アーモンド洋菓子店
米田幸介さん
三軒茶屋駅から茶沢通りを歩くこと6分。愛らしいソフトクリームを持った大きなマスコットが見えてくる。「アーモンド洋菓子店」の本店がここで、もう一つ、世田谷通りにも若林店があり、三軒茶屋界隈で育った人にはおなじみの町のケーキ屋さんだ。来年で50周年を迎え、店主の米田幸介さんも店と同じく50歳を迎える。先代の父の姿を見て育ち、迷うことなくケーキ職人の道を志した。いまから約20年前、スイスで出会った生チョコに恋に落ち、三茶でそれよりもさらにおいしい生チョコを作り続ける。人を幸せにするケーキには、米田さんのたくさんの思いが詰まっていた。
文章・構成:薮下佳代 写真:衛藤キヨコ
家族みんなで、毎日ケーキを作り続ける
「いらっしゃい」と米田さんは満面の笑みで迎えてくれた。店内は甘いケーキの匂いが充満しており、それだけで幸せな気持ちになってくる。ショーケースにはクラシックな姿かたちのケーキがかわいらしく並んでいた。ショートケーキにモンブラン、シュークリーム、チーズケーキなど全部でケーキは20種類、その他に焼き菓子やパウンドケーキ、生チョコに、季節商品のシュトーレンなども売られている。
朝10時の開店までにすべてのケーキを並べるためにも、先代のお父さんとお兄さんとともに家族総出で分担する。
「朝7時前には3人で仕込みをはじめます。ムースとかゼリーは前日に仕込んで、朝にどんどんカットしては並べていきます。スポンジ系のケーキは前の日の夜に焼いて冷ましておいて、朝にクリームを塗ってデコレーションして。朝8時になると若林の店の方へ兄貴が行って、そのあとは嫁さんとおふくろが若林店に行って交代して。若林の店にケーキの注文が入るとここで作って自転車で運ぶんですよ。朝ごはんはね13時過ぎ。昼ごはんが19時過ぎで、20時に店を閉めて、明日の仕込みをしてから、夜ごはんは24時過ぎに食べます。だからいつも寝るのは2時30分くらい。起きるのは6時20分くらいで10分で支度して家を出るんですよ。朝からフル回転。シャッターが閉まっている間が勝負なんです」
月に2回の休みはお客さんが来ないから作業に没頭できるという。つまり、毎日毎日、ケーキを作り続けているということだ。ケーキはほぼ300円代。毎日買える手頃さがうれしい。
「家族だけでやっているので、この価格でやっていけるんです。休みは月に2回、一年で24回休みますけど、もうこの歳になると健康診断があるから、その日はゆっくり休ませてもらいます。だけど、やっぱり落ち着かないね。毎日のリズムがあるから、立ち止まると変な感じがするんです。ケーキ屋は年末年始の休みもありませんから、365日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるっていうリズムがある。だから風邪なんて引きませんよ」
生まれも育ちも三軒茶屋。来年50周年を迎えるこのお店の誕生とともに米田さんも生まれた。先代の父は、この道60年。いまも厨房に立ち、現役でデコレーションを担当している。
アーモンドの看板商品「最高級生チョコ」とは?
米田さんは高校卒業後、ケーキの専門学校へ進学し、その後、本場フランスの学校で学んだ。生まれた時から父の作るケーキを食べて育ち、ケーキ屋になることは自明のことだった。そんな時、フランスで生チョコと出会い、おいしい生チョコを求めて、スイスへ出かけることになる。
「いまから25年前にドイツとパリでケーキの勉強をしていたんです。ある時、町のケーキ屋さんに行ってみたら、生チョコがあって。ガナッシュの上にココアが振ってあって、みんな買っていく。日本にはまだそんなものはなかったから、これは何なんだろうと。買って食べてみると苦味があって、その次に食べたものは舌にベタつきがあった。もっと口溶けが良くて、香りが鼻から抜けるような生チョコがきっとどこかにあるだろうと思って、ケーキの勉強はとりあえず区切りをつけて、生チョコを探すことにしたんです。パリで探してみたけど見つからず、スイスへ行ってみたら、これだと思える生チョコに出会えたんです。そのお店で勉強させてもらって、日本に帰って作ってみようと。運命の出会いでしたね」
当時、スイスで2300円だった生チョコだが、日本に帰る飛行機の中で米田さんは1800円にしようと思い立つ。
「たとえば、今日頑張ったからとか、ご褒美で買いに来てくれる時、いくらなら買ってくれるかなと考えたんです。それでお客さんに何気なく聞いてみたりして。そしたら1000円ちょっとという意見が多かった。それでさらに値段を下げようと。利益はお客さんの笑顔でいいやって(笑)。生チョコを食べて、心を癒していただいて、朗らかな笑顔でいつもいてもらいたい。そういう気持ちで作っています」
最高級生チョコは20個で1200円。この価格に「安すぎる」とよく言われるという。でも、仕事帰りに寄って、気軽に買える金額にしたかったのだと米田さんは言う。
「でもね、1998年に売りだしてから5年間は、まだ生チョコを売っているところがなかったから、お客さんに試食してもらって普及させていきました。売れなかったら、ということは一切考えたことはなかった。絶対に売って、これを広めるんだという思いしかなかった。前に前に、突っ走ってましたね。そしたら、名古屋の方のとある雑誌で紹介させてくださいと連絡が来て。そうやってだんだんと口コミで広がっていきました」
今ではアーモンドの看板商品となった生チョコだが、20年前に販売して以来、リピーターに合わせて、毎年味をグレードアップしている。「飽きた」と言われることのないように、スイスに負けない味を作り続けている。もう一つの人気商品の「小枝」もパリッとした食感と生チョコの口溶けが合わさった他にはない商品だ。
生チョコは冷凍庫に入れてキンキンに冷やして、口の中に入れてすぐ噛むとそのやわらかさがわかるという。冷凍庫に入れても固くならず、キャラメルよりもやわらかい。冷たい生チョコが口の中に入った途端、するりと溶けていき、まるで濃厚なチョコレートアイスを食べているような感覚。けれど、不思議なほど口の中に残らず、後味はすっきり。1日70gを食べると体にいいと言われているそうで「毎日5粒ほど食べてもいいんですよ」と米田さんが教えてくれた。
お客さんが一番。ケーキにまつわる思い出話に花が咲く
「シュークリームはカスタード100%。生クリームは使いません。空間がないくらいみっちり入っているんですよ。ソフトクリームもコーンの最後までクリームが入っている方がうれしいでしょ? 自分で食べた時、どう思うだろうって考える。自分がおいしいと思って出しても、結局召し上がるのはお客さま。あくまでもお客さんが判断するもの。自分の尺は自分では測れませんから」
自分とは違う尺度の人がいるかもしれないから「おいしいと断言はしない」という謙虚さ。あくまでもお客さんを第一に考えるこの店には、芸能人の方もよく訪れるという。米田さんの気さくな人柄がそうさせるのだろう。ケーキを買いにふらりと訪れては立ち話をしていくという。そんな米田さんだからか、お客さまとのエピソードにも事欠かない。
プロポーズの挨拶の手土産にと持っていった生チョコが先方のご両親に大好評で、緊張していた場がとても和んだというご夫婦は、今でもお店を訪れると「幸せの生チョコください」とおっしゃるという。
また、GW前に彼氏と別れたという女性には「今まで行けなかったところいくといいよ」と背中をそっと押してあげたら、GWが明けた頃には、ニコニコしながらお店の前を通っていたという。
また、定年退職のご主人の誕生日ケーキには、いつもは言えないことを書こうと奥さんに提案。「今までありがとう。これから2人で仲良く過ごせますように」と書いたら、恥ずかしがりながらも奥さんはとても喜び、その後夫婦2人でとてもうれしそうにお店を訪れたことも。
「そうやってね、いろいろなストーリーがあるんですよ」と米田さん。ショートケーキにもモンブランにも、どのケーキにもきっと思い出が詰まっている。ケーキを買いに来る時、人はどういう思いでお店に来るんだろう。何かおめでたいことがあったり節目だったり。はたまた少し疲れていて、テンションを上げたい時や元気になりたい時なのかもしれない。その人の心に直接響いたり、その人の人生の大切な時に立ち会うのが、ケーキというものなのかもしれない。
ケーキ屋は人を幸せにする仕事。
今年、最高級生チョコが世田谷みやげの銀賞を受賞した。今年のバレンタインデーには青森県から買いに来てくれた人もいる。他にも、岡山県や九州からも生チョコを買いに来てくれたそうで、いまでは全国的に人気が高まり、いろいろなデパートなどからも出店の声がかかることも増えてきたが、全て断っているのだという。
「デパートにうちの生チョコだけ置いても、それはただの生チョコ。言葉は発しませんよね。でもうちに来ると、この生チョコが生まれたエピソードを話すことができますよね。自分が話をするとね、お客さんが他の方に持って行く時、その話をしてくれたりしてね、生チョコが知らず知らずのうちに独り立ちして、いろいろなところにいって人を幸せにしてくれるんです。生チョコは言葉を発しないけれど、お客さんがエピソードを運んでくれる。そうすることで、生チョコはさらに生きるんです。それがね、すごくうれしいんですよ」
取材している間、「ショートケーキを2つください」と男性が来店。他にも、ご近所の女性が毎年恒例というシュトーレンを買いに来た。もう一人の男性は手土産にとクッキーの詰め合わせを。いろいろな人がお店を訪れては、ニコニコ顔で帰っていく。
「ケーキってね、人に幸せになってもらうためのもの。だから、おせっかいかもしれないけど、できることはしてあげたいんですよ。皆さんに元気になってもらいたいし、いつも笑顔でいてもらいたいですからね」
ケーキを買いに訪れたなら、米田さんとの世間話をぜひ楽しんでみてほしい。時には人生相談することもあるかもしれない。もしかして何かに悩んだり落ち込んでいたとしても、きっとケーキを前にしたら誰もが笑顔になる。米田さんはそうやって、ケーキを提供しながら人を幸せにするお手伝いをしているのだ。
アーモンド洋菓子店
住所:東京都世田谷区太子堂3-14-1
電話番号:03-3412-5982
営業時間:10:00〜20:00
定休日:第2・4木曜日
(2018/12/19)