プレ ド ショウイン

大杉豪さん

最寄り駅
松陰神社前

ねじり鉢巻きにジャージ姿、そして関西弁。フレンチのシェフらしからぬ風貌をした大杉豪さんは「前働いてた店の厨房が暑くて汗がすごかったから、お客さんに勧められてねじり鉢巻きにしたらやめられなくなったんですよ」と、屈託のない笑顔で話してくれた。フレンチのイメージに、一石を投じるスタンス。しかし、そもそもなぜ、彼はフレンチを選んだのか。そして、松陰神社前にお店を開いた理由とは? 1周年を迎えた今、改めて聞いてみた。

文章:仲野聡子 写真:池田宏 構成:加藤将太

自分なりの“フランス感”を体現したい

商店街から一本路地を入ったところに、ひっそりと佇むフレンチレストラン。そう聞くと「著名人がお忍びで…」「隠れ家的な…」という枕詞がつきそうだが、そんな敷居の高さをいい意味で微塵も感じさせないのが「プレ ド ショウイン」だ。

ウェルカムな空気に誘われてドアを開けると、カウンターに立つのはねじり鉢巻きでジャージを着た関西弁の店主。わかりやすいフレンチのイメージとは違う様子に戸惑うものの、目線を下げるとショーケースの中にはフランス・リヨン地方の郷土料理がずらりと並んでいる。

「ぶっちゃけ、リヨン料理に限定したのは20代半ばなんです。それまでは、バスク地方の料理を扱う師匠のお店で世話になっていました。今でも僕の根っこはそこにあると思ってるんですけど、当時ぼんやりと将来のことを考えた時に…『フランス料理店です』っていうだけじゃアカンな、と。かといって僕はバスク地方に縁もゆかりもないから、そのまま続けるのもリアリティがない。で、僕にはなにがあったっけ? と考えた時に、リヨンを思い出したんですね」

大杉さんは高校卒業後、調理師専門学校のフランス校に入学。特に料理に興味があったわけではないが、受験勉強もしたくなく「作文だけで入れる」という理由で選んだ学校がたまたまリヨンの近くにあったのだという。在学中も興味は料理以外に向かい、特に食べ歩きをするわけでもなく卒業を迎えた。

「そんな感じだから、フランスっぽい記憶が一切ない。だから、どんなところだったか思い出すためにもう一回行ってみたんです。そうしたら、リヨンという街でもシャルキュトリーが盛んやったことが初めてわかった」

シャルキュトリーとは食肉加工品のことで、ハムやソーセージはもちろん、パテやテリーヌなどもそれに当てはまる。当時のお師匠さんは特に豚肉の加工を中心に行っており、大杉さんはそれに興味を持って修行していた。

「土地によって個性は違うが、フランスにはシャルキュトリーという共通項がある。だから、これなら僕にもできるかもしれないと思ったんですね。加えて、昔から伝わる郷土料理にも興味があったので、リヨン料理に特化したらいいんじゃないか、と」

日本では“解禁”という言葉を添えて大事に扱われるボジョレーワインも、地元ではみんなでワイワイ楽しむためにガブガブと飲む。その和やかな光景にも感銘を受け、自分なりの“フランス感”をお店で体現したいと思ったという。

フレンチとこの街は関係がないかもしれない

そもそもなぜ、松陰神社前だったのか。お店を出す際にはまずその商売が流行りそうな街を選び、次に物件を探す…というのが鉄則だが、大杉さん曰く「リヨンの郷土料理に特化した楽しいお店をやるわけだから、どこでもよかった」。むしろ「知らない街に飛び込んでいくよりも、知っている場所でやりたい」という気持ちの方が大きかったという。そこで候補に上がったのが、13〜4年住み続けた松陰神社前だった。

「僕は滋賀出身で、就職のタイミングで上京しました。松陰神社前に住み始めたきっかけは、カミさんが猫を飼っていたから。ペット可の物件を探していたらここにたどり着いた、というだけで、本当にたまたまなんです」

「この街のことは好き」と話す大杉さん。しかし「この街とフレンチは、一切交わっていない」とも。

「むしろこの街のことは、いち住民として見ている方が強いかな。子どもが小学校に行くようになってからは『こいつが高校生になる頃、この街はどうなってるかな』とか『20歳過ぎたらどこで酒飲むんだろう?』とか考えるようになった。そこまできて初めて、店をやっている自分に返ってくるんですよね。長いこと、このエリアで酒が飲める場所を続けていれば、若い世代もやがて店に顔を見せてくれるようになる。この街で店を続ける意義は、そういうところにあるのかもしれないです」

自身のことを「基本、いろんな人と仲良くなりたい人」と表現する大杉さん。10年以上住み続けていることもあり、周辺の住民やお店とも良い関係を築いている。決して大きな街ではないからこそ、お酒を飲むだけで出会いもある。特に同業者とは、お互いのお店を行き来する間柄だ。

「急に夜中、来たりしてね。営業時間とか、関係なく顔を出す。オープン前なのに店に来て、時間つぶして帰っていく人もいますよ。『何か飲む?』ってこっちが聞いても『いらない』って言って、好き勝手しゃべって帰っていく。なんやこれ、みたいな(笑)」

今、お店のお客さんの9割以上を占めている地元の方々も、かなりフランクだ。でも時々「昔、リヨンにいたんですよ」と言う方も訪れるのだとか。「そういうところも面白いんですよね」と、大杉さんは嬉しそうに語った。

古いものを残す意識って、結構大事だなって

先日、オープンから1周年を迎えた「プレ ド ショウイン」。この1年間で街の人々からの認知度も上がり、お店も徐々に軌道に乗ってきた。しかし大杉さんの性格上、1周年記念のサービス企画を行うのも気乗りせず、それでも「何かやらなアカンっぽいぞ…」ということで考えた結果、食材の仕入れでもお世話になっているご近所の八百屋・八百幸さんとコラボすることに。ビールと豚肉料理とぬか漬けが八百幸の店先で楽しめる、という、お酒好きには垂涎もののイベントが実現したのである。

「これには経緯があって、この1周年イベントのさらに2ヶ月くらい前にも『八百幸の前で酒が飲める!』っていうイベントを一発やってるんですよね。おっちゃんが作ってるぬか漬け出して、僕がビールサーバー借りてきて。八百屋の前で酒が飲めたら、まあまあ面白いんじゃないの? っていうノリだったんですけど、たぶんそういうのみんな好きだと思うし、八百幸でぬか漬け売ってること知らん人も結構いるから、ちょうどいいと思って。軒先でとうもろこし焼く機械を使って豚肉を焼いてたら、歩いている人も『わ〜』って寄ってきて、日当たりもよくて…。そういう、いろんな環境が整っていたというわけです」

特に大きく宣伝するわけでもなく、たまたま通った人しか気づかないようなレベルで始めたものの、意外とみんな喜んでくれた。その手応えから、八百幸さんとも「こういうのは続けていけたらいいよね」という話になり「プレ ド ショウイン」が1周年の時に「いい機会だから2回目をやろう」という話になったのだそうだ。

「第1回目のイベント開催は、ノリって言いましたけど…実はちょうど商店街で親しまれていた『鶴の湯』がなくなったり、古い建物が消えていったりと、この街、どうなってしまうんだろう? と、商店街がざわめいた時のことだったんですよね。八百幸のおっちゃんも『ウチで買い物する人も、年々減ってきてるんだ。こんな八百屋、すぐ終わっちまうよ』と弱気な発言をするんです。僕は、古いものをちゃんと残すという意識は大事だと常日頃から思ってるんですけど、その時は特に強烈にそう思いました」

そして八百幸さんがぽつりと口にした「商店街なんて、イベントでもやらないと人なんて来ないよ」という言葉がきっかけとなり「じゃあ、やったらいいじゃないか」という話につながっていく。こうして1回目も2回目も、イベントは大盛況。「プレ ド ショウイン」も、いい形で1周年をお祝いすることができたのだ。

僕がフランスで見た光景がこの店にはある

古いものを残したい、という意識。それは、お店のコンセプトとも大きくつながってくる。

「僕はいわゆる、日本人が持つフレンチの高級でスカしたイメージが大嫌いなんです。フレンチって言うと、女の子から『わー、すごい!』みたいなリアクションが返ってきやすいんですけど、フレンチって本来そういうもんじゃない。僕が衝撃を受けたフランスはおしゃれでもなんでもないのに、日本に持って帰ってくると急に非日常になっちゃうところに違和感を感じるんですよね。フランスで修行して帰ってくるシェフもたくさんいて、彼らも現地で生のフランスを見ているはずなのに、いざお店をやると大衆とはかけ離れたものになる。少なくとも僕は、そういうお店はやりたくなくて」

大杉さんが提供するリヨンの郷土料理のような食文化は、発展させるものではなく残していくもの。だからこそ彼は、フランスのリアルをありのままに表現するお店がもっと増えてほしいと思っている。

「僕みたいな人間が『なんだこの敷居の高いフレンチは!』とか口やかましく言っておくと、それに感化される同業の子たちも少なからずいるんじゃないかな。もしかしたら僕が騒いだところで誰も聞かないかもしれないけど、そこに一石を投じたいという思いもあって。昔ながらのいいものを受け継ぎたいという僕の感覚と、松陰神社通り商店街の感覚はちょっと似ているかもしれませんね」

とはいえ大杉さんが恵比寿に勤めていた時は、朝早く出勤して夜遅く松陰神社前に帰る毎日。だから「実はこの店をやるまで、この街のことはよく知らなかった」という。

「店なんてどこでもいいと思ってたから、リサーチなんかしなかったんですよ。どんな人が住んでるかとか、どんなお客さんがいるかとか。今になってわかるけど、ちょっと下町っぽいっていうか、昔から住んでる人もいれば、最近引っ越してきた人も、年取ってる人も若い人もいる。恵比寿にあるフレンチレストランっていうと、大体のお客さんがある程度の共通項で縛れるんですけど、松陰神社前は縛れないんですよね。この店を始めてびっくりしたのが、おっちゃんおばちゃんがドカドカっとやってきて『リヨン? なにそれ?』って聞いてくる。やばい、めっちゃおもろい、と思って。そういうところにすごく、フランスっぽさを感じるんです」

たまたま近所に住んでいる人が「新しい店ができたな」と、ふらっと立ち寄って食事をし、お酒を飲む。そして他愛のない会話をし、眠たくなったら帰る。そういう人たちにとってはフランスと自分は関係ないし、シャルキュトリーだのボジョレーだの、おいしければどうだっていいことだ。大杉さんも、あえて回りくどく料理の説明もしないし、リヨンについて語ったりもしない。そんな大衆酒場を、ひたすら「ああ、フランスっぽいな」と目を細めて眺めている。

大杉さんがフランスで受けた衝撃を、他の誰かも「プレ ド ショウイン」で体験するのかもしれない。この街だからこそ実現できた、このお店。重なり続けた偶然は、やがて必然と呼べるものに姿を変えていた。

プレ ド ショウイン

住所:東京都世田谷区若林4-20-10 テラコート1F奥
TEL:03-5787-8507

営業時間:カフェ 14:00〜17:00、ディナー 18:00〜24:00(L.O. 22:30)

定休日:日曜

プレ ド ショウイン ウェブサイト

http://presdeshoin.com

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