HOUSE OF FER TRAVAIL

森川竜也さん

最寄り駅
世田谷

世田谷駅から歩いてわずか数分。ボロ市に行ったことのある人なら馴染み深い、細く緩かな坂道を少し登ったところに、これはなんだろうと気になってしまう、ちょっと変わった外観の建物がある。そこが、今回ご紹介するインテリアショップ、「HOUSE OF FER TRAVAIL(ハウス オブ フェール トラヴァイユ)」だ。どなたかのお宅に裏口からおじゃまするような気持ちで店内を覗くと、空間いっぱいに並ぶのは、店主の森川竜也さんがフランスから仕入れ、自ら丁寧に修復したという古いインダストリアル家具の数々。大きな窓から注ぐやわらかな自然光に照らされて、まるで舞台に置かれた小道具のように、お客様との一期一会の出会いを待っている。積み重ねてきたであろう豊かな時間が上品に宿る空間と、様々な地で人の暮らしに寄り添ってきた古いインテリア、そして、それを蘇らせる店主の手仕事―。ここは、単なる家具屋さんではなく、長い時間と人の手による美しさがある場所だ。

文章:内海織加 写真:阿部高之 編集:鈴石真紀子

使いやすさが自ずとデザインになる、その”機能美”に魅せられて

しとしと雨が降る日の午後、「HOUSE OF FER TRAVAIL」を訪れると、天井高の空間を満たしていたのは、雨で浄化された済んだ空気と晴れの日とは一味違うやわらかく穏やかな光。ポツポツと心地よいリズムを奏でる雨音を聴きながら、所狭しと並ぶ古い家具の間をゆっくりと歩いていると、国も時代も、今いる場所とは違うところに来てしまったかのような不思議な感覚に包まれる。

そんなふうに感じられる理由のひとつは、この場所にあるインテリアのほとんどが、店主の森川竜也さんがフランスから買い付けた、工場や学校などで使われてきたインダストリアル家具だからだろう。古いものだと、産業革命後、間も無く使われていた1920年代、1930年代のものもあるというのだから、価値としてはもうアンティークの域だと言う。

ずらりと並ぶ家具の中、窓際の大きなテーブルをステージがわりに、整然と並んでいる椅子があった。それは、飾りっ気があるわけではないが、シンプルで削ぎ落とされたデザインがむしろ美しく感じられる。まったく同じではないものの、工場で使われていたこの作業用の椅子こそ、森川さんにとっては思い入れのあるアイテムだそう。

「実は、あそこに並んでいるような作業用の椅子がきっかけで、この仕事でやっていこうって決めたんです。というのも、インテリアの設計を学ぶ専門学校を卒業した後に、中古家具を扱うお店でアルバイトをしていて。当時はミッドセンチュリーとかデザイナー家具に憧れがあったので、そこまで中古家具のことは知らかったですし、むしろ古いものは苦手な方だったんですけどね(笑)ある日、店にこんな感じの作業用の椅子が入ってきたんです。海外の身体の大きな人が座るには、脚が華奢に見えたんですけど、よく見ると強度もきちんと考えられていて、それが自然とデザインになっているのがわかりましたね。本質的なデザインっていうのは、こういうことだなぁと。初めて機能美というものに触れて衝撃を受けました。そして、目立とうとするわけではなく、ただ実直にそういうものを作っているデザイナーや職人がいるということもかっこいいなぁと思って、そこからインダストリアル家具に夢中になりましたね」

買い付けられてくるものもその時々で違う中古家具の世界は、まさに一期一会。そう思うと、そのタイミングで森川さんの目の前に、この一脚の作業用の椅子が現れたのはご縁であり、何者かからのギフトとしか言いようがない。

手で触り家具の声に耳をすまして、導かれるように直していく

店内に並ぶアイテムを見ていると、木の風合いや鉄の錆跡から、その家具が重ねてきた膨大な時間は感じられるものの、どれも現役で使えるものばかり。それは、状態の良いものを仕入れているのではなく、森川さんご自身がひとつ一つ丁寧にメンテナンスを施し、使えるように手を加えているため。

「前に勤めていた店でも、スタッフがみんな販売もメンテナンスも行っていたので、そのおかげで修理業務はだいたいできるようになりました。木で直せないところは鉄で補ったりしながら、最低でも何十年かは使えるように直していくんです。修復作業は、”真っ裸にする”っていうところから始めます。高圧洗浄とかできれいに洗って、そこから少しずつバラして、触りながらそのものを知っていく。そうすると、どこをどう直したらいいのか、家具がちゃんと教えてくれるんです」

年代も作りかたもバラバラな中古家具には、もちろんマニュアルなど存在しない。森川さんは家具の声に耳をすまして、古い家具を蘇らせていくから、木製の家具の一部を鉄のパーツで補うなど元にはない進化を加えても、ちっとも違和感は感じない。最初からそういうデザインだったかのように、馴染んでしまうから不思議だ。

しかしながら、修復作業には当然手間を要す。だから、仕入れの際には状態のいいものを仕入れるのが普通かと思いきや、森川さんの場合はちょっと違った。

「仕入れで現地に足を運ぶこともあるんですけど、特に状態のひどいものを買ってしまうんです。僕が買わなければ、買手がつかなくて捨てられてしまうんだろうなぁ、ってうもの。これを買ったら修復が大変だろうなぁ、とは思うんですよ。でも、僕しかいないかなぁって、つい義務感のように……(笑)。そうやって仕入れたものが、ちゃんと直ってショップのディスプレイになったりすると、なんだか誇らしくてね」

その表情は、我が子の成長に眼を細める父親のよう。そして、こう加えた。

「僕の場合、直していく作業って、掃除しているような感覚なんです。最初は、ものすごく汚れているし、引き出しに虫とかが残っていたらどうしようなんてびくびくしながら、怖いものを触っている感じです。でも、始めたら徹底的にやりたくなってしまう性分で(笑)。少しずつきれいになっていくのが気持ちいいんですよ」

森川さんにとって修復とは、機能として使えるように直すというだけでなく、もう一度、命を吹き込み育てることを意味するのかもしれない。だから、きっと、手間のかかりそうな子も見捨てることはできないし、手間のかかる子ほどかわいいのだろう。

表情豊かで温かみもある、生き物のような「鉄」の魅力

店舗の奥にある倉庫を案内してもらうと、そこには修復作業を終えた家具が静かに鎮座し、今か今かと出番を待っている。木がベースのものも、鉄のパーツで補強されているからか、やわらかいだけでない程よい重厚感を纏っている。そして、店名にも鉄を意味す単語が入っているように、この鉄の加工こそ、森川さんらしさ。なぜ、鉄にこだわっているのか。その理由は、究極にシンプルだ。

「鉄が好きなんですよね。昔はステンレスとか、デザイナーが作るシャープなものが好きだったんですけど、修理をする中で触っているうちに、鉄が表情豊かなことや、やわらかく温かみがあることを知って、すっかり魅力にとりつかれてしまったんです。地球って、水の星と言われていますけど、中は鉄ですから鉄の星でもあると思うんですよ。だから、僕ら地球人のDNAの中にも鉄のなにかがあるんじゃないかな?って(笑)」

鉄という素材は、時間の経過に伴って変色したり錆びたり、まるで生き物のように刻々と変化する。その錆びた状態もまたいいのだと森川さん。

「買い付けてくる鉄製の家具は、大半が錆びていてとても汚いんです。でも、錆びていればいるほど嬉しいんですね。それは、磨いた時にいいテクスチャーになるから。どこまで錆びを残そうかなんて一切気にせず、全力で向かっていって仕上がりの質感がかっこよくなるくらいの錆びが好きですね。分厚い鉄に穴が空いちゃうくらい、思い切り磨くこともあります。調整しないと残らないくらいだと、大した錆びじゃないですよ(笑)」

家具に残る錆びは、遠い地の空気に触れ、長い時間を生き抜いてきた証でもある。そう思うと、今こうして縁あって目の前にやってきたという事実に、ものすごいロマンを感じずにはいられない。この家具は、どこでどんなふうに使われてきたのだろう。どんな人々の暮らしの中にあったのだろうと、想像が膨らんでいくのだ。

そして、すっかり鉄の虜になってしまった森川さんが、最近、新たな取り組みとして向き合い始めたのは、意外にも和家具。このラインは、鉄の古称である「鐵(くろがね)」と名付けられ、インダストリアル家具とは切り離して展開している。

「京都に『まゆらう』さんという京町家を改装したギャラリーがあるのですが、そこの店主の馬場さんとお会いした時に、今、フランスの家具に施している手法を和家具でもやってみたらおもしろそうだね、なんて盛り上がって。もともとそういう発想は全くなかったんですけど、京都で展示をさせてもらえるなら挑戦してみよう、と始めてみたんです。江戸時代の家具やいかにも和箪笥みたいなものも扱うのですが、触っているうちに木の種類や木目も気になってきちゃって。通常のフランスの家具とは、完全に頭を切り替えてやっているので、和家具をやっている時はインダストリアルのことは考えられなくなっちゃうんです」

実際に仕上げられたものを拝見すると、ベースは間違いなく和家具であるのに、天板にモルタルが薄塗りされていることで、どこかモダンな雰囲気に仕上がっている。その絶妙なバランス感覚は、長年、海外のインダストリアル家具と向き合ってきた森川さんならでは。見た目にかっこいいだけでなく、掃除がしやすいように脚を付けるなどの工夫を施しているところはさすが。家具は、オブジェではなく使ってこそ。そんな森川さんの想いと愛情が、クールなアイテムからも熱く伝わってくる。

時間の蓄積を美しく肯定する、芸術家のアトリエだった空間

「HOUSE OF FER TRAVAIL」は、この場所と出会って12年が経とうとしている。今では、置かれている家具もすっかりこの空間に馴染み、昔からここでお店をやっていたかのようだ。しかし、倉庫のような空間とも少し違う、なんとも言えない上品さのようなものが宿っている気がするのは、なぜだろう。

「ここは、かつて向井良吉さんという彫刻家のアトリエだった場所なんです。今はなくなってしまいましたけど、お隣には向井さんと親交があり、世田谷区役所も手がけた前川国男氏が設計のご自宅兼アトリエの母屋があって、そこと並んでいた時は一体感があってとてもよかったんです。大家さんが芸術家ご一家ということもあって、おもしろそうな人がいたら貸すくらいの感覚だったようで、僕が借りる前は、長いこと
空いていたみたいですね」

彫刻家のアトリエと聞いて、自然光がたっぷり入る作りや贅沢な天井の高さ、そしてこの場所に染み込んだ空気感など、全てに合点がいった。森川さんが借りる直近は、大家さんがやっていたマネキン工場として使われていた場所。今の店内には3台の彫刻台が並べられ、マネキンの原型を試作、製造する場所だったのだそう。森川さんがそんなユニークな場所と出会ったのも、きっと何かのご縁。

「いろいろな物件を見ている中で、最後の最後にここを紹介してもらって、外観を見ただけで気に入っちゃったんです。ここでやる前は、中目黒の高架下でやっていましたから、正直、ここまで大きな規模の空間を借りるつもりじゃなくて。だから、急遽、銀行からお金を借りたりもしましたし、スタッフにいつでも夜逃げできるように彼女は作らないでね、なんて冗談を言ったりして(笑)。ここにお店を構えるまでは、世田谷線も知らなかったくらい縁遠かった場所ですけど、住宅街の中にある感じが気に入っていますね。静かで奥まっている感じもちょうどよくて」

ここに来るお客さんは、通りがかりに来るというよりは、何かでこの店を知ってわざわざ足を運ぶ人が多かった。だから、広い通りに面していないことで、むしろ隠れ家感が生まれ、それもまたこの店への特別な価値に繋がったのだろう。

「少し前までは、常連さんに『ここは人に教えたくない店No.1です』とか『ここだけは秘密にしてるんです』って言われることが多くて。そりゃ、口コミで広まらないわけだ、と(笑)。でも、ここ最近は、近所の方も足を運んでくださるようになって、ここをきっかけにインダストリアル家具の魅力を知ってくださる方も増えてきて嬉しいですね」

今ではこの地域にもすっかり馴染み、前の通りが最も賑やかになるボロ市の数日は、地域の人たちとのふれあいの機会でもある。そして、歴史の古いこの建物に馴染みのある人たちにとっては、この場所を訪れることができるいい機会なのかもしれない。

「毎年『ボロ市』の時には、出店者を集って店内でバザーを開催したり、お店の前でホットワインを販売したりしています。ほら、ここの坂って代官餅の行列ができる場所ですから、待っている間に身体温めてもらえたらと思ってね。先日も、ここがマネキン工場だった時に長く勤めていたというご年配の方が立ち寄って、この場所のことをいろいろ教えてくださったんです。ここには、有名ファションデザイナーなど、数多くのクリエイターが訪れていたそうですよ。そういう話をお聞きできるのも嬉しくて」

お客さまの流れの変化もそうだが、「HOUSE OF FER TRAVAIL」は時間の流れと共に緩やかに進化しつつある。その一つとして、先日初めて、店内で音楽と芝居のイベントを開催した。それは、ここに並ぶ家具と同じように、この歴史のある空間にもっと生きて欲しい、という森川さんの願いでもあるのだろう。いや、家具の声にそっと耳を傾ける森川さんだから、空間の発する微かな声を聞いた上での新たな試みなのかもしれない。
「HOUSE OF FER TRAVAIL」は、積み重ねてきた豊かな時間を引き継いで、新たな旅をしている途中。これからも、この場所が見ていく景色を一緒に見てみたくなる。

HOUSE OF FER TRAVAIL
 
住所:東京都世田谷区世田谷1-20-10
電話番号:03-5477-6730
営業時間:13:00~19:00
定休日:月曜
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