お直し工房 taillis

川島秀雄さん

最寄り駅
世田谷代田

環七と梅ヶ丘通りが交わる宮前橋交差点、びゅんびゅんと激しく車が行き交う通りの片隅に、ひっそりと「お直し工房 taillis」はある。駅前や商店街の賑やかさとは少し違う通りの賑やかさというか、常にスピーディーな動きのある光景の中で、この小さなお直し屋さんだけは、一瞬、時が止まっているかのような静けさ。なぜそう感じたのだろうと不思議に思っていたのだが、店主の川島秀雄さんのお直しへの向き合い方をお聞きして、その理由がわかった気がした。

文章:内海織加 写真:阿部高之 編集:鈴石真紀子

直せるかどうかは依頼主の気持ち次第

お店におじゃますると、迎えてくれたのはユニークな造形の植物たちと、靴修理の機械やミシン。そして、「取材とか撮影とか、苦手なんですよ」と恥ずかしそうに笑う、店主の川島秀雄さん。店の外には「92(くつ)」なんてシャレの効いた小さな看板が下がっているだが、実はここ、所謂、靴のお直し屋さんではないようなのだ。

お直しの「before→after」が紹介されているお店のインスタグラムを拝見すると、驚くのは手がけているジャンルの幅。革靴やパンプスはもちろんのこと、傷んでしまったスニーカーや相当履き込んだであろう古い靴、割れた陶器の器や壊れてしまったアンティークのアクセサリーまで。ジャンルを飛び越えて、様々なものを手がけている。

「ウェブサイトでの紹介には、靴、鞄、アクセサリーのお直しって書いてあるので、入り口はそのあたりの方が多いんですけど、そのうちお客様の方から『こんなもの、直せますか?』って感じで聞かれるので、『やりますよ』って」

逆に「できないものはありますか?」とお聞きしてみると、「直せるかどうかは、その人の想い次第かな」と川島さん。

「本気で直したかったら、何かしらの答えは見つかると思いますし、その人が想像する方法の他にもやり方はあるかもしれないですしね。直したい気持ちが伝わったら、再び使えるようになる方法をできる限り考えたいと思っていますよ。内容によっては、半年くらいかかってしまうものもありますから、時間に余裕をもらえるとありがたいです。ここのお客さんはみんな分かってくれているので、急ぐ人はほとんどいませんけどね(笑)」

物が重ねてきた時と個性は消さずに生かす

なぜ、そんなに幅広く扱うようになったのか。シンプルに気になって、疑問を投げかけてみると、お直しの幅が広がったのはここ4、5年くらいだそう。表参道にある「ギャルリーワッツ」のオーナー、川崎淳与さんと出会って、そこで「お直し展」を開催したのがひとつのきっかけだったと言う。

「『お直し展』は、展示物は一切なく、お直しの受付をするだけというものでした。オーナーの淳与さんがいろいろな方に声をかけてくださったんですけど、みなさんいい意味で癖が強くて(笑)。ものすごい無茶振りをしてくるんです。淳与さんもたくさん依頼してくださったんですけど、それに応えているうちに、靴や鞄だけじゃなくなってきて。次第に、やり方も任せていただける依頼が増えてきました」

川島さんのお直しは、ただ“修復する”だけではない。靴なら、革の色を変えたり、タッセルが取れてしまった部分を違ったデザインに一部作り直したり。ただ履けるようにするだけでなく、もう一度、新鮮にそのアイテムにときめくことができるアイデアを施している印象だ。でも、それはリメイクで別物のアイテムになる感覚とは、少し違う気がする。

「お直しをするときに、新しくする、っていうことはしたくないんです。その物が持っている個性というか、癖みたいなものは生かさないと、って思うんですよね。その物が積み重ねてきた時間は、大事にしたいですから」

部分的にデザインが変わってもその物の佇まいが変わらないのは、きっと、川島さんが、その物が経てきたものを尊重しながら手を加えているからだろう。

ちなみに、店舗の内装や空間づくりの依頼と合わせて、店名の相談もあるのだそう。世田谷代田駅のすぐ近くにあるカフェ「時にかさ」の内装と店名は、ご近所の繋がりで川島さんが相談を受け手がけたもの。アンティークのパーツが所々に施され、シンプルな空間の中に木の温かみを感じるインテリアが置かれた空間は、布でいうとガーゼやリネンのようなやわらかな心地よさ。店名の「時」という言葉にちなんで、振り子時計のうずまき鈴がオブジェのように飾られている遊び心と、古いものと新しいものがバランスよく混在しているセンスに、川島さんらしさがチラリと覗く。

程よく委ね、軽やかに掴んで動き出す

川島さんにお直し屋さんになった経緯をお聞きしてみると、意外にも前職は自動車のメカニック。もともと車がお好きで、手を加えて整備することによって調子が変わり、時に想像以上の効果を発揮するメカニックに夢中だったのだそう。では、どうしてお直しの世界へ?

「車もコンピューター制御になってきて、人が手を加えるっていうことから少し離れてきた頃、別のことをしてみようかと会社を辞めたんです。1年近くいろいろやり尽くしたある日、閉店間際のコンビニで売れ残りの雑誌を手に取ったら、裏表紙に時計の専門学校の案内が載っていて。これはメカニック繋がりでいいかも!と体験入学を申し込んだんですけど、日にちを間違えて新設の靴のコースの日に行ってしまって。なぜだか学校の方に口説かれて靴コースに入ったんです。それが、靴づくりとの出会いです」

不思議な経緯で靴づくりの世界に飛び込んだ川島さんは、その後、今は亡きある靴職人の元で修行を積むことに。

「本当の意味で靴作りというものに触れ、技術を習得できたのは、一人のベテラン靴職人の元で学ばせてもらった時のこと。敵わない凄い人だったと、今でも思っています。そのまま、自分の靴を作ることにも興味はあったのですが、お直し屋さんでアルバイトを始めたら、お直しって奥深いなぁと思って。お客様一人を満足させることができたかどうか、すぐにその答えが出ることにもおもしろさを感じていました」

川島さんは、縁あってフランチャイズ店だったアルバイト先の権利を引き継ぎ、生まれ育った地元の八王子で9年ほど営んだ後に独立。商品のメンテナンスもできるお直し工房併設のセレクトショップを代々木上原にオープンした。そして、お直しの依頼が多くなり、工房が手狭になったのを機に物件を探す中で出会ったのが、今の場所だった。

「松陰神社前あたりで探していたんですけど、なかなか空きがなくて。どうしようかと思いながら代々木上原まで戻る途中で、この物件と出会ったんです。車の通りは多いけれど、人前で作業するのが苦手なので、人通りが少なくて干渉がないのはむしろ好都合。だから、今の場所はなかなか気に入ってますよ」

靴づくりへの扉も、お直し屋さんを開くきっかけも、そして今の物件との出会いも、導かれるように意図せずやってきているところがおもしろいところ。その程よく委ねつつも素早く選びとる、川島さんの直感力と軽やかな行動力が、お直し工房 taillis の誕生に繋がったのだろう。

ちなみに、「taillis(タイリ)」という店名は、雑木林を意味するフランス語。
「子供の頃、よく遊びに行っていた雑木林は、虫がいたりしょうもないものが落ちていたり。歩いているだけでいろいろな発見があった身近な場所でした。この物件でやれることをやっていこうって改めて思った時に、原点に帰るような気持ちでこの名前をつけたくなったんです」

ユニークな置物や本など、あちらこちらに興味深いものが置かれている店内は、視線を移すたびに発見がある。それは、まさに雑木林の中を歩いているわくわく感の追体験だ。

お直しの延長線に開いた作品づくりの扉

2階のギャラリースペースにおじゃますると、川島さんが作ったいくつかの作品が置かれていた。古い木槌の一部がテープカッターに生まれ変わっていたり、古い木製のハンガーが息を吹き返していたり。そのどれもが、古道具など年季の入った素材を使い、再び役割を与えられているようなもの。素材感はそのまま生かされつつも、手を加えられたことで生命力が再び宿っているようだ。

「古道具とかアンティークとか、すでに製品になっているものには魅力を感じていないんです。でも、ガラスも、木も、金属も、当時の素材はとてもよくて好きなんですよ。古い素材を今使える形にすることで、その素材はさらに50年100年と残るものになるかもしれない。そう思いながら作っています。ちなみに、今は木材が特に好きですね。木を削っていると、古いものでもいい香りがして幸せな気持ちになります」

お直しも作品づくりも、川島さんの向き合い方は同じ。その素材やアイテムが重ねてきた時間や染み付いた個性を生かして、新たな息吹をもたらしている。

川島さんは、今年の夏、ギャルリーワッツにて、それらの作品を展示する初めての個展を開催した。彼の背中を押し続けていたオーナーの川崎淳与さんは、惜しまれつつもこの世を去ったばかり。川島さんがギャラリーで作品を発表することは、彼女の願いでもあったはず。

「淳与さんには、一緒にお酒を飲むと必ず『作品を展示しなさい』って言われていて、その度に反発してやらないよって言ってきたんです。自己満足っていうのがあんまり好きじゃないので、依頼主なしに物を作るっていうことをしてこなかったっていうのもあるんですけどね。でも、自分の仕事をずっと見てくれていた人がいたっていうのをあらためて感じて、それに応えてみようかなって思って。最後に淳与さんに『あなた変わったわね』って言われたので、しょうがねぇな、やるしかないか、って」

川崎淳与さんのことを話す時、川島さんの声はほんの少しやさしくなる。

こうして導かれるように作品づくりの扉が開いても、川島さんはあくまで“お直し屋さん”。靴や鞄、アクセサリーはもちろん、古い自転車や扇風機まで直したという彼が、今直したいものは、どんなものなのだろうか?

「先日、アール・デコのガラスのブローチを直したんです。表面が割れていたんですけど、クリアなところは輝いて見えるし、磨りガラスになっているところも上品で美しいんですよね。物が教えてくれることってあります。だから、勉強という意味でも、こういう古いものはもっと直してみたいですね。アンティークは、長く愛されて次に所有する人がいるという意味で、“借り物”って言われていますから、次に繋げるためにもね」

お直し工房 taillis は、物に再び生命力を与え、止まった時間を動かすようなお店。車が激しく往き交う動きの多い場所でも、お店のある一角だけ時が止まって見えたのは、物の時間が一旦止まり、そして再び動き始める場所だったからかもしれない。

お直し工房 taillis(タイリ)
住所:東京都世田谷区代田1-38-2
電話:03-6805-3752
営業時間:12:00~18:00
定休日:水曜、木曜

ウェブサイト http://taillis-tokyo.com/
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