ファインシュメッカーサイトウ

齋藤裕司さん

最寄り駅
桜新町

東急田園都市線の桜新町駅から桜並木を駒沢方面へ少し歩くと、都内では珍しい本場ドイツ仕込みのソーセージとハムの専門店「ファインシュメッカーサイトウ」がある。毎日丁寧に手作りされたソーセージ、ベーコン、コンビーフなど本場仕込みの加工肉の数々には、今日はどれを持ち帰りおかずにするのか、はたまたビールのつまみにするのかを毎回悩ませられる。オーナーシェフの齋藤裕司さんは、大手ビール会社でのドイツ赴任から現地の食文化に触れ、帰国後縁あって手作りのドイツソーセージの道へ進んだ。2012年に開店し、地域に馴染み街に欠かせない店のひとつになった頃、閉店の危機に迫られる。開業から齋藤さんと地域の結びつきをより一層強いものにした移転の出来事まで、お話を聞いた。

文章:高山かおり 写真:阿部高之 構成:芦野紀子

ドイツ製の機械に囲まれて

開店のおよそ2時間前の午前9時、ファインシュメッカーサイトウの朝が始まる。お店の奥にある厨房では大きな機械が鎮座し、齋藤さんが丁寧に手を動かす。ソーセージ作り真っ最中の午前10時に伺うと、ちょうど中央にある機械で肉をミンチしているところだった。機械は全てドイツ製だという。
「日本の機械ではなかなかこういうものはないですね。魚がメインだからどうしてもパワーが弱くて、ミンチにすると全然違うんです」

機械から細長い状態で出てくるミンチした肉を、羊腸を持つ齋藤さんの手が受け止める。ツヤツヤとした長さのあるソーセージがどんどん生まれていく。
「天然だからこことここの太さが違うでしょ。ソーセージでは羊の腸が一般的ですね。2.8cmくらいの太さまでのものはほとんど羊だと思います。それよりも太くなると豚ですね。羊腸は噛みごたえがちょうどいいんです」

厨房の奥にどっしりと居座る大きな機械は、加熱から煙を入れて冷却までできるもの。よく見ると、“MADE IN WEST-GERMANY”という文字が書いてある。ドイツが東西に分裂していた頃のもののようだ。
「僕が使っているのは旧型です。15年落ちくらいの中古を購入したんです。おそらく85年製だと思います。最新型はボタン一つで全てできてしまうのですが、壊れてしまった時にドイツ製だからすぐに対応できないですよね。手作業の部分が機械化になっているので、小さな規模でやっているところは、僕のように手作業でやる部分を残しながら機械を使っている人が多いと思いますよ」

ソーセージを加熱している間、齋藤さんがお店を開店するまでの経緯について話を聞いた。

ソーセージの世界に魅せられて

千葉県生まれの齋藤さんは、調理師専門学校を卒業後某大手ビール会社に入社。配属された外食事業部でドイツ・デュッセルドルフへ赴任することになる。その後、違うことをやってみようと思い退社し、ザールブリュッケンという南西部の田舎へ移りレストランで勤務した後、日本に帰国した。転機が訪れたのは1999年。外食事業という括りから、ソーセージの世界にのめり込んでいく。

「たまたま家の近くにハンス・ホールベックというお店ができたんですよね。僕ドイツにいたんです、と話したら社長が僕と同じくたまたまザールブリュッケンで働いたことがあったみたいで。そこで働いたことがある日本人なんてあまりいないからすぐ来なよ、と採用してくれたんです」

ハンス・ホールベック社では、スパイスを輸入する仕事やアンテナショップも運営。この経験が今のお店に生かされることになる。
「このスパイスでこのようなソーセージが作れるということをアンテナショップで紹介していました。そのうちショップの方が忙しくなってしまって別会社にしたんですよね。工房長もさせてもらえたので、自分でやってみようかなと思い始めました」

2012年10月、桜新町に自身の名を掲げた「ファインシュメッカーサイトウ」をオープン。なぜこの地を選んだのだろうか。

「ドイツ人学校があざみ野の先にあるんですよ。震災前くらいまでは、この辺りに住みながら両親は都心で働き、子供たちはドイツ人学校に行くという形で駒沢からあざみ野までの区間に住む人たちが多かったんです。桜新町がサザエさんの街だという認識もなかったくらい土地勘もなかったのですが、たまたま桜新町を選びました。開業してから気づきましたが、地元のつながりも残っているし、ここで良かったなと感じています」

丹念に作り続ける日々

オープン時は、現店舗よりも少し先にある場所での開業だった。
「オープンして2年くらいは浸透しなくて大変でしたね。前のお店は元々エクレア専門店だったんです。その印象が強かったのか、オープン後もそのお店宛てに電話がかかってきたりもしていました。お店もお客さんからすると少し入りづらかったのかもしれません」と話す一方、「不安はありましたが、絶対ライバルが少ないっていうのはわかっていました。前職での経験から、僕のような業態の店がどこにどのようなお店があり、どのような商品構成なのかということも知っていましたし。そうそう真似ができるスタイルではないので、根付けばなんとかなるかなとは思っていました」と、ソーセージを丹念に作り続けてきた。オープン時からメニュー構成はあまり変わっていないという。

名前が違うものだと、3,000種類くらいはあると言われているソーセージ。
「地方によって名前が違うだけで、同じ商品というのもあります。それを合わせると1,500〜1,800種類くらいと言われていますね。僕は300種類くらいしか作ったことないと思います」

あまりの種類の多さに驚くが、「一度しか作ったことのないものもありますよ。ハンス・ホールベック社での勤務時を含めて、作ったことのあるものの中から日本で受けるだろうなと思う70〜80種類くらいに絞って作っていたんです。僕はそこからさらに30種類くらいに絞りました」

店内に入りすぐ目に飛び込むショーケースには、フランクフルト、ヴァイスヴルスト、ザウマーゲン、ベーコン、ロースハム、ミストラトマト、イタリアンサラミ、田舎風テリーヌなどあまり日本人には馴染みのないような商品名のソーセージも並ぶ。ドイツでは100種類を常備するお店も珍しくないそうだ。なぜドイツでソーセージが根付くことになったのだろうか。

「事実かどうかはわからないのですが、ドイツ人のシェフ曰く、イギリスとドイツは産業革命の時に女性が社会に出てくるのが早かったそうなんです。ハムやソーセージは切ってすぐに食卓に出せますよね。お母さんが家で料理を作る時間がなくなってしまったのがイギリスとドイツが早かったのでは、と話していましたね。イギリスは冷凍食品が多いですよね。野菜も冷凍が多いと聞きます。解凍してすぐ食べるとか、外食文化がどの国よりも早く広まったのがイギリスとドイツ。魚屋さんが日本の食文化を支えたみたいに、肉屋さんが食文化を支えたんじゃないでしょうか」

時代背景と食文化の密接な関わりに思わず膝を打つ。齋藤さんのソーセージにまつわる話は止まらない。店頭でも配布しているおすすめの食べ方・商品豆知識をまとめた紙や店内の看板もソーセージ愛で溢れている。

地域の方のおかげで今がある

ソーセージのいい香りが店内に漂ってきた。タイマーの音が鳴り、「ちょっと失礼します」と齋藤さんは厨房へ向かう。大きな機械の扉を開くと蒸気が立ち込め、その中から素手で70℃のソーセージを取り出す。

「70℃で雑菌が死ぬんです。テイクアウトをさせない場合はもう少し温度が低くてもいいのですが、うちの場合はテイクアウトがメインなので。僕が前職で師事していたシェフは、添加物は100年以上経っていないと嫌だという人でした。100年経てば安全に使用できるはずだから、と。無添加でも作れないことはないのですが、無添加にした場合テイクアウトにすると食中毒の危険性がすごく増えてしまう。家でも安心して食べられるようにするには少量の添加物は必要という考え方でした。また、結局美味しく作るために例えばハンバーグを作る時に卵やパン粉、牛乳を入れますよね。理論的にはあれも添加するもの。添加することによって美味しくなる添加物というのは、僕は使ってもいいと思っています。長持ちさせるために使う添加物は嫌いなんです」

ハンス・ホールベック社で師事したシェフの考え方を継承している。

取り出したソーセージをフライパンへ移す。強火で加熱し、提供してもらう。口に入れるとジュワッと広がる肉の旨味。そして何と言っても香りが違う。日本でのソーセージは、加工肉や長期保存というイメージが強くはないだろうか。この場でできたものを食べられるという体験はなかなかできないように思う。

「保存食というのは日本人の認識なんです。僕もドイツへ行くまではそう思っていました。ドイツ人はソーセージは生製品だと思っています。サラミや生ハムは保存食ですけどね」

自分で作るようになってから出来立てのソーセージを食べるようになり美味しさに気付いた。だからこそドイツのソーセージと日本のものが違うということを伝えたいのだと強く語る。

約1年前に現在の場所に移転。様々な事情が重なり移転を決めたものの、なかなか条件に合う物件が見つからず苦労した。近所のカレー屋やお花屋のオーナーなどをはじめ、お店に通うお客さんまでもが必死に物件を探してくれたという。ある時はお客さんがソーセージを選びながら、スマートフォンで見つけてきた物件情報を見せてくれた。齋藤さん自身とお店が街から愛されていることを物語る象徴的なエピソードだろう。
「桜新町にいてほしい」と願い続ける街の声。

「もう今月で出なくてはという時にもまだ決まっていなかったんです。機械が大きくて入らないというのが一番のネックでした。このままだと店を閉めなければという時に、商店街の方たちがここを紹介してくれたんです。本当にギリギリでしたね」

現在の物件が偶然空いたタイミングだった。まさに地域の人が繋げてくれたバトンのようである。街の人が願い続けた思いが叶った瞬間。どれだけ桜新町の人々が安堵しただろうか。
お店は街の人が支え、続いていく。支えてくれるお客さんに思いを込めながら、今日も齋藤さんは丁寧にソーセージを作り続けている。

ファインシュメッカーサイトウ

住所:東京都世田谷区新町2-10-13
営業時間:11:00~19:00
定休日:火曜、水曜
ウェブサイト:http://www.feinschmecker-saitou.com/

(2019/10/29)

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