cafe+gallery 芝生

遊佐一弥さん

最寄り駅
経堂

「経堂の賑やかでない方の商店街」。ひょっとすると、すずらん通り商店街をこんな風に認識している人がいるかもしれない。「cafe+gallery 芝生」が位置するのは、個店が軒を連ねる商店街のほぼ西の端。お店の方の顔がよく見えるあたたかい通りを抜けた先に静かに佇む「芝生」は、オープンからもうじき7年が経つ。デザイナーの仕事と両立してきた店主の遊佐一弥さんに、「芝生」とこの街のことを伺った。

文章:伊藤佐和子 写真:中垣美沙 構成:加藤将太

なんとなく、から始まった

小田急線経堂駅にはふたつの商店街がある。改札を出て右手、南に伸びるのが、チェーン店も目立ち多くの学生で賑わう農大通り商店街。もうひとつは、バスのロータリーを越えて、北西に向かって住宅街の間を縫っていくすずらん通り商店街だ。

今回の人びとで紹介するのは、すずらん通り商店街の入り口から約700mほど歩いた場所にある「cafe+gallery 芝生」(以下、芝生)の店主・遊佐一弥さん。実はこの場所、2010年7月に「芝生」が誕生する前は、「ロバロバカフェ」(以下、ロバロバ)というカフェ・ギャラリーが営業していた場所。「ロバロバ」が現在の山口県に移転することが決まった頃、当時の常連さんや作家さんたちが、その後どうなるのだろうと気にしていたという。

「『ロバロバ』が閉まると聞いたのが、芝生を開くことになる前の年のことでした。何人かが次の候補に手をあげていたのですが、結局は決まらずに空いてしまうことになって。最初は“お店をやったら楽しそうだなあ”、くらいだったんですけど、本当にアリかもしれないと思い始めて、最終的には“やるか”、と心を決めていたんです」

もともとの設備もそのまま使えるものが多く、再びカフェ・ギャラリーとなったのは自然な流れだった。しかし、希しくも伝説的に人気の厚かった「ロバロバ」の業態を受け継ぐ形になったことに、不安はなかったのだろうか。遊佐さんは、飄々というのか、淡々と、というのか、人生の大きな決断をした頃のことを笑顔でこう続けてくれた。

「当時は“『ロバロバ』のあとにやるのって大変じゃない?”と、友人や常連仲間などみんなに心配されていたのですが、あんまり僕自身が気にしていなかったのがよかったのでしょうか。多分、気にし始めたらやりにくかったと思います。『ロバロバ』は山口県で『ロバの本屋』となってからも一緒に本を作ったり、今でも仲良くしています」

人生の自然な流れに乗って

ところで、遊佐さんは「芝生」を開く前からずっと、ユーリアンドデザインという屋号でグラフィックやWebデザインの仕事をしている。ギャラリー・カフェの運営とデザイナーの仕事とは、いったいどんなバランス感覚なのだろうか。

「1日のうち午前中をデザイナー仕事に充てて、午後から店を開けています。芝生を始めるまでは広告業界で代理店から企業の案件をいただくことが多く、それこそ寝ずに仕事をすることも少なくありませんでした。でも、今は今のペースに合う依頼をいただくことが多くなって。不思議なことに、仕事も自然な流れで変化していきましたね」

現在のお住まいは「芝生」に自転車で通える距離。これまでは、というと、出身の神奈川を出てから一度経堂に住んでいた時期を経て、池尻大橋、青葉台(目黒区)と、仕事場を構えていた近くに住んでいたそう。

「20代半ばから30代前半まではとにかく日夜仕事をしていましたね。0時に仕事が終わって帰宅して、4時まで飲んでいたり(笑)。いつ寝るんだっていう生活をしていた頃のことを思うと、『芝生』とともに経堂での生活が始まってから、人間らしい暮らしになりました。大学を卒業して働き始めてからは色々な経験をする機会に恵まれていましたが、思えばずっと壮絶な環境で働いていたので」

“写真集を見ているときの気持ちを作りたい“

写真が好きだった学生時代の遊佐さんは、大好きな写真集を見ているときに感じる“楽しい”という感覚を自分も作り出したいと思い始めた。当時ではまだ珍しいMacを学生のうちに購入し、IllustratorやPhotoshopを独学で勉強し始めて、自分なりにデザインや製本をして写真集を作る日々。そんななかで、大好きな写真家・斎門冨士男さんの葉山にある自宅兼事務所に出入りしているうちに、アシスタントとして働くことになるというチャンスが訪れた。

「最初は本当にMacを買うお手伝いというところから始まって(笑)。だんだんと、斎門さんの作品づくりを進めるためのスタッフとして、様々な経験をさせていただきました。それから2年くらいして卒業し、都内の広告制作会社に勤めたあと、今度は写真家のプロデュースをしている会社にお世話なって。その会社では日本の写真界のトップのような方の写真展の運営も仕事のひとつで、ポスターやチケットのデザインから、プレスリリースの作成や発行など、開催にまつわるあらゆることを学ばせてもらいました」

そして20代の頃から経験して積み上げてきたことが、今こうしてギャラリーの運営という形ですべてが繋がっている。遊佐さんが考えるギャラリーとしての芝生はどんな場所なのだろうか。

「『芝生』はわりと柔軟というか、展示スペースとカフェスペースが繋がっているので、展示作品に影響を与えないようにとは思っていますが、多分空気みたいなものは影響してしまいますよね。できるだけ作家さんの作品を素のままに伝えたいと思うんですが、ほったらかしというわけではなく、一緒に展示を作っていく感覚でいます。特に若い作家さんの初個展なんかは、ご本人のやりたいことを尊重しつつも、どう見せたいか、こういう方がいいんじゃないか、と会話を重ねます。明言しているわけではありませんが、ジャンルにこだわらないし、作家さんの表現方法も、会話を重ねているうちに普段発表している形ではない作品で展示を実施することもあって」

顔を見ながら会話ができる距離で、一番見てもらいたいものを、「芝生」という場所だからこそ実現できる、一番いい形で表現する。名は体を表す。オープン後に後付けでふと思ったそうだが、今「芝生」という名前にはこんな想いを込めている。

「お客さんや作家さんやイベントといった、この場所を作る人やコトが花や実をつけてくれて、あくまで店や僕はグラウンド。ここでのびのびやってくれるといいなって思っています。本当、いやらしいくらい結びつきました(笑)。もともとは誰もがピンとくる漢字2文字の言葉を探していて、あるとき突然思いついた言葉なんですけど」

自然ななりゆきに身を任せながら、遊佐さんの選択は一つひとつ、確実に積み重なっていった。そして「芝生」は、7月で7周年を迎える。「芝生」を始める前から考えると、今の自分はどのように映るのだろうか。

「ずっとこうしていたような、でも、あっという間でした。今こうしていることって、実はそんな意外でもなくて、形は違えど“場所をつくる”ということは昔からやっていたことだったんです。自分の周りにいる作家さんやイラストレータさんとか、絵とか写真とかが好きな人が楽しめるモノ・コト・場所を作りたいと漠然と思ってきた。それこそ友人同士でプロジェクトを立ち上げて、ウェブコンテンツやフリーペーパーを作ってみたり。青葉台の時の事務所では、仲間がいつ来てもいいようにソファを置いた打ち合わせ部屋を作って、遊びの延長のような形で仕事をしていたんですけど」

はっきりと遊びと仕事の境目がなくなっているわけではないけれど、今も義務感ではなく“やりたい”と思うことを素直にやっている感覚で日々を過ごしている。まずは自分たちが楽しいモノを作り、お客さんにもそれが伝わるように。現時点で、2019年に開催する展示予定も決まっているそうだ。

経堂と世田谷の街をつなげる点に

ところで、お客さんとして通っていた街で、今度はお客さんを迎える商店の一員となった今、街はどう見えるのだろうか。

「農大通り商店街とすずらん通りでは、“どうしてこんなに?”というほど、雰囲気が違いますよね。こちら側は驚くほどチェーン店がなくて、あるのはコンビニとスーパーくらい。一方通行で一応車は通れますが、この狭さがいいのかな。ここに来るまでに、たい焼き屋さんやお団子屋さんで買い物をしてきたというお客さんもいて、若い人がそういうところで買い物したくなるってなんかいいですよね。他の商店街で出店したことがないので比べることはできないですが、ここはすごくフレンドリーというか、挨拶をしたりいい具合に交流があります。お向かいの電気屋さんが“芸術とかわからないんだけどねー”といいながら覗きに来てくれたり(笑)」

最後に、すずらん通り商店街のなかで遊佐さんのお気に入りの場所を教えてもらった。

「ご飯を食べたり、わいわい打ち上げをしたい時は中華料理店の『華味屋』さんに行きます。山椒が利いた麻婆豆腐が美味しいですよ。店主がなぜか僕のことを“マスター”と呼ぶんですけど、カタコトの日本語で“マスター元気?”って大声で呼ぶから照れます(笑)。飲みに行くなら『Bar 太田尻家』。『STOCK』や『ハルカゼ舎』で買い物した方が、『芝生』に寄って、最後に『Bar太田尻家』でご飯を食べて帰る、ということも結構あるみたいです」

そんな『Bar 太田尻家』のご夫婦が、今度は『芝生』、『STOCK』、『ハルカゼ舎』に買い物に訪れることも多いそうで、商店街のなかで経済が回っている様子を、とある作家のお母様が「ムーミン谷のようね」と感心していたそう。街の商店同士でお互いの店を行き来することは理想的な循環のひとつだと思う。

世田谷ミッドタウンは、特徴的な街が沢山ある。ただ、電車の乗り換えが面倒に感じることも否めず、どこかに行ったらそれで完結してしまうこともしばしば。なかなかあちこちを同日に回りにくいというのも、各街が抱える悩みのひとつではないだろうか。でも“せっかくここに来たのだから”と、他にも行ってもらいたい場所をおすすめしたくて、遊佐さんは経堂の『ハルカゼ舎』、上町の『夏椿』と協力して2014年から「経堂世田谷周辺サイクリングマップ」を作り始めた。

「遠方からわざわざ来られた方は“せっかくだから”という意気込みもあると思いますが、このサイクリングマップで“もっと自由に移動できる”ということを知って楽しんでもらいたい。1日ですべて回ることは難しいけれど、また次にくるきっかけになってもらえたら嬉しいですよね。」

すずらん通り商店街の、ほぼ西の端。きっとわざわざ行かないとなかなか立ち寄る位置ではないけれど、今度の休みにはここをスタート地点にして、世田谷ミッドタウンに繰り出してみてはどうだろう。きっと新しい何かに、出会えるはずだ。

cafe+gallery 芝生
住所:東京都世田谷区経堂2-31-20
※2022年、吉祥寺に移転。

 
〈移転先〉
芝生 GALLERY SHIBAFU
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-14-7 吉祥ビル地下
営業時間:展示会期により変動あり
定休日:火曜~金曜、臨時休業

ウェブサイト:http://shiba-fu.com/

 
(2017/05/30)

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