丸シフルーツ パーラーシシド

宍戸三郎さん

最寄り駅
下高井戸

下高井戸駅から徒歩0分。北口の階段を降りてすぐの場所に「丸シフルーツ パーラーシシド」はある。ここは、“マルシ”の愛称で長年親しまれてきた青果店が、2017年の春にリニューアルしたフルーツサンドとパフェがメインの店。大正7年(1918)に創業し、今年100周年を迎える老舗が節目を目前に行った大きな舵取りは、この界隈でちょっとしたニュースとなった。リニューアルから1年が経った店を訪ね、仕掛け人である社長の宍戸三郎さんに話を聞いた。

文章:木下美和 写真:山川哲矢 構成:加藤将太

運送業から青果店になるまで

大きな窓から気持ちのいい日差しが差し込む、吹き抜け2階建ての店内。ドアを開けた瞬間にふわりと漂ってくる果物のいい香りに鼻をくすぐられていると、「ようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞ2階へ」と、ネクタイ姿の社長・宍戸三郎さんが自ら案内してくれた。

「丸シフルーツ パーラーシシド」(以下、マルシ、または、パーラーシシド)のルーツは、大正7年(1918)、三郎さんの祖父・百三さんが現在の幡ヶ谷付近で始めた八百屋にさかのぼる。当時は食料不足の上、組合による専売制度が強く、八百屋を始めたとはいえ野菜を思うように仕入れたり売ったりすることができず、商売は次第に立ち行かなくなっていったそう。

借金取りに追われながら西へ西へと下り、祖父・百三さんが辿り着いたのが今の店がある下高井戸の駅前通り。ここで昭和10年(1935)に野菜を大八車で運ぶ運送業を始め、その後、駅のすぐ隣という立地から、キオスクのような売店をやったり、まだ電気冷蔵庫が普及する前の氷式冷蔵庫に使う氷屋をやったりと、さまざまな事業をしながら生計を立てていた。青果店を始めたのは父・鉄男さんの代からだ。

「父は小学校を卒業してすぐに祖父が始めた運送業を手伝っていたのですが、昭和18年に戦争に駆り出されました。終戦後、生きて帰ってきた時に『一度死んだ身だから、この街のためになる仕事を精一杯しよう』と、所帯を持ち、運送業を拡大していきました。そして、昭和42年に祖父の原点だった八百屋に再度挑戦するため、まずは規制のなかった果物の販売から始めました。その後、昭和50年頃からようやく野菜を販売できるようになっていって、それから向かいの土地にショッピングセンターをつくって……」

と、創業100年もの歴史を誇るマルシのストーリーを語るには、ここでは到底足りないことをお察しいただきたい。

男三人兄弟の末っ子として生まれた三郎さんが家業を継いだのは、大学卒業後すぐ。半ば強制的に家業を継ぐことになった二人の兄たちとは違い、父・鉄男さんからは「好きなことをしていい」と言われていたそうだが、「スポーツ記者になれなかったらほかにやりたいことはない」と、兄たちと共に家業を支えていくことを決意したのだった。

次の100年も地域の人に喜ばれる店に

下高井戸の地で商売を始めて80余年、青果店となってからも70年以上。長年親しまれてきた老舗のマルシが、去る2017年4月、建物も店名も新たにフルーツパーラーへと業態転換。野菜は売らず、販売は果物のみ。メインはフルーツサンドとパフェというスタイルに一新した。その大きな決断を下した経緯を、三郎さんはこう語る。

「一旦、第一線を退いていた父が復帰してまた店に出るようになった1980年代の終わり、その頃がうちの店の最盛期でした。1日に2000人ものお客さまがいらっしゃって、レジ4台がフル稼動するほどの忙しさ。それが時代の移り変わりと共に大量仕入れ・大量販売の低価格スーパーが台頭するようになって、うちの店をはじめ、商店街の個人経営の店は以前のように商品が売れなくなりました。よっぽどこだわっていたり、別のチャネルを持っていたりしなければ、どんなにいいものを仕入れても価格では到底大手の流通に太刀打ちできないですから」

「それに、5年後の平成34年度には京王線の下高井戸駅が高架化するので、街の様子や人の流れも変わるはず。祖父の代に始まり、父がここまで築き上げてきた店を、次の100年も地域の皆さんに喜ばれる形で残していきたい。そのためには、これまでのようにただ物を右から左へ売るだけではダメ。果物のおいしさを別の形で伝えられる術を考えた時、商店街の活気の源であるあらゆる世代の女性に喜んでもらえるものにしようと、フルーツパーラーとしてやっていくことに決めました」

やりがいのある商売とは人に喜ばれること。喜ばれることが自分の励みになり、それが商売の成功に繋がる——。享年95歳で亡くなった父・鉄男さんの教えを体現し、新たな1歩を踏み出した三郎さん。しかし、リニューアルした直後は「なんで野菜を売らないのか」「今までと違いすぎて入りづらい」「前の方がよかった」など、得意客からの厳しい声も多かったそう。改装から1年が経ち、ようやく昔からのお客さんが1人、2人とフルーツサンドを食べに来てくれるようになってきたのだとか。

「やっぱり馴染みのお客さまから、『初めて食べたけどおいしかったよ』と言ってもらえるとうれしいですね。フルーツパーラーとして浸透するには、まだあと2,3年はかかるでしょうね。でも歩みを進めた方向は間違ってないと思っています。旬の果物のおいしい時期を逃さず、本来のおいしさを味わってほしい。青果店からパーラーになってもお伝えしている想いは同じなので」

京都の喫茶文化をヒントに

午前11時半過ぎ。お昼前の小腹が空く時間が近づいてくると、店内のイートイン席にお客さんが増えてきた。そのほとんどが注文していたのが、一番の人気メニュー、フルーツサンドだ。

薄いパンにほんのり甘いクリーム、その中にフレッシュな果物がぎゅぎゅっと挟まれ、見るからに食欲をそそる一品。通年メニューのほかにも、これからの時期はイチジクサンドやピーチサンド、静岡マスクメロンサンドなど、旬のフルーツを使った期間限定のサンドウイッチも楽しめる。一見ボリューミーに見えるが、食べ始めるとみずみずしい果物の水分でするすると食べられる。お年寄りでも一皿ペロリと平らげてしまうのだとか。

「フルーツサンドに出会ったのは京都。10年以上前から高校時代の友人たちと年2回のペースで京都旅行に行くのが恒例になっていて、その時にいろんな喫茶店で見かけるようになり、果物屋だから気になって食べていました。その頃はまだパーラーを始めることは考えていなかったので、おいしさに惹かれてのことでしたね」

「京都は喫茶文化が日常生活の中に根付いていて、皆それぞれお気に入りの喫茶店で朝食を食べたりコーヒーを飲んだりして過ごす様子もいいなあと思っていて。例えば、私の好きな老舗の『イノダコーヒー 三条本店』なんかは、朝、常連のお客さんが来る時間になると、その人がいつも座る席にあらかじめ新聞や決まった量のお水を置いておくんです。店の雰囲気はもちろん、そういうお店とお客さんの距離感が素晴らしくて」

「業態は違えども、私も商品を仕入れる時、『毎週火曜はあのお客さまが来るから、今これを仕入れておいたらちょうどいらっしゃった時に食べ頃になるな』『この果物はあの方がきっと好きだろうな』と、お客さまの顔を思い浮かべることが多いので、相通じるものを感じました。だから、新たにパーラーになってもお客さまとのコミュニケーションが取れる場でありたいし、さらに今まで以上に広げられるんじゃないかと思ったんです」

リニューアル前にはお店のスタッフとともに京都に行き、何軒かの喫茶店のフルーツサンドを食べ歩き、おいしさのバランスを研究。その後、東京に戻ってからも、果物、パン、クリームのバランスを何度も試作し、今の味に辿り着いた。三郎さんが一番こだわったのは、果物を食べているような食感と味わい。果物本来のおいしさをパンとクリームがそっと支え、邪魔をしないように、特にパンは何度も選び直し、時間が経ってもパサつかず、しっとりと柔らかなパンを選び抜いた。

「果物は野菜と違って新鮮だからおいしいって訳じゃないんですよ。バナナは多少ホシ(熟した時に出る黒い点)が出ていたり、酸味の強い柑橘類なんかは多少皮がしなびたくらいが食べ頃だったりもする。今が熟していて一番おいしい! というのは、我々プロなら目が利くけど、お客さんが自分でスーパーで選ぶにはなかなか判断しづらいんです。一番おいしい時期に食べてないから、『硬いし酸っぱいしおいしくない』といった悪い印象のまま、果物をあまり食べなくなる人もいます。そういう意味でも、フルーツサンドやパフェであれば、果物が一番おいしく熟した状態の時に食べていただけるので、そうやって果物のおいしさにあらためて気づいてもらえたらうれしいですね」

老舗とニューウェーブが対流する、風通しのいい商店街に

駅を中心に約250店舗が軒を連ねる下高井戸商店街。ほかの街と同様に、昔ながらの店が商売をやめてチェーン店に変わったところもあるが、それでも個人商店がまだまだ多く、双方が共存しているように見える。商店街の黎明期から見つめ続けてきたマルシの現代表として、三郎さんは今この街をどのように見ているのだろうか。

「やっぱり最盛期に比べれば、街全体のお客さんの数が減り、祖父や父の時代からやっていた生鮮品の専門店や乾物店などの老舗の数も減ってしまいました。それでも、新たにこの街で商売を始める若い人が入ってきたり、我々の子どもたちの世代にあたる2代目、3代目の人たちが積極的に商店街を盛り上げようと、町内会や街づくりに関わってくれたりと、活気は失っていません。皆、地元愛が強いんです。頼もしいですよね」

「たまに、道で大学生とすれ違いざまに、『この街、なんかいいよね』『次はこの街に住みたいな』なんて声を聞くこともあって、それはとてもうれしいですね。うちのような昔からある店から新しい店まで、世代の垣根を越えてこの街がより良く、住みやすい環境になるように尽力できればと思っています」

インタビュー中、店には度々「宍戸さん、この間はどうも〜」と、三郎さんを訪ねて得意客や仕事の関係者が訪ねてきた。祖父、父、兄たちの想いを引き継ぎ、地域の人たちの“繋ぎ役”としての活動にも使命感を持っている三郎さん。“野菜と果物のマルシ”が、“フルーツサンドとパフェのマルシ”と呼ばれ、街に定着する日もそう遠くはなさそうだ。

ちなみに、フルーツサンドは持ち帰り可能。贈答用パックもあるので、ちょっと自慢できる世田谷みやげとして覚えておくと重宝すること請け合い。老舗青果店が作った新しい一品、下高井戸を訪れた際はぜひ味わってみてほしい。(パフェも絶品!)

丸シフルーツ パーラーシシド
住所:東京都世田谷区松原3-29-18
営業時間:10:00〜19:00(果物店)/11:00〜17:00(パーラー)
定休日:火曜、水曜(果物店)/月曜~水曜(パーラー)

ホームページ:peraichi.com/landing_pages/view/parlorshishido

Instagram:@parlor_shishido

 
(2018/05/15)

トップへもどる
Fudousan Plugin Ver.1.6.3