十香 立呑和バル

伊集院史武さん・公美さん

最寄り駅
駒沢大学

その日の気分や好みにあわせて選べる豊富な日本酒を中心に、酒好きのツボを押さえたラインナップのつまみが揃う「十香 立呑和バル」。リーズナブルな価格設定とふらりと立ち寄れる気軽さで、2017年8月のオープン以降、普段使いできる店として駒沢の街にすっかり馴染んでいる。店主の伊集院史武さん、そして店の広報担当であり、普段は店内の別スペースでグラフィックデザイナーとして活動する妻の公美さんに話を聞いた。

文章:宮尾仁美 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

馴染みのある、大好きな街だから駒沢に決めた

駒沢大学駅前の交差点を世田谷通り方面に歩いて3分ほど。日没後に「とうふ 安達屋」の並びを進むと、家紋を掘った白壁をライトアップした印象的なファサードを目にすることができる。10歳から東が丘で育ったという史武さん、その後公美さんと結婚してからも近隣に居を構えた2人にとって、このエリアで店を開くのは、ごく自然なことだったという。

「土地勘もあったし、馴染みもある。よく2人で通っていた行きつけのお店があったり、私がデザイナーとしてお仕事で関わらせていただいているお店があったり、近隣とのつながりがすでにできていた場所が駒沢でした。だから『十香』がオープンしたときには、すでに日常的に足を運んでくれるお客さんがいて、すごくラッキーな状態だったんです」(公美さん)

「近所にいる知り合いが来てくれて、それを見た通りがかりの方がふらりと入ってくれるようになって……。このへんに住んでいる人、勤めている人など、少しずつ広がっていって、ごく自然な流れで駒沢の街に受け入れてもらったような気がします」(史武さん)

実は、駒沢公園駅エリアは沿線のなかでも飲食店にとっては難しく、ポテンシャルが低いといわれることも多いのだとか。大きな病院と公園、大学があるため駅の規模に対して人口が少なく、昼間の賑わいに反し、夜になると人がいなくなるのが理由なのだそう。

「でも、他の人がなんと言おうと、自分たちが気に入って、ここでやりたいと思ったんだからいいじゃないかと(笑)。経営のことだけを考えたらほかの場所でやるという選択肢もあったのかもしれませんが、やっぱり好きな場所でやりたかったんです」(公美さん)

訪れる客のことを一番に考えた、さまざまなこだわり

店に並ぶのはおよそ40種類の日本酒を中心に、自家製の柑橘サワーやビールなどのアルコール、そして無添加にこだわったおつまみ類。キャッシュオンスタイルだから、気軽に利用することができる。なかでも日本酒は、45ml(1/4合)からオーダーできるのが魅力だ。

「日本酒って、自分の好きな味をピンポイントで選ぶのがけっこう難しいじゃないですか。一合頼んだのにイマイチ好みじゃなくて失敗したと思うときもありますよね。『十人十色』といいますが、お酒も『十酒十香』で香りも味わいもさまざま。だからこそ少量ずついろんなものを試してもらって、自分の好みの味に出合ってもらえるようにこのシステムにしました」(史武さん)

また、3種の特徴的な日本酒をセットにした、入門者でもわかりやすくリーズナブルな「利き酒セット」も用意している。

「日本酒のおいしさをいろんな人に知っていただきたくて、3つのセットをご用意しています。それぞれの産地や味わいの特徴をわかりやすく記載したシートも作って、日本酒の味の違いだけでなく、奥深さや幅広さを楽しんでいただけるように工夫しました」(公美さん)

訪れる客のことを考えた細やかな心配りやこだわりは、おつまみの品揃えにも反映されている。粗塩と梅干し、本わさびをセットにした「塩セット」や、2日かけて戻した「秘伝豆の浸し豆」、七輪で炙る「干しほたるいか」など、酒呑みならばぐっとくること間違いなしのメニューがラインナップ。

「おいしさやお酒との相性がいいことはもちろんですが、できる限り無添加にこだわっています。そして主役であるお酒を引き立てるためにも、あまり凝りすぎることなくシンプルでおいしいものを選ぶようにしています」(史武さん)

「彼は自分で作るのも得意ですが、セレクトショップのバイヤーのように各地のいいものを探すのが上手。目利きなんだと思います。おいしいおつまみを探すために、店を始める前にはひたすらネットサーフィンをしてリサーチしていたくらい(笑)。その結果、全国各地でいいものを作っているその道のプロたちによる、おいしいおつまみを集めることができたと思います」(公美さん)

このほか、先端が尖った使いやすい割り箸、肉厚でしっかり手を拭くことができるおしぼりなど、店で使われている細かなものにまで、史武さんのこだわりが凝縮されている。

夫婦それぞれの持ち味をハイブリッドした店づくり

もうひとつ、この店の特色ともいえるのが、公美さんの本業であるグラフィックデザイナーとしての持ち味を最大限に生かした店づくり。日本酒の味わいや産地、おすすめが見やすく整理されたメニュー、ポップ、ロゴなどは公美さんのデザインによるものだ。

「私自身、ほかの店舗のロゴデザインなどを手がけるなかで、いつも悩みだったのが一回デザインしたら終わりになってしまうことでした。ショップの場合、季節やイベントなどにあわせてフライヤーを作ったり、メニューを新しくしたり、本当は常にアップデートした方がいいのに、みなさん言いづらかったり費用の問題だったりで細かなアフターケアが難しいことが多いんです。この店では、デザイン性が高いものをタイムラグなくアップデートできるというのがひとつの強みになっていると思います」(公美さん)

そして店の屋号とロゴが、それぞれ2人のルーツを取り入れたものになっているのも興味深い。店の屋号は、かつて公美さんの親族がやっていた「藤花」という名の飲食店から音だけをもらって漢字をあてはめたもの。そしてロゴは、史武さんのルーツである伊集院家の家紋をもとにアレンジしたものなのだとか。

「屋号は、店をやっていた叔母の会社を引き継いだこともあって、その店の名前と同じ音を持つ『十香』をあてはめました。お酒の香りや味わいはさまざまという意味を込めた『十酒十香』という造語で、店のコンセプトでもあります。そしてロゴは、店をやることを決めたときからずっと家紋を使えたらいいなと思っていて。義両親に許可をもらって、モチーフとして使用することにしました」(公美さん)

実は、店の名前とロゴだけでなく、店のスペースも2人の仕事場としてハイブリッド仕様にしたもの。店を見渡すと「社長室」とかかれたドアがさりげない存在感を放っている。

「実はここ、私の仕事場なんですよ。たまにトイレと間違えるお客さんがいるので、これなら入れないだろうとネームプレートをつけてしまいました(笑)。もともと私は自宅で仕事していて、仕事場を一緒にするつもりはなかったんです。でもこの物件が想定していたよりも広かったので、だったら2人でシェアしてしまおうという話になって、このようなスタイルに落ち着きました」(公美さん)

普段は社長室にこもってデザインの仕事をする公美さん。医療用医薬品の患者向け・医療従事者向けリーフレットのデザイン、同じ駒沢大学にある「ビストロ・コンフル」をはじめとする個人経営の店舗ロゴやカード、メニュー、フライヤーなどのデザインなど、その仕事内容は幅広い。

「近隣のショップだと立地を生かして私自身が先方の店にこまめに顔を出せるので、ちょっとしたメニューの変更に対応できたり、細かなケアができるのが魅力だと思います。コミュニケーションを密に取れることで、お店の方も頼みやすいみたいですね」(公美さん)

扉一枚しか隔てておらず、店の声がほどよく入ってくるため、店が忙しくなると史武さんを手伝うことも多いのだとか。

「よくお客さんに、ずっと一緒だと気詰まりにならない? なんて聞かれるんです(笑)。でも手が足りないときは手伝ってもらえるし、僕の苦手なfacebookの更新なども担当してもらえるので一石二鳥です」(史武さん)

同じ空間にいながらお互いが得意な仕事をして、時にサポートしあうという2人の関係。この心地いい距離感こそが、「十香」のなんともいえない居心地のよさを作り出しているのかもしれない。そしてきっと今日も、「ハレの日」ではなく、日常である「ケの日」のやすらぎを求めて、この店に人が集うのだろう。

十香 立呑和バル

住所:東京都世田谷区上馬4-7-8
営業時間:17:00~24:00
定休日:日曜

Facebook:@tokasakebar
Instagram:@to_ka_sake_bar
 

 
(2018/06/19)

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