しているレモンケーキは僕が作っていた『BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK』で出していたもの。他にもバナナブレッド、ブラウニー、スコーン、チーズケーキはここで焼いています。シフォンケーキとビスコティは『treat or treat』、週末には代々木八幡の『popocate』のプリンや、用賀の『Take it All Coffee And Donuts』のドーナツが並びます。ピザトーストには、上町ご近所のパン屋さん『サンセリテ』の食パンを使っています」




コーヒーは、用賀にある「Woodberry Coffee Roasters」の中煎り〜深煎りの豆と、熊本にある「And Coffee Roasters」の浅煎りの豆を使用。そのコーヒーの価格が良心的なことに、きっと驚くことだろう。

「スペシャリティコーヒーがもてはやされている今、一杯500円以上するお店もありますが、毎日来てもらいたいから、この価格にしました。今は、セブンイレブンにいけば100円でもコーヒーが飲める時代。そのなかで、ここに来てもらうための意味を考えると、ちゃんとおいしいものを、買いやすい価格で出すのも大事なんじゃないかと思うんです」

お店のアイコンには、「晴れの日も曇りの日も、毎日コーヒーを飲みに来てほしい」、そんな中村さんの想いが込められている。おいしいコーヒーを飲みに、毎日ふらりと寄れる場所があるなんて、幸せなことだ。“サードプレイス”という言葉があるけれど、まさにここは、近所の人にとって心地のよい第3の場所。

「コーヒーって生活のなかで楽しんでもらうもの。まずは上町の人に、そして世田谷ミッドタウンの人たちにも日常的に使ってもらうのが目標です」

「YOUR DAILY COFFEE」の前を通るたび、その気持ち良さそうな店内が目に止まり、誰もがふと足を止めることだろう。そして、遠慮なく扉を開けてみてほしい。おいしいコーヒーが待っているから。


YOUR DAILY COFFEE
住所:東京都世田谷区世田谷2-14-3
電話番号:03-6413-5296
営業時:平日9:00~18:00、土日祝9:00〜19:00
定休日:なし
 
ウェブサイト:http://yourdaily.coffee

 
(2017/04/25)

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