世田谷クミン

吉岡直希さん

最寄り駅
経堂

小田急線「経堂」駅南口から農大通り商店街を抜け、歩くこと約10分。静かな住宅街の中に「世田谷クミン」はある。たっぷりの野菜と30種類ほどのスパイスから作るデリ(前菜)やカレエが人気のお店だ(世田谷クミンでは「カレー」を「カレエ」と書く。理由はのちほど)。店主の吉岡直希(なおき)さんが作る彩り豊かな料理は、見ているだけでも元気が出てきて、味覚を楽しく刺激してくれる。「食」への想いと、お店づくりのこだわりをうかがった。

文章・構成:神武春菜 写真:濱津和貴

はじまりは、まかないで作ったカレー

世田谷クミンは一軒家の一階にあり、ガラス戸からは青々とした庭を望むことができる。入口でもあるそのガラス戸を開けた瞬間、スパイスのいい香り!とんがっていない、やさしいにおいに包まれた。


吉岡さんは、福岡県大牟田(おおむた)市出身。大学への進学を機に上京し、飲食店でのアルバイトをきっかけに、いつか飲食店を開きたいと思うようになった。ほかの業種の会社でサラリーマン生活を3年間送るも、やはり飲食業がやりたいと退職する。三軒茶屋にあった居酒屋で修業に励んだ。

2007年7月、経堂駅から徒歩5分くらいの場所に「世田谷クミン」1号店をオープンする。31歳のときだ。カウンター席がメインのお店で、コンセプトは、「一人でもゆっくり食事ができ、お酒を飲みながらお客さん同士でも話せる雰囲気がある。そして、カレーも食べられる」こと。

「修行時代にまかないで作ったカレーの評判がよくて、お店を作るならカレーを柱にしようと決めました。ラーメン店で修行したこともありましたが、ラーメンブームも来て、すでに飽和状態だった。カレーなら、まだまだいろんなことができそうだと思ったのです」

日々、カレーの研究に励んでいると、スパイスの世界のとりこになった。さまざまなスパイスを組み合わせると、メニューがぐんぐん広がった。

「スパイスというと、唐辛子だったり、ブラックペッパーだったり、ちょっととがっているというか、パンチが効いているイメージがありませんか?でも、香りがいいもの、色付けに使えるものなど、いろんな種類のスパイスがあって、使い方次第で味わいが変わってくる。スパイスの楽しみ方をもっとご紹介したくて、メニューが増えていきました。ちなみに、メニュー表で、カレーを『カレエ』と表記しているのは、欧風でもインド風でもない、オリジナルのカレーだからです」

野菜のおいしさをもっと伝えたい

カレエだけでなく、野菜料理も作るようになったのは、山梨県北杜市高根町にある「八ヶ岳Yesファーム」の野菜に出合ったからだ。知り合いの紹介で、はじめてこの畑で育った野菜を食べたとき、あまりのおいしさに衝撃を受けた。

「こんなにおいしいのだから、お客さまにも野菜自体をもっと食べてもらいたい」

さっそく、さまざまな種類の野菜を仕入れ、メニューに取り入れていった。

「お酒を飲みながらカレエも食べられる」がコンセプトの1号店は、バー的な要素が強い。吉岡さんは、もっと幅広いお客さんに野菜とスパイスを楽しんでもらえるお店を作りたいと考えるようになった。そして、2014年に2号店をオープンする。場所は1号店と同じ経堂エリア。コンセプトは、「ヤサイ料理とすぱいす料理のお店」だ。子どもから大人まで、家族みんなで通えるお店は、たちまち人気店になった。1号店は「barクミン」と改名した。

いろいろ食べていれば、そこそこ健康!

野菜とスパイスをふんだんに使ったデリプレートには、15種類のデリが盛られている。ズッキーニとマーマレード、さつまいもとカルダモン、サラミとゴルゴンゾーラ…食べたことがない食材の組み合わせと、世界各国のスパイスの香りに、味覚が目覚めていく。ワクワクするほどたっぷりの種類のデリを作るのには、吉岡さんらしい想いがある。

「いくら、からだにいいといわれている食材でも、それだけを食べていて元気になるということはないと思っています。いろんなものを、まんべんなく食べることが健康なからだをつくっていく。まぁ、ざっくりいえば、“いろいろ食べていれば、そこそこ健康!”ってことです。それに、食べる前に目で見ている段階から、料理ってからだにすごく影響しているはず。見た目のワクワク感や、食欲をそそる料理になるよう心がけています」

メニューには、どんな食材が使われているかが書いてあるので、味わいながら照らし合わせるのも楽しい。ノコギリコリアンダー、紅菜苔、アロエの花芽、四角豆など、めずらしい野菜を使うこともある。お肉も入っていて、ボリューム満点だ。

現在、八ヶ岳Yesファームは、「自然農」という農法に移行し、まだ安定した供給ができないため仕入れはお休み中。世田谷産の野菜やめずらしい野菜を取り扱うお店で野菜を仕入れている。

野菜をふんだんに使った料理を提供するようになると、お客さんから「ビーガン料理はやっていないのですか?」という声が届くようになり、ビーガン料理も用意している。

「肉や乳製品を使わないという制限の中で、どれだけおいしい料理が作れるか。これがまたおもしろいところなんです」と、吉岡さん。

「長芋ジェノベーゼ」「長ネギアラビアータ」「豆乳チャイで煮たカボチャ」「おかひじきとキャベツのココナッツカレー煮込み」など、組み合わせがこれまた楽しい!ちょっと真面目なイメージがあったビーガン料理のイメージを楽しく変えてくれた。

「どうやってメニューを開発していますか?と、ときどき聞かれますが、単純ですよ。野菜があって、調理法がありますよね。その組み合わせ方を変えていくだけです。例えば、今日はトマト煮込みを作ったら、別の日にバジルで味付けをしてみる。そこで生まれた新しい味に納得がいけば新しいメニューになります。何かをちょっと足したり、組み合わせを少し変えたりするだけで、ガラッと味わいが変わるものも多い。難しく考えずに、どんどん試していくのです」

レシピサイトや雑誌、インスタグラムなどからヒントをもらうことも多いそうだ。食材と調理法の組み合わせを変えるだけでなく、さまざまなスパイスの風味が加わることで、より幅広い味が生まれている。

予期せぬ移転。でも、家族との時間が増えた

2017年9月の終わり頃、思わぬ転機が訪れた。2号店の店舗が入っていたビルの建て替えが決まり、立ち退きせざるを得なくなったのだ。物件も決まっていない中での立ち退き。新店舗を探しはじめるも、なかなかいい場所が見つからなかった。

そんななか、二人目のお子さんが生まれることになり、家族との時間もできるだけ長くとれる働き方をしたいという思いが強くなった。自宅兼店舗という場所を探して見つけたのが、ここ。飲食店が立ち並ぶ経堂駅周辺からやや遠い立地なので、集客の心配もあったが、みずみずしい庭を見て、決めた。

半年間の休業期間を経て、現在の場所に再オープンしたのが、今年の3月2日である。


取材中、長男の夕晴(ゆうせい)くんは、庭で虫捕りに夢中だ。虫の名前や、駅までの道案内図などを紙に書いて教えてくれた。「お店とお庭と、お父さんとお母さんと一緒にランチを食べる部屋が好き」と、元気いっぱい!

「自宅も兼ねているので通勤もなくなり、家族との時間が増えたことはすごくよかったです。この仕事は、家族との時間をなかなかとりにくいので」

店内には、テーブル席のほかに畳の部屋もある。お客さんの子どもが遊べる小さなテントやおもちゃ、絵本、オムツ替えスペースや授乳スペースも用意している。子どもたちは庭や畳の部屋で遊び、お母さんたちはゆっくりおしゃべり…といった使われ方も人気だ(貸し切りの場合は要予約)。

「自分が訪れたときにゆっくりくつろげる、そんなお店でありたいと思っています。内装やインテリアは妻と相談しながら決めました。近所の方から、『近くで行けるところができてうれしい』と言っていただき、僕たちもうれしかったです」

2号店がオープンしたときから変わらない人気メニューの一つ「オリエンタルスープカレエ」をいただいた。スパイシーな香りとともに口に運ぶと、思っていたよりずっとやさしい味がする。素材の旨味が凝縮されているから、スパイスの風味とともにじっくり味わいたくなる。スパイスって、やさしいんだ…。イメージが変わった。

「オリエンタルスープカレエには、インドのカレースパイスのほかに中華の薬膳スパイスも使っています。スパイスと聞くと、どうしてもアジアっぽくなりがちですが、中華の薬膳スパイスも取り入れることで、スパイスの世界を広く楽しんでいただきたいと思っています」

ドリンクやスイーツメニューも充実している。スイーツを担当するのは奥さんだ。この日は、「マンゴー、ショウガ、唐辛子のシャーベット」「スパイス、塩、キャラメルのアイス」「バナナチョコケーキ(とうふとココナッツのクリームのせ※乳製品不使用)」「大葉のチーズケーキ」「スパイスナッツケーキ」が並ぶ(下・写真右上から時計まわり/2人前)。デザートにも、素材やスパイスの組み合わせ方のセンスが光る。

マンゴーとショウガと唐辛子…いったいどんな味なのだろうとドキドキしながら食べると、それぞれの素材の特徴が、バランスよく際立っている。ショウガがさっぱりとした後味を作り、唐辛子がピリっとアクセントをつけて締めくくる。マンゴーだけでも、ショウガだけでも完結しない…納得の組み合わせ!

驚きも含めて、おいしさを伝えていきたい

世田谷クミンでは、1号店をオープンしてから、お花見やバーベキューを開催したり、モーニング営業をしてみたり、お客さんに、もっと楽しんでもらえるように、さまざまなことを企画してきた。

今後の展開をうかがうと、8月末から、通常は夜営業のbarクミンで、カレエとコーヒーとおやつを提供するお昼の部「cafe CUMIN」をはじめる予定だという。世田谷クミンでは出していないカレエというから楽しみだ。おやつのメインはプリン!

「飲食店として、わざわざ来ていただけるだけの何かを常に作りたいと思っています。そして、家庭ではできないものを提供すること。驚きも含めて、野菜やスパイスのおいしさをこれからも伝えていきたいです」

静かな語り口のなかに、お客さんへの思いが溢れている吉岡さん。取材を終えると、息子の夕晴くんと自宅兼店舗の玄関から、ずっと手を振ってくれた。

世田谷クミン
住所:東京都世田谷区桜丘1-18-30
営業時間:11:00~15:00(テイクアウト受付は17:00 まで)
定休日:水曜、不定休あり

Facebook:setagayacumin

Instagram:@setagayacumin

 
(2018/08/28)

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