工芸喜頓

石原文子さん

最寄り駅
上町

広い間口の奥に広がるのは日本各地、ときには世界から買い付けてきた器たち。古材を活用した味のある空間は、個性あふれる一つひとつの器をじっくりと吟味したくなる。生活に欠かせない日用品だからこそ長く使っていきたい。そんな暮らしの愛用品との出会いを求める人に教えたくなるお店が工芸喜頓だ。店主の石原文子さんに聞く、世田谷ミッドタウンで器の専門店を続ける理由と地域のこと。 編集:加藤将太 文章:軽部三重子 写真:永峰拓也

「好き」がいつの間にか仕事になった。

世田谷線の上町駅から、世田谷通り沿いに歩いて5分ほどのところにある、工芸喜頓(きいとん)。陶器やガラスの器を扱う、器屋さんだ。オーナーである石原文子さんは、2011年にオンラインショップ“日々の暮らし”で販売を開始し、2013年に満を持して実店舗をオープン。間口の広い店舗は、自然光の中で器をゆっくり選べるしつらえになっている。

石原さんは、オンラインショップ時代から、システムエンジニアであるご主人の寛郎さんと二人三脚でやってきた。器を扱うお店を始めるきっかけも、寛郎さんの一言だったという。

「ずっと昔から、土ものや木のもの、生地でいうとコットンとか麻とか、プリミティブなものは好きだったんですよね。旅行に行ってはそういうものばっかり買っていて。そしたら主人に『そんなに買うんだったら、買い付けしてお店やったら?』って言われて。『とりあえずホームページは作るから売ったら?』って。それで、オンラインショップ“日々の暮らし”を始めることにしたんです」

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それからすぐに、買い付けを始めたという石原さん。でも、すぐにオープンというわけにはいかなかった。

「こういうものって、窯元によりますが土も釉薬も基本的にすべて手作りという事が多いんですよね。だから注文から納品まで1年以上待つというのはよくあることなんです。薪を割るところから始める窯元もいらっしゃいますし。一つのものをつくるのに翌日とか翌々日にできる仕事じゃないですからね。」

途中、出産を経験したこともあり、オンラインショップをオープンするまで2年を要したが、販売を開始すると順調に固定客が増えていき、3年目には次のチャレンジとして実店舗を構えた。それは単に販売チャネルを広げたというだけでなく、じっくり見せたいものを見せる実店舗と、海外も含めて不特定多数に幅広く見せるオンラインショップというように、商品の魅せ方も広げる形で展開をしている。

住宅街の生活感の中で。

店舗を構えるにあたって、なぜ上町だったのだろう? その決め手をうかがった。

「住まいが駒沢なので、駒沢から自転車なり徒歩なりで、電車に乗らずに通えるエリアが良くて、駒沢通り方面と世田谷通り近辺で探してたんですよ。あと、商業エリアじゃなくて、住宅街であること。器なので、人が住んでいるエリアが良かったんですよね。そうじゃないと、アクセサリーの一つになってしまうから。『日常、食卓で使うものを』と思っていたので、ここはピッタリでしたね」

実際に喜頓では、厳選された器を扱っているものの、日常使いの器として近隣の方にも愛用されている。

「ご近所の方が、『今日茶碗蒸しをしようと思うんだけど、茶碗蒸しの器ない?』とか、『今日お客さんが来るんだけど、お鍋の取り皿がないと思って買いに来た』とか(笑)。あと、この町で結婚されて徐々に器を買い揃えていかれて、今度は赤ちゃんが生まれて子供用のお茶碗を買っていく方もいらっしゃいますしね。だから、やっぱり住宅街で良かったなぁと思いますね」

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一方で、じっくり器を選びたい方のことも考えて、内装にも工夫がされている。

「古材で小上がりを作ってもらったんです。腰をかけてゆっくり見て選んでもらえる作りにしたかったんですよね。お客様は、こういう焼き上がりが好きとか、こういう形が好きとか、こだわりを持った方が多いので。お店の広さを考えたら、ここにスペースを割くよりも商品を置けるスペースを増やした方がいいっていう考え方もあるんでしょうけど、そうじゃなくて、もっとゆっくり見てもらいたくて。」

物腰の柔らかさからマイペースにのんびりやっているようで、大事にしたい部分はしっかり守る。そんな石原さんのしなやかさや優しさが、このお店からは伝わってくる。

「上町の個人商店の方たちもマイペースな方が多い感じがしますね。それに、皆さんしっかりとした哲学をお持ちですね。『夏椿』さんや『シカモア』さんは、自分たちのペースを守りながらプロとしてきちんと丁寧に日々仕事をしている。彼らほど丁寧に日々仕事できているかどうかはわかりませんが、私もこの街のペースがちょうど良かったのかもしれないです」

それぞれの世界を楽しんでもらいたい。

店主であり、二児の母でもある石原さん。今度は少し、生活者としての一面に触れてみる。

「いつもこの辺で用事を済ませてますね。基本、ママチャリ移動で。その方が楽しいですよね。『あ、こんなお店できたんだ』とか、お宅に咲いてる花に気づいたりとか」

自転車が店の前に止まっていたら、店が開いているサインというくらい、自転車は生活の必需品になっているという。

「お店をやるようになって、個人商店で買い物をしたいっていう思いが強くなって、カレーだったら『スパイスマジック』で買うし、パンも世田谷通り沿いから松陰神社あたりのパン屋さんで買ってますし。お寿司を買って帰るなら『美の輪寿司』だし。渋谷まで出なくても、この辺で事足りますよね。自転車が一台あれば、このエリアはいくらでも楽しめます」

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工芸喜頓の営業日は、水~土曜日の週4日。主婦業との両立のために、休みを増やしているのかと思いきや、遠方まで買い付けに出ることも多いという。商品選びにはどんなこだわりを持っているのか聞いてみると...

「とにかく『日常、食卓で使う美しく使う人を楽しくさせる器」ですね。民芸というジャンルや日本の器の専門店というジャンルに縛られず、使う人が楽しいと思える美しい器であればフランスの焼き物も買い付けてきますしね」

石原さんは、フランスへの留学経験があり、前職でもファッション業界でフランス人とのやり取りも多くこなしてきたという経歴の持ち主。フランス人の美しいものへのこだわりは、日本人のそれと似ている、と語る。7月25日からは、お店のオープン2周年の記念展として『フランスの器』展を開催することになった。

「以前にも一度フランスへ買い付けに行ったんですよ。その時は、まずお客様の反応を見たかったのでいくつか厳選して買い付けてきました。でも実際に販売を始めたら、反応が良くほぼ完売。だから今回は、きちんとお客様に見て頂きたくて、しっかりと買い付けてきましたよ」

この日本的な店内にフランスの器がどう映えるのか、楽しみだ。

「皆さん、家の食器棚にIKEAの白い器もあれば骨董もあったりと、国も時代もいろんなものが入っていて、何か同じもので揃えなきゃいけないってこともないと思うんですよね。お店としては、楽しいと思えるもの、食卓で自由に使って頂けるものを揃え、お客様にはいろんな選択肢の中から選んでもらい、皆さんそれぞれの世界を作ってもらえたらいいなと思っています」

“普遍的なもの”を目指して。

まだオープンから2年。今後の展望としてどんな青写真をイメージしているのだろうか。

「今度はフランスで日本の器を紹介するような場をもてたらな、と思って動いてはいるんですよね。でも、もっとお店を広くしようとは思わないですね。自分の手で収まる範囲で、と思っています。この規模なら、お客様とかこの町の方からのリクエストだったり、季節に応じてある程度変えていったりもできるので」

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手を広げすぎない、というのも彼女の大事なスタンスの一つ。ときには食卓には関係のない雑貨等の営業をうけることもあるが、お断りしているのだとか。

「時代の流れとして、ライフスタイルっていうものが重要視されていて、それはそれでいいと思うんですけど、私はもっと普遍的なものがしたいんですよね。今、ライフスタイル寄りにしちゃうと、内装も3年おきくらいで変えなきゃいけないだろうなぁ、って。トレンドが入ってきますからね。そこに乗っかりたくはないんですよ。だから、住宅街を選んだわけですし。ライフスタイル屋にはならないぞって、最初から決めているんです。私はそんなに器用でもないですしね。あっちもこっちもはできないし、器屋でいる今のやり方がシンプルで自分たちの身の丈に合っていていいんです」

石原さんと話していると、どこまでも自然体な人だなぁ、と感じる。そんな彼女だからこそ、陶器や木製品、ガラスなど、人や自然の温もりを感じられる工芸品を、その温度のまま届けることができるのかもしれない。手から手へ、恰好つけずに自然体で。今後もきっと、工芸品のように独自の存在感を示しながらも、長く人々に愛され続けるのだろう。

工芸喜頓

 

住所:東京都世田谷区世田谷1-48-10
TEL:03-6805-3737
営業時間:12:00〜18:00
定休日:日、月、火、祝日
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