山とハチミツ

田中央枝さん

最寄り駅
宮の坂

宮の坂駅から城山通りに面した緑道沿いに、『山とハチミツ』はある。大きな窓からたくさんの光が差し込む店内は、もし自分が植物だったら絶対に喜ぶとびきりの環境。もうすぐ桜が咲く烏山川緑道には、散歩をする人や犬たちがぽつりぽつりと往来しているのが見えて、眺めているだけで深呼吸をしているような、リラックスした気持ちになる。心にもからだにもいいものに出会いに、いざ。

文章:伊藤佐和子  写真:阿部高之  構成:鈴石真紀子

自然と人が集まる場所

『山とハチミツ』として、央枝さんが活動を始めたのは、今から10年くらい前のこと。趣味で始めた養蜂のお裾分けから始まり、マルシェでの出店を経て、松陰神社前の今はなきあの共悦マーケット内に物販中心の店舗を構えた。定期借家だったこともあり、3年のうちにしっかりと腰を据えられる場所を探し続け、2021年に今の物件に出会ったという。移転後にオープンしたお店は、商品の販売に加えて、季節に合わせた蜂蜜のフードやドリンクも楽しめるようになった。

扉の前にちょこんと座ってお迎えしてくれる熊のぬいぐるみは、今では常連となった熊コレクターの方からのプレゼント。開店時間を迎えると緑道を散歩する犬も、喜んで店へと向かってくる。農大通りから少しはずれた場所柄、住宅街の真ん中で隣り合うお店もないこの場所で、地域コミュニティとの緩やかな関わりを垣間見ることができて、温かい気持ちになる。

「この場所は以前ペットサロンだったそうです。その頃の一面大きなガラス窓は、木枠や小窓を作ったことで外観は変わったのに、場所を覚えているお散歩中のわんちゃんが駆け寄ってきたりして。今ではうちの常連になってくれて、嬉しいご縁です」

わんちゃんたちのお気に入りはおかゆ(人間用もあります)。おかゆを運ぶ央枝さんの手元を見て喜ぶ姿を微笑ましく見ていると、あっという間にお皿は空っぽになってしまった。「小さな店だけど自然と人が集まる」と央枝さん。毎日こんな感じで、ここを通る人たちがふらりと立ち寄って行くのだろう。

蜂との出会いと、季節を感じること、心身の変化

 央枝さんはもともと蜂や蜂蜜が大好きだったわけではないという。体調を崩し入院したときに知人が差し入れてくれた『蜂はなぜ大量死したのか』という1冊の本が興味を持つきっかけになったそう。

「最初はなんで蜂?と……。でも読み始めたらすごく面白くて。同室にはさまざまな方がいて、中には長く入院している人も。その本を読みながら、なぜ人は病気になってしまうのだろうと考えたりして、ストレスや添加物などいろんなものが気づかないうちに積み重なっているんだろうな、と。それは蜜蜂が消えた原因にも通じるものがあって、自分もいつか蜜蜂を飼ってみたいという気持ちはその時に芽生えたと思います」

病院の中庭には木や植物がたくさん植えられていて、季節の果実が食事にも登場したそう。例えば夏みかんが朝食のパンに添えられるマーマレードとして。患者たちが毎日の食事の内容や窓から見える景色で季節を感じていること、人はどんなときも自然と繋がって生きているということに気づき、それは切ないけれどとても心に残ったという。

自然の中で季節に合わせてのんびりと暮らしを営むことは、長野で生まれ育った央枝さんにとって当たり前のことだったのに、いつの間にかそんなことを忘れるほどに、日々忙しい生活を送っていた。やがて結婚・出産を機にきっぱりと仕事を辞めて子育てに専念することにしたものの、「何かしたい」という気持ちが沸々と湧いてきて、家族の応援もあり働き始めることに。しかし、その職場が激務過ぎて、央枝さんは心身の調子を崩してしまう。そんなときに参加した食育のイベントで、後に師匠となる方との運命の出会いがあった。

「蜂蜜を販売している方がいたので、蜂を飼いたいと相談したところ、実は意外と簡単に飼い始められることがわかったんです。その方はとても親切で、1年限定ということで一から養蜂を教えてくれることになり、山梨にある義実家の庭を借りてスタートしました。こまめにお世話していたのは最初だけで、ニホンミツバチは基本的には野生なのでどちらかというと見られたくないし、勝手にやってるから放っといてみたいな感じなんです。季節ごとに様子を見に行くくらいでよかったので、娘はまだ小さかったけど、無理なく続けられそうでした」

ミツバチは『分蜂』と言って、春から初夏にかけて群れを増やすために巣別れ(引っ越し)をする。新たな女王蜂が誕生したときに、古い女王蜂が半分くらいの働き蜂を連れて出て行くが、たまたま央枝さんが初めに分けてもらったのが若くて免疫がある強い群れの方で、最初の年からたくさんの蜜を採ることに成功した。

蜂との出会いと、季節を感じること、心身の変化

蜂蜜が多く採れたときのお裾分けがきっかけで、とあるお宅の庭を間借りして、東京でも養蜂を始めることになった。さらに採れればマルシェで販売をしたり、季節の食材と蜂蜜を使った料理をSNSで紹介したりと活動が広がるにつれて、全国各地に『ハチ友さん』ができ、家族旅行は蜂探訪。『ハチ友さん』の元へ遊びに行くと、地元で採れた旬のものをお土産にたんまりと持たせてくれる。それを家族でおいしく食べていたら、心も満たされていき、いつの間にかからだの調子も整っていったという。

「蜂蜜やさんになりたい」という想いをかつての師匠に打ち明けたところ、「コツがいる」という西洋蜂蜜の仕入れにも助け船を出してくれた。ポケットマネーで出せる範囲から仕入れ販売も始め、今では世界各地の蜂蜜を扱えるようになった。

「自分が楽しいと思えることを仕事にしたい、と仕事に対する考えも変わってきて。蜂に関する荷物が家にも溢れ始めたところで、家族から『ちゃんとやるなら応援する』と、今後も趣味の範囲で続けるのかステップアップするのか選択を促され、まずは定期借家で出ていた松陰神社前の共悦マーケット内に店舗を構えることになりました」

どんどん次の扉が開いていく。もともと毎年の結婚記念日には鰻屋さんの『一二三』に行くなど松陰神社前には定期的に訪れることがあり、まちの雰囲気は知っていた。とはいえ共悦マーケットにいた期間は、長屋のような雰囲気のなかで、いい意味でカルチャーショックの連続だったという。

「建物もそうだけど、付き合う人を選べる、距離感も気楽でいられる、そんな都会での暮らしを何年か続けてきたのに、いきなりちっちゃな『村』に入っちゃったような感覚があって。でも小さな個人店をするってこういうことなんだと知ったというか。自分でやったら何でも自分の思い通りになると思っていたけど、実は逆。周りと協調したり、お互いに気を遣わないと続けていけない」

それはニホンミツバチの社会と同じ、と央枝さんは言う。西洋ミツバチは女王が死んでも別の女王を入れ込めばまたコロニーが復活する。一方、ニホンミツバチは一代限り。女王が死ねばその群は崩壊してしまう。自分がそのコミュニティのなかでしっかり立っていないといけないということが、 巣の中にいるように感じた。まずはできることをしよう、次の物件を見つけて、続けていこうと決意した。

心とからだが喜ぶ、自然からの贈り物

そして宮の坂のこの地に、央枝さんの巣、もとい蜂蜜やさんが新たなスタートを切った。お店には季節ごとにさまざまな花から採れる蜂蜜や薬草茶を始めとして、央枝さんが出会った からだにいいもの(とても美味しそうないりこだしも!)が所狭しと並んでいる。フードもドリンクも蜂蜜と一緒にいただくので、どの蜂蜜と合わせるか迷ったら、央枝さんに一緒に選んでもらうのも 楽しい。

この日私たちがいただいたのは、ハニーバタートーストと、はちみつジェラート、そしてはちみつ薬草茶ラテ。トーストに合わせて選んだ蜂蜜は「白はちみつエスパルセットハニー」というもの。麗しの大地・キルギスから届いた(キルギスの蜂蜜はアラブの王族やヨーロッパ貴族の間でも人気があるらしい!)完全非加熱の蜂蜜で、添えられた発酵バターと……合う! 絶!品!鼻に抜ける香りが上品で爽やかで、甘さが重くなく、こんな蜂蜜があるなんて知らなかった。ラテもジェラートも優しい甘さにホッとする。

最後に、大きな変化を迎える方も多く心も揺れやすい春に、蜂蜜のお勧めの頂き方を教えていただいた。

「春は出会いや別れがある季節で、新しい刺激が多く自律神経のバランスも崩れやすいです。体内の上昇する『気』を巡らせるため、ヨモギなどの春に採れるハーブのお茶に、生姜や柑橘の皮を入れて、蜂蜜を混ぜていただくのがおすすめです。それから、ちょっと揺らぐな、不安だなというときには、スプーンに一匙食べるだけで心が落ち着きます。蜂蜜は単糖で体内ですぐエネルギーになるので、手軽に朝いただくのにぴったり。自然から採れるものは優しいってみんな思っているかもしれないですが、実はとても強いんです。だから、マッチするものに出会えるとすごい良い効果を発揮してくれます」

季節の中で自然と向き合い、身をもってその力を実感してきた央枝さんの言葉は、心に真っ直ぐと響いてくる。緑道を散歩して、休憩したくなったら、央枝さんを訪ねてみてほしい。自分に合う、頼もしい味方がみつかりますように。

Ryoura

住所:東京都世田谷区宮坂1丁目14−8 経堂山浦ハイツ
営業時間:11:00〜18:00
定休日:月曜・火曜
ウェブサイト:https://yamatohachimitsu.com/
インスタグラム:@yamatohachimitsu_info

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