浄土宗 感応寺

成田淳教さん

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駒沢大学

環七から弦巻通りを少し下ったあたり、周囲の住宅地に溶け込むようにそのお寺はある。山門の先に古びた本堂、右手に事務所と、パッと見はありふれた地域のお寺の光景だ。よく見ると本堂の入り口には猫用のベッドやハウスが置かれ、左手には花やペットフード、おやつが供えられた「動物供養塔」と記された石塔が佇む。浄土宗感応寺は、地域の人たちから「ペットのお寺さん」として親しまれている寺院。そして施主である飼い主さんたちから厚い信頼を集めるのが現・住職の成田淳教氏、自身も超がつくほどの猫好きとして知られるお坊さんだ。

文章・構成:粟田佳織 写真:田辺エリ

若干26歳、お寺をゼロからプロデュース

ペットの火葬から葬儀、埋葬までを執り行う感応寺には、世田谷や目黒などの近隣はもとより最近では関東近郊からも多くの来訪がある。これまでに供養したペットは犬猫、鳥、ハムスター、亀など、1万霊を超えるそう。
今でこそペット葬儀を行う寺院はめずらしくないが、成田さんが着手したのは世間よりも少し早い時期。どういうきっかけで始まったのか、お話をうかがいたくて感応寺を訪れた。

爽やかな風を感じる初夏の午後。木陰で涼んだり散策したり、爆睡したり……境内のあちこちで猫たちが思いのままに過ごしている。来訪者に警戒心のかけらも見せない。ここが安全な場所だと熟知しているのだろう。あまりの威風堂々っぷりに成田さんより先に猫に向かって「すみません、おじゃまします」と頭を下げてしまった。

「ボス猫のタビに、撮影するから4時に戻ってくるよう言ってあります」と真面目な顔で成田さんが言う。黒い法衣を羽織って穏やかに微笑む姿は白黒の猫たちに囲まれると、頼もしいお父さん猫のようにも映る。

「ペット供養を始めたのは15年ほど前です」

成田さんは同じ世田谷区内にある大吉寺というお寺の長男として生まれた。
「実家の寺が感応寺の管理をしていたのですが、20年近く住職の不住が続き、その間、門を閉ざして地域の人たちとの交流もほぼなかった状態。私はというと僧侶をめざして京都の養成道場に通い、さらに大学、大学院と進み仏教について研鑽を積んでいました。大学院での1年がすぎた頃、実家の命を受けて感応寺の住職になることに。26歳のときですね」

その時点でほぼ廃寺といっていい状態、それも住職という立場での務めとなると決して楽な道ではないはずだが、本人はその状況を前向きにとらえたそうだ。

「住職というのはお寺の運営責任者でもあるので、何か始めなければならない。お寺によってそれぞれ特色があるのですが、ここはまだ何もないので、まずは供養や祈願といったお寺らしいコンテンツはすべてやろうと思いました。どうなるかはわからなかったけれど、昔からのお檀家さんがいないからこそ新しく挑戦できることもあるのではないかと」

真っ白い紙に絵を描くように感応寺のこれからの姿を構想しているなかで、その後の方向性に大きな影響を与えるできごとが待っていた。

「ある朝、門を開けると、新聞紙に包まれた猫のご遺体が置かれていたのです。供養してほしいということなんだろうなと思い火葬してお経を唱え、埋葬させていただきました。その際、動物の供養に対する思いがあることを知りました」

同時期、成田さんは結婚を機に猫との暮らしをスタートさせていたという。
「妻が猫好きだったので飼い始めたんです。私はそんなに興味はなかった……つもりだったんですが、これがすっかりハマってしまって(笑)。ですからペットへの思いというのは痛いほどわかりました」

寺院のホームページを立ち上げ、葬儀や法要、先祖供養、水子供養といった一般的な項目にペット供養を加え、広く発信した。住職に就いてから約4年、さまざまなことが動き出すひとつのタイミングだったと語る。

世田谷近辺はペットと暮らしている人が多いこともあり、始めた頃は月に1、2件だったペットの葬儀が徐々に増え、今では月に30~40件にのぼるようになった。
「何もないところから手探りで始めたことが、少しずつみなさんに受け入れていただけたことは大きなよろこびでした」

世の中のペットブームは勢いを見せ、ペットも家族の一員という意識のもと「人間と同じような供養をしたい」というニーズが高まりを見せる。
成田さんはペット葬儀会社と提携して最新の火葬炉に入れ替えたり、改装して納骨堂を造り、埋葬する動物供養塔を設置したりと、そうした要望に応えた。


さらに2017年にはペットと一緒に入れる永代供養塔を建立し、ペットを悼む人たちの心に寄り添った。
「近所にお参りできる場所があるのがうれしいという声が多く聞こえてきます。お盆やお彼岸だけじゃなく、散歩の途中やどこかの行き帰りにふらっと寄ってくださる方が多いんです。亡くなったわんちゃんや猫ちゃんのことを思い出したときなど、好きなときにさっと来て供養塔にお参りをしたり、お供えをしたりできる場所にしたいと思いました。今は門扉をなくし24時間開けている状態ですから、自由にお参りしていただいています」

人間の供養は日中~夕方の時間帯がほとんどだが、ペットの場合は仕事を休めないという人も多いので、夕方や夜にかけて行われることも少なくない。それらの要望に対応できるのも、感応寺が信頼される理由のひとつだ。

純粋な思いの集合体が場の空気を整える供養大祭

普段は長閑な空気に包まれる感応寺が、年に二度、大勢の人で溢れるときがある。毎年春と秋に行われる動物供養大祭だ。
「ペット供養ができる寺として認知されるようになり埋葬している霊の数もかなり増えてきた頃、みなさんが揃って供養する行事があってもいいのではないかと思いました。それで供養大祭を企画し、ホームページから発信したのです」

感応寺にご縁のある動物たちの供養を一斉に行う。飼い主も一堂に会し、思うままにペットを悼むという主旨だ。
「とはいえ、本当にニーズがあるのか、どれくらいの方がいらっしゃるのか検討もつかない。ただホームページに載せた以上、たとえひとりでもいらっしゃるなら開催しなければいけないと思っていました」

そんな心配をよそに初回は60名を超える人が訪れた。そこから徐々に増え、今では一度の開催で500~600霊の供養となり、4~5部制に分けなければ賄えない。

参加者それぞれが自身のペットのお骨や遺影、位牌、花などを携えてやってくる。亡くしたばかりの方から数年経つ方とさまざま。

供養大祭の大きな特徴が、飼い主のフルネーム、没年月日、ペットの名前を住職が読み上げる回向だ。参加者すべて、1日でそれこそ500~600ほどの霊とその家族の名前がお経となって成田さんの口から読み上げられる。これは大きな反響を呼んでいる。

「1回目にやったので、そのまま続けています。人間の法要でやることはないので、皆さんすごく喜んでくださいますね。だから大変ですがやめられない(笑)。とにかく間違えないよう神経を使います。前日はリストを前に、読みやすいように並べ替えたり調子を整えたりと、夜中まで調整しています。

ペットの命についての考え方は人それぞれだろうが、その死を悼み、救いを見出そうとしている人たちは少なくない。話を聞いていると飼い主たちの思いの受け皿として供養大祭が果たす役割は大きいようだ。

成田さん自身もペット供養、とりわけ供養大祭からは多くのものを得ていると語る。
「供養大祭に集まる方は同じ思いを抱えていらっしゃいます。利害関係も体裁もなく、ただただ亡くなった子の供養をしたいという純粋な思いですね。寂しさ、悲しみ、痛みなどをまとってはいるものの、みなさんが共有している純粋さで会場の空気が整っているのを感じます。法要が終わったときには、みなさんの表情に清々しさのようなものが見えて……それはとてもうれしいことですね。仏教の教えの力をダイレクトに実感できます」

動物にまつわる教義で自分自身も救われて

ゼロからスタートし、お寺としてのコンテンツを少しずつ広げていった。なかでもペット供養に関しては予想以上の反響があり、それに応えるように施設や行事を展開してきた。
「ペット供養をやるにあたり、改めて教義を調べ直ました。それまで学んだ中から動物たちに関わる内容の経典をひき出すわけです。法話で飼い主の皆さんと動物たちとの再会について話をしていますが、それらの出典はすべて教義にあります。どんなにみなさんが喜ぶからといって作り話をするわけにはいきませんから」

数多ある教義の中から動物の魂が救われる道筋を見つけ出し、飼い主の心に安寧をもたらす。僧侶として成田さんがご自分の務めに真摯に取り組んでいることが伝わってきた。

「僧侶の修行を続けると、自分の感情をある程度冷静に見られるようになります。コントロールもそれなりにできるようになるものなのです」
人間でも動物でもお寺を必要とするのは特殊な場面が多い。さまざまな感情を抱えて訪れた人たちと接する際の態度には十分配慮する。事務的あるいは感情的に偏らないように心がけているそうだ。

「ただ……」と何かを思い出すように振り返る。
「供養大祭を始めて2年目に、自分の猫が亡くなってしまって……」
成田さんが自宅で暮らしていた二匹の猫のうちの一匹が病気で亡くなってしまったのだという。

「もう、悲しくてどうしようもなかった。感情のコントロールが効かず、お経も唱えられなくなってしまいました。それもちょうど春の大祭の10日ほど前だったんです。うちの猫のことは参加する方たちにはまったく関係ないことです。とにかく頑張って気持ちを切り替えて大祭に臨みました。うちの子の話は泣けてくるので一切しませんでした」

精神力と気合で大祭は終えたものの、悲しみや寂しさはなかなか癒えない。
「それまでもペットを亡くす悲しみは想像してわかっているつもりでしたが、遥か上をいきました。こんなに辛いものかと。でもその経験によって、より飼い主さんの気持ちに添えるようになったと思います」

半年後の秋の大祭で、やっと自分の猫の話ができたという。
「その後、二度目の見送りを経験したときは最初より落ち着いていられました。もちろん悲しみはあるのですが、それよりも最初の子と向こうで仲良くしている姿がイメージできたので……。それは皆さんにお話するために動物にまつわる教義を学んだことから会得したものです」

そうした自身の経験も大祭で話す。施主である飼い主さんたちが望むのは、大仰な形式や立派な言葉だけではなく、心から動物を愛する人が、同じように自分たちの感情に寄り添ってくれる心の通った供養なのかもしれない。「この寺院で、このご住職に弔ってもらえるのなら安心だ」そう思う人たちが、感応寺にやってくるのだろう。

動物たちと飼い主さんたちがもたらしてくれる喜び

「あ、そろそろ4時になりますね。外へ出ましょうか」
感応寺のボス猫、タビさんとのアポイントの時刻だ。

境内へ行くと、なんと、タビさんは約束をしっかり守り、待っていてくれた(多分)。
まるでステージのごとき石の上でカメラ目線をくれたり、愉快なポーズで楽しませてくれたりするサービス精神は、さすがは寺猫といったところか。

寺には現在、タビさんを始め、バロンさん、ハミさん、モーさんと、住み込みの4匹のほか、通い(?)の猫さんもいる。猫たちは少しずつ代替わりしていく。亡くなった猫さんや、保護をして譲渡した猫さんたちのアルバムはいま3冊目だ。

別の僧侶や職員さん、同じ敷地に建つペット葬儀会社の社員さんと、とにかくみんな動物が大好きな人の集まりなので、猫たちにしてみればこんなに居心地のよい環境はないのかもしれない。

「ペット供養を始めてから地域のみなさんとの交流が増えました。都内のまったく別の場所で『感応寺の和尚さん!』と声をかけられることもあります。保護猫活動をしている方とのお付き合いで、一時預かりや譲渡会などにもご協力させていただいています。犬も猫も本当に可愛いですが、彼らを前にしたときの人間の顔がとてもいいんですよね。そして、掛け値なくやさしい思いにあふれている。それらに触れられることが、私の喜びなのです」

仏教の教えについて話す凜とした表情、寺の運営について話すいきいきとした表情、猫の話になると一転して少年のような笑顔になる。きっとどれもまったく嘘のないありのままの成田さんなのだろう。

世田谷区で生まれ育ち、小中と地元の学校へ通った。たまの休みには、家の近所の商店街を散歩して、新しいお店などを発掘するのが楽しいと語る。
「つい猫グッズに目がいっちゃって。先日もかわいい招き猫を見つけ、すぐに買いました」

悲しみを抱えて寺を訪れる人たちの心を癒し、ふたたび前を向く手助けをする「僧侶」として、そしてひとりの人間として、成田さんの歩みはこれからも続く。地域の人たちの笑顔と、自宅や寺の猫たちを活力にして。

感応寺
 
住所:東京都世田谷区上馬4-30-1
電話番号:03-5431-7676
電話対応:9:00〜24:00
ホームページ http://www.kannouji.com/
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