三茶WORK
吉田亮介さん、千田弘和さん、土屋勇太さん
ローカルとシティの交差点、三軒茶屋。電車では世田谷線と田園都市線が、道路では世田谷通りと国道246号線が交わる世田谷ミッドタウンへの入口に、2019年8月、コワーキングスペース「三茶WORK」はオープンした。三軒茶屋駅からは徒歩1分とアクセスは良好で、現在は100名を超えるメンバーが所属している。実は筆者もたびたび利用しているのだが、単なる利便性だけでなく、居心地のよさや人と出会えるところを気に入っている。一体どんな人たちがどんな想いで運営しているのだろう。今日は仕事を中断して、話を聞いてみることにした。
文章・構成:山田友佳里 写真:三田村亮
人が集まる場所をつくりたかった
キャロットタワーから茶沢通りに向かって歩き、道路を挟んで西友の向こう岸へ。1Fは不動産屋、2Fは美容室が入ったビルの階段を、さらに上った3・4Fに三茶WORKはある。3Fは茶屋(カフェ)を併設したラウンジになっており、Wi-Fiと電源を完備したテーブル席・カウンター席で構成されている。もちろんカフェのみの利用や非会員のドロップインも可能。さらに月額会員になると、会議室や電話ブースを備えた4Fのオフィスも24時間利用することができる。
ここ三茶WORKは、三茶ワークカンパニーが母体となって運営されている。その共同代表が戦略コンサルタントの吉田亮介さん(右)、経営者でエンジニアの千田弘和さん(中央)、そしてアートディレクターの土屋勇太さん(左)だ。3人はどのようにして出会い、ここを立ち上げるに至ったのだろうか。
「三茶で面白いデザイナーを探していたときに知人が土屋さんを紹介してくれて、会うことになったんです。そこでいろいろ話していたら、僕が以前住んでいたマンションのブランディングを土屋さんが手がけていたっていう。すごい偶然ですよね。そのあと、以前から知り合いでずっと三茶に住んでいた千田さんも誘って、3人で飲むことになったんです」(吉田さん)
「飲んでいたら、吉田さんから『コワーキングスペースをつくりたい』と言われて。僕もずっとやりたいと思っていたから、いいねいいねと盛り上がったのがはじまりでしたね」(千田さん)
それからも三茶に仕事場がほしいという人たちと三茶でのイベントやSNSの投稿を通して出会った。住まいに近い場所で仕事ができて、周りの面白い人が集まれる場所をつくろう。気づけば建築家、Webエンジニア、会計士、料理家など多彩なメンバーが集まっていた。
「いろんなところで飲んでいて、三茶WORKの話をすると『それ、僕もやりたかったんだよ!』と言われることはとても多くて。まちづくり協議会にも3回行って、三茶にどんなものがほしいかを考えるグループワークショップがあったんですけど、『それ、三茶WORKです』みたいな(笑)。僕らだけじゃない、たくさんの人がつくりたかったんだと思います」(土屋さん)
三茶を愛する仲間たちと
土屋さんは10年、千田さんに至っては17年三茶で暮らす三茶ラバー。子供の保育園のために引っ越してきた吉田さんも、もうすぐ2年が経つ。それぞれに三茶に愛着を感じているようだ。
「都会なんだけど、すごく地元感のある場所だと思います。僕は青森県の出身なんですが、田舎者が住みやすいというか。それに、三茶住まい同士が繋がりやすい。『恵比寿に住んでる』って言われるよりも、『三茶に住んでる』って言われるほうが、そうなんだって盛り上がれるんです」(千田さん)
「一時期、『心地よい都会』って呼んでましたよね。都会でも住みやすいところ。僕は三茶に住んでから、飲んだあと、酔っ払って電車に乗らずに歩いて帰れるのが最高だなあと」(吉田さん)
「それで夜中まで飲んじゃうんですけどね(笑)。僕は何よりも、面白い人と会えるから三茶を離れられないですね。それに、三茶で山形や東北出身の人によく出会うんですよ。僕が山形、山形って言い続けているからかもしれないですけど、みんなが紹介してくれるし、たまたま会っちゃうこともあります」(土屋さん)
愛する街に、みんなの仕事場をつくりたい。2018年4月、オープンに向けて動き出したものの、物件探しは困難を極めた。しかし約半年が経った11月、心が折れかけていたころにようやく今の物件へ辿り着く。場所さえ決まってしまえば、コンセプトや運営方針をまとめるのに1ヶ月はかからなかった。自分たちの三茶に対する愛や、それぞれの経験を通して、つくりたい場のイメージはすでに具体的に描けていたからだ。
「最初は1・2Fで物件を探していました。1フロアはワークスペースで、もう1フロアはワークスペースを使わない人も気軽に使える何かしらの場所、くらいの構想をしていて。それって、三軒茶屋だし、茶屋じゃない?って」(吉田さん)
「コンセプトの打ち合わせの1時間後が、ちょうど茶屋を切り盛りしてくれているeatreat.の小林静香さんと打ち合わせだったんです。それで『さっきこんな話が出たんですけど、(茶屋を)やりませんか?』って。今、静香さんにはコミュニティマネージャーも担当してもらっています。他のコワーキングスペースを利用したこともあるんですが、誰とも話さないで帰ることも多くて。話しかけられないし、誰かと繋がることも少ない。だから『おはよう』や『おつかれさま』とみんなに声をかけられるような場所にしたかった」(土屋さん)
2019年の3月にはクラウドファンディングをスタート。目標の100万円をゆうに超え、150万円近くの支援を得ることができた。しかし、クラウドファンディングの真の目的は、最初の会員になってくれる仲間づくりにあった。内装もできていない、コンクリートむき出し状態の店内で立ち上げメンバーたちは何度も説明会を開き、関心を持ってくれた人と積極的に会う機会を作った。このとき出会った20名が、オープン当初から会員として三茶WORKを支えてくれている。
「立ち上げや運営のメンバーではないんですが、僕は三茶WORKを一緒につくってくれているメンバーだと勝手に思っています。みなさんがどう考えているかは分かりませんが(笑)」(吉田さん)
こだわりをつめこんだ、健やかに働ける場所
内装は立ち上げメンバーの建築家や家具デザイナーが中心となって進め、他のメンバーたちも手伝ってこだわりの空間が完成した。ラウンジフロアは、ワークスペースと茶屋とが共存することを考慮して、あたたかな光がやわらかく降り注ぐ設計になっている。それぞれの席のイスは、空間の雰囲気に合わせつつ、長時間座っても疲れにくいものを選んだ。象徴的な褐色のタイルや塗装は、茶屋で飲めるチャイの色から着想したものだ。
「壁を剥がすのは一番時間がかかって大変でした。削ってみたらむき出しのコンクリートがいい感じで、そのまま生かしたところもあります。みんなで色を塗ったり、タイルを貼ったり。家具はしばしゅう(家具デザイナー・柴山修平さん)が座り心地のいいものをセレクトしてくれて、メンバーみんなで実際に座りに行って選びました」(吉田さん)
ちなみに、一部の家具は立ち上げメンバーたちの私物が使われている。愛着のあるものを持ち寄り、まるで自分たちの家のようにアットホームな空間ができあがった。
食に関心の高いメンバーが集まったこともあり、三茶WORKのコンセプトの一つには「食」がある。3Fの「茶や」では、平日はeatreat.によるカレーやスパイスティー、お菓子などを味わうことができる。
土日は、千田さんが経営する八百屋「三茶ファーム」(三軒茶屋の三角地帯、エコー仲見世商店街に店舗も営業中)が農家から直接仕入れた有機野菜や自然栽培の野菜を使い、一汁三菜の定食を提供する。飲食店がひしめく三茶でも、身体への優しさや質の高さを考えて作られたご飯を仕事の合間に食べられる環境はとても貴重だ。特にフリーランスで働く場合、自分ですべてを管理しなければならないゆえに健康への意識が疎かになりやすい。小林さんたちが日々の食事から健康を気を遣ってくれるからこそ、意識が芽生える人もいるだろう。
単純に住まいと働く場所が近いことも、利用者が健やかな働き方を実現できる理由の一つだ。通勤ラッシュのストレスと時間拘束から解放され、仕事の準備や自分の時間、家族で過ごす時間をしっかりとることができる。ゆえに、仕事へ向き合う気持ちも一層高まる。
三茶WORKの3Fは22時まで、4Fは24時間利用可能だが、利用者が多いのは日中で、18時ごろを過ぎると帰宅したり飲みに出かけたりする人がほとんどだという。フレキシブルに働ける環境であっても、それぞれが生活を含めた自分のペースで働いているのだ。
「三茶WORKができてから、朝に余裕が持てるようになりました。以前は子供を送ったり通勤ラッシュの前に都心に行きたかったりしたから、朝は時間がなかった。今は満員電車にも巻き込まれずに、子供をゆっくり送ってからでも9時にはここに着ける。その分夜帰らなくなるんですけど(笑)」(吉田さん)
「三茶で妄想を形にしていくコミュニティを」
三茶WORKの利用者はフリーランスが7割、その他は経営者、さらに会社や組織に属しながら利用する人もいる。職種ではWebエンジニアが多く、マーケターやデザイナー、イラストレーター、ライター、カメラマンも所属する。看護師や美容師、トレーナー、大学の先生までいるというから驚きだ。
一番の共通点は三茶周辺に住んでいることだが、それは必須条件ではない。コワーキングスペースだが、仕事場として利用しなくてもいい。言ってしまえば、会員か、会員でないかも関係はないという。その想いが表れているのが「三茶で妄想を形にしていくコミュニティを」というコンセプトだ。
日々のメンバー同士のコミュニケーションの中でイベントやプロジェクトが次々と生まれ、進行している。すでに「こうやってみたい」のイメージができている人が集まれば、企画から実現までのスピードはとても早い。
「あえて言語化しなくても、自然と近い感覚の人が集まっていると思うんです。コワーキングスペースなんだけど、その大前提に『三茶』があるから。三茶で面白いことしよう、みたいな。この先『三茶◯◯』という別の場所ができても面白いよねって話しているんです。例えば、吉田さんがサウナにハマっているからサウナをやろうとか。最近はクラフトビールを作ることになって、朝の9時半からミーティングをやったんですけど、一気に20人くらい集まっちゃって(笑)」(千田さん)
「そのクラフトビールは運営メンバーではなく会員さんが言い出したんですが、率先してどんどん進めてくれています。なんでも、まずは妄想でやってみる。儲けようと思うとできないけれど、できることをやってみる。それに僕の場合、三茶WORKでは普段接点のない人とも会えるので面白いんですよ」(土屋さん)
普段の仕事ではできないが、やってみたいことを試せる場所としての、ちょうどいいパブリック感がここにはある。仕事場でもあるからこそ、仕事じゃないものへの取り組みに熱が入りやすくなることもあるだろうし、会ったことのない人にも会える。そうやって、自然にコミュニティが賑わっていく仕組みが生まれているのだ。
やりたいことは、勝手に回っていく
スペース内には、随所に会員の個性も生かされている。BGMは音楽好きのフォトグラファーが作ったプレイリストであり、トイレなどに設置してあるフレグランスミストは調香師が提供したもの。ビールに詳しいライターがセレクトした北欧のクラフトビールも飲むことができ、夜に差し掛かると缶ビール片手に打ち合わせや作業を行う様子もちらほら見られる。また、4Fには大きな本棚が設けられ、利用者の名前とともに資料やおすすめの書籍・雑誌が並ぶ。こういった場所からすでにコミュニケーションは始まっていて、一見共通点がなさそうだった利用者同士が、リアルな会話で繋がっていく。
同じく4Fでは、土屋さんが友人であるオブスキュラコーヒーから豆を仕入れ、セルフドリップできるようになっている。作業で今詰めていたときに、淹れたてのコーヒーでリフレッシュできるのは嬉しい。
多様な人々がそれぞれの得意なことを役割として感じ、自走していくコミュニティ。食、デザイン、運動、写真などなどメンバーの特技を組み合わせたイベントも面白い。
「ティップネスのトレーナーさんもここを借りてくれているんですけど、身体を動かすイベントをやりたいと言ってくれて。PC作業の楽な姿勢や、座りながら仕事の合間にできるストレッチを疲れや痛みなどの悩みごとに教えてくれます。ワークショップが終わったら、小林さんの朝ごはんが食べられる。僕がティップネスを利用していることもあって、バナーのデザインは手伝いました」(土屋さん)
コラボレーションは無限。思いつきのアイデアから始まった “妄想” は、発案者とコミュニティマネージャーやイベント運営担当が次々と形にしていく。
「運営については特にマネジメントしていません。うちは上も下もないから、別に誰が怒るわけでもないので。それぞれが勝手に役割を見つけてやる。それで回っていくのがすごく面白いですね」(千田さん)
コアメンバーとしてこれからの三茶WORK、ひいては三茶の未来をどのように描いているのだろうか。
「今はそれをもう少し固めようかと話しているところですね。状況がどんどん変わっているところもあるから。興味があることはみんな動きが早くて楽しんでやって行けるんだなって、クラフトビールの会を見ていて思いました(笑)」(土屋さん)
「今後のコンテンツが何になるかは分からないですが、それぞれにやりたい人が集まって、三茶WORKを中心に何かを生み出せたらいいなと。例えば三茶にサウナ付きホテルをつくれたら、三茶WORKで仕事したあと、サウナでそこに泊まっている外国の人と仲良くなって、ちょっと一緒にビールでも飲んでいこうか? みたいな生活ができたら面白いな、と妄想しています(笑)」(吉田さん)
各々の頭の片隅でくすぶっていた小さな興味が、メンバーが集まることでいつのまにか本気の夢になり、自分の生活の一部になっていく。三茶WORKや三茶ワークカンパニーが育てていく一人ひとりの「やりたいこと」と「自分らしさ」が、これからの持続可能な社会を支える確かな柱になっていくはずだ。
三茶WORK
住所:世田谷区太子堂2丁目17−5 3F・4F
ウェブサイト:https://3chawork.tokyo/
(2020/03/24)