みんなの木工房 DIY好き。
堀口丈夫さん
「DIY」とは「do it yourself」の略で、家具や日用のアイテムなどを自力で作ったりアレンジしたりすること。ここ十数年で広く知られるようになったワードだ。最近は「DIY女子」なんてカテゴリーも登場し、二子玉川のハイブランドショップの中に溶けこむようにDIY関連のお店がオープンしたり、ネットには多彩なDIYサイトが立ち上がったりと、新たな盛り上がりを見せている。だが、そんなブームのずっと前から「DIY」の看板を掲げ、モノづくりをしたい人たちサポートしてきた人がいるのをご存知だろうか。世田谷駅近くで「みんなの木工房 DIY好き。」を営む堀口丈夫さんだ。
文章・構成:粟田佳織 写真:市川法子
製図から塗装までできる木工のシェア工房
世田谷線「世田谷」駅から駒沢公園方面に向かって数分歩くと、山小屋風のドアのある建物が目に入る。「木工房」「DIY」「木材カット」といった言葉が並ぶ木製プレートが、モノづくり施設なのだと伝える。
「みんなの木工房 DIY好き。」は、個人向けのDIY木工専門の工房(DIY好きは「だいすき」と読む)だ。オープンしたのは2001年だというからもう18年になるが、近所でも存在を知らないという人も少なくないらしい。立地は決して悪くないものの、住宅街と工房が結びつかないのかもしれない。
「いまだに喫茶店だと思っている人もいるみたいです」
18年前の立ち上げ以来、DIYアドバイザーとして工房を切り盛りしている堀口さんが苦笑して言う。
ドアを開けるとすぐに地下に降りる階段がある。
思いのほか広々とした地下スペースは、左手が工具や機材が並ぶ作業室、右手は製図をしたり塗装をしたりするスペースになっていて、いくつかの作品も展示してあった。
おもにシェア工房として、モノづくりをしたい人たちに道具や場所などを提供しているのだ。
「東急ハンズやホームセンターで木材を買っても、家ではなかなか作業ができないという人が多いんです。作りたいものがあるのに、どう作ればいいかがわからない人や、頭で考えたことが実際はうまくいかなかったという人たち、あとは場所や道具がないという人たちも訪れます」
利用者は子どもからお年寄り、超がつく初心者から上級者までとさまざまで、工房に求めるものもそれぞれちがう。
堀口さんはインフラの提供だけでなく、製作の相談にのったり、実際に指導をしたりと適宜必要な手をさしのべて、完成までのサポートを行う。
シェア工房のほかにワークショップなども開催している。スプーン&フォークやスツールなど、テーマを決めてやりたい人を募るのだ。夏休みは親子での参加が多いという。
木でできた小さな箱のようなものを取り出して見せてくれた。
「まだ完成前ですが、『カホン』という南米の打楽器です。さっきまで小学生の男の子がきて作っていました。夏休みの工作だそうです」
作業室には多彩な機材や工具が、定番からかなり本格的なタイプまで並ぶ。組み立てるだけでなく、木材の切り出しややすりがけから始められるのでモノづくりの醍醐味をじっくり堪能したい人にはオススメだ。ここの工具だけで簡単なリフォームやリノベーションまでできるのだそう。
「でもスタート時には今の2割くらいしかなかったですね。少しずつ揃えてここまできました」
2001年といえばブーム前夜で「DIY」は一部の人たちのコアな趣味、お父さんの日曜大工の延長戦上でしかなかった。いずれ今のような時代が来ると踏んでいたのだろうか。
「いや、何も考えていませんでした(笑)。ただ木工が好きで、それを仕事にしたいと思っただけです」
モノづくりのDNAを受け注いで
堀口さんの木工好きのルーツを辿るとお祖父さんの存在があった。
「実家が世田谷駅前で建具屋をやっていたんです。物心ついたときから工具や端材が身の回りにあって、もう全部おもちゃですよね。木を組み合わせてはいろいろなものを作っていました。建具というのは家の中のドアや障子などで、設置してからも壊れたり建て付けが悪くなったりしたら直すんです。祖父が工具をつかって手を加えると壊れていたものが直ってもとのように使えるようになる。そのことに感動したし、それができる祖父をかっこいいなと子ども心に思ったんです。その気持ちはいまも残っていて、DIYにつながっているのかもしれません」
自然な流れで工業高校、大学は建築学部へと進み、建設会社に就職。
「マンションの現場監督なんかをやっていました。携わったマンションのいくつかが世田谷区内にもあります。仕事はそれなりに充実していましたが、少しずつ木工に心が動いていったんですよね。あとは、自分、会社員が向いていないというのもわかってきて……(笑)」
DIYの工房を始めようと30歳を前に会社を退職。準備期間を1年ほどとり、その間にスウェーデンにある木工の学校に短期留学をした。
「『カペラゴーデン』という学校で開催している2週間のサマースクールです。スウェーデンは家具作りが盛んでセンスのいいものがたくさんあります。冬が長く、家にいる時間が長い北欧には家の中の時間を心地よくしたいという気風もあり、見た目だけでなく快適さを重視した家具が多いのです」
スウェーデン家具店IKEAが日本で大々的に展開を始めたのはその2年後だ。
すべてが手作り、そして手探りのオープン
帰国後、すぐに工房の準備にとりかかった。まずは場所探しだが、これにはラッキーな提案があった。
「ここ(工房)は、叔父の家だったんです。地下室があったもののほとんど放置状態。使っていいよと言ってくれたので使わせてもらいました。ひとりで片付けから始め、コツコツとリフォームです。電気配線なんかも全部自分でやりました。楽しかったけれど……1年近くかかっちゃいましたね」
だれにでも使えるレンタル工房、というのを打ち出したくて「みんなの木工房」というサブコピーを名前の頭につけた。
最低限の設備を整えてオープンしたものの、すぐに利用者など来ない。何度もいうがブームの前だ。
「でもハンズやホームセンターで木材や工具を買う人がいるということは、こういう場を必要になるケースもあるはずだと思ったんです。また、ちょうど世の中は不景気の一途を辿っていて、こういうときこそ手作り、モノづくりに人々の意識が向くはずだと。だから最初は待つしかないと腹をくくりました。ホームページを立ち上げたりチラシを配ったり、ボロ市で木材や工具を出品したり、できることからやっていこうと」
そうした地道な苦労が少しずつ実り、ひとり、ふたりとお客さんが来るようになった。
だが、そうなるとまた新たな課題に直面した。
「それまで初心者というか、素人の方と仕事をしたことがなかったので……教えるっていう行為が難しかったんです。職人の世界は『見て覚えろ』だったから、僕自身ちゃんと教わった経験もなくて。そこは想定外でしたね」
作り方以前に、工具の持ち方や使い方の指導から始まる。これを怠ると破損や怪我の危険もある。
「教えてもなかなか覚えてもらえなかったり、間を開けると忘れられたりして凹みました。でもよく考えたら、みなさんにとっては仕事ではなく趣味なんですよね。そもそものアプローチがちがうわけです。だからそういうことも踏まえて向き合うことを覚えました」
一方で、素人相手だからこその発見や驚きもあるという。
「プロには思いもかけない発想をしたりする人も多くて。前衛的な芸術品に近いようなものとか。オリジナリティいっぱいのキャットタワーなんかもありました。新鮮だし刺激を受けることも多いですよ」
そうして試行錯誤しながら続けているうちに徐々に雑誌の取材が入ったり、テレビ出演の機会などがあったりして軌道にのってきた。その間に「DIY」はすっかり人々の生活に定着し、ブームの波も二度ほど起きた。
最近は小物や家具づくりを超えて、セルフリノベなんて分野も誕生し、さらに熱を帯びている。
DIYの魅力は考えて作って使って、幸せになること
今は100均も充実し、家具だってプチプラタイプのものが出回り、手作りしなくてもリーズナブルにインテリアを整えることは可能なはず。なのに、あえてDIYをやろうとする人が増えている。それも十代の若い人たちや女性、あるいはシニアなど、ひと昔前は縁のなかった人も多い。
「DIYで作ろうとするほとんどのものは必要なものなんです。家の中の不便なことを解決したり、より快適にしたり、楽しく生活したりするためのもの。でも既製品ではサイズやデザインに満足できない。お金をふんだんにかけるわけにもいかない。ライフスタイルへのこだわりが強い人も増えていて、妥協せずに自分の満足できるものを手にいれようと考えると必然的に『手作り』になるのではないでしょうか」
たしかに。しかも最近は便利なDIYアイテムがいろいろ登場して、素人でもやればできる気分にしてくれる。家の中の不自然な隙間を埋めるジャストなサイズの、しかもスタイリッシュな棚を作りたい! そんな願いも叶えられそう。あれこれと頭のなかで構想を練るとそれもまた楽しくなってくる。
「見つからないから仕方なく手作りをするのではなく、作ること自体を楽しみたいという人が増えていますね。賃貸マンションに暮らしている人たちが、現状復帰できる範囲内でいかに理想のインテリアを創造するかという相談も多く、便利アイテムを駆使したり、アイデアを提供したりしてサポートします」
地下にある工房はちょっとした異空間のようで、周囲の音をシャットダウンした静謐な空気のなかでシブい工具やいい香りの木材に囲まれる時間は心地いい。作業を続けると次第に自分の世界にのめりこみ、無心になりそう。その時間こそが贅沢品のようにも思えてくる。
「みなさん、とても集中されますね。ただ、僕はふだん地下にいるので、休みの日は積極的に外に出たくなります(笑)。といっても結局ホームセンターめぐりとかになっちゃうんですけれど」
ビッグサイトや幕張メッセで開催される工具やアイテムの見本市には必ず顔を出す。
さらに今後は、要望に応えて訪問DIYなども考えているそうだ。
「相談にきた人たちが、実際に工房で作り、家に持ち帰って使ったときに『よかった』と思ってくれると嬉しいし、それこそがDIYの魅力なのだと思います」
不便なものに手を加え、より快適に使えるようにする——幼い頃に見ていたお祖父さんのスピリッツは、スタイルは変えながらも堀口さんにしっかりと受け継がれていた。
みんなの木工房 DIY好き。
住所:世田谷区世田谷1-5-10
営業時間:10:00~12:00、14:00~18:00
定休日:火曜、水曜
ホームページ:https://www.diysuki.com/
(2019/09/03)