うつわのわ田

和田明子さん

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山下

たっぷりと差し込む光を受け取り、うつわがキラキラと輝いている。「どっちにしよう」「これはちょっと大きすぎるかな」…片口や大皿、お茶碗など、ついあれもこれもと迷っていると、店主の和田明子さんが、ひとつひとつ特徴を教えてくれた。でも、「お客さんに届けたいのは、うつわだけではないんです」と、にっこり。うつわの先にあるものとは――?

文章・構成:神武春菜  写真:庄司直人

“うつわ人生”を動かした「やちむん」

お店の中央に並んでいたのは、沖縄県の「やちむん」。やちむんとは、沖縄の方言で「焼き物」のことだ。沖縄が、琉球王国と呼ばれていた1600年頃から続く伝統工芸品である。

この日は、大宜味村(おおぎみそん)に工房を構える作り手・福田健治さんの作品を仕入れていた。深く澄んだ群青、「福田グリーン」とも呼ばれる爽やかな緑、上品な茶の釉薬が、力強く、美しく輝く。

「沖縄の海や、やんばるの森、風、太陽…沖縄のすべてを記憶しているかのような存在です。福田さんのうつわに出会って、わたしの“うつわ人生”が大きく動き出したような気がします」

明子さんも、夫の巨樹(なおき)さんも、ずっと前から沖縄が大好き。2013年、結婚式を沖縄で挙げると決めたとき、引き出物にやちむんを贈りたくて、二人で何軒もお店を巡った。そのときに見つけたのが、福田さんのやちむんだ。

「瞬時にその世界に引き込まれました。お店の在庫をかき集めてもらって、ここの家族にはこのうつわがいいね、あの子にはこれが合うかもって、一人一人の顔を浮かべながら選びました。『大事に使っています』とか、『ファンになったよ』って言ってくれて、みんながいまも愛用してくれていることが嬉しくて嬉しくて」

惚れ込んだうつわが、みんなの暮らしのなかにある。そんな風景を思い浮かべて、明子さんは胸がいっぱいの様子。

それほどまでのうつわ好きが高じて、念願だったお店をオープンしたのかと思えば、「“ある日ふと思った”という感じです」と、明子さん。

「お店をはじめるまでは、15年間アパレルの会社に勤めていました。私、商人気質なところがあって、勤めていた会社の『右手にそろばん、左手に感性』という精神がすごく好きだったんです。感性だけでもだめ、そろばんだけでもだめ。やりたいことを商売として続けていくむずかしさと楽しさ。この会社で学んだことを活かしたいという想いがあって、『ゆくゆくなにかやれたらいいね』と、夫と話していました。でも、すぐに会社を辞めるつもりがあったわけでもなく、漠然としていましたね。ほんとうに、ある日突然、『うつわだ』って思ったんです。神のおつげかな」

アパレル業界から、うつわ屋店主へ

「うつわのお店をする」と決めたのが2017年2月のこと。それからが早い。同年10月に会社を退職するまで、すべての休日を費やし、日本各地の窯元を訪ねた。

「うつわのお店をするって決めたら、あそことあそこと、あそこのうつわは仕入れたいって、瞬時に決まりました。さまざまなうつわを趣味で集めていたので、いつのまにか頭のなかに『窯元リスト』ができていたんです」

とはいえ、アパレル業界からの転職。つてはまったくなく、訪問が叶わなかった窯元もあった。多くの窯元が、作り手さんおひとり、もしくは家族で制作しているため、量産ができず、新規の注文はなかなか受けられない状況なのだ。

「何軒もふられました!…でも、とにかく『突撃!隣の晩ごはん』的な精神で、まずは電話やお手紙でご連絡して、全部で30ほどの窯元に行かせていただきました。社会人になってはじめて買い、20年近く愛用している益子焼作家・古賀賢二さんの工房を訪れたときは、感極まりましたね。いま思えば、どこの馬の骨かもわからない私に、みなさんよく会ってくれたなぁ…」


窯元を訪ねたら、肩の力が抜けた

沖縄のやちむん、琉球ガラス、砥部(とべ)焼・梅山(ばいざん)窯、石見焼・宮内(みやうち)窯、有田焼・しん窯、桜秋(おうしゅう)窯、小石原焼、小鹿田(おんた)焼…作り手さんに会うときは、いつも緊張した。

「でも、じっさいにお会いすると、ナチュラルで、まろやかなお人柄の方ばかり。お話ししていると、自分はすごく肩に力が入っているなって気づかせてもらいました。土とか、天候とか、自分の力ではどうすることもできないものと会話しながら作っているからか、喜怒哀楽で『ぜったいに、こうでなくてはならない』って、多分決めつけたりしない。自己主張でなく寛容の精神。肩透かしにあった感じというか(笑)。先日、お会いした琉球ガラスの親方なんて、『僕の本業はポケモン。レベル40だから』って言っていましたから(笑)」

うつわは、注文から商品が届くまで、長くて半年かかる。2018年4月29日のオープンを目指し、オリジナル商品の試作も重ねた。物件が決まったのは、開店の約2か月前。世田谷線「山下」駅から徒歩1分のところにある。

「私も夫も世田谷線沿いの雰囲気がすごく好きで、“世田谷線マニア”(雑誌『世田谷ライフ』を長年愛読)。自宅も沿線沿いにあります。のんびりしていて、住んでいる人たちが自分の街を愛しているのが分かる、この空気感が最高なんです」

お洋服屋さんに入る感覚で、訪れてもらいたい

一見、ギャラリーのようなシックな佇まい。ガラス張りで開放感のある入り口から、ずらりと並ぶ素敵なうつわを見たら、入らずにはいられなくなる。心地いいBGMのなかで、ゆっくりとお気に入りを探すことができる。


内装は、世田谷線「世田谷」駅にある「わたほろ製パン店」を手がけた照明デザイナーさんに依頼した。

「お洋服屋さんに入る感覚でお店に入って欲しいという想いがあって。イメージ写真をお渡ししてデザインしていただきました。床は、素材や色を教えてもらって、自分たちで塗りました。全身筋肉痛になりましたね(笑)」

取材中、近所にお住まいというお客さんが来店。ぐるりと店内を見て回り、「これください」と即決してお買い求めになると、「また来ますね」と、軽やかな足取りでお店をあとにした。

「どんな料理と合わせてくださるのかな。自分がいいと思ったものを、こうして共感してくださって、お買い上げいただいたときは、ほんとうに感動しますね。前職で、自分が作った服が売れるのを長年見てきましたが、それにも増して嬉しいです。スーパーマーケットで、『この野菜わたしが作りました』っていうシールが貼ってあることがありますよね。あの状態なんです。ひとつひとつのうつわに、『わたしが作りました』と作り手さんの顔が浮かぶので、それがお家に運ばれているっていうのは、毎回感動します」

愛犬と来店するお客さんも多い。ペット目線で研究を重ね完成したペット専用のうつわに、ワンちゃんも大喜びだ。高さがあるので首が疲れず、重さもあるためひっくり返りにくい。舌が引っかかるようにふちに“返し”をつけ、フードをこぼしにくいデザインになっている。

「ペットも家族の一員です。人間同様、長寿の時代。ペットにも優しい専用のうつわを作りたくて、砥部焼最古の窯元・梅山窯に製作をお願いしました。店頭で、ぜひ絵付けにも注目してみてください」

豪徳寺のシンボル、招き猫の箸置きは桜秋窯に製作いただいた。


窯元を訪れたときに感じた空気や、作り手の精神、技術、肌で感じた感覚、記憶を、できる限りお客さんに届けたい。そんな思いから「窯元案内カード」も作っている。窯元の魅力や歴史などが書いてあり、ネット検索では得られない心のこもった紹介文に引き込まれる。文章を担当しているのは、なんと巨樹さん。

「一字でもしっくり来なかったら妻に容赦なくボツにされます…。書き直して、書き直して、グッとくる窯元案内になっているので、ぜひ読んでみてください!」(巨樹さん)

巨樹さんは、ふだんはアパレル関係の会社で働いているので、基本的にお店に立つことはないが、明子さんに負けないほどのうつわ好きだ。時間が合えば、窯元にも一緒に行き、お店づくりをサポートしている。

「母が、うつわがすごく好きで、実家に帰ると、これもある、あれもあるじゃん!って、いまになって知りました。子どもの頃はまったく気づかなかったんですが、知らず知らずのうちに、うつわがある暮らしが身についていたのかもしれません。こないだ、休暇を利用して、妻の沖縄出張について行ったら、海にも入らず、分刻みで窯元をめぐっていて、僕も完全に仕事モードでしたね」(巨樹さん)

売りたいのは、うつわとともにある思い出

「うつわは、割れない限り10年、20年と使えるものです。生きていく中で、いちばん大切なのは『時間』だと、今改めて思っています。一人のときや、恋人や家族、友達と過ごす時間にうつわがあることで、その時間をもっと楽しく、幸せに過ごしてもらいたい。キザかもしれないけれど、そんな思い出を売りたいんです。自分たちが、うつわにたくさん思い出をもらったので、うつわで思い出を作ってもらえたらうれしいです」

お気に入りのうつわが一枚あるだけで、簡単な料理でもおいしく見えたり、晩酌が楽しくなったり、窯元がある土地へ旅行に行きたくなったりする。そして、「健康」も運んできてくれるという。

「なんというか、その土地や土のパワーをもらえると思うんです。気のせいかもしれないけれど、うつわが違うと味も変わります。そういう実感があると、健康で長生きできる毎日にきっとつながっていくって思っています。でも、まぁ、むずかしいことは一切なしで、気軽にいらしてください!横乗り感覚で(笑)」

取材を終え、うつわ選びに夢中になった。本州ではここでしか扱っていない桜秋窯の小鉢、夫婦喧嘩で投げても割れないという砥部焼のそばちょこと湯呑を購入。帰宅して、さっそくうつわにヨーグルトを入れたら、想像以上にぴったり!明日はどんな料理と合わせよう。うつわとともに、楽しみが増えていく。

うつわのわ田
住所:東京都世田谷区豪徳寺1-49-2
営業時間:11:00~18:00
定休日:水曜
ホームページ:https://utsuwanowada.jp/
Instagram:@utsuwano_wada

 
(2018/09/27)

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