BARBER SHOP SURFACE

秋山望さん

最寄り駅
世田谷

2015年にオープンした「BARBER SHOP SURFACE」は、理容師の秋山望さんが一人で営業する床屋さんだ。訪れるお客さんを見ていると、ふらっと秋山さんに会いに来たというようなゆるさがあって、「町の床屋さん」としての愛されぶりが伝わってくる。理容師歴20年。この町で床屋を営む思いを聞いた。

文章・構成:神武春菜 写真:田中丸善治

床屋になるって言ったら、笑われた

カットを終えたお客さんを見送り、「めちゃめちゃ緊張しています」と照れ笑いしながら出迎えてくれた秋山さん。取材がはじまるやいなや「そうだ、これをぜひ見てほしいな」と、ショーケースの台にはさんだ2枚の写真を見せてくれた。

「これ、じいちゃん。茨城にある実家の隣で床屋をやっていたんです」

子どもの頃、秋山さんはおじいさんのお店へよく遊びに行き、「床屋の一日」を眺めていたそうだ。

「晩年だったこともあって、めちゃくちゃ暇そうでした。たばこ吸って、新聞読んでテレビ観て…。僕が理容師を目指したのは、そんなじいちゃんを見ていて、『床屋ってラクそうだな』って思ったからなんです(笑)」

高校を卒業後、理容師の専門学校へ進む。ちょうどその頃、世間は空前の美容師ブームだった。ドラマ「ビューティフルライフ」で木村拓哉が美容師役を演じたり、美容師の技術を競うテレビ番組「シザーズリーグ」が話題になったりした。周囲の多くが美容師を目指すなか、「床屋になる」と宣言した秋山さんを、友だちは笑ったという。

「まぁ、夢を追いかけて、なにがなんでも理容師に、という志があったわけではないですけどね。ただ、僕にとって、美容師より理容師になるほうが、ごく自然の流れだったし、母ちゃんに『床屋は食いっぱぐれないよ』って言われて、床屋になろうって決めたんです」

理容師の専門学校を卒業後、20歳のときに上京する。

「ただこの上京も、東京で働きたいとか、いつか自分のお店を持ちたいとか、そんな野望があったわけじゃなくて、理由がまた不純なんですよね…。遠距離恋愛していたいまの奥さんが埼玉に住んでいたから、東京に行ったら会いやすくなるなって。なんか、こんな話ばかりで、大丈夫かな」

秋山さんはそう言って笑うが、実際に働くとなると、技術と根気がなければ働けない世界だ。上京し床屋に勤めた秋山さんも、一日中立ちっぱなしで、食事もゆっくりとれない日が続いた。営業が終われば技術を磨くための練習が1〜2時間あり、心が折れかけた日もあった。
でも、辞めずに続けてきた。

「むいているかは分からないけど、おれにはこれしかないんですよ」

いくつかのお店で修業を積み、33歳のとき、当時勤めていたお店のオーナーから独立をすすめられる。

「技術職って、ゴールがないじゃないですか。だから、すごくうまい人を見るたび、おれが店出していいのかなってめちゃくちゃ不安になりましたね。でも、大切なのは、技術を競うことじゃなくて、ごくごく普通に、ちゃんと髪型をつくること。それができれば、お客さんは必ず帰ってきてくれるはずと思って、独立に踏み切りました」

自分の好きな空間のなかで、男の人をかっこよくしたい

独立を決めたとき、秋山さんの頭の中には、すでに作りたいお店のイメージがあった。まさに、それがいまのお店なのだが、いわゆる“昔ながらの床屋”のイメージを一新する、洗練された佇まいが目をひく。

「僕らが下積み時代のときって、床屋といえばみんな同じつくりで、なんかダサい制服みたいなの着て、『床屋で切ってる』って言ったら鼻で笑われるような空気がありました。でも、10年ほど前に、めちゃくちゃかっこいい床屋を雑誌で見てびっくりしたんです。僕より10歳くらい上の人でしたが、その人も、お店も、男らしくて、独自のスタイルを貫いていた。自分の好きなファッションや音楽の世界と、床屋の世界は、別々にあるものだと思っていたけれど、一緒の空間にしていいんだって衝撃を受けました」

「こんなお店だったら、自分もお店を出したら楽しいだろうな…」。秋山さんのなかに初めて「独立」の文字が浮かんだ。そして、ちょうどその頃から、若い男性も、「男はやっぱり床屋でしょ」と、床屋に戻りつつある流れを感じたという。

中学時代から、古着や音楽が好きだったという秋山さん。店内には、ストリートカルチャーや現代アート、アンティークの置物などが並び、秋山さんの好きな世界が広がっている。

住み慣れた町を離れて、「世田谷」へ

「世田谷」駅から徒歩約5分。世田谷通りから一本南に入ると、お店のサインポールが見えてくる。独立するまで、このエリアに来たことがなかったという秋山さん。なぜ、この場所を選んだのだろう。

「はじめは、上京してからずっと暮らしていた学芸大学エリアで探していました。でも、理想の物件がなかなか見つからなかった。ある日、家から自転車で通える距離であればと、はじめて国道246号を超え、いまのエリアに足を踏み入れて、出会ったのがこの物件です」

人通りが少なく、不安もあった。近所に知り合いもゼロ。それでも、この物件に縁を感じ、決めた。

軌道に乗るまで、少なくとも1年はかかると思っていたが、気づけば半年ほどで手ごたえをつかんだ。通りすがりに気になったという人が来店してくれたり、お客さんの友だちが来てくれたりして、徐々に常連さんが増えていった。

「へんな例えですけど、『かっこいいゴキブリホイホイ』を作ったわけです。普通の床屋をつくっても、『なんか床屋ができたな』くらいで終わってしまいますよね。でも、かっこよかったら、絶対、一回は入ってみようって思ってもらえるじゃないですか。技術はもちろんですが、居心地もよかったら、リピーターになってもらえる。すごくローカルなやり方かもしれないけど、おれはその方法しか知らなかったんです」

オープン後に分かったことだが、このエリアには同年代も多く、ファッションやカルチャーへの感度が高い人も集まっていた。秋山さんのお店に、たくさんの人が反応してくれたのだ。そして、子どもや年配の人でも入りやすい、開放感のある造りが客層を広げた。

この日も、「一ヶ月来ないと落ち着かなくて」と常連さんが来店。見学させて頂くと、お二人ともたわいのない話で盛り上がっていて、なんとも楽しそう。撮影にこたえてくれる間柄からも、お二人の信頼関係がうかがえる。

じつは、この取材中にも「髭を伸ばしているけど、どんな感じがいいかな?」とお客さんが立ち寄り秋山さんに相談したり、馴染みのお客さんに会ってはおしゃべりしたり、ご近所さんたちが、秋山さんを慕っている様子をたびたび見ることができた。

「でも、じつはおれ、すごい人見知りです。だから、人と接する仕事が本当は嫌いなんですよね。嫌いなんですけど、はさみを持っているときは不思議としゃべれる。『1時間は僕のもの!』って、気持ちが切り替わるのかな。
床屋って、毎月来てくれたら年に12時間はその人とお話しができますよね。しかも、シラフの状態で、ガッツリ。そういう機会って、ふだんなかなかないじゃないですか。そして、10年、20年、30年の付き合いになれる可能性もある。そう考えると、床屋ってすごい職業ですよね」

お客さんと楽しそうに話しながらも、熟練の技術でテキパキと髭を剃り、カットが進んでいく。髭剃りが終わったお客さんの表情は、なんとも気持ちがよさそうだ。

この町に合った働き方が、僕にとってしっくりきた

独立当初は、いつか人を雇おうと考えていたという秋山さん。店内にも、そのつもりで椅子を二席つくった。でも、人を雇えるくらい軌道にのったとき、「やっぱり一人でやろう」と思い直したそうだ。

「一人で気楽に続けていく感じが、この町にはしっくりくるって感じました。このエリアで、一人でお店を営む人が増えているのって、この町の空気がそうさせているのかもしれませんね」

「僕はただの床屋ですから、スウェットとサンダルでふらっと来てもらう感じが好き。床屋は、肩をはらずに来られるのがいちばんいい。行きつけの飲み屋さんみたいな感覚かな。みんないろんなことを話してくれるから、おいしいごはん屋さんとか、新しくできたお店の情報とか、すげぇ集まってきますよ。で、引っ越してきたばかりのお客さんがいたら、教えてあげたりして、そういうのも、いいですよね」

そんなBARBER SHOP SURFACEに、この春から新しいスタッフが入る予定だ。カット中に、「じつは僕ここで働きたくて切りにきました」と突然志願してくれた理容師の男の子がやってくる。

「マンツーマンの空間に慣れているから、第三者がいると、本来のおれが出せないんじゃないかって今からドキドキしています(笑)。でも、素直にすごくいい子だったし、一人でやっていても、これ以上のびしろがないのも事実。チャレンジという意味でも、来てもらうことにしました」

床屋という仕事を通じて、この町での暮らしを楽しむ秋山さん。ここに集まる人たちの様子や、秋山さんの人柄を知ったら、誰もが通いたくなるはずだ(男に生まれていたら私も通いたい!)。

「『床屋をやってるじいちゃん、ラクそうだな』って、適当な理由ではじめちゃったけど、好きな空間で仕事ができて、お客さんはよろこんでくれて、床屋ってほんといい商売ですよ」

取材後、もう一度、床屋だったおじいさんの写真を見ていると、時代や佇まいは違っても、秋山さんがずっと大事にしている床屋の姿が伝わってきた。

BARBER SHOP SURFACE
 
住所:東京都世田谷区世田谷1-32-13
営業時間:9:00~20:00、土日祝10:00~20:00(最終受付は19:00まで) 
定休日:不定休

ホームページ:barbershop-surface.com

Instagram :@barbershopsurface

(2019/02/13)

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