岩﨑ホルモン
岩﨑淳さん
世田谷線「上町」駅から徒歩10分。世田谷通り沿いに黄色いネオンチューブで書かれた「岩﨑ホルモン」の文字が光る。ここで豚ホルモンの美味しさに目覚めた人も多いだろう。店長の岩﨑淳(じゅん)さんに、東京では数少ないという豚ホルモン専門店をオープンした想いを伺った。
文章・構成:神武春菜 写真:阪本勇
僕、豚ホルモンが苦手なんです
東京では、豚ホルモン専門店より、焼肉店のほうが圧倒的に多いそうだ。メニューにホルモンがあったとしても、ミノやマルチョウなど、牛ホルモンのことがほとんどなのだとか。
「僕が生まれ育った埼玉県熊谷市は逆でした。豚ホルモン屋が定番で、焼肉屋を探すほうがむずかしいくらい。友達と飲みに行く先は豚ホルモン屋でしたし、僕にとっては、身近なものではありました」
でも…と、岩﨑さんから意外な言葉がつづいた。
「僕は豚ホルモンが苦手だったんです。くさいし、噛み切れないし、いつ飲み込んでいいかわからないし…。友達とお店に行っても、僕は牛タンとごはんばかり食べて、みんなに怒られていたくらい。しまいには、豚ホルモン屋で飲むときには呼ばれなかったですね(笑)」
では、なぜ豚ホルモン専門店を開くに至ったのか。それは25歳のときに見た衝撃的な場面がきっかけだった。
もともと、ガテン系の仕事を転々としていた岩﨑さん。なにをやっても1年と続かず「ろくでなしでした」と、当時の自分をふり返る。ある時期、職を探していたときに知人から紹介してもらったのが埼玉県深谷市にあるホルモン専門店だった。
ホルモンが苦手な岩﨑さんは、仕事を覚える気も、修行を積む気もまったくなかった。
「ただ、母親が小料理店を営んでいたので、飲食業に興味がありました。その入り口として、とりあえず働いてみることにしたんです」
勤めたお店のマスターは、新鮮な豚ホルモンを仕入れるために、昼間は豚の屠殺(とさつ)場で働き、毎日さばきたてのホルモンを持ってきた。まだ生温かいホルモンを調理台にバサッと置くと、アルバイトの岩﨑さんが下処理を担当した。ある日、岩﨑さんは、マスターに連れて行かれるがまま屠殺場へ。そこで、豚の解体のすべてを目の当たりにする。
「ちょっと見てみろって言われて、いきなり解体のすべてを見たんです。すごくショックでした。だけど、同時に『残さず食べてあげよう』という気持ちが湧き上がってきた。なおかつ、僕は、豚ホルモンが嫌いだ嫌いだって言っているから、食べるからには、ちゃんとおいしく食べてあげなきゃって思いました。そこからですかね、豚ホルモンの世界にはまっていったのは」
くさくて噛み切れないと感じていたモツは、ボイルしてみた。分厚くてイカみたいだからと食べなかったミノは、うすく切れば食感が好きになった。美味しく食べられる味付け、カット法、焼き方をとことん追求した。
昼間は豚の解体、夜はお店を切り盛り
29歳のときに独立し、熊谷市の籠原というエリアに豚ホルモン専門店「J屋」を構える。新鮮な豚ホルモンを自ら仕入れるため、岩﨑さんも昼間は豚の屠殺場で働いた。
「屠殺場では、東京に出てくる昨年まで13年間働きました。その経験があるから、いまも新鮮な豚ホルモンを仕入れさせてもらえる。仕入れ先に行けば、誰でも簡単に手に入れられるような甘い世界ではないんです」
J屋は、独立前に勤めていたお店の常連さんも足繁く通ってくれ毎日繁盛した。3年後、より人通りの多い熊谷駅前で勝負したいと、屋号を「岩﨑ホルモン」に変え移転。さらに忙しい日々が過ぎていく。
突然の閉店。看板もない3店舗目をオープン
「2店舗目を構えた頃は、お客さんが来たことに気づかないくらい、とにかく肉を切り続けていましたね。必死になるほど余裕がなくなり、メンタルをやられてしまいました。それで、3年経ったときに閉店したんです。やーめたって。でも、だからといって、僕はこれしかできないし、ホルモン屋をやめるつもりはまったくありませんでした」
2店舗目を閉店してまもなく、熊谷駅前のメイン通りから3本裏手にある通りに、ひっそりと3店舗目「0298(オニクヤ)」をオープン。「0298」と書かれた鉄の扉と、ブロック塀が積み上げられた外壁。窓もなく、中の様子はまったく見えない。なんのお店かわからず、誰もが通り過ぎていく。
「最初の半年くらいは、『あ、誰か来たぞ』という感じで営業していました。その頃は、正直、お客さんが来なくてもいいとも思っていましたから…。かなり病んでいました(笑)。でも、いままでのお店の雰囲気とはまったく違うお店にしたかったんです」
取材をさせていただい日、偶然にも「0298」時代の常連さん夫婦が、熊谷から来店していた。お二人も、当初はなんのお店かわからずただただ気になっていたそう。あるとき、お店の裏の窓から焼台がチラっと見えて、「豚ホルモン屋だ!」と気づいて入ってみたのだとか。それからずっと岩﨑さんの豚ホルモンの大ファン。1年ぶりの入店が、たまらなく嬉しそうだ。
「『0298』のスタイルにしたら、お客さんと話をする余裕も生まれ、すごくリラックスして営業することができました。前のお店の時代から来てくださっていたお客さんに、「マスター笑うんですね」って言われたくらいです(笑)」
ただ、岩﨑さんはまだまだ進化の途中にいた。1店舗目を構えたときから、いつか東京にお店を構えたいという想いがあったのだ。「0298」のオープンから6年後の2017年8月29日、現在の場所に移転。屋号はふたたび「岩﨑ホルモン」にした。
生まれ育った街に似ていた
最初は渋谷や恵比寿、中目黒あたりで物件を探していたが、なかなか決まらず苦戦したそうだ。そんななか、奥さんが三軒茶屋エリアに住んでいたことから、世田谷線沿いの街を知る機会が増えていった。とくに松陰神社付近は、小さい街ながらも活気があり、街の雰囲気がとても気に入った。
「僕が生まれ育った街に2両編成の電車が走っていたり、奥さんの地元の高知にも路面電車があったりしたので、この街の雰囲気がすごくはまったんですよね。住みたいって思ったくらい。それからご縁があって出会った不動産屋さんに紹介してもらったのがここです」
外観や内装は、岩﨑さんと後輩の職人さんで手掛けた。明るいグレーの壁。ピカピカに磨かれた厨房の白いタイル。「なぜか集まってくるんです」という、豚をモチーフにした置物がところどころに映える。豚ホルモン店と聞くと想像しがちな大衆居酒屋感がなく、一人でゆっくり食べたいとき、女子会のときなど、いろんなシーンが浮かんでくる。
メニューは、ガツ刺し、ガツマヨ、カシラ、モツ、生テッポウ、タン、ハツなどなど、新鮮な豚ホルモンのほか、野菜やカクテキ、冷ややっこ、デザートには高知名物のアイスクリンが並ぶ。この日は、ガツ芯(胃袋)、生テッポウ(直腸)、ハラミ(横隔膜)を注文した。
「聞いたことがない部位も多いと思うので、『お任せ』も承っています。そのときに、まずお出しするのがガツ芯です。ガツ芯は、岩﨑ホルモンの名刺がわりなので」
豚一頭で一人前という希少部位のガツ芯。文字通り、ガツの芯の部分だ。重ならないよう、一枚一枚、網の上にていねいにひろげてのせ、白くなったらひっくり返して両面を焼く。
いま思い出しても口の中にガツ芯の旨味が広がってきそう…。クセはなく、何枚でも食べられる。豚ホルモンってこんなにおいしいんだ!と、驚いた。
「何枚か重ねてミルフィールのようにして、食感を楽しんでいただくのもおすすめです」
生テッポウは、カリカリに焼いていただく。トロンとした食感でしっかりと味付けしてあるので、噛めば噛むほど味わいが増す。
ハラミは、赤身がなくなるまでしっかり焼く。香ばしい香りとやわらかさ、お肉のような肉厚さも大満足。
お通しのもやしナムルとキムチもおいしい。キムチは、熊谷に住むキムチ作り名人の韓国人に頼んで作ってもらっているそうだ。手作りならではの飽きのこないおいしさである。
デザートに頼んだアイスクリンは、アイスクリームよりさっぱりしていて〆にぴったり。
味付けは、一人前ずつ
岩﨑ホルモンでは、注文されたホルモンを一気に出さないことにしている。一品一品、その部位の美味しさを味わってもらうためだ。味付けも一人前ずつ行う。
「例えば、モツを6人前と言われても、6人分いっしょに味付けするのではなく、一人前ずつ味付けしていきます。そうでないと、味がブレてしまうんです。塩を振るにしても、まんべんなくふられていないと、味に濃い・薄いが出てしまいますよね。だから、湿気の多い雨の日は嫌ですね。塩の粒が固まっていないか、振る前に必ず塩の出方を確認しています。細かい塩をなじませるのが好きなんです」
豚ホルモンが苦手な人に寄り添う気持ちで
「苦手だったのに、いまこうして豚ホルモン専門店をしているのは、自分でもびっくりですよ。でも、いま思えば、いつも全部、逆の方向に向かっている性分なのかも。こないだ実家に帰ったときに、中学校の卒業文集見たら、みんなが縦書きで文章を書いているのに、僕だけ横書きでしたから(笑)。そうやって、みんなと同じことをするのがいやで、いつも嫌い嫌いって、なんでもはねのけてしまっていた。でも、そこを変えたら、こうして大好きになった。不思議なものですね」
開店して1年。少しずつリピーターが増えつつあるというが、まだまだ豚ホルモンファンは少ないというのが岩﨑さんの実感値である。
「ホルモンとか苦手だよっていう人にぜひ来てほしいです。『嫌いな理由、僕わかります!』って思うから。その気持ちに寄り添っていきたいですね。『ホルモン嫌い』って言われたら、逆に燃えます!」
もちろん、ホルモン好きの方も、改めて豚ホルモンのおいしさを体験できるはずだ。焼肉よりも、食後にもたれることが少なく胃にやさしい。何度も通って、まだ食べていない部位のおいしさを知りたくなる。進化しつづける岩﨑ホルモンに、まずは一度足を運んでみてください。
岩﨑ホルモン
住所:東京都世田谷区桜3-2-15
電話:03-6804-4029
営業時間:18:00~23:00(LO22:30)
定休日:月曜
Instagram:@iwasaki_horumon
(2018/10/30)