山本ワイシャツ店

伊川孝次さん

最寄り駅
松陰神社前

商店街の南側よりもベテランの商店が立ち並ぶ、松陰神社商店街の北側にある『山本ワイシャツ店』。ここが扱うのは既製品のシャツではなく、一人ひとりの好みに合ったオーダーメイドシャツだ。その人だけのシャツを仕立てるのは店主の伊川孝次さん。ベテランがつくるシャツは一般客だけでなく映画の衣装としても愛用されている、これぞ逸品。そんな商店街の老舗が語る、お店と街の移ろいとは?

編集・文:加藤将太 写真:田中誠(HUMPLAND)

“伊川”さんがやっている“山本”ワイシャツ店

松陰神社商店街は東急世田谷線の踏切を境に北と南に分かれる。これまで、おがわ屋MERCI BAKEと松陰神社商店街の南側の個人店を紹介してきたが、今回ははじめて商店街の北側に足を伸ばしてみた。南側が若い世代の個人店が多いのに対して、北側は商店街の移り変わりを知るベテランのお店が立ち並ぶ。昭和48年創業の『山本ワイシャツ店』もそのひとつだ。

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山本ワイシャツ店はお店の看板に書かれているように注文Yシャツの専門店。自分の好みの生地と形のオーダーメイドシャツを作ることができる。その店名から、うっかり店主は山本さんだと思い込んでいたが、ご主人の名前は伊川孝次さん。今年で御歳72歳(昭和18年生まれ)になるが、まだまだ現役のシャツの仕立て職人だ。注文の“註”が旧字体であることも時代を感じさせる。それにしても、なぜ山本ワイシャツ店なのか。まずはその店名の由来から聞いてみた。

「私らが若い時代は大工、クリーニング屋、シャツ屋とかで修行していた人が独立すると、そのお店の名前を継いで開業したものなんだよ。私の場合は修行していた目黒の親戚のところが山本ワイシャツ店だった。そこでシャツの仕立てを習って昭和48年に独立したんです。今だったら、伊川ワイシャツ店とか世田谷ワイシャツ店とか考えたんだろうけど、当時はそんなことを思いつきもしなかったね」

シャツを仕立てて60年弱

伊川さんがシャツ職人の道に入ったのは15歳の頃だという。出身は埼玉県比企郡の旧玉川村。昔は田舎だと中学を卒業して高校に進学することは滅多になかったという。70歳くらいの個人店を経営している人たちの学歴は、ほとんどの場合で中学校卒業なのだとか。今では考えられない独立と進学の選択肢に驚かずにはいられなかった。伊川さんは松陰神社商店街の変遷についても次のように教えてくれた。

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「当時と今とでは当たり前だけど街の様子は随分と変わったね。この商店街は道路が対面通行で車通りがもっと激しくて、今よりも商店がいっぱいあって賑やかだった。若林公園の前の通りなんて、昔はほとんどのお店が代書屋(公的文書の作成代行を生業とするお店)だったんだから。今は何でもパソコンで書類を作れるけどさ、当時は代書屋がやってくれていたんだよ」

目黒にあった山本ワイシャツ店で修行を積み、伊川さんは昭和48年から現在と同じ場所に店舗を構えた。松陰神社前に縁もゆかりも理由さえもなかったけど、足を踏み込んだことがない世田谷という地域に出店しようと決めた。住まいもお店から程遠くない場所に建てたのだった。

普段使いと映画の衣装としても評判のYシャツ

オーダーシャツの魅力は、なんといっても自分の好みに合った生地と形のものが見つかることに尽きる。山本ワイシャツ店にはどんなお客さんが足を運んでいるのだろうか。

「ウチはブロードよりもオックスフォードシャツを作りたいお客さんが多くてね。30代未満のお客さんもいるよ。あとはモッズが好きな人たちがモッズスタイルの細身のシャツを作りに来てくれる。有難いことに梅ヶ丘の『洋服の並木』(オーダーメイドスーツ屋)さんがウチを紹介してくれるんだよね」

この道60年弱の大ベテランがつくるシャツは、一般客だけでなくファッション関係者からも支持されている。10年ほど前からあるスタイリストが利用するようになってから、映画の衣装としてYシャツを提供するようになった。最近では『人間失格』(2010年2月公開)や『日本のいちばん長い日』(2015年8月公開)、そして『図書館戦争 THE LAST MISSION』(2015年10月公開予定)など、話題作に山本ワイシャツ店のクレジットが入っている。

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「お客さんからは前と同じでいいというオーダーが一番多いですよ。一度決まってしまえば、あとは体型が変わった部分だけを直していけばいい。なかには20年間同じシルエットという人もいるね。一度も寸法を直したことがない。と思えば頻繁に変える人もいるし、この世界は面白いもんだよ。お客さんの好みは十人十色だから、お客さんの好みにとことん応えていくという感じだね。女性が着物の布きれを持ち込んで、それからYシャツをつくることもある。そういう場合は仕立て代だけをもらうから安いけど、ウチのシャツの平均は¥12,000から¥18,000くらい。一番高いやつで¥25,000かな。滅多に出るものではないけど、高級な海島綿(シーアイランドコットン)を使ったシャツもつくることができる。生地を複数組み合わせることもできるから一度は相談してみてよ」

シャツを仕立てる道具はひとつのものを長く使い続ける。ハサミの中には15歳の頃から使い続けている愛用品もある。天井から吊るしている業務用アイロンは店を始めた頃からまだ二代目。ボタンホールのミシンも三代目。唯一10年弱で変えているのは縫製用のミシンだ。やっぱり一番使うものは縫いやすく技術が進化したものがいい。

山本ワイシャツ店の素顔

世田谷の山本ワイシャツ店を一代でやってきた伊川さん。たまに奥さんがお店を手伝うこともあるそうだが、基本的に店頭に立ちシャツを仕立てているのは伊川さんひとり。二人の息子さんがいるというが、一般客から映画の衣装にまで支持される、この素晴らしいYシャツ店の後継者は決まっているのだろうか。

「息子たちはサラリーマンだし、私にも継がせたい気持ちはないよ。15歳からシャツづくりの世界に入ったけど、この仕事がやりたいわけじゃなかった。昔は交通が発達していなかったから地方に仕事がなくてね。親戚がやっているからというだけで東京に出てきたんだ。私たち世代の古い商店はどうなっちゃうんだろうね。それでもこの商店街には同じ世代の親父さん連中が多い。それが松陰神社前の魅力ってことだね」

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他の場所に移転しようと思ったことはあるけれども、思いとどまったのはお客さんと同じ商店経営者たちの顔。その人だけのシャツを買うためにわざわざ足を運んでくれたり、不景気に耐えてきた個人事業主たちが居たりしたからこそ、ひとつの場所でやり続けることを決めたのだった。

取材が終わって帰ろうとすると、一緒にお昼を食べようと近所の『平野屋』で天ざるをご馳走してくれた。蕎麦をすすりながら、この街に10人以上のカラオケ仲間がいて、定期的にカラオケボックス『オリーブ』で歌っていることも教えてくれた。たしかな商品を愛するお客さんとのつながりだけでなく、地域とのつながり、そしてシャツ職人の素顔にふれる取材だった。

山本ワイシャツ店
住所:世田谷区若林4-27-15
TEL:03-3413-9304
営業時間:9:00~19:30
定休日:日曜

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