BOWERY KITCHEN・PRETTY THINGS

山本宇一さん

最寄り駅
駒沢大学

駒沢の地に根を下ろして早22年の「BOWERY KITCHEN(バワリーキッチン)」。2000年代の東京カフェブームの立役者としてあまりにも有名な山本宇一さんが1997年にオープンさせた“東京の食堂”だ。お昼から深夜までいつでも同じものが食べられて、晴れの日も雨の日も、台風の日も雪の日も、変わらず迎え入れてくれる。2013年には歩いてすぐの場所にコーヒーが楽しめる「PRETTY THINGS(プリティシングス)」もオープン。90年代当時何もなかったというこの場所をなぜ選び、始めたのか。「お店は船のようなもの」と語る山本さんに創業時から変わらないというお店への思いについて話を聞いた。

文章:高山かおり 写真:山川哲矢 構成:芦野紀子

仮想しながら書き続けていた1冊のノート

1997年にオープンした「BOWERY KITCHEN」。当時山本さんは34歳で、飲食業の経験はほとんどなかったという。どのような道のりを辿ってお店をつくることになったのだろうか。

「消去法で自分のできる仕事を考えていったんです。これはできないなとか、これはやらないなとか。そうしてどんどん削っていくと、お店というものしかなかった。飲食業をやりたかったわけではなかったのかもしれません。あくまでもお店。扉があって、誰かが来てくれるという場所。20代後半くらいのことですね」

飲食店という場所で初めて働いたのは、29歳くらいの時のこと。
「20代後半くらいまではプラプラしていたのですが、都市計画に携わっていた時期もあって。その後西麻布にあった『SARA』というレストランで働き始めました。24時間営業のお店で僕は夜8時半〜朝8時半までの遅番。遊び感覚だったから、このお店をこうしたらいいのになって思ったことを書くノートを1冊作っていました。そうしたらある日突然お店が燃えたんです。僕はいなかったのですが、火事でした。だからお店を改装することになって、オーナーにここはこうしたらいいんじゃないですかって伝えたら、いいねって言われて。ノートに書いていたことをいろいろと話したら、そのノートは何?って言われて見せたら、僕のノート通りにリニューアルオープンしてくれたんです」

当時山本さんはお店で働き始めて1年足らずだった。
「自分たちの時代の老舗というか、そんなお店をつくるべきなんだろうなとその時に思いました。『SARA』で経験したことはこの『BOWERY KITCHEN』に受け継がれていると思います」

他の街にあって自分の街にないものを、自分で作りたかった

山本さんの生まれは東京・文京区。駒沢付近には子どもの頃、父親にアメ車で連れて来てもらったことがあったという。
「駒沢公園にホットドッグスタンドとかが出ていて、この辺はアメリカっぽくていいなと思っていたんです。当時は子どもだったからわからなかったけれど、文京区とはカルチャーが対照的だったんですよね」

そんな幼少期の体験もあり、世田谷の国道246号線よりも南側に絞って物件を探した。家賃が安かったことも理由の一つだった。

「当時から僕がずっと一緒に組んでいた形見くん(故・形見一郎さん、インテリアデザイナー)とともに自転車で三宿辺りからずっと走り回っていました。物件の探し方もわからないから、ここいいなと思ったら訪ねてみたり。2年くらい探したんだけどなかなか見つからなくて、一緒にお店をやろうって言っていた仲間たちがどんどん元気がなくなってきて(笑)。本当にやるの?って。もう無理かもって思っていた時になけなしのお金を持って、みんなでニューヨークに行きました。物件も決まっていないのに、照明や食器とかを買ったんです」

当時購入した照明や食器、棚などは今でも「BOWERY KITCHEN」の店内で変わらぬ風景をつくっている。当時大きなダンボールで30箱以上をアメリカから日本へ送ったそうだ。物件がまだ決まっていないのに、である。
「でも、そうしてニューヨークから帰ってきたら不思議なもので、ここを見つけたんです。帰ってきた直後くらいだったかな。守っててもどうにもならない。攻めるとなんとかなるんだなと思いました。いろんなコツをその時に習得しましたね」

「BOWERY KITCHEN」がある場所は元々車屋さんだった。その名残が入口脇にあるシャッターのような独特の大きな扉に残されている。

90年代当時の駒沢公園通りには、チェーン系のファミリーレストランが2つあったのみでほとんど何もなく、人の流れも全くなかったという。
「この通りは道がまっすぐだし、気がいいなと感じたんです。それはお店を始める僕たちだけでなく、きっと来てくれるお客さんも同じことを思うだろうと思いました」

お店を始める前、三宿に現在もあるクラブ「Web」のプロデュースを手掛けた山本さん。

「クラブは終わるのが朝の5時だから夜中の3時〜5時くらいに人がごはんを食べたり、お茶をするということを知っていました。ロンドンやニューヨークへ行くと、必ずそういう時間にいい店が開いている。東京には当時そういうところはなかったですね。だからロンドンやニューヨークがうらやましいなと思っていました。他の街にあって自分の街にないものを、自分で作りたかったんです。街ということを意識していました」

そうして誕生したのが、「BOWERY KITCHEN」だ。
「オープニングパーティーとして72時間お店を閉めずに、1,000円でコース料理を友人たちに振る舞いました。途切れることなくずっと人が入りましたね。友達が多かったからみんな来てくれました。都内のクラブからは全部お花が届きました」

オープン当初の営業時間は、午前9時から深夜3時まで。深夜2時までずっと行列が続いていたため、営業時間を4時まで延ばした(現在は深夜3時閉店)。深夜の社交場的な場所が住宅街の一角に生まれたのだった。

創業当時からほとんど変わらないメニューとお店のスタイル

店名は、ニューヨークのバワリーストリートに由来する。オープン前に照明や食器を買った場所でもある。今でこそ洒落た通りとして日本でもよく耳にするようになったが、当時は違った。
「その昔バワリーボーイズというギャングがいたようなゲットーな場所でした。キッチンサプライというか、東京でいう合羽橋みたいなところがあったのでそこでいろいろなものを購入しました。耳に馴染みのないバワリーストリートという通りに、毎朝起きると行ったんです。バワリーストリートに毎日行って、開いた食堂だからバワリーキッチン。その後、バワリーストリートがすごくお洒落な場所になったんです。ニューヨークって家賃の安い場所にホテルやミュージアムができたりしますよね。そういう意味では似たルーツかなと思います」

22年お店が続く中で面白いエピソードもたくさんある。
「ある夏の日、あまりにも暑かったのでみんなでプールに行こうと言って、お店を閉めたんです。土曜日の駒沢公園へ行ってみんなで遊びました。すると、潜水をして水面から顔を出したら周りがみんなお客さんだったんです。すごく居心地が悪くなりましたね(笑)その後お店に戻ってきてお店を開けると、プールにいたお客さんがみんな来てくれました。そんな風に影響力がちゃんとあるということが大事なのかなと思っています」

写真がなく文字で書いてある紙のメニュー表もメニュー自体も創業当時からほとんど変わっていない。ハンバーグにパスタ、グラタン、ピザ、ごはんものから甘いものまで幅広い。
だが、いつも来ているお客さんは頼むものが同じ傾向にあるらしい。ずっと同じものを食べ続けられる安心感があるのだろう。山本さんも同じものを食べ続けるブームを何度も繰り返していて、今は魚のメニューがブームとのこと。

「オープンの時からやりたいことはあまり変わっていません。料理、営業時間、値段、サービスは初めからできていたかな。何しろ自分の行きたい店を作ったから。今でも自分で行きたい店が変わっていないということだと思います。まあ適当にやっているんですよね。それがきっとお客さんにとってもいいのだと思います。よくサービスがいい、悪いって言いますよね。いつ行っても開いている、1年ぶりに行っても顔を覚えているとか、それがうちのサービスですね。立ち位置というか態度、それがサービス。適当にやっているから、最後に頼らなければならない価値観ってシンプルなんです。かっこいいのか、かっこ悪いのか。台風だけどこんな日に開いていたらかっこいいよね、とか」
山本さんをはじめ、働くスタッフたちはお客さんのことを本当によく覚えている。気さくに声をかけてくれるフレンドリーさがお店の魅力でもある。

お店は船のようなもの、お客さんを含めて仲間

「お店は街と関係がある。自分が何もしなくても街が面白いんだったら僕も楽しめるけど、街にあれが足りない、これが足りないって思った時に自分が何かつくりたくなるんだと思います。だから、商業施設の1階のこの角でお店を作りませんか?という話にはあまり興味がないんです」

2013年に「BOWERY KITCHEN」から歩いてすぐのところにオープンしたのはコーヒーが飲めるよろず屋のような店「PRETTY THINGS」だ。

「外付けハードディスクのカルチャーのような立ち位置でつくりました。コーヒーも音楽もアートも本もある店です。バワリーの中に全部一緒にするのは難しいけれど、同じ駒沢にごはんが食べられる食堂があって、カルチャーもちゃんとあると他の街よりも駒沢に行く可能性の方が高くなると思うんです。バワリーとプリティをハシゴする人も多いです。もちろんバワリーしか来ない人、プリティしか来ない人もいますよ。でもある瞬間に混ざったりしたらいいですよね」

「世田谷に住んでいる人は感度が高いと思います。どういうことかと言うと、変化球を投げてもちゃんと取ってくれる人がいる場所なんです。ものをわかっている人が多いと思いますね」

数年前から駒沢を“コマックリン”と呼び、「ブルックリンはよくできていて、マンハッタンへ行くと成熟しているものや認められているものがちゃんとコマーシャルになっている。ブルックリンって全員が認めていなくても何人かが認めているものがちゃんと価値になっているんです。駒沢もそういう風になるといいなと思っています」と駒沢という街に期待を込める。

「お店というのは船のようなものだから。新しい人が乗ってくることもあれば、途中で降りる人もいる。そういう船に乗り込んでいる人はお客さんを含めて仲間なんです。仲間探しの旅です。船から旅立たない子もいます。だから新しいお店をつくるんです」
大きな船での航海はまだまだ続いていく。

BOWERY KITCHEN
住所:東京都世田谷区駒沢5-18-7
営業時間:8:00~24:00
定休日:無休

PRETTY THINGS
住所:東京都世田谷区駒沢5-19-10
営業時間:11:00〜21:00

 

(2019/10/29)

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