Indian canteen AMI

伊藤恵美さん

最寄り駅
駒沢大学

住宅と小中学校が織りなす弦巻の街にオープンしたIndian canteen AMI。すこし不便な立地ながら、店主の伊藤恵美さんがつくるインドの家庭料理をベースにしたカレーを求めて、AMIは今日もたくさんのお客さんで賑わっている。オープンわずかながら、世田谷の住宅街に新しい風景をつくりつつある小さなお店、そのコンパクトな空間に込めた想いと街の印象について聞く。

構成・文章:加藤将太 写真:田尾沙織

インドに魅了されて

国道246号線と世田谷通りの間を並行している弦巻通り。東西に伸びる二車線の道路の裏側には住宅街が広がって、いくつかの小中学校もある。2015年5月、そんなファミリー層の生活がイメージしやすいエリアに『Indian canteen AMI』(以下AMI)はオープンしたのだった。

くしゃっとした笑顔でお店をひとりで切り盛りするのは店主の伊藤恵美さん。まだオープンして2ヶ月ではあるものの、12席のコンパクトな店内には毎日たくさんのお客さんで賑わう。カレー激戦区の世田谷区にまたひとつ、本格的なインドカレーを味わえるお店がオープンしたと、口コミレベルでお店の評判は広がり続けているが、AMIが店舗を構える弦巻は最寄り駅の駒沢大学駅まで徒歩10分以上はかかる。すこし不便な立地の住宅街になぜ出店しようと考えたのだろうか。

「お店を出す場所はざっくりと東京都内にしようと決めていたんです。駒沢は以前からお世話になっている『SNOW SHOVELING』の中村さん(中村秀一)や『巣巣』の岩崎さん(岩崎朋子)から勧められたのがきっかけですね。ご飯屋さんが少ないという話を頭の片隅に入れながら、居抜き物件サイトで前はコーヒー屋さんだったこの場所を見つけました。やりたいお店のコンセプトをまとめた書類を大家さんに見てもらったうえで面談したら借りられることになって、1月末には物件を契約したのかな。友達に内装を手伝ってもらいながら、なんとかオープンできましたね。予定より1ヶ月遅れちゃいましたけど(笑)」

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ここで伊藤さんのプロフィールを紹介すると、AMIをオープンする以前はヨガの会社でヨガ手帳やヨガマットをはじめとする商品企画を務め、それ以前はインドと取引のある宝石会社でダイヤモンドの買い付けのために何度もインドを訪れていた。

これだけの情報量でも、伊藤さんがインドと関わりのある仕事に就いてきたことがわかる。さらにいえば、大学時代は東京外国語大学でウルドゥー語を専攻。根っからのインド好きなのだ。ちなみにAMIの食器棚に書かれているアラビア文字は伊藤さんが自ら書いたもの。それにしても、なぜマニアックなウルドゥー語を学ぼうと決めたのだろうか。

「ウルドゥー語を学んでも、まったくお金にならなかったんですけどね(笑)。外語大のパンフレットを読んだら、国の様子が写真付きで紹介されていたベトナムかインドに行ってみたいなと思ったんですよ。それから予備校の冊子に書いてあった、パキスタンでハンセン病の治療をしていた中村さんというお医者さんの記事を読んだんです。それがきっかけでウルドゥー語を専攻しようと決めて、大学1年の春休みにはじめてインドに行って、そこからハマっちゃいました。インドと接してきてこのまま卒業するのは勿体ないなと一年休学して、パキスタンに7ヶ月住んだこともありますね。帰国してから何かインドとつながりのある仕事がしたいと思って、インドと関連する企業の採用試験を受けたんです」

最期にやりたいのはインド料理屋だった

物件の契約が決まって、今年の2月にもインドを訪問。そのときは宝石会社でお世話になっていたインド人の元同僚の自宅に泊めてもらったという。今振り返れば、その仕事に就いていたときにヨガとインド料理を趣味ではじめたことが料理を生業にするきっかけになっていた。趣味だったインド料理を追求していくと、ヨガを広めていた前職時代にはヨガのイベントでカレーを作って出すまでに。それでも自分がお店をやるとは正直思っていなかった。

「漠然と自分の最期はインド料理屋かなと思う程度だったんですよ。でも、2年前の夏過ぎにいろいろなタイミングが重なって。私は40歳になって、前職の社長に『恵美ちゃんは結局、何が一番やりたいの?』と聞かれて、友達が山で遭難して亡くなってしまったこともあって、本当に自分がやりたいことを考えるきっかけになったんです。最終的にやりたいことはやっぱりインド料理屋だった」

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それから物件を探しはじめて、この場所と巡り合った。ところで、店名のAMI(あみ)と恵美(えみ)は微妙に語呂が似ているし、AMIは女性の響きがする言葉。AMIに込められた意味について教えてもらった。

「ウルドゥー語でお母さんのことを“ammi”(アンミー)って言うんですよ。私はインドやパキスタンのお母さんが作る家庭料理をこれからも学んでいきたいし、お店でも提供していきたい。そんな気持ちが込もっていて。フランス語でAMIアミは友達の意味もあるし、知人からベンガル語で自分という意味もあるって教えてもらったんです。それで、いい単語だなぁと思って、お店からいろいろなつながりが生まれたり、自分と向き合える時間が持てたりするような空間にもなればいいなという想いもありますね」

もうひとつ。“canteen”という単語もAMIにかかってくる重要なポイントだ。

「ここをご飯屋さんと限定したくないんですよ。たとえば食堂と付いていると、ご飯屋さんに限定されちゃう。カフェと付けると小洒落た感じになってしまうし、私の雰囲気じゃない。canteenはパキスタンに留学していたときによく使っていた単語なんです。学食、社員食堂という意味で、『canteenに行って、サモサでも食べながら勉強しよう』と気分転換の場所として誘ってくれる先生もいたんですよね。だから、ちょっと息抜きをする場所。この間ここでイベントをやったように、これからもいろいろな使い方をしていきたいですし、ただご飯と向き合う場所というイメージはないんです」

ご近所さん同士ならではのやりとり

伊藤さんがインドにのめり込んだ理由について聞いてみると、現地の歴史と文化を交えて教えてくれた。

「インドに行くと生きている実感がするんです。向こうにはカーストがあって、いろいろな生活がある。貧富の差はあるけど、みんな現状を受け入れてそれを楽しんでいるというか。私にとって元気をもらえる場所なんです。インド人は基本お弁当を持って仕事に行くんですよ。ランチにそれをわけてもらうのが楽しみで、厳格なベジタリアン料理まで知ることができたのは大きかったですね。ベジ料理だけど満足感があって奥が深かった。私がインド料理を食べたのは大学1年生がはじめてだけど、今の子どもたちは普通にグリーンカレーを外食で食べているし、香菜も一般的になりつつあるから、『時代は変わったな…』と思いながらカレーを出してますよ(笑)」

話題をAMIに戻そう。コンパクトな店内を見渡すと、奥の小部屋はディスプレイとして活用されている。置かれているのは趣味で買い集めた生活雑貨やSNOW SHOVELINGで買ったインド関連の本。内装とインテリアからはエスニックな雰囲気は感じるもののインドに限定したイメージはなく、むしろ無国籍な印象を受ける。前述の「ただご飯と向き合う場所にしたくなかったから」という想いは内装にも反映されている。

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提供するカレーはインド料理そのものだけど、空間はいかにもインド料理屋という風情にはしたくなかった。それもあって、AMIにカレー好きからご近所さんまで幅広いお客さんが足を運ぶのかもしれない。カウンターからは人の行き交う様子がよくわかる。

「いろいろな人が来てくれますけど、この辺りでお店をやっている人も来てくれるのはうれしい。目の前のオヌマデンキさん、花屋さん、並びのケーキ屋さん。私も電球やお花を買ったりしますし、ケーキ屋さんは箱が勿体ないからお皿を持っていきます(笑)。この前、並びの床屋さんでカラオケ大会があったんですよ。その日にカレーをテイクアウトできないかとお店の人から頼まれたこともあって。お花屋さんなんてお皿で持っていきましたからね。すごく土砂降りの中だけど届けに行かなきゃいけないから、お客さんに「すみません、カレーを届けてくるんで待ってもらえますか…?」って頭を下げて(苦笑)。カレーのお皿にお菓子が2つぐらい乗って返ってくることもありますし、この辺りは世田谷だけど結構下町っぽいところがありますね。野菜は松陰神社商店街の八百屋さんで買っていて、お願いすれば香菜も仕入れてくれますし。すごく気に入っていますよ、いい場所に出会えたなって」

テイクアウトはご近所のお店とだけのやりとり。くれぐれも普段の営業ではやっていないのでご注意を。

私も誰かのきっかけになりたい

ウルドゥー語の専攻から見つけたインドへの興味関心、ひとつの国へ広がった興味のフォーカスはやがて、現地での経験と日本での社会人生活から料理へと絞られるようになった。今ではインド料理は自身の生業に。そんな一つひとつのきっかけの積み重ねから伊藤さんとインドの関わりは変わってきた。大好きなことを仕事にしてきた経験も、お店をやっていく上で大きなモチベーションになっているという。

「私のような人はいっぱいいると思うんです。自分の好きなことをずっと続けてきているけど、場数を踏むことで自信に変わってもっと楽しくなってきた。そんな好きなことを仕事にできるということを共有できたらいいな。私が場を与えられて自分の世界が広がったように、私も誰かのきっかけになりたい。そのためにも料理だけじゃなくて、今後もこの場所を誰かに使ってもらってイベントをやっていきたいなと思いますね。そこから新しく開ける世界もあるし、横のつながりが生まれて楽しくなるかもしれない。しんどい毎日から救われることもあると思うから」

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オープンして3ヶ月を迎えるが、この街に関わる生活者としても地域に対して思うことが芽生えてきた。

「この辺りは空き店舗がすこしあるんですよ。8月いっぱいで閉店しちゃうお店もありますし、なかなか入居者の決まらない物件もある。それがどうにかならないかなぁと思っていて。住んでいる街にすこし寛げるお店があるだけで生活が楽しくなって潤うじゃないですか。そういうお店が増えてほしい、街の人にとってもその存在は大事だと思うから。私も近所にカフェやパン屋さんがあるかないかで生活が変わっちゃう。このお店も誰かにとって、そんな存在になりたいですね」

適度な距離感から伝わってくるインドの手ざわりと、伊藤さんの気持ちのいいキャラクター。きっとこれから多くの人たちがAMIを訪れるんだと思うけど、カレーが流行り続けている今だからこそ、ただ雰囲気で切りとってほしくない。だから、この街でどんな想いでお店をやっているのかを文章に残しておきたかった。なかなかカウンター越しに聞く機会のない話、伊藤さんのカレーと一緒に味わってもらいたいと思う。

Indian canteen AMI
住所:東京都世田谷区弦巻2-8-15
営業時間:12:00~16:00(15:00 LO)
定休日:水曜、木曜、不定休あり
Facebook:@indiancanteenami
Instagram:@amicurry

 
(2015/08/04)

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