STUDIO pippi
しげおかのぶこさん
おもちゃデザイナーのしげおかのぶこさんは、3歳の男の子のママ。gg*(ジジ)や無印良品などのおもちゃデザインを仕事にしながら、工作が大好きな子どもとの生活を楽しんでいる。自分の得意分野のことだと、子どもがつくっている横からつい口を挟んでしまいそうなものだが、しげおかさんは「好きなようにつくらせてあげたい」とおおらかだ。なにかの完成を目指さず、ただつくっているときに流れていく時間そのものを味わってほしい。そんな思いで子どもを見守る余裕と温かさがありながら、一方で思い切りのよさや芯の強さを感じる彼女と、子育てや仕事について話した。
文章:吉川愛歩 写真:砂原文 構成:鈴石真紀子
公園で見つけた自然はおもちゃ
しげおかさんのアトリエは、駒沢公園から少し歩いたところにある。むかしは旋盤工場だったというレトロな建物の扉を開けると、イエローとブルーに塗られたスティール製のインテリアが目に入った。リノベーションはすべてインテリアデザイナーである夫が手がけ、この場所に残されていた物置もオフィスの機能に合うように蘇らせたそうだ。
上京して以来、転々としながらもずっと世田谷に住んでいるという。「商店街の庶民的な雰囲気を感じられてホッとする反面、都心に出やすくて、材料の買い出しや展示会などに出かけて行きやすいので、本当に住み心地がいいんですよね」
3年前に男の子を産んで、生活はがらりと変わった。深夜まで仕事ばかりしていた時期もあったが、子どもをとおして周囲の自然にも目が向くようになり、今では自転車でどこへでも遊びに出かける。駒沢公園、砧公園、小泉公園など、世田谷区には小さなところも含めてたくさんの公園があるから、都会ながらも外遊びの場所には困らない。
「京都にいた頃は、東京って人も車も多くてゴミゴミしてるんだろうなと思っていたんですけど、住んでみたら意外にも静かで緑豊かでした。外には自然のおもちゃがいっぱいあるので、葉っぱや枝、木の実にも色を塗ったり、切ったり貼ったりして遊びます。外に行くときも、カバンにハサミやマスキングテープを入れて出かけるんですよ」
しげおかさんが企画ディレクションやパッケージデザインを担った「キットパス」(日本理化学工業)という水で落ちるマーカーも、外遊びの大切なおとも。葉っぱや枝などデコボコのあるものにも塗りやすくて発色がいいから、ただ塗っただけでも、枝は魔法の杖のように、石はきれいなペーパーウエイトになる。それをもとに遊びが広がっていくのを想像するだけで、こちらまで楽しくなってくる。外にいるという開放感からか、洋服や手が汚れても気にしないでいられるのもいい。「あらためて工作用にモノを買わなくても、自然の素材はたくさんありますし、ほかにも使わなくなった洋服を切ったものやトイレットペーパーの芯、アルミホイルなど、おうちにあるものはなんでも材料になります。そういうものを集めておいてあげるだけで、子どもはいっぱいに想像力を働かせて、くっつけたり破いたり、楽しんでくれるんです」
自由につくる“なんでもないもの”の魅力
自宅の子ども部屋には、子どもが自分で自由に選んで使えるよう、ラックに文具や工作の材料がまとめられている。100円ショップで「工作に使うから」とねだられたらしい弁当用のアルミカップも、なにかの新しいかたちになる。
工作というと、つくりたいものを決めてその目的に向かって作業していくイメージがあるけれど、小さな子どもは目的を持たないことの方が多い。ただひたすら切ったり貼ったりする工程そのものを楽しみ、できあがった“なんでもないもの”は、子どもにとって偶然の産物にすぎない。「こんなふうにしたら」などと大人が思う着地点に連れて行かない、というのは、しげおかさんの経験によるところも大きいのだろう。「わたしも小さい頃から工作が大好きで、かよっていたお絵描き教室で好きにさせてもらっていました。先生が一歩下がって見ていてくれる中で自由にできる環境は、とても大きかったように思います。“なんでもないもの”をつくれるって才能だと思うんです。正解を持たないで進むのって、いろいろ知っていくと難しいですからね」
子どもに与えるもののセレクトにも、おおらかさが垣間見える。「たとえば絵の具やボンドを、自由にしていいよって渡すのはちょっと勇気がいるんですけど、どうやったら使わせられるかを考えてルールをつくっています。家の中ではさすがにすべて自由にというわけにはいかないですから、なにかシートを敷いたところでならできるよとか、ソファの上には持っていかないでね、とか。子どもになにを与えてなにを与えないかを、なるべく大人の勝手な都合で決めたくないんです。存在するものを排除するのは難しいし、なんだか不自然ですよね。わたしも子育て経験がなかった頃は、プラスティックのおもちゃやキャラクターものに抵抗がなかったというと嘘になります。音が鳴ったり電池で動いたりするものよりも、木のおもちゃを使ってほしいなって思っていた時期もある。でも、子どもっていろんなものを組み合わせて遊ぶのが本当に得意なんですよね。ミニカーがあるからトンネルを段ボールでつくろうとか、電車をテープでつなげてみようとか、さまざまな種類のものをとおして遊びの世界がどんどん開拓されていくので、このおもちゃはよくないとか、おもちゃはこういうのでないと、って線引きしないでありたいなと思っています」
子どもは大人が思ったとおりになんて動かない
おもちゃデザイナーになろうと決めたのは、就職した家具メーカーを一年で辞め、スウェーデンやデンマークを旅していたときだった。ものづくりはしたいけれど、なにをつくればいいかわからない。そんなふうに途方に暮れていたら、ふと子どものおもちゃを制作していた美大時代のことを思い出したという。「好きだったおもちゃづくりを仕事にしようと思って、帰国しておもちゃのメーカーに就職することにしました。そこでの経験が今のわたしの土台になっています」
おもちゃデザインの仕事は楽しかった。シンプルで飽きのこない木製のおもちゃは長く使ってもらえ、子どもが成長して使わなくなったあともインテリアとして飾って楽しんでもらえるものだった。しかし一方で、自分なりのデザインでつくってみたいという自立の気持ちも少しずつ、でもしっかりと湧き上がってきていた。「27歳のとき、友だちとgg*というおもちゃブランドを立ち上げて、独立することにしたんです。30歳まで3年やってみて考えよう、なんて意気込んでいたんですけど、はじめはgg*以外の仕事はなくて、最初の商品がカタチになるまで一年もかかってしまって……、焦った時期もありました。ただ、こういうことはきっと今しかできないっていう思いと周りの支えがあって、踏ん張ることができました」
おもちゃの制作を進める中で気になったのが、子どもとの接点がないことだった。自分がデザインしたおもちゃを使う子どもたちが、いったい何歳くらいでハサミを使えるようになるのか、どういう行動を好むのか、どのくらい器用なのか、実体験としての経験値がなかったのだ。「子どもと遊べる機会をつくりたくて、絵画教室のアシスタントとして働きながら子どもたちのことを学びました。子どもたちはもちろんこちらが思ったとおりにはやってくれない。薄々わかっていたことですが、そうだよなあって実感しました。それに子どもはシビアですから、一生懸命準備したツールよりそこにあった紙で遊ぶほうが好き、なんてこともよくあります。ワークショップやイベントを開くときは、一応これをつくりますというお題のもとに工作をするのですが、ぐちゃぐちゃにしてしまうこともありますし、できあがらないこともある。でもその、“遊びのより道”がいいんだって気づきました。そこにあるものはキッカケに過ぎなくて、ぐちゃぐちゃになってもおもしろかったならいいねって、楽しんでいる子どもたちの姿を見ていて思うようになりました」
子どもとの真剣な遊びが仕事にも活きてくる
母親になってみて、その思いはますます強くなった。できあがったものに満足したりつくるものを事前に決めたりするのは、もう少し大きくなってから。3歳の今はただひたすらそのとき楽しいと思える動作を存分にすることそのものが遊び、としげおかさんは言う。「子どもはできる動作が変わると、少しずつ遊び方も変わっていきます。今はちょうどマスキングテープを手でちぎれるようになったので、テープで貼り合わせることに夢中。でも0歳児の頃はテープを剥がすのが好きだったので、床にテープを貼ってあげて剥がすことを遊びにしていました。工作も、少し前まではわたしがつくっているのをじっと眺めていたり、『やってー』と持ってきたりしていたのですが、今では自分でできることが増えたからなのか、ひとりで黙々とつくっては完成したと持ってきて、これはこういうものなんだって説明してくれたり、遊び方を教えてくれたりするんです。月齢や年齢によってモノとのつきあい方が変わっていくことは、子どもと生活してみて気づけたことです」
しげおかさんは現在、gg*のおもちゃデザイナーとしての活動以外にも、STUDIO pippiを立ち上げて無印良品や日本理化学工業などのおもちゃデザインに携わっている。最近では、雑誌やwebの工作考案、監修の仕事も多いそうだ。
独立のきっかけとなったgg*のおもちゃも、以来ずっと親しまれているのは、記憶に残る独特な優しい色づかいと、子どもの頃からつくることが好きだった彼女のアイディアが随所に見られるからかもしれない。
たとえばお寿司をモチーフにしたおままごとは、軍艦や巻物の海苔が布でできていて、巻く楽しみが味わえるようになっている。わさびのシートをハサミでカットして遊ぶことができるのも、工作好きなしげおかさんらしい。豆を模ったおはじきにはお箸がついていて、お箸の持ち方を練習できるほか、ドノミのように並べたりおままごとの材料になったり、型にはまらない遊び方ができる。
子どもとの生活で大切にしたいことはなんですか、と聞くと、「遊ぶときは真剣に遊ぶ!」と話してくれた。「わたしも工作が大好きなので、つくってと言われると、ついじっくり取り組んでしまうんです。それが伝わるのか、子どもはわたしがつくる姿をじっと見て待っていてくれる。もちろん毎日向き合ってばかりいられないし、『夕飯の支度しているからちょっとあとで』っていうときもあるんですけど、よし遊ぼう! となったら一緒に真剣に遊びたい」
これからしてみたいことのひとつに、「いつか教室をひらいてみたい」という目標があるというから、教室の先生としても真剣に子どもたちと遊んでいる姿が目に浮かぶ。「イベントで出会う子どもたちとの交流も楽しいのですが、ひとりの子の成長していくさまを長く見ていける環境も魅力的ですよね。ほかにも、広い場所で大きな作品をつくったり、好きにできる環境で絵の具を使ったり、家庭ではできないことを体験できる場所づくりができたらなと思っています」
ふと頭に沸く「こうしてみたい」という気持ちをまんなかに置いた正解のない遊びづくりは、本当はそんなに難しいことではないのかもしれない。大人は子どもが思い切ってできるように支度を整えてあげるだけで、あとは柔軟な発想力を持つ子どもが、準備した以上に楽しいことを思いついてくれる。大人はただ子どもに寄り添って、ときおりそっと力を貸して見守る。そういう姿勢で子どもと向き合うことができたら、子どもは手足を気ままに伸ばしてぐんぐん育っていくのではないか。しげおかさんの子育てから、そんなことを学んだ。
しげおかのぶこ
美大卒業後、おもちゃメーカーで企画デザイナーとして働いたのち、木のおもちゃブランドgg*を立ち上げる。gg*のデザイナーとして活動しながら、STUDIO pippiを設立。企業のおもちゃや教材などのデザイン、工作監修、子ども向けのワークショップ「こどもじっけんしつ」をひらくなど、楽しいものづくりをしている。
ウェブサイト:http://www.studio-pippi.com/
(2018/07/24)