STUDY

鈴木一史さん

最寄り駅
松陰神社前

昨今の「松陰神社前ブーム」をつくってきたキーパーソンが何人かいる。その中でも街が賑わうきっかけとなっている人物とは鈴木一史さん。内装屋として、カフェ経営者として、松陰神社通り商店街の新しい風景をつくってきた人物だ。飄々としながらも街の景色に変化をもたらしたこの男は一体何者なのか。街の住人となり、人との出会いから変わってきた立場と心模様について語ってくれた。

文章・構成:加藤 将太 写真:Masahiro "Lai" Arai

「松陰神社前ブーム」のきっかけをつくった人物

過去の「人びと」でもふれてきた「松陰神社前ブーム」。世田谷に古くから続く商店街が一躍脚光を浴びはじめたのは、2013年8月にオープンした「nostos books」の存在が大きかった。翌年7月にはnostos booksのはす向かいに「MERCI BAKE」がオープン。その後もベテランに若い世代が混ざる形で出店が続き、松陰神社通り商店街は新旧様々な商店がバランスよく軒を並べる街に。その盛り上がりは一過性のものにとどまらず、もはや多くの人々で賑わう様が当たり前の風景になっている。

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街並みに大きなトピックスをもたらした古本屋とケーキ屋、その2店舗には共通点がある。それは店舗の内装を手掛けた人物が一緒であることだ。「nostos books」と「MERCI BAKE」の内装担当は鈴木一史さん。この飄々とした髭面の男を見かけた方もいるかもしれないが、鈴木さんは松陰神社通り商店街の一画にオフィスを構え、さらには自身がオーナー&店舗設計を務めるカフェ、「STUDY」を2009年から東急世田谷線松陰神社前駅近くにて経営している。2015年には代官山に新しいモノ、コトに出会うことができるサンドイッチ屋、「Bird」をオープンしたばかりだ。

「『STUDY』をオープンする前後、当時は飲食店の中でもカフェは人と人が出会う場所だったと思うんですよ。飲食店と内装業を並行してやっていくことで、ある種排他的な内装の仕事に広がりができるんじゃないかなと。それで飲食店をやろうと決めたんです。場所がなぜ松陰神社だったかというと、そもそも世田谷区でカフェをやろうとは思っていたけど、物件を探していた中で今の場所がたまたま空いていて。僕は建設業をずっとやっているといろいろな街の現場に行くんですけど、特に理由もなく散歩をするんですね。何気なく歩いていると、そこが自分にとっていい街かどうかが感覚的にわかるんです。物件探しのときにはじめてこの街を訪れたときに、街のつくりと空気感が、直感的にすごくいいなと感じて。それで『STUDY』をここで始めました」

“なんとなく”の中にも印象に残った松陰神社の風景があるという。それは鈴木さんが生まれ育った茅ヶ崎や鵠沼海岸を想起させるもの。自身の口癖でもある松陰神社の“ナイス”なポイントについて聞いてみた。

「僕が通っていた高校のそばには江ノ電が走っていて、自分が育ってきた環境とここに似た風景があるから、僕の中でいい街だなと思う部分は大きいかもしれない。街の風景として、世田谷線という速度が遅い2両編成の特殊な電車があって。それが走っているなか、松陰神社前駅を境に南北に商店街が成り立っていて、しかもその商店街は松陰神社の参道にもなっている。他にも、駅のそばに大きな幹線道路がなくて、人が滞留するイメージが付きやすい。それって街として気持ちいいじゃないですか。『STUDY』の立地は駅前だから街の中心になる。そんな場所にあるということは、いろいろな人が集まるハブとして成り得るんじゃないのかなって。それは僕が思い描いていた『こんな場所で飲食店をやりたい』というイメージ通りの場所だったんですよね」

全てにおいてフラットなカフェ

料理家ではない鈴木さんがカフェをオープン。本人曰く、自身が料理のプロではないことを踏まえた上で、経営者の肌感覚として飲食店には大きく分けてふたつのパターンがあるのだとか。

「ひとつは個のキャラクターで引っ張っていく飲食店。今はそっちがメディアでフォーカスされていて、美味しいお店とされているだろうけど、ウチはそれとは真逆なんです。あまり個性を出さずに、誰が訪れても必ずある程度満足度が高くありたいという存在を最初から構想してきました。オープン当初こそ営業形態を試行錯誤したけれども、お客さんにとってのメリットは、いつでも開いている、いつでもオープンな入りやすい空間であること。いい意味で、『STUDY』には特筆したメニューがあるわけじゃなくて、誰にとっても満足できるメニュー構成を意識しています。つまり、全てにおいてフラットであるというか、とにかく気軽に立ち寄れる駅前のカフェをつくるということを心がけましたね」

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最終的に辿り着いた、ほぼいつでも開いているカフェ。それをしばらく貫いていくと、「あの店は都合がいい」と利用客の間で認知されるようになり、『STUDY』のランチタイムには近隣のママ友を中心に賑わい、ディナータイムは団体客の利用で貸し切りになることも。また正月には餅つき、夏には『STUDY縁日』と題して、恒例の流し素麺パーティーも開催。大人から子どもまで流し素麺を楽しむ和やかな雰囲気の傍ら、DJがハイブリッドなBGMを添えるという異様な光景も『STUDY』の表情のひとつだ。時にイベントを開催することでも、『STUDY』はさまざまな利用客が訪れる場所として成立している。そうやって商店街の日常をつくっていく中で、鈴木さんが街と関わる機会が増えてきた。

「オープン当初から商店会に加入して、街に対する礼儀みたいなものは通そうと思っていました。最初は売上が良くなくて、そんなときに僕が思ったのは、街に人が集まれば、街のハブになろうとしている『STUDY』にも必然的に人が集まってくれるということで、誰かに会う度に『松陰神社前に来てみてよ』と街を紹介するようになりました。そこから街に関わりはじめるようになったという感じですね」

専門分野で街に関われるという発見

冒頭でもふれたとおり、2013年8月に「nostos books」がオープン。実は「nostos books」の店主、中野貴志さんに松陰神社前を紹介したのは鈴木さんだ。知人を介して店舗設計を手掛けることになり、そこからはじまった関係は自身が拠点を置く街だけでなく、内装屋、鈴木一史にも大きな変化を与えたのだった。

「僕自身にも、ノストス以前・以後という感覚がありますね。ノストスが街にできたことによって、内装工事とインテリアデザインという僕の専門的な分野で街に関わることができるとわかったというか。それまでモヤモヤしていた仕事のスタイルというか、仕事のやり方みたいなものをはっきりさせてくれて。内装の方向性を見出せていなかったから結構焦っていた部分があって、どこに向かっていけばいいのか、そのピントが合うきっかけでした。それ以前の仕事は、当然その人や街にとっていいと思う空間をアウトプットしようとは思っていたけど、ノストスをやったことで、お店の経営者とそれ以降も密接に関わるようになったんです。そういう意味でお店との関わりから街を変えられるということがわかってきて、より自分の仕事にいい意味でプレッシャーを以前よりも感じるようになりましたね」

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実際に「nostos books」以降に鈴木さんが関わった仕事は、店舗を設計してつくったら終わりというものではなくて、物件の引き渡し以降も継続的かつ密接に関わりのあるものがほとんどだ。「nostos books」の約1年後にオープンした「MERCI BAKE」をはじめ、鎌倉の「POMPON CAKES BLVD」、渋谷の「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」、中目黒に新店舗をオープンして間もない「ONIBUS COFFEE」は、全国各地のイベント出店をともにする仲。依頼主と内装屋の関係を軽く超えている。

「今は質の良いアウトプットを続けていくというところに注力して仕事できるようになれました。それを崩してまで、生活のために無理して内装の仕事をしようとは思わないですね。できるだけ、やりたいことしかやらないという意識に変わりました。家庭を支える一児の父としてはどうなのかわからないけど(笑)」

完全な社会不適合者が“ヤバい”状況に

ちなみに、松陰神社通り商店街に今夏オープン予定のコロッケ屋も、縁あって鈴木さんが店舗設計を担当することに。これで鈴木さんが内装を手掛ける商店街の店舗は4つ目となる。これまで関わってきた店舗は、どれもカルチャー・ライフスタイルのメディアにとどまらず建築業界誌でも取り上げられているだけに、商店街と鈴木さんの存在感はさらに増すことだろう。自分の故郷以外に長く住み慣れた場所を「第二の故郷」と呼ぶけれども、住まいも世田谷ミッドタウンである鈴木さんにとって、生活と仕事の拠点にその感覚はあるのだろうか。

「ぶっちゃけないですね。そもそも僕は外者というか。街の捉え方が違うのかもしれないと思う部分もあって。極端な話、僕がこの先ずっとこの街に居るかといえば、ここで生涯暮らしていくことを考えているわけではなかったりします。なんとなく気持ちいいからここに居るけど、もし楽しそうな場所が他に見つかったら、ノリでそっちを選んでしまうかもしれない性格なんです(苦笑)。ただこの商売をして、ここまで街にコミットできている人はなかなかいないだろうし、それは本当に有り難いことだなと思っていて。松陰神社前のように、ブレずに淡々と商売している人たちが多い街は、そう簡単には見つからないでしょうけど」

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メディアを舞台に松陰神社前について語る機会は少なくない。そんな街の魅力を代弁するスピーカー的な立場なのに、“ノリ”という単語が出てきたことを意外に思う人もいるかもしれないけど、“ノリ”はある種鈴木さんの性格を言い当てているように感じる。それは決して尻軽のようなネガティブなニュアンスではなく、フットワークが軽いという意味で、だ。

「ひとつの拠点にガッツリ骨を埋めるのはなんとなく性分とは違って。実際にここまで街が盛り上がってくると、『あれ、おれの責任、意外と重くなっちゃった?』と驚いている部分があるんです。そもそも『松陰神社前を活性化したい!』と狙ってこの街で商売を始めたわけじゃなくて、きっかけはすごく軽いものだったから。そんな中で知り合いが街の中に増えていくと、小石を投げている感じが自分としてはちょうど良かったのに、気付けば巨大な岩を投げているように映っていると気付いていて。『それも自分の性分とは違うのにな』と思うところはありますね」

内装屋として引く手数多。「STUDY」と「Bird」のイベント出店オファーも絶えない。そんな状況が続くと全国の街に行かざるを得なくなって、松陰神社前に滞在できる時間が減ってしまうのは仕方がない。とはいえ、その状況が本当にいいことなのかを自問自答しているという。答えの出ない状況だからこそ、もう少しこの街に関わる時間をつくりたいと思っているのは事実。これも鈴木さんの口癖だが、20代の頃にクラブでDJやVJに遊び呆けていた自身が思いもしなかった“ヤバい”事態と30代後半にして直面している。

「若い頃は完全な社会不適合者だったというか(苦笑)。会社のルールを守れないから会社に居られなくなって、他の会社で働く選択もできなくて、自分で事業を立ち上げるしかなくなったんですよ。そんな感じでしばらく過ごしてきたら、『STUDY』ができたことで社会と関わるようになってしまって。街と関わる状況はある種自分から望んだことだけど、気付けばすごく背伸びしちゃっていた部分はありますね。街と関わった縁から代官山で『Bird』を始めることになって。自分のパブリックイメージは、店を2つもやって、内装業もやって、社員をたくさん抱えて、松陰神社の盛り上げに関わっている。その情報だけで、すごいビジネスマンだと思われるのかもしれない。でも自分としてはすごく気軽に始めちゃっただけで、たまたま繋がった縁で仕事が広がってきたという感じなんです。それが気付けば、すごく風呂敷を広げちゃってる状況になってしまった。これから40代に向けて、その広げた風呂敷について結構考えないとヤバい(苦笑)」

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「おれはそもそも、できた人間じゃないから」と謙遜するも、街や仕事を通じて、人と人を繋げて新しい関係をつくることができるのは生まれ持った才能だと思う。加えて、鈴木さんは松陰神社通り商店街に新しい風景が生まれるきっかけもつくってきた。しかも、その風景は多くの人の心にふれて、結果として街を盛り上げる一助となっている。敬意を込めて言わせてもらう。鈴木一史、あなたはヤバい。

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住所:東京都世田谷区若林4-20-7
営業時間:12:00〜14:30、テイクアウト11:00~19:30(売り切れ次第終了)
定休日:日曜、隔週土曜
ウェブサイト:https://shoinstudy.com/

 
※2022年に閉店
(2016/06/16)

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