タケノとおはぎ
小川寛貴さん
桜新町駅から駅前通りを直進すること約5分。商店街のはずれに、コンクリート打ちっぱなしのシンプルでコンパクトな空間が突如現れる。中には、杉の木箱がずらり。その箱の中には、なんと色とりどりのおはぎが。フォトジェニックで、思わずカメラを向けたくなる、そんな今までにないおはぎとして、昨年1月のオープンにもかかわらず一躍人気となった「タケノとおはぎ」。“和”の新しいスタイルに挑戦する若き店主・小川寛貴さんに話を聞いた。
文章:薮下佳代 写真:山本康平 構成:せたがやンソン編集部
ベースはデリにあり。組み合わせの妙を楽しむ
この日は定番のつぶあん、こしあんに加えて、ナッツ、藻塩と八重桜、麻の実ときな粉、リンゴンショコラ、バナナと麦焦がし、といったユニークな組み合わせのおはぎが並んでいた。おはぎは日替わりで全7種が揃う。いろいろな味を楽しんでもらいたいからと、少々小振りなサイズなのも食べやすい。わっぱの包みにはカラフルなマスキングテープが映え、そのかわいいパッケージも人気の秘密だ。取材中にも飛ぶように売れ、15時頃には完売。SNS映えするビジュアルはもちろん、斬新な味わいで多くの人を惹きつけている。
そんな話題のおはぎ店の仕掛人である店主の小川寛貴さんは、実は隣にあるデリカテッセン「エプロンズ・フード・マーケット」を営むシェフ。スペインバルを経て独立し、洋風デリとワインの店を2010年にオープンした。洋と和。デリとおはぎ。まったく違うジャンルのようだが、小川さんにとってはそうではないらしい。
「根本は一緒だと思っていて。定番のこしあんとつぶあんは大納言小豆を使っているんですが、変わり種の5種は白こしあんを使っています。白こしあんは白いんげん豆で作るんですが、白いんげん豆はヨーロッパのお惣菜によく使われる食材で、ペーストにしたりサラダにしたり、煮込みに入っているもの。だから、ドライフルーツやハーブ、スパイスとすごく合うんですよ。デリのお店をやっていなかったらそのアイデアもなかっただろうし、このお店をやっていた結果、おはぎ屋ができたんだと思っています」
おはぎというと、本来ならばあんこともち米だけで、見た目はとってもシンプルなもの。そこにどう色づけして変化を与えるか、シンプルなだけに小川さんも考えた。そこにも、デリのアイデアが生きてくる。
「考え方はお惣菜と一緒でした。ニューヨークのデリのお店に行くと、大きいバッドに1種類ずつ料理が盛ってあって、チキンの煮込みだったら、トマト・クリーム・バジルと種類があって、全部単色なんですよ。サラダもカボチャ、ブロッコリー、きのことか、それも全部単色で。でも、それらをひとつのお皿に盛った時にきれいな彩りになる。だから、おはぎも1個ではなくて、7種全部をわっぱに入れて、それで完成だと思っていて。全部揃った時にきれいに見えるようおはぎも単色で作っています」
ふたを開けた時に「わぁ~」と思わず歓声があがるのも、おはぎらしからぬ、あのカラフルな色合いがあってこそ。味の組み合わせだけでなく、見た目にもデリで培った発想がベースにあったとは驚きだった。
タケノおばあちゃんが作る思い出の味を伝授
ワインとデリのお店を始めて7年経ち、今ではホームパーティのオードブルや日々のおかずとして人気を集め、桜新町になくてはならないお店として定着してきた。そんな時、たまたま隣の物件が空いた。元はブティックだったため、厨房は作れず販売だけならOKという条件だった。ワインショップをやろうかと考えていた小川さんだが、心境の変化が訪れた。
「7年やってきて、今度は何か日本的なものを発信したいなと思い始めたんです。何か新しいことを始める時って、自分の経験の中からいろいろと思い返すんですけど、自分に何ができるかなと考えた時、おばあちゃんが作る“おはぎ”が思い浮かんだんです」
小さい頃からおばあちゃんのおはぎがとても好きだった。あんこそのものは、あまり好きではなかったが、おばあちゃんの作るおはぎだけは別。お彼岸の時だけでなく、定期的におやつとして作ってくれた、小川さんにとってはなじみ深いおやつだった。おはぎといえば、昔は各家庭で作られ、お彼岸には手作りのおはぎをお供えしたものだ。子供の頃の記憶にかすかにあっても、現代ではなかなか自宅で作ることは少なくなってしまった家庭も多いのではないだろうか。
「祖母には子どもが4人いて、孫は12人いるんですが、母親も含めて子どもたちはおはぎを一度も習ったことがなかったんです。家族みんなが食べるからものすごい量だったんですが、おばあちゃんがずっと1人で作っていた。けれど、おばあちゃんの体調が悪くなってしまってもう作れなくなるかもしれない、ということになった時、これから誰がおはぎを作るのかという話になって。それで料理をやっていた僕が受け継ぐことにしたんです。おはぎって和菓子の一種ですが、それをもうちょっと超えたソウルフード的な、誰にとっても思い出深いものだと思うんですよね」
おばあちゃんが当たり前に作ってきたおはぎがこんなにも受け入れられるなんて、小川さん自身、思いもしなかった。
「特別なものでもなんでもなくて、誰もが食べたことのある家庭の味だと思います。おはぎってその家庭の味があると思うので、どこのおはぎよりもおいしいというものじゃなく、『うちのおはぎはこうですよ』と提供をしているだけで。うちのおはぎはものすごく甘さ控えめ。だから何個でも食べられる。でもおばあちゃんの作るおはぎは、お店で出しているものより、もっとでっかいんですけどね(笑)」
新しい“和”のスタイルを、おはぎで発信していく
実はおはぎには、これからを見据えた小川さんなりの新しい提案が込められている。
「もうすぐ東京オリンピックが開催されて、きっと海外のお客さんも増えるだろうし、それで何か日本的なもの、和のものを今から始めようって思ったんですよね。パンケーキとかハンバーガーとか、海外で流行っているものをどんどん日本に上陸させて流行らせるのは、もういいんじゃないかと思っていて。東京オリンピックが終わったら、今度は反対に日本のものを海外に出していくことになるんじゃないかと。日本らしさが評価されて、日本を発信していくことになった時、何ができるのかを僕なりに考えました」
甘いものといえば、女性のお客さんが多いように思うが、サラリーマンや男性もよく来るという。小川さんによれば、男女半々ぐらいの割合だそうだ。男性客が多いのも、もしかしたら、このスタイリッシュな内装にあるのかもしれない。
「内装は世田谷通り沿いにある『わたほろ製パン店』と同じ照明デザイナーの方にお願いしました。わたほろ製パン店さんって看板がなくて、とてもシンプルな内装なんです。そこはパンだけでなくお店の造りも好きだったので、店主と仲良くなってから、その方を紹介してもらって。売るものはおはぎだけなので、おはぎが目立つように考えました。ギャラリーに飾られた絵みたいに、それが主役になるような空間にしたかった。無駄なものを排除してシンプルにしてもらいました」
主役のための潔くシンプルな空間。杉の木箱に入れておはぎを売るのは、おいしさをキープするため。通気性のいい木箱がちょうどいいのだという。また、ガラスのショーケースではなく、木箱に入れることで、“あえて見せない”ことを選んだ。木箱のふたが半開きになると売り切れの合図。おはぎを取り出す際も、ふたを立てかける、その佇まいも美しい。所作の一つひとつがなんとも日本的なのだ。また、BGMのない静かな空間へと足を踏み入れると、神社に入った時の背筋が伸びるような気がするのも不思議だ。
「BGMは最後の最後までイメージが決まらず、“なし”でいこうという苦肉の策だったんです。それがむしろいいのかもしれないですね。働いてるほうもピシッと背筋が伸びる感じがします。お客さんにもそれが伝わるのかもしれません」
美しい所作は、無音から作られている。こうしたディスプレイや音楽ひとつ取っても、和の雰囲気を出せるものなのだということがわかる。空間を美しく保つためにそうした細部にまで徹底した美意識を貫いている。また、和菓子は繊細で、すぐに固くなってしまうため、その日に作った分を売り切る。パンでもケーキでも、大体のものは翌日も食べられるけれど、和菓子ならではの期限付きのおいしさに、“一番おいしい状態で食べる”という当たり前のことに気づかされる。
5種の変わり種は、日替わりで変えられるように、Instagramで今日のメニューをアップしている。市場でおいしそうな食材を見てその日に決まることも多いのだという。今まで作ってきた変わり種の組み合わせは約50種類(!)。アイデア次第で、いくらでも出来上がるのがおもしろい。ひとくち食べて、中に何が入っているのか想像する楽しさ。そんな組み合わせの妙を味わえるのも「タケノとおはぎ」の魅力でもあるのだ。
桜新町だからこそ、オープンできた
小川さんは武蔵小杉出身で、桜新町にはもともと縁もゆかりもなかった。たまプラーザで働いていたこともあり、田園都市線沿いは良い町だという印象はあったそうだが、桜新町の物件を見に駅を降りた瞬間、それが確信に変わった。
「春に来たんですけど、すごく気持ち良くて。駅からすぐのところに『ラ・ボエム』があって、オープンテラスでとても気持ち良さそうだったのを覚えています。それで今のデリの物件を見て即決して、その時から桜新町との縁が始まりました。住んでいる人の印象も、ものに対する価値をちゃんとわかったうえで求めている人が多い気がしています。だからこそ、ちゃんといいものをつくれば理解してくれる人が多いなって。住むには最高だと思います。サザエさん通りは平日でもBGMにずっとサザエさんのテーマが流れていて、落ち着くんです。日本人なんだなぁって思いますね」
サザエさん通りに植えてある桜は、すべて八重桜。だから「タケノとおはぎ」で出すおはぎには、八重桜の塩漬けを使う。春だけの限定メニューではなく、季節関係なく“桜新町”ならではの名物にしたいと考えている。
サザエさんの街へ、おはぎを買いに行く。それだけ聞けば、なんだか昭和のノスタルジーを彷彿とさせるけれど、古き良き国民的漫画と新しい解釈の国民的おやつが揃う街として、桜新町が独自の日本文化の発信地になる日も近いかもしれない。
タケノとおはぎ
住所:東京都世田谷区桜新町1-21-11
※2022年に移転
〈移転先〉
住所:東京都世田谷区用賀3-5-6
営業時間:12:00〜20:00
Instagram:@takeno_to_ohagi/
(2017/10/24)