シバカリーワラ
山登伸介さん
世田谷ミッドタウンは、実はカレー激戦区。小さな個人店ながら、カレー好きにはたまらない人気店が点在している。三軒茶屋の「シバカリーワラ」は、本当ならば、世田谷ミッドタウンのエリア外だが、「Shoinstyle」で7月に料理教室が開催され、店主の山登伸介さんは松陰神社前に住んでいるというご縁もあり、今回ご登場いただくことになった。インドに魅せられた山登さんのカレー人生について話を聞いた。
文章:薮下佳代 写真:志鎌康平 構成:加藤将太
「好きなだけ旅がしたいから」始めたカレー作り
茶沢通りの一本脇を走る通り沿いには、人気の飲食店が建ち並ぶ。なかでも、レンガ造りの雑居ビルの2階にある「シバカリーワラ」は、駅から向かうと通りからは看板が見えない位置にあるにもかかわらず、昼時ともなれば開店前から並び始め、階段は人でいっぱいに。その本格的なおいしさでまたたく間に有名になり、いまや言わずと知れた人気店だ。
急な階段を登って行くと、スパイスのいい香りが漂ってくる。店内には、店主の山登伸介さんがインドで買ってきたという小物が所狭しと飾られ、その雑多な感じと色鮮やかさがなんともインドらしい。毎年2月に1カ月ほどお店を休んでは、インドを旅しているのだという。
「インドへ行くたびに店内のインテリアは増えてますね。毎年そうやってくりかえすことで年輪が増えるように内装も料理も少しづつ成長させていきたいんです。料理はバターチキンなどの定番という”幹”はしっかり安定させつつ、トラディショナルなインド料理をベースにしたオリジナルメニューなどの“枝葉”も伸ばせていければいいですね」
「シバカリーワラ」という店名はヒンディー語から。「ワラ」は「〜屋」という意味だそうだ。
「インドの昔ながらのお店は、例えばクリシュナ薬局とかラクシュミ工務店、のように屋号の頭に神様の名前をつけていたりするんですよ。それがおもしろいなと思って。インドの神様の中だと『シバ』が好きだったのと、あとはシンプルに『カレー屋』で『カリーワラ』にしようと。実は、看板に書いた『ワラ』のつづりが間違ってることに気づいたんですけど、今さら書き直すのが大変だからそのままにしています(笑)」
今から13年前に勤めていた会社を辞め、はじめての飲食業勤務として移動販売を3年間経験。その後1年半は銀座の人気インド料理店「グルガオン」で過ごし、「シバカリーワラ」の屋号で移動販売を始めた。旅好きな山登さんは会社の休みを使ってはアジアへと旅するうち、年に一回でも、好きなだけ旅ができるよう、会社を辞めて独立しようと考えた。そこで目をつけたのが移動販売だったという。その頃は移動販売という形態は珍しく、思いのほかお客さんがつき、商売は軌道に乗った。
当時は、本やインターネットを見ながら自分なりに独学で身につけたカレーを出していたけれど、自分の中にはそれ以上の“引き出し”がないことに気づき、一度きちんとどこかで修業しようと考えた。「グルガオン」でホールとして働きながら、インド人シェフの作るカレーを見よう見まねで習得。それが山登さんにとって大きなターニングポイントとなる。
「調理はインド人シェフが担当していて僕はホール。本当は料理を担当したかったから、下ごしらえを手伝ったり、なるべくキッチンの中に入ってどうやって作っているのか横目で見ていましたね。レシピや作り方を聞いて、家に帰って自分で作っての繰り返し。インド人シェフたちとも仲良くなって、家に遊びに来てもらってカレーを作ってもらったり。僕のカレーの師匠でもあるラムさんとの出会いもそのお店だったんです」
インド人シェフとケンカの日々
お店の準備期間中、そのラムさんが働き先を探していると知り、急遽一緒にお店を始めることになった。思いがけず、相棒ができたことにより、1人でやるよりももっと本格的なインド料理店をオープンすることができた。
「ラムさんとは付き合いも長くて、彼のインドの実家にも何度か遊びに行ったことある、気心の知れた人だったんです。すごいタイミングでしたね。おかげでラムさんが働いていたお店の厨房器具を安く譲ってもらえることになったり、彼が入ってくれるなら、タンドール(肉やナンを焼くかまど)を入れようということになりました。ラムさんがいなかったら、ナンもチキンティッカもなかったし、メニューの方向性も全然違っていたでしょうね」
けれど、お店を始めるにあたっては、順風満帆にはいかなかった。物件探しは難航し、一度あきらめかけて3年もかかってしまった。物件が決まりかけてから、ラムさんと一緒に働くことになったが、何度もケンカをした。ラムさんの作るカレーと山登さんの考えるカレーに差があり、それを埋めていく作業が大変だった。
「彼は20年以上インドカレーを作ってきた経験があるから自分のカレーに自信があるのは当然で、それなのに日本人の僕にもっとこうしてくれと言われたら、もともとプライドの高いインド人だけに余計に嫌だっただろうなって思うし、その気持ちもよくわかる。でもこっちも譲れないので、よくケンカしてました。僕もインド人の扱いにはまだ慣れていなくて自分の気持ちも抑えれられなかったので、思ったことをストレートに言って余計にぶつかってました。最近はちょっとずつですけど、うまくできるようになった気がしますね(笑)」
本格的ながら日本人の口に抜群に合うインドカレーは、インド人シェフが作っているけれど、その味やメニュー構成などは、やはり山登さんのバランス感覚によるものが大きいように思う。
「当たり前かもしれませんが、自分がおいしいと思えるものを出したかった。でも、だんだんと自分の好みを追求するだけが全てじゃないってことも踏まえて判断するようになってきました。おいしさの基準ですか? インドで食べた味というよりは、自分の中にあるような気がします。インドでは、すごくおいしいものもあれば、そうでもないものもあって、全体をならしてみると、日本のインド料理のほうがおいしいんじゃないかと思うほどで。だから自分が食べておいしいと思うかどうかを大切にしていますね」
インドのすべてがおもしろい
今も1年に一度、必ずインドへ行く。それはおいしいものを食べることやリフレッシュも兼ねる旅だが、一番の理由は「フラットになるため」だ。
「インドに行くのは、おいしい食に出会うこともそうですが、インドの街並み、空気感を体感しに行くため。もう一度、気持ちをフラットにする感覚というか、自分自身のバランスを取り戻すために行っている気がします」
今も、インド人の調理しているところを見るのはとてもおもしろいという。スパイスの使い方も、調理の仕方も人によって違うからだ。インドのレストランでも、カレーを作っている様子をのぞかせてもらう。その時に感じたワクワク感は、今も自分の店にいながら感じることがある。
「インド人シェフたちはスパイスの使い方がダイナミックなんです。仕上がりはワイルドというか“荒い”感じで、いい意味での豪快さから生まれるおいしさってあるんですよね。盛りつけも、僕が最終的にきれいにまとめたりするんですけど、たまにその荒いままが、すごくおいしそうに見えることがある。その時はそのまま何も手を加えずに出します。お皿からはみ出たナンのそり方がいいとかね。少しでも早くそのままお客さんのところへ持っていこうって思うんですよ」
今回撮影してくれた写真家の志鎌康平さんもインドに行ったことがあるため、その“荒さ”をわかってくれた。
「『これは、きれいすぎるからダメだ。インドらしくない』と言って何度も撮影してくれた。その感じがうれしかったですね。僕の感じるインドらしさに共感してもらえたんだなって」
山登さんがレシピを考えて、インド人シェフが作る。思うような料理を作ってもらうためにも、インド人シェフとの密なコミュニケーションは欠かせない。いま働いているのはタンドール職人のプランさんとカレー担当のディパックさんの2人。日本語とヒンディー語と英語の3カ国語を組み合わせてコミュニケーションを取っている。
「分野にもよりますが、調理の技術とスパイスの知識はやっぱり彼らのほうがすごいので、教えると自分よりもうまく作ってくれます。そこから彼らなりのアレンジを効かせて、出してくれたものがよかったりするとすごくうれしいですね。いま出している『アスラムバターチキン』は、2年くらい前にインドで食べてものすごくおいしかったもので、今年の2月にインドへ行った時、ディパックさんをそのお店に連れて行って実際に食べてもらったんです。そうすることで教えられて作るよりも、『これは自分の知っている料理だ』と納得して作ることで全然違ってくるんじゃないかなと思って」
そうやって山登さんが考える“おいしい”を実際に体感してもらったり、一緒に時間を過ごすことで理解を深めていくには時間もかかるし、大変なことも多い。でも、「インド人と一緒に働くのっておもしろいんですよ」と山登さんは笑う。インド愛が垣間見えた瞬間だった。
カレーブームのその先へ
「物件を見つけた当初は、2階だし、階段も急だし、中も狭いし、正直厳しそうだなという思いもあったんです。でも、そんなに繁盛しなくても細々とやりながら、年に1回インドに行けたらいいなって、そんな感じで始めることにしました。でも、お店をオープンしてしばらくしたら、階段には開店を待つ行列ができていて、びっくりしましたね。これってオープン景気っていうんだろうななんて思っていたんですけど、本当にありがたいことに、いまも続いています」
カレー好きな人たちのクチコミで人気になり、その勢いはとどまることを知らない。はじめは不利に思えたあの階段も、並ぶのにちょうどいいスペースになっている。しかし、昨今のカレーブームはうれしい反面、複雑な思いも抱えている。
「自分がインドカレー屋をやりたいなって思ったのは、インドカレーが好きだったのはもちろんですが、まわりにそういうことをやってる人がいなかったから、というのもあります。当時はインドに行ってる人も少なかったですしね。いまのような盛り上がりが当時もあったなら、カレー屋をやりたいとは思わなかったかもしれない」
世田谷ミッドタウンがカレー激戦区になっても、それぞれのお店が互いに意識しつつ、無意識のうちに切磋琢磨している「そんないい関係性が生まれているんじゃないか」と山登さんは言う。そして、自身は次なる方向へと気持ちが動きつつあるという。
「5年間お店をやってきました。でも本当は飽き性で、長く続いたことがなくて。いろんなことを数年単位でやってきたけど、インドが本当に好きだから長く続いたし、いまもおもしろくやっているんですけど、ちょっと何か新しいことをやってみたいなっていう気持ちが生まれそうな気がしています」
「インドに似た国って世界中どこを探してもないんですよ」と山登さんが言うように、カレーも店によって同じものがないからこそおもしろい。その独自性こそ、インドカレーの魅力であり、追求しがいのある世界なのだろう。山登さんの次なる展開も気になるけれど、「シバカリーワラ」はこれからもあり続けてほしい。インドに行かずとも、三軒茶屋でこんなにもおいしいインドカレーが食べられることを心の底からうれしく思う。
シバカリーワラ
住所:東京都世田谷区太子堂4-28-6
営業時間:11:30~15:00(14:30 LO)、18:00~22:00(21:30 LO)
定休日:月曜(インド長期休暇あり)
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(2017/09/21)